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作者: わやこな
14.迎え盆 1

 八月十三日、迎え盆。
 この地域の盆行事は、夕方から始まる。
 おおよそ一般的に浸透している儀礼と同じことをするが、万屋荘においてはすこし違う。檀家巡りに坊主が来ない代わりに、世流が祈祷をする。
 はじまりは、水茂と吉祥の無茶ぶりからであった。
 神道にも盆の作法はあるのだから自分にも感謝を奉るべきという主張と、金を掛けたくないから適当に祈祷しろという主張から、世流にお鉢が回ったのである。
 簡単なものならと二人の押しに負けて以来、万屋荘では世流がまとめて祈祷をしてまわってくれる。神社ゆかりの一族の出であることもあり、なかなかに本格的なものだ。

 アリヤは万屋荘に残りたがっていたが、盆入りの前日、マロスに連れて行かれた。母の有乃の実家へ赴いて墓参りをするそうだ。
 出かける直前では、アリヤによって抱きつかれ甘えられたのは余談である。さらには膝枕までさせられた。
 アリヤが言うには、コテージから戻ったあと、さんざん水茂が皓子に会わせまいとガードされてアピール出来なかったから、とのことだ。
 水茂曰く「これ幸いにベタベタくっつきたいだけじゃ」らしい。あまり許すと乙女の危機になるから重々気を付けるようにとも忠告された。
 なお、反論はなく「すぐ戻るから。連絡するから」と何度も念押しされた。
 そして迎えに来てちょうど現場を目撃したマロスからは、なぜか感激された。
 皓子を抱き上げてくるくる回して感謝をされたのだ。
 末永く息子をよろしくと頬にキスされたところで、アリヤがマロスを蹴飛ばし親子のじゃれ合いをしながら転移門から出て行った。相変わらず仲の良い親子の姿に苦笑いで皓子は見送ったのだった。

(……もうすぐだっけか)

 迎え盆は夕方からだ。その時間帯に合わせて行くからと、連絡があった。
 誰からかというと、父、大門だ。
 万屋荘への番号ではなく、皓子の携帯端末に直接電話が掛かってきたので、そのまま吉祥に差し出した。どうやら皓子を連れ出したときに確認されたようだ。
 いつか見たように、軽い言い合いをしながら吉祥が対応した後、皓子に端末を返した。何か言いたいことはと聞かれて、盗み見るのはデリカシーがないと伝えて切った。吉祥はやや驚いた興味深そうな顔をしていた。皓子がこうして反抗的な態度をすることが珍しいというのもあったのだろう。
 そもそも謝罪もまだだし、皓子としては親子喧嘩は下火になっただけで未だ続いているつもりである。
 アリヤや万屋荘の皆を悪く言ったことはまだ根に持っているのだ。そう皓子が伝えると、片眉を上げて吉祥は気の抜けたように笑った。

(ばばちゃんには、甘ちゃんだって言われたけど、ばばちゃんだってなかなかだもの)

 吉祥と大門の関係もなかなかに不思議だ。
 血の繋がった親子だが、あっさりとしているというかドライなものだ。だが、情を感じないほど希薄な絆かと思えばそうでもない。
 たしなめて叱りつけたり、仕置きをしたりする姿には、家族らしい感情が見え隠れする。ただ、吉祥に聞いてみたところで「アタシゃ、元悪魔だよ。お優しい感情なんて縁遠いね」と悪ぶって言うだけなのは予想できた。
 今回の罰と称して大門を万屋荘の盆行事に招くのも、家族の思いやりがあるのではと皓子は思うのだ。


 時刻は十八時を回った。まだ日は明るい。
 盆提灯を組み立て、供え物を調えたところで万屋荘に大門は訪れた。
 黒塗りの高級車を万屋荘の入り口に回して、助手席から大門が降りてきた。運転席には矢間がいて、すわ来客対応かと出て来た皓子に向かって気安く手を振っている。
 大門の手にはお供え用の花束が二つあり、おずおずと大きな方の花束を皓子へと差し出してきた。

「どうか、花を供えさせて欲しい」

 簡潔に言って、頭を下げられた。
 今日はお面もなく、怜悧な美貌があらわになっている。
 隙のないスーツ姿なのは、仕事途中だからだろうか。それよりも目が行くのは右腕のギプスだ。万屋荘の庭に降りてきたとき、確かに痛そうにしていたと思い返す。
 花束を受け取って不躾に観察してしまったが、大門はじっと皓子が受け取るのを待っている。
 カーネーションと小ぶりの花が詰まった可愛らしい色合いの花束は、亡くなった妻を偲んでのことだろうか。ためらいながらも受け取れば、大門は静かに目を伏せた。

「ひかりはスターチスが好きだった。それを、今日渡せるのならと選んできた。こっちは、じいさん……父に」

 小ぶりの花はスターチスらしい。
 控えめな淡い桃色を見て、連れ出されたログハウスの部屋を連想させる。そこまで考えて、納得した。

(ああ……あの部屋、お母さんの好みだったんだ)

 父よりも母に似ている皓子だからこそ、似合いだと思ったのだろうか。少なくとも悪意からの行動ではなかったとわかるが、微妙な心地を思い出して皓子は頭からその思考を振り払った。
 小ぶりの花束は優美なリンドウと百合だ。こちらも差し出されて受け取る。

「皓子のじいさんは、花は好かないほうだった。けど、ないよりはマシだろう」
「あの、ばばちゃんに聞いてきます」
「ああ」

 物言いたげだったが、言葉をつぐんだ大門に背を向けて皓子は家へと駆けて戻った。
 ちょうど晩ご飯を作っていた吉祥はあからさまに不機嫌そうに顔をしかめると、皓子に鍋を任せて玄関から出て行く。
 こぼれでた愚痴から察するに、遅くに来て準備を手伝わなかったことで不機嫌なようだ。確かに盆の準備はちょっとの手間だ。
 花束は居間の邪魔にならないところに置いて、台所に立つ。盆料理に合わせたのか、本日は精進料理風である。透き通った汁にはつみれと切った柚皮が浮かんで、良い香りがした。
 数分も経たないうちに、紙袋を手に機嫌が少々上向きになった吉祥とその後ろをのっそりとついてくる大門が帰ってきた。
 はて、と吉祥の持つ紙袋を見れば、ボトルらしき口が飛び出ている。

「ばばちゃん、お酒もらったの?」
「これは見舞いの心遣いさ。とやかく言うんじゃないよ。冷蔵庫の場所もらうからね」
「もう、また場所取って!」
「ほら、大門。仏壇は居間にある。線香上げるならさっさとしな。飯を食ったら始めるよ」

 皓子の抗議など暖簾に腕押しだ。吉祥の背中を人睨みしても全く効果が無い。
 大門は皓子たちの様子を眺めていたが、やがてそろそろと居間に入り、仏壇に向かって正座をした。
 鍋の火を止めて器を探している後ろから、線香の匂いとおりんの音がした。ちらっと様子をうかがえば、片手で拝んでいる大門の姿が見える。

(なんだかなあ……)

 下火になっていた苛立ちがくすぶる。
 あのときの万屋荘に対する意見はなんだったのか。皓子に干渉しようとしたくせに。
 そんな思いが湧いては、真剣に拝んでいる大門を疑わしく見てしまう。

(さすがにおじいちゃんには、真面目にしているのかな)

 皓子が物心つく前の祖父は、厳格な人だったと聞いている。
 生憎、皓子は祖父もよく知らないが、ずいぶんと気に掛けてくれたということは吉祥からも聞かされて育った。皓子を守り育てる役目を担うのも祖父のおかげだと、幼い皓子に何度となく言っていた。
 今となっては、あれは吉祥の照れ隠しだったのだなとなんとなくわかったが、本当のことでもあったのだろう。

「大門、飯は」
「まだだ」
「皓子、客用のを使って出しとくれ」

 一緒に食べるのかと文句を言いそうになったが飲み込む。
 吉祥が決めたなら易々と変わりはしない。気まずい食卓にならなければいいがと思ったが、夕飯をよそうところで皓子はあることに気づいた。

(これ、みんなからのだ)

 ぱっと見て一番に気づいたのは、明らかに普通の野菜じゃないものがあったからだ。
 十中八九、飛鳥が土産で寄越した植物を庭の畑区画内にてみんなで育てている野菜が使われている。
 小ぶりの茄子の形をした芋だとか、切って整えたわけでもないのに花の形をしているトマトらしきものだとかあるのは佐藤原の改造もあるはずだ。
 あとは、アリヤが吉祥に貢いでいる全国グルメから出したと思わしき調味料もある。お茶として出されているちょっと良いお茶っ葉は、世流一家からだろう。
 そして果物だが、瑞々しいメロンはおそらく田ノ嶋からかもしれない。ファミレスでの田ノ嶋との会話を思い出して見当をつける。

(なんだ。ばばちゃんたら)

 皓子には何食わぬ顔をしながら、万屋荘の面子に文句をつけられたことを根に持っているのだ。
 そのことに気づけば、ちょっとばかり胸がすっとした。
 言われるがまま座卓に配膳をして、吉祥と大門が対面席に間をとるように横に皓子が席をとって座る。
 お茶を硝子コップに注いで吉祥の合掌に合わせて「いただきます」と言う。
 大門は並んだ食事にすこしばかり躊躇していたが、皓子たちが箸をすすめる姿に同じように箸をとって食事を始めた。
 ある程度進んだところで、大門が「うまいな」と感想をこぼした。
 あなたが付き合いを考えろと言われた人たちのものだと言いそうになったが、何食わぬ顔で皓子は内心で胸を張るだけにした。あれこれ言って波風を食事の場でたてて美味しい食事を台無しにしたくなかったからだ。

 ほどなくして食事と片付けも終えると、居間にある壁時計を見上げて吉祥は立った。

「そろそろだね。裏庭に行くよ」
「あれ、世流さんが来るんじゃ」
「今年は特別なんだよ。皓子、花は媒介にするからおよこし。大門、ついてきな」

 手が出されたので、皓子は二つの花束を吉祥へ渡した。
 吉祥はそれを抱えると、かけ声とともに起き上がり玄関へと早足で歩いて行く。相変わらず言ってからの行動が早い。
 大門と目があったが、どうぞとジェスチャーをして促す。立ち上がり吉祥を追いかけた背をみてから、皓子も携帯端末を半ズボンのポケットに入れて後を追った。


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