15.出来るまで何度でも
「ありがとね。たかくん。いつも私のことを応援してくれて。ほらいつだったかな。学校の校庭で、逆上がりがうまくできなかった私をずっと応援してくれていた事あったよね。あの時も私の背を押し続けてくれてた」
穂花は急に昔の話を思いだしたようだった。
そういえばそんなこともあったっけなと、懐かしく思う。穂花はスポーツもけっこう得意な方ではあるけれど、そのときは逆上がりが出来なくて、ずっと練習していた。
穂花は何でもこなすけれど、どちらかといえばそれはたゆまぬ努力で身につけてきた結果であって、決して天才型ですぐに何もかも出来るというタイプではない。
逆に俺はまぁ持ち前の要領の良さで、逆上がりはけっこうすぐに出来るようになっていた。だからずっと練習を続ける穂花につきあって、放課後の鉄棒で一緒にいたと思う。俺は感覚派だから教えるのはあまりうまくない。それゆえに一緒にいてもあんまり役には立たなかったのだけれど、とにかくがんばれと応援は続けていた。
穂花は何度も何度も繰り返して練習をしていて、でもなかなかうまくできなかった。
それでも俺はずっと応援続けていた。
とうとう穂花が逆上がりをできるようになった時は、一緒に大喜びした事もあったっけと感慨深く思う。
穂花は実はあまり要領がいい訳では無い。だけど出来ない事を出来ないままにはしておかない強さがあった。だから何度でも繰り返して、出来るようになるまで練習をしていた。勉強にしてもそうだ。毎日の予習復習を欠かしていない。だからこそ良い成績を修めているわけであって、何もせずにテストで良い点数をとっている訳では無い。
決して天才ではない。だけど努力する事を惜しまない強さがあった。
そして俺はそんな穂花を、いつもすごいなと思っていた。
けっこう最初の方から逆上がりが出来た自分よりも、何度でも繰り返してとうとう出来るようになった穂花の方が、ずっとすごいと感じていた。
だからまぶしかった。
俺はそれほど努力というものが得意ではない。何度も繰り返して覚えなければならない漢字や英語は苦手だったし、スポーツも基礎練習のようなものは苦手だった。
だから穂花の強さを感じていた。
「そんなことあったっけか」
だから本当はよく覚えているけれど、少しとぼけて答える。
「うん。あったの。たかくんは覚えてないかもしれないけど、私はよく覚えている。だってあの時が一番嬉しかったから。たかくんが応援してくれてすっごく嬉しかった」
穂花がこちらを向いて、もういちど俺に笑顔を向けてくる。
ああ、この笑顔のために俺は生きているのだと思う。
穂花が笑ってくれているのなら、それだけで幸せに思う。
だからこれからも穂花を応援していきたいと思う。
だけどその結果として、穂花は遠くにいってしまうのかもしれない。華やかな世界に向かったら、穂花は離れてしまうのかもしれない。
そうしたらきっと寂しく思うのだろう。
だけど穂花の夢のためには、それを忌避してはいけない。
だから俺は背中を押す。ずっと穂花を応援し続ける。
穂花がたとえ遠い世界にいってしまうとしても、穂花の夢を支え続ける。
そう思う。
だけど目の前にいて光の指す穂花と、どこか影になって消えていきそうな穂花と、同じ場所にたっていられるのは今が最後なのかもしれない。そう思うと、俺は自分でも思っていなかったのに自然と言葉が漏れ伝えていた。
「俺はいつだって穂花を応援しているよ。だって俺は――」
穂花の事が好きだから。
ほとんど反射的にそう告げようとしていた。告白するつもりなんてなかった。だけど今の茜色に染まる空からの熱に浮かされたようにして、俺は言葉を紡ごうとしていた。
だけどその言葉は突然強く吹いた風にかき消された。
突風は穂花を強くなでていく。
同時にスカートが大きく舞い上がって、慌てた様子で穂花は前を抑える。
一瞬だけ、その先に何か白い物が見えたような気もする。見えた、気もする。
見えたかな、見えなかったかな。あまりに影が強くてはっきりとはわからなかった。
でもなんか見えた。たぶんあれは。いや言うまい。
それにしても残念だ。残念すぎる。いや何が残念だったのかはわからないけど。
突然のことに俺は頭の中が混乱していた。
「……見た?」
穂花がスカートを押さえつけたまま、目を細めて俺をにらみつけている。夕暮れで影になっていても、穂花のその様子だけははっきりと分かった。
「み、みてないみてない。ちょうど逆光になっていたし、ぜんぜん見えなかった。白いのなんてぜんぜん見えてないし」
そこまでいってしまったと思う。わざわざ色まで言う必要はなかった。ほんとにほとんど一瞬ちょっと見えただけだったのに。そもそも俺が何かした訳で無くて、これは不可抗力というものだろう。
「うーーー。たかくんのばか」
ぷんとすねた様子でまた背を向ける。
ああ、もう。風の馬鹿野郎。ちょっと良い雰囲気だったのに。もう少し後にしてくれたらいいのに。
でもそうしたら俺は覚悟も出来ていないまま告白してしまっていただろう。それが避けられたのは良かったのかもしれない。
でもそれなら、どうせならもう少し明るい時に吹いてくれればいいのに。そしたらよく見えたのに。ああ、はっきりと目に焼き付けたかった。
けどまぁ穂花がそれほど恥ずかしい気持ちにならずに済んだのは、良かったのかもしれない。
物事には良い面もあれば悪い面もある。だからどちらがよかったのかなんてわからない。
だから本当にもう何に当たったらいいんだか、わからなかった。
俺は大きくため息をもらして、それからがっくりと肩を落とす。
だけど穂花は再びこちらへと振り返って、そしてにこやかに笑いかける。
「後夜祭そろそろ始まるね。一緒にいこ」
穂花はもうスカートが舞い上がった事は気にしていないようだった。まぁあれは事故だから、いつまでも気にしていても仕方ないという事だろう。
けどそれよりも後夜祭に行こうという言葉の方がずっと気にかかっていた。
「あ、うん。そうだな」
慌てて答える。後夜祭まで一緒にいれるとは思っていなかった。さっきの後夜祭が始まる前に回ろうといっていた事からも、穂花は後夜祭にはでないんじゃないかと考えていた。
穂花と二人で過ごす後夜祭はきっと楽しいだろう。
胸が強く高鳴るのを感じていた。
後夜祭でキャンプファイヤーの時に一緒にいた二人は必ず結ばれる。そんなジンクスを信じずにはいられない。
穂花と二人で過ごす時間は何よりも大切で、もしかしたら遠い場所にいってしまうかもしれない穂花と、今は少しでも一緒にいられたらいい。
穂花は急に昔の話を思いだしたようだった。
そういえばそんなこともあったっけなと、懐かしく思う。穂花はスポーツもけっこう得意な方ではあるけれど、そのときは逆上がりが出来なくて、ずっと練習していた。
穂花は何でもこなすけれど、どちらかといえばそれはたゆまぬ努力で身につけてきた結果であって、決して天才型ですぐに何もかも出来るというタイプではない。
逆に俺はまぁ持ち前の要領の良さで、逆上がりはけっこうすぐに出来るようになっていた。だからずっと練習を続ける穂花につきあって、放課後の鉄棒で一緒にいたと思う。俺は感覚派だから教えるのはあまりうまくない。それゆえに一緒にいてもあんまり役には立たなかったのだけれど、とにかくがんばれと応援は続けていた。
穂花は何度も何度も繰り返して練習をしていて、でもなかなかうまくできなかった。
それでも俺はずっと応援続けていた。
とうとう穂花が逆上がりをできるようになった時は、一緒に大喜びした事もあったっけと感慨深く思う。
穂花は実はあまり要領がいい訳では無い。だけど出来ない事を出来ないままにはしておかない強さがあった。だから何度でも繰り返して、出来るようになるまで練習をしていた。勉強にしてもそうだ。毎日の予習復習を欠かしていない。だからこそ良い成績を修めているわけであって、何もせずにテストで良い点数をとっている訳では無い。
決して天才ではない。だけど努力する事を惜しまない強さがあった。
そして俺はそんな穂花を、いつもすごいなと思っていた。
けっこう最初の方から逆上がりが出来た自分よりも、何度でも繰り返してとうとう出来るようになった穂花の方が、ずっとすごいと感じていた。
だからまぶしかった。
俺はそれほど努力というものが得意ではない。何度も繰り返して覚えなければならない漢字や英語は苦手だったし、スポーツも基礎練習のようなものは苦手だった。
だから穂花の強さを感じていた。
「そんなことあったっけか」
だから本当はよく覚えているけれど、少しとぼけて答える。
「うん。あったの。たかくんは覚えてないかもしれないけど、私はよく覚えている。だってあの時が一番嬉しかったから。たかくんが応援してくれてすっごく嬉しかった」
穂花がこちらを向いて、もういちど俺に笑顔を向けてくる。
ああ、この笑顔のために俺は生きているのだと思う。
穂花が笑ってくれているのなら、それだけで幸せに思う。
だからこれからも穂花を応援していきたいと思う。
だけどその結果として、穂花は遠くにいってしまうのかもしれない。華やかな世界に向かったら、穂花は離れてしまうのかもしれない。
そうしたらきっと寂しく思うのだろう。
だけど穂花の夢のためには、それを忌避してはいけない。
だから俺は背中を押す。ずっと穂花を応援し続ける。
穂花がたとえ遠い世界にいってしまうとしても、穂花の夢を支え続ける。
そう思う。
だけど目の前にいて光の指す穂花と、どこか影になって消えていきそうな穂花と、同じ場所にたっていられるのは今が最後なのかもしれない。そう思うと、俺は自分でも思っていなかったのに自然と言葉が漏れ伝えていた。
「俺はいつだって穂花を応援しているよ。だって俺は――」
穂花の事が好きだから。
ほとんど反射的にそう告げようとしていた。告白するつもりなんてなかった。だけど今の茜色に染まる空からの熱に浮かされたようにして、俺は言葉を紡ごうとしていた。
だけどその言葉は突然強く吹いた風にかき消された。
突風は穂花を強くなでていく。
同時にスカートが大きく舞い上がって、慌てた様子で穂花は前を抑える。
一瞬だけ、その先に何か白い物が見えたような気もする。見えた、気もする。
見えたかな、見えなかったかな。あまりに影が強くてはっきりとはわからなかった。
でもなんか見えた。たぶんあれは。いや言うまい。
それにしても残念だ。残念すぎる。いや何が残念だったのかはわからないけど。
突然のことに俺は頭の中が混乱していた。
「……見た?」
穂花がスカートを押さえつけたまま、目を細めて俺をにらみつけている。夕暮れで影になっていても、穂花のその様子だけははっきりと分かった。
「み、みてないみてない。ちょうど逆光になっていたし、ぜんぜん見えなかった。白いのなんてぜんぜん見えてないし」
そこまでいってしまったと思う。わざわざ色まで言う必要はなかった。ほんとにほとんど一瞬ちょっと見えただけだったのに。そもそも俺が何かした訳で無くて、これは不可抗力というものだろう。
「うーーー。たかくんのばか」
ぷんとすねた様子でまた背を向ける。
ああ、もう。風の馬鹿野郎。ちょっと良い雰囲気だったのに。もう少し後にしてくれたらいいのに。
でもそうしたら俺は覚悟も出来ていないまま告白してしまっていただろう。それが避けられたのは良かったのかもしれない。
でもそれなら、どうせならもう少し明るい時に吹いてくれればいいのに。そしたらよく見えたのに。ああ、はっきりと目に焼き付けたかった。
けどまぁ穂花がそれほど恥ずかしい気持ちにならずに済んだのは、良かったのかもしれない。
物事には良い面もあれば悪い面もある。だからどちらがよかったのかなんてわからない。
だから本当にもう何に当たったらいいんだか、わからなかった。
俺は大きくため息をもらして、それからがっくりと肩を落とす。
だけど穂花は再びこちらへと振り返って、そしてにこやかに笑いかける。
「後夜祭そろそろ始まるね。一緒にいこ」
穂花はもうスカートが舞い上がった事は気にしていないようだった。まぁあれは事故だから、いつまでも気にしていても仕方ないという事だろう。
けどそれよりも後夜祭に行こうという言葉の方がずっと気にかかっていた。
「あ、うん。そうだな」
慌てて答える。後夜祭まで一緒にいれるとは思っていなかった。さっきの後夜祭が始まる前に回ろうといっていた事からも、穂花は後夜祭にはでないんじゃないかと考えていた。
穂花と二人で過ごす後夜祭はきっと楽しいだろう。
胸が強く高鳴るのを感じていた。
後夜祭でキャンプファイヤーの時に一緒にいた二人は必ず結ばれる。そんなジンクスを信じずにはいられない。
穂花と二人で過ごす時間は何よりも大切で、もしかしたら遠い場所にいってしまうかもしれない穂花と、今は少しでも一緒にいられたらいい。