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作者: 月ノ瀬 静流
残酷な描写あり
3.庭園迷路の囚人-2
「カイウォル殿下が必要とされているのは、私の異母姉あねではなく、〈神の御子〉です。異母姉あねのことは、お捨て置きください」

 ハオリュウは、単刀直入に『〈神の御子〉』と切り出した。

 迷路の入口はハオリュウの逮捕でも、出口は〈神の御子〉なのだ。回りくどく話を進めている間に、『多忙な』カイウォルに逃げられぬよう、一気に核心に迫る。

「君の気持ちは分かりますが、『ライシェン』は、鷹刀一族に奪われたのですよ。君の姉君の恋人、鷹刀ルイフォンの属する、鷹刀一族に。――ならば、メイシア嬢は無関係とは言えません。王宮に出向いて、しかるべき態度を示すべきでしょう」

 傲慢な王族フェイラそのもののカイウォルの弁に、ハオリュウは気色ばんだ。

「お言葉ですが、殿下。『ライシェン』は、『あなたの部下』であり、王族フェイラ直属の研究組織〈七つの大罪〉の研究員である、〈ムスカ〉という男の監視下にあったはずです。問い詰めるべきは、〈ムスカ〉でございましょう」

 さり気なく、『あなたの部下』を強調した。何故なら、菖蒲の館での会食のとき、カイウォルは〈ムスカ〉を自分の手の者として、自慢げに紹介したのだから。

 さてはて、いったい、どう取り繕うつもりであろうか。

 ハオリュウは、胸の中で嘲弄する。

 しかし、不遜なことに、カイウォルは大げさなほどの溜め息で返してきた。

「ハオリュウ君、〈ムスカ〉は鷹刀一族の出身なのですよ。彼は『ライシェン』を連れ去り、自身の一族のもとに身を隠しました。血族に匿われた〈ムスカ〉を引っ張り出すのは、容易なことではありません」

 なれば、メイシアを利用するのは当然だと、言外に告げる。

 ――厚顔無恥にもほどがある。王族フェイラならば、何をしてもよいと思っているのか。

 自分の内部から、憎悪が膨れ上がるのを感じた。

 だが、分別ある貴族シャトーアの彼は、その感情を外へと出すような愚は犯さず、闇色の瞳を冷ややかに細めるに留める。

 まだまだ机上の空論でしかない『この国から身分をなくす』というハオリュウの未来図の中に、現在の王族フェイラへの処遇という問題がある。

 本来なら、現王をたおすのがすじであろうが、この国は、白金の髪、青灰色の瞳の天空神を崇める宗教国家だ。国民感情に配慮すれば、神と同じ姿をした女王に危害を及ぼすべきではない。

 ――その代わり、カイウォル殿下に、王族フェイラの象徴として消えていただくことにしよう。

 国家の運営という面において、カイウォルの手腕が必要不可欠であることは理解している。だが、そのころまでに、ハオリュウ自身が有能になればよいだけだ。

 未来へと思いを馳せることで、ハオリュウは、この場では、ぐっと苛立ちを呑み込んだ。

 気を取り直し、低い声で「殿下」と呼びかける。

「高潔を誇りとする鷹刀一族は、非道な〈悪魔〉として生きる道を選んだ〈ムスカ〉を、追放処分としています。故に、鷹刀一族が〈ムスカ〉を保護するなど、あり得ません」

 冷涼とした光沢を放つ、絹糸けんしの如く。ハオリュウは静かに断言した。

 現状という迷図に、彼は『策』という名の『糸』を張り巡らせる。

 真実と虚偽とをり合わせていとを紡ぎ、カイウォルに手繰たぐらせ、用意した出口へと誘う――。

「ほう。姉君だけでなく、君自身も、かの一族に詳しいようですね」

 蠱惑の旋律が、興を帯びた。

 ハオリュウは内心の笑みを悟られぬよう、瞳を伏せる。

「鷹刀ルイフォンをはじめとする、鷹刀一族は、私の命の恩人なのです」

「命の恩人とは……。穏やかならざる話ですね」

「ええ。私は、父に命を狙われました。――正確には、『あなたの部下』である〈ムスカ〉によって別人にされてしまった、『父の姿をしたもの』に、です」

「!?」

 困惑に眉をひそめたカイウォルの視界の中心で、ハオリュウの背後に、くらい闇が広がった。

 カイウォルの奈落の瞳より、更にくらい漆黒が、深淵を覗かせる。

「〈七つの大罪〉の技術のひとつである『〈影〉』というものを、殿下はご存知でしょうか? 父は、その技術の実験体にされました。藤咲家の没落を狙う、とある貴族シャトーアからの依頼を受けた、〈ムスカ〉の仕業です」

 王宮に属する摂政は、神殿に属する〈七つの大罪〉の技術については、ほとんど知識がないと聞いている。それでも、ハオリュウが故意に選んだ『実験体』という言葉には、さすがに感じるものがあったのだろう。

 カイウォルの喉が、こくりと動く。

 それを確認し、ハオリュウは静かに畳み掛けた。

「私は、『父の姿をしたもの』に、足を撃ち抜かれました」

 不自由になった足に視線を落とし、寂しげに笑う。

 車椅子は要らなくなっても、以前のように走ることは二度と叶わぬ足だ。

「動けなくなった私が、とどめを刺されそうになったとき、鷹刀ルイフォンに助けられました。どうやら、責任感の強い鷹刀一族は、追放したとはいえ、血族である〈ムスカ〉のしでかしたことの後始末に奔走していたようで……、私は運が良かったのです」

 すべてが真実ではないとはいえ、おおむね間違ってはいない。そして、ほぼ事実である虚構は、人を惑わすに充分な信憑性を持つ。

 案の定、衝撃の告白に、カイウォルは顔色を失った。

「私と異母姉あねが、鷹刀一族と知り合ったのは、そういう縁です。この件がもとで、父は、そのあと亡くなりました」

 父の死因は、うやむやに誤魔化す。間違っても、ルイフォンの毒刃が命を奪ったなどとは言わない。

「殿下が不審に思われた『渓谷の事故』は、父の死と、恩人であるルイフォンと恋仲になった異母姉あねの気持ちを考え、私が作り上げた嘘です」

「ハオリュウ君……、君にも事情があったのは分かりましたが、嘘は……」

「だって、殿下。仕方がないではありませんか。『〈影〉』は存在しないはずの技術です。傍目には、乱心した父が、息子の私の命を狙ったようにしか映りません。表沙汰になれば、藤咲家の恥となります。――それ故の『渓谷の事故』です」

 本来なら、王族フェイラの言葉を遮るなど、あってはならない無礼だ。しかし、あえて禁を破り、ハオリュウは追い詰められた非力な少年こどもを演じる。

「それとも殿下は、王族フェイラ直属の研究員である〈ムスカ〉が、藤咲家を狙う陰謀に加担したと、公に認めてくださるのですか?」

「それは……。いえ、そもそも、〈ムスカ〉が関わったという、証拠は……」

「証拠など、あるわけがないでしょう? 〈七つの大罪〉の〈悪魔〉の仕業なのですから」

 理屈になっていない理屈も、『〈七つの大罪〉』という単語の魔術で煙に巻く。〈七つの大罪〉の技術を恐れるカイウォルが相手なら、効果があるはずだ。

 ただし、細かく問い詰められれば、舌先三寸でっちあげには必ず矛盾ボロが出る。引き際が肝心だ。

「なんにせよ、むざむざと当主の死を許したことは、藤咲家の落ち度です。我が家の名誉に関わる問題ですから、どうか、これ以上は訊かないでください」

 声を震わせ、ハオリュウは、そっと自分の足を撫でた。

「……っ」

 カイウォルが声を詰まらせた。その機を逃さず、ハオリュウは仕掛ける。

「〈ムスカ〉という人物は、どうしようもない人間の屑です。けれど、過ぎたことを恨んでも、もはや取り返しがつきません。――それより、私が真に申し上げたいことは他にあるのです」

 険しい顔を向けたハオリュウに、カイウォルの目線が説明を促す。 

「これから〈ムスカ〉を探し出し、『ライシェン』を取り戻したとしても、その『中身』が無垢な赤子である保証は、どこにもございません」

「!?」

「『〈影〉』という技術は、人間の肉体に、別の人間の記憶を――精神こころを書き込むものです。もしも、『ライシェン』の肉体に、〈ムスカ〉の記憶が書き込まれれば、いずれ〈ムスカ〉が、この国の王として君臨することになります。――そんな恐ろしいこと、私は考えたくもありません」

「――なっ!?」

 カイウォルにとって、ハオリュウの発言は青天の霹靂だったのだろう。典雅な美貌が凍りつき、彫像のように固まった。

 ハオリュウは胸中でほくそ笑み、言を継ぐ。とうの昔に死んだ〈ムスカ〉を、今も生きているかのように平然とかたる、自分自身に呆れながら。

「殿下。どうか、『ライシェン』を追うのはおやめください。――その代わり、私に妙案がございます」

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