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作者: 唯響-Ion
第十話 タピオカミルクティー
 秋月環奈と仲良くなった弥勒。彼女の紹介で、東京にはなかった陰陽部の部員と知り合う。
 弥勒(みろく)と秋月は、昼休みに屋上で会っていた。二人の手には、相も変わらずタピオカミルクティーがあった。それは毎日弥勒(みろく)が持参するものだ。プレゼントしたタピオカ一ヶ月分の量は多く、秋月は家に隠すことができなかったのだ。
「秋月さんって、本当にタピオカが好きだよね。どうしてなの?」
「別に私だけじゃないよ。みんなと同じで流行りに乗りたいだけ」
「でもタピオカってもう古くない?」
「さりげなく田舎差別をしないで。時間差よ時間差。東京だって、本場の台湾からは何年も遅れたじゃない」
「そ、そうなんだ。知らなかった。でも秋月さんは家の人の目を盗んでは、よく福岡へ行くんでしょ? もうタピオカも唐揚げもハンドスピナーもあんまり見ないんじゃない?」
「まぁ唐揚げは今も見るけど。タピオカが都会で流行った時はまだ中学生だったから、今みたいに福岡へ行くこともできなかったんだ。だから、憧れがまだ消えなくってね」
「その気持ちなんだか分かるなぁ。憧れって消えないよね」
 弥勒(みろく)にも、そういう経験があった。些細なことだが、子供の頃から世間の流行りに触れたいという気持ちと、それを許してもらえない環境という狭間で苦しんでいたのだ。
 世間は毒。それは父正仁がよく言う言葉だった。やるべき事から意識を奪う誘惑の塊、都会。その甘い蜜は享楽という毒に体を侵させ、終いには、生まれた意味を忘れさせて一生を無駄にしてしまうのだ。
 そう、自分には生まれた意味がある。遠く離れた九州までやってきて、役目を担うことになったのだ。弥勒(みろく)は、突然そのことを思い出し、楽しい気持ちが消えた。
「突然暗い顔してどうしたのよ」
「いいや、なんでもないんだ。ただ、秋月さんの気持ちに共感しすぎた。成りたい様に、やりたい様に。そんな簡単なことも、僕たちにとっては難しすぎることだ」
「こそこそ飲むタピオカもいい味だよ。ありがと」

 放課後に秋月は、帰ろうとする弥勒(みろく)を止めた。その隣には、友人の男の子がいた。
「惟神(かんながら)の陵王、弥勒(みろく)君だよね」
「そうだけど、他のクラスの人?」
「三組の緒方吉臣(おがたよしおみ)です。ごきげんよう」
「ごきげんようってあんまり男性から聞く言葉じゃないけど……ごきげんよう」
「弥勒(みろく)くんのことは以前からよく耳にしてたんだ。会えて本当に光栄だよ」
「こちらこそです」
「明日は暇かい? 僕は東京にはない陰陽(おんみょう)部でね。おもてなしという程でもないけど、弥勒(みろく)くんに観光をして行ってほしいんだ」
 陰陽(おんみょう)部とは、妖怪や怨霊(おんりょう)、式神(しきがみ)といった、現世(うつしよ)と黄泉(よみ)の国のあいだに存在する不思議な世界の住民を管理、研究する部活である。八百万(やおよろず)が多く住む地域にのみ発生する怪異がいなくては成立しない部活の為、基本的には由緒正しき神社がある田舎にのみ存在する部活であった。
「陰陽(おんみょう)部って、京都とか伊勢にしかないと思ってたけど……でもそうですよね、宮崎神宮程の大きな神宮があるからには、陰陽(おんみょう)部があってもおかしくない」
「君はそういう怪異についても興味があるのだろう? タピオカのお礼に、どうだろうか」
 思いもよらない収穫だと、弥勒(みろく)は思った。東京で生まれ育った弥勒(みろく)は、怪異を見たことはなかった。しかし、惟神(かんながら)庁長官の嫡子であり神通力の求道者の端くれとして、怪異の類に対する興味や知識欲はあった。
「ありがとうございます。是非お願いします!」
 約束を取り付け、その日は帰宅した。学校がある山奥から、執事が運転する車で降りていく。次第に日が暮れ、西の空は紅く、東の空は暗くなる。その美しいコントラストに見惚れた。
 陰陽部……陰陽師の卵を育成し、八百万等を研究、管理する部活。
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