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残酷な描写あり
3話 出自
出自しゅつじ

 かわやはどうにか無事ぶじだった。安心したことで、気持ちにゆるみが出たころで体にもゆるみが出たようだ。ひとまず、今の自分の立場を知る必要がある。父が帰ってくるまでに情報じょうほうを集めることをこころみる。どこから手を付けて行けばよいだろうか。まずは、今の時代を知るところからだ。

  太郎「何か手伝えることはありませんか?」

 女中じょちゅう言葉遣ことばづかいや行動におどろきつつも。

  ??女中「太郎さま。今はまだみ上がりです。ゆっくりしていてください。それから私の事を覚えていませんか?私は本多家ほんだけつかえる女中のカメです。カメと太郎さまからは呼ばれていました。気をつかわずお呼びください」

 太郎はまず女中の名前を知った。

  太郎[カメというのか。見た目から推測すいそくするに、三十路みそじくらいだろうか。長年仕ながねんつかえているのか馴染なじんでいる。だが、他に女中らしき女性は見当たらない。カメ一人で切り盛りしているのだろうか。身内みうちのような存在そんざいなのだろう]
  太郎「おカメさん。私は過去の自分の事を忘れてしまったようだ。おカメさんの分かることだけで良い。父上が戻るまでの空いたじかんで良い。話を聞かせてはもらえないだろうか」
  カメ「もったいないお言葉。私の事はカメで良いのです。ではどこから話しましょうか。太郎さまのことから話しましょうか」

 カメによると太郎の名前から年齢ねんれい、家のことなどを話してくれた。分かったことは、元和げんな元年師走しわす。13歳。元服げんぷくはまだしていない。江戸幕府えどばくふ老中ろうじゅう本多弥八郎やはちろう家の分家ぶんけ嫡男ちゃくなん。名を、本多太郎という。父の名は、恒興つねおき38歳。母の名は、トラ28歳。他の兄弟は、弟の二郎ジロウ11歳と三郎サブロウ10歳の年子としご。妹が1人いて詩麻シマ8歳。

 元服とは、現代で言う成年せいねん成人せいじん。14歳前後で元服することが多かった。

 太郎の事は、語りづらそうにしながらも、畑作業はたけさぎょうには熱心ねっしんに取り組み、朝起きてから朝食をとったのちも畑作業に取り組む。真面目まじめな性格なのはわかるが、あまりかしこさは無いようだ。剣の稽古けいこも真面目に取り組む。寺子屋てらこやでの成績せいせきは今一つ。

  太郎「大体わかった。ありがとう。私は体力が有り余っているようだ。どおりで治るのが早いわけだ。ありがとう。おカメさん」

 気がついてから、両親とカメと薬師くすしの4人しか知らない。弟2人と妹にはまだ会っていない。どうしているのだろうか。
 
 太郎[前世の太郎は畑仕事に真面目だったらしいな。畑を見て来るか。だが、適当てきとうにふらついてても得られるのは少ないだろう。誰かいないだろうか。外で誰かに聞いてみるとしよう]



師走しわす先走る】

 カメに畑を見て来ると言って家を出た。何日ぶりだろうか冬らしくかわいた空気が心地ここちよい。まわりを見渡みわたすと田畑でんばたが広がる。師走ではあるが、畑には人が居る。少し声を掛けてみることにした。

  太郎「すまぬが少しよろしいだろうか」

 人が居るのは分かるが、誰に声を掛けられたのかわからない。
 
  百姓ひゃくしょう「ん?おお!若さま。このようなところへ!お身体からだは良くなられたのですか?」
  太郎「この通りだ。いやな、どんなのを作ってるのかと思ってだな」

 腹を叩き体調が良くなったアピールをする。
 手ぬぐいで汗をぬぐいながら立ち上がる。

  百姓「はぁ。師走ですし作物さくもつは少ないですが、温かい時期には米を主に作っております。畑では大根やかぶなども作っております」

 分かり切ったことをなぜ聞くのかと不審ふしんに思いながら答える。

  太郎「う~ん。米の刈り取ったあとは遊ばせてるのか?ソバを植えるというのはどうだ?畑は大根や蕪か。それは、この時期でもできるだろ。なぜつくらん?」

 思わぬことを言われて戸惑とまどう百姓。

  百姓[若さまは先ほどから分かり切ったことをなぜ聞くのだろうか]
  百姓「はぁそれはこの時期は作らずと代々伝わっておりましたゆえ。若さまはなぜそのようなことを?」
  太郎「知らぬか。この季節きせつの大根は甘味あまみすと聞いている。まずは、大根だと丁度ちょうど良い頃合ころあいだが、失敗しても良いように、蕪の連作れんさくはどうだろうか」

 驚く。試したことの無い連作とはいえ、案を出されたことに驚きを隠せない。

  百姓「なるほど。雪にもれても大根や蕪であれば安心ですな。ソバも面白いですな。他の者たちに話してまいります」
  太郎「それと少し見て回りたい。誰か連れに来てはもらえんだろうか」
  百姓「でしたら娘に行かせましょう。ほれ、千代。若さまについてまいれ」

 小さい女の子。千代チヨという。おさなく見える。

  千代「若さまどちらまで行かれますか?」
  太郎「そうだな。とりあえず少し歩こうか」

 畑を見て回る。師走ということもありあまり農作業をしていないようだ。閑散かんさんとした様子ようすだ。冬らしい景色けしき。千代がこちらを見ているように感じる。

  太郎「ん?お千代ちゃんどうかしましたか?」
  千代「へ!?あっ。いえ、若さまがわたしの知らない若さまのように見えて」

 以前の太郎わたしを知っているようだ

  太郎「どうやらそのようだ。すまんな。以前いぜんの私はどのようなものだった?」

 幼い子供でも気をつかう。言いづらそう。

  千代「若さまは、あまりお考えを言われませんでしたが、もくもくと作業に取り組んでらっしゃいました。それに。。。」
  太郎「それに?」
  千代「わたしのようなものに声を掛けてくださることはありませんでした」

 少しうれしそうに話す。

  太郎「そうか」

 深いため息をく。まさかこれでは別人じゃないか。

  太郎[まずいな]
  太郎「それは悪いことをしてたな。許してほしい。これからは、もっと効率こうりつの良い畑づくりを考えていくからな。お千代ちゃんたちの生活がもっとよくなるよう」
  千代「そんな!若さま」

 千代は太郎と直接話すことや本音で話してしまったことをあやまられるとは思っておらず。心から嬉しく思う。お千代ちゃんと呼ばれるのはまだくすぐったい。

  太郎「お千代ちゃんはいくつだ?」
  千代「とおです」
  太郎「そうか。としも近い。これからも仲良くしてほしい」
  千代「もったいない!わたしでよければ」

 太郎は心許こころゆるせる仲間ともを手に入れた。とはいえまだたてつながり。しかし、前世の記憶もありそれらを使って行動できるのは良い武器ぶきたと感じる。前世の農民時代は、生きるのに必死でいっぱいだった。今は、武家ぶけ嫡男ちゃくなん。嫡男の身分みぶん利用りようして、色々試してみたい。

 太郎は千代と別れ、屋敷やしきへと戻る。
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