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残酷な描写あり
襲撃
【これまでのあらすじ】
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。旦那衆に認められ単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。先祖は徳川幕府2代将軍秀忠の時代。100石の嫡男に転生。右肩に火傷。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ねる。寺子屋の経営を譲渡。大御所の死去に伴い、父恒興は小山を発ち、江戸で苦労し体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者だと指摘。師範を増やす為の育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者。早速、正純に報告する。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。
ー翌日ー

  恒太郎「では、今日は特別に『寺子屋のぞうすい』売りの平六さんに来ていただきました。平六さんから皆さんにどうしても聞いて欲しい話があるそうです」
  平六「お久しぶりの方も初めましての方もいらっしゃいますね。『寺子屋のぞうすい』の店主の平六です。今日はどうしても皆さんに聞いて欲しいことがあったのでこうして寺子屋へ来てます」

 子供たちは、先生以外の人が話すので集中して話を聞く。

  平六「皆さん今日も皆食かいしょくで、雑炊を頂きましたか?美味しかったですか?」
  子供たち「美味しいけど暑いのにアツアツの雑炊はちょっと」
  子供たち「冷たい雑炊がいいな」
  平六「アツアツでしたか。そうですか。私が売っている雑炊はいつでもアツアツなんですよ。それでも人気があります。なぜかわかりますか?」

 子供たちは互いに顔を見合わせ首をかしげる。

  平六「それは、お腹を壊さないためなんです」

 子供たちは、なぜなのか。どうしてなのかとざわざわしている。

  平六「以前、葉月はづきになる前の頃ひとりの男性が言ったんです。『なんで暑いのにアツアツの雑炊なんて売るんだよ』と。その時にこう返したんです。『ました雑炊はいたみやすくなり腹を壊しやすくなりますよ』というと、男性は夏でも鍋を食べるのを思い出し納得してくださいました」

 子供たちも頭に家の鍋を思い出す。そういえば囲炉裏いろりに鍋がいつもあるなと。

  平六「呼び込みでも『腹が鳴るのは空腹くうふくだけにしとけぃ!腹を下して鳴らすのは男のは恥だ!』と呼んでいるのです。その呼び声に汗を流しながら雑炊を食べてくださいます」

 子供たちもマネる。

  平六「皆さんも夏の熱い時期に熱い雑炊が出ても喜んで残さず食べましょう」

 一礼し後ろに下がる。

  恒太郎「静かにして下さいね。マネは後にして下さいね。平六さんの話はどうでしたか?皆さん真面目に聞いてくれて嬉しいです。次回はいつになるか分かりませんが、色々な職人さんたちから話を聞いてみたいですね。先生は色々な人に聞いて探してみますね」

 当時は、職を変えることは難しい時代ではあったが、職からなにかを学ぶことが出来ればその職に対しての尊敬の目で見ることが出来ます。前世の記憶があるツネタロウの時代でも当然、職を変えるのは特別なこと以外では出来なかった 。

 子供たちは何度も平六のマネをしながら帰っていく。

  千代「今日はいつになく賑やかな一日になりましたね。みんなまだ暑いのにだらけることなく最後まで話を真面目に聞いてました。いつもこうだと良いんですけどね」
  恒太郎「平六よ。毎日でなくても良いぞ。大変だろうからな。十日に一度でもよいぞ。分かってはいると思うが、帳簿ちょうぼは必ずつけてるのだぞ。天候には肌で感じた暑さや寒さを購買層こうばいそうをおおよそで付けていくんだ。店舗が増えてもそれは忘れるな。余らせずに完売させるためにも記録は必要だ。感覚だけでは失敗するからな」
  平六「わかりました。その日の売上だけは記録してましたが、天候や購買層ですか。確かにどの世代が食べるのか分かれば仕入れ量がわかりますね。明日からやってみます」

 寺子屋に顔を出すのが楽しみなのは、恒太郎からの今すぐ使える技を教わることが出来ることにある。卒業しても寺子屋で学ぶことはいくらでもある。

正直者/b

 長月ながつきに入る頃事件が起きた。なんと、寺子屋にが入ったのである。盗まれたのは、勉学に使用する書物と味噌・塩。机は散乱さんらんしてはいたが壊れてはおらず一安心。被害総額は、1両ほど。なかなか馬鹿にならない金額。幸い、金銭は置いてない為金目かねめになりそうな書物を数冊と味噌と醤油を盗まれただけで済んだ。このことは、町方まちかたに届け出てはいるが、空き巣と誰も顔も見て無いので、捕まる気配はうかがえなかった。
 そこで、独自に調べることとした。町を歩き古書こしょを扱っている店へ向かい似たものは無いかと探す。味噌や塩は、使われたらわからないが、書物ならば売ることが出来るため小山で売っていればそこから足が付く。しかしまともな盗人ぬすっとならば、他の町で売るに違いないと思ってはいたが、ひとまず自分の目で確かめようとすることとした。
 数日、昼休憩などで町中を歩いていると雑炊売りの平六と出会った。平六に事の顛末てんまつを伝えると。

  平六「もしかしたら雑炊が関係してるのかもしれません。私が客から聞かれることがありましてね。『寺子屋に恩返おんがえししないとな』と言われて『月に三回寺子屋におさめてますよ』なんて言ってしまったんです。それでもしかしたら、寺子屋に金があると思い盗みに入ったのかもしれません」

 少し真面目で良かれと思って言ってしまったのだろう。性格がよく出ている。本来ほんらい、寺子屋にだまって商売をしても良かった。しかし、真面目な性格の為、客に言われる言葉1つ1つに返していたのだろう。しかし、大人ならば金目の話はしたくない。うやむやで回避するものなのだが素直な性格がわざわいだったのだろう。今回は仕方ないところでもある。恒太郎は首をひねり額をく。
 時期的にもその頃だろうからおおよそ平六の言ってることが正しいのかもしれない。となると、しばらくするとまた来るかもしれない。

  恒太郎「わかった。これからは金の話は適当てきとうに流して話すように。どの人も素直に話す大人はいないからな。あまり素直だと自分のくびを締めることにもなりかねん。商売敵しょうばいがたきが出てきて商売が苦しくなる原因になりかねん。金の話は素直にならない方が身のためだぞ」

  平六「そうでした。父上に話叱られてきます」

  恒太郎「そういうとこだぞ。平六。素直すぎる。今も父上の手伝いしておるのだろ?だったら父上と客の会話に聞き耳を立てよ。父上はきっと素直には語って無いはずだ。笑いながらひらりひらりとやなぎのようにわしているだろう。ご両親と客の会話をよく観察して見なさい。それもまた勉強だ」

 おおよその事はわかった。このまま泣き寝入りはつまらない。武家の家に空き巣が入ったようなものだ。これは武家として恥でもある。なんとか捕まえたい。
 寺子屋に戻り手を打つこととした。

 平六。悪いな。


襲撃/b

ーしばらくー

 ぴーーーーーぴーーーーーーぴーーーーー

 御用ごようだ!御用だ!御用だ!!

 出たのである。盗人が出た。そう。この寺子屋へまた空き巣が入ったのである。前回、書物を盗まれるも獲得かくとくできなかった金目の物。今回はその金目の物を盗みに入ったのだ。
 だがしかし、あっさりと包囲ほういされ盗人は捕まる。空き巣は所詮しょせん空き巣。盗人の能力もあまり高くなく手練てだれはいなかったのは幸いだった。



ー10日前ー

  国明「恒太郎様。なんとか我らで捕まえたいですな」

 口火は、国明が切る。

  恒太郎「そうだな。平六には悪いが、平六を利用させてもらうとするか」

 チヨを手招てまねきして呼ぶ。

  恒太郎「お千代さんよ。少し手伝ってはもらえんだろうか。明日からしばらく昼に平六の店で手伝ってきてはもらえんだろうか。雑炊の方は国明か私のほうでやるからな」
  千代「それは良いのですが、手伝うだけで良いのですか」
  恒太郎「恐らくさぐりを入れてくる時期だ。きっと同じように聞いてくる客が出て来るはずだ。その客は、寺子屋・売上・繁盛はんじょうしている。この三つのどれかを聞いてくるだろう。そこで、平六の間に入りこう言うんだ。『寺子屋の下にツボに入れているのを見たことがある』と言うんだ。恐らく平六のことだ. 止めに入るだろう。止めに入ったらそれで終わったらよい。周りの客を笑わせるくらいにしておきなさい」
  千代「笑わせる。ですか。難しいですね」
  恒太郎「難しければ、少し平六と言い合うところを客に見せておけば人はいろんなことを思うから適当なところで終われば良い。私とお千代さんの掛け合いなんて、はたから見れば面白いと思いますよ」
  国明「ようは、冗談じょうだんのように振る舞えばよい。勝手に勘違かんちがいしてくれますからね」

 千代はそれでもよくわからないという表情。

  国明「それで私は何か手伝えるのでしょうか」

 今か今かとあせる国明に手で待ての仕草しぐさ

  恒太郎「順を追って話してるところだ。まぁ待て。国明には働いてもらわないと困るのでな」
  千代「どのような事か分かりかねますが、明日から平六さんのところで手伝ってきます」
  恒太郎「よろしく頼む。客が食いついたところで、手伝いは終わって良い。その報告を頼むよ」

 ひとまず理解したようだ。そのまま国明にも伝える。

  恒太郎「では国明よ。指示があるまでいつも通りに過ごしなさい。その時が来るまで待っていてください。必ず必要としますからね」



―寺子屋のぞうすい―

 平六の店に千代が来た。準備を手伝う千代。

  平六「千代ちゃんどうした?」
  千代「先生に言われて手伝いに来たよ。どんなもんか見ておいでと言われて」
  平六「そうなんだ。助かるよ。じゃあお椀とお箸の準備してもらえる?」

 千代は言われたとおりに準備をする。たらいに水を張りその場でお椀や箸を洗える準備をする。

  千代「今日も暑いね。いつもどれくらい人が来るの?」
  平六「暑いね。暑い時に暑いというと余計に暑くなるから言わない方が良いってさ。客は日によって違うからね何とも言えないな」
  千代「そっか。たくさん来ると良いね」

 雑炊が出来上がる少し前で暖簾のれんを出し開店を示す。声を掛ける。

  平六「お待たせしました!寺子屋のぞうすい開店です!今日は看板娘かんばんむすめもいるから寄って行ってね!」

 その声に釣られて常連客がやってくる。

  常連客「おおっ!今日は可愛い子が来てるな!どれ。一杯もらおうか!」

 千代が接客をし平六はお椀に雑炊を入れ千代に渡す。千代は代金を頂き、箸をつけて渡す。それを繰り返す。

  常連客「いいね。いつも平六ひとりだからな。可愛い子がいるだけで味が違うように思うよ」

 まわりも笑いながら食べる。

  常連客「ずっと看板娘として働いてくれたらおっちゃん嬉しいんだけどな」

 看板娘にばかり目が行くようだ。確かに開店以来初の事だから分からなくも無いのだが。

  平六「看板娘がいなくてもうちの雑炊は美味いんだよ!」

 通行人も笑う。
 今一つ盛り上がりにけるので、呼び込みをする。

  平六「腹は減ってねえか?小腹が空いたらどうする?ごまかすのに寝るか?だがこうも暑くては寝ても居られねえ。だったら小腹を満たしてやったらどうだ。小腹を見たしたらどうする?そうだ。昼寝だ。昼寝をして働くとどうだ?頭がえるってなもんだ。冴えた頭で残りの仕事をしてみろ。はかどる捗る。捗らせるには雑炊をたべる!まぁいいから食って見な」

 テンポよく歌うかのように、ひとり芝居を見ているかのような小気味(こぎみ)良いノリで呼び込みをする。行きかう人たちが聞き耳を立てる。興味を持った客は、寺子屋のぞうすい売りに金を払い食べる。思いのほか量があり腹が満たされた気分になる。すると眠くなる。木陰こかげ仮眠かみんをする者たちが増える。まさに、呼び込み通りの流れになる。
 その流れを見て千代は感心する。


ーそれから3日後―

 いつものように千代は昼だけ手伝いに行く。平六とのやり取りが上手く行き長年共に働く者のように、全てを語らずとも通じ合う。
 看板娘ということもあり客もそれ目当てで足を運ぶ者たちも出てきた。平六もこれは良いと考えるようになって来た。看板娘を雇うことも視野しやに入れるようになった。
 たまに来る男が平六にたずねる。

  男「主人よ。今日も偉いにぎわってるな」
  平六「ええ。皆様のお陰です」
  男「これだけ売れてたらお師匠さんもうるおってることでしょうな」
  ヘイロク「ええ。まぁ。そうですね」

 この流れはと平六は瞬時しゅんじに思うも根っからの正直者。顔に出てしまう。千代は助け船を出し平六を奥に追いやり応対する。

  千代「そうなんですよ。私たち寺子屋の子供たちなら誰でも知ってます。この売れた雑炊の一部をお師匠さんに渡してるんですよ。十日に一遍いっぺん寺子屋に顔を出して。そしたらお師匠さん喜んでくれて。そのお金をたたみしたつぼがあって。そこに入れてるんですよ。ほら。畳の下なら盗むのはせいぜいネズミくらいなものでしょ」

 千代は笑いながら話す。それを聞いた平六が飛んでくる。

  平六「ははは。千代ちゃん。もうそんなこと大きな声で言って。はしたない」
  千代「え?だってホントのことじゃないですか」
  平六「ホントかどうかは私は知らないよ。だとしてもそういうことは大きな声で話すものではないと」

 焦る平六。千代は周りを見渡し笑顔で言葉を返す。

  千代「やだ。みんな見てるじゃないの。はずかしい」

 千代はそう言うと奥に隠れる。と言っても出店なので隠れようがない。それを見た通行人や客たちが笑う。千代はこういうことなのかと理解をした。

 売り切れて店は閉店。

  平六「どうしたのさ、いつもの千代ちゃんじゃないみたいだったけど」
  千代「楽しかったです。今日でお手伝い終わりになります。平六さんありがとうございました。先生に今日までのことを話せます。非常に勉強になりました」
  平六「千代ちゃんにいくらかでもお給金払わないとね」
  千代「いいですよ。勉強させてもらっただけですから」
  平六「いいや。ボクも勉強になりました。看板娘の必要性を。気づかせてくれたので、お給金貰ってください。少ないですが」

 手渡したのは30文。今の貨幣価格にするとおよそ750円。僅かではあるが、雑炊1杯分を手渡した。

  平六「少ないけど取っといて。千代ちゃんには感謝してる。ボクも楽しかった」

 千代は一礼して寺子屋に戻る。
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