残酷な描写あり
Bet1
サブロク機関を襲撃するも、逆に囚われてしまった二人。
嫌々ながらも「仕事」を引き受けることに——
嫌々ながらも「仕事」を引き受けることに——
「現在、元総理の国葬派と慎重派で与党内が分裂しているのは知っているな?」
宮野によるブリーフィング。不本意ながらミワは奇妙な懐かしさを感じていた。もう経験したくないと思っていた空気。反吐が出そうな郷愁。
「ターゲットは慎重派を束ねる現職総理の田畑文蔵。民自党が政権を担い続けるための国家的な儀式に、水を刺そうとする愚か者だ。奴を殺せ」
淡々と説明をする宮野。
「なるほど〜? 故人を骨までしゃぶり尽くして、一党独裁体制強化の肥やしにしようってわけ。相変わらず政治屋はクソみたいなこと考えるっていうか、元総理も死んでまで利用されて哀れというか。そりゃあ現職総理も常識もってりゃ国葬ごっこなんて躊躇するわな。ていうかさぁ、与党のおっさんどもは国葬で国民たちを喪に服させるつもりなんだろうけど、その当の主役が現役だった頃、指示された改竄に苦悩して自殺した官僚とか入管で虐待の末死んだ外国人とかには喪に服した訳?」
相変わらずのふざけた態度を貫く。
「口を慎め、クソガキ!」
一人の警備兵が、手にしたライフルの銃床でミワの顔を殴りつける。
「よせ。子供の戯言だ。大人がムキになるんじゃない」
「はぁ、しかし」
食い下がりかけるも、宮野の眼光に気づいた兵士はすぐに引き下がった。
「明日夜八時、総理は官邸前で会見をすることになっている。こちらで狙撃銃を用意した。それを使って、指定する場所から狙撃しろ。狙いやすい場所を確保しておいたが、任務に際し一つ条件がある」
「条件? どんな縛りプレイをさせる気?」
「なに、難しいことじゃない。必ず会見が始まってから実行しろ。それだけだ。カメラの前で、確実に、全国へ悲劇を届けるんだ」
ため息。
「……そいつも党の生贄の儀式ってわけ? 見せしめにするだけじゃ満足しないの」
「そうだ。それに、死を無駄にしないだけ敬意を払われているとも言える」
「いけしゃあしゃあとよく言う」
「君たちなら、できるだろう?」
ミワの言葉を、宮野は意に介することなく要件を突きつけた。選択肢などないのだと言わんばかりに。
嫌な言い方だ。思わず顔に出る。
「わかった。やればいいんだろ」
「ミワ……」
不安そうにミワを見る。実行できるか否かではない。その先のことだ。自分たちは後戻りできないところまで押し流されている。
「サンは観測手だ。田畑はあたしが殺る。そのあとのことは、まぁ……なんとかなるよ」
「よし、決まったな。では今日はもう君たちのアパートに帰りなさい。監視はつけるから、逃げようなどとは思わないことだ」
――あたしのアパートまでついてくる気か。
ミワにとってのアパートは、セーフハウスである以上に貴重な平和的収入源であり資産だ。住人がいて初めて成り立っている。
それを今、宮野は人質に取った。
「帰るぞ、サン」
感情を消し、表情も消した。ただ静かに、サンを連れオフィスを出る。
「期待しているよ、二人とも」
その言葉に、ミワは振り向かなかった。
♜ ♜ ♜
黒塗りのSUVに乗せられて、二人は帰宅した。車はアパートの前に停まったままだ。幸い、路地側の部屋を借りているのはサンで、店子への影響はそれほど大きくはないかのもしれない。しかし。
「もしこれで出ていかれるようなことがあったら、あいつらマジで許さない」
ベランダから車を見下ろして、ミワはつぶやいた。
「ミワ、これからどうするの」
ミワの部屋に招き入れられていたサンは、銃もナイフも取り上げられた状態で流石に不安が拭えなかった。どうすべきか考えようとするが、うまく考えがまとまらない。
「いまは期を待つしかないね。現職総理が死のうがなにされようが興味ないけど、あいつらの『自分の利益さえ守れれば他人がどうなろうと知ったこっちゃない』ってやり方と考え方が実に気に入らん。それも自分の手は汚さずにってのがムカつく」
そのミワの言葉に、サンは気づいたことがあった。
「そういえば最近ニュースで見たけど、政府ってカルト教団との繋がりを報道されてるよね? 元総理を殺したのも、そのカルト教団に人生めちゃくちゃにされた男が犯人だってことらしいし」
「おー。そういえばどっかで似たような奴見たなぁ」
「チッ、茶化すな」
「おぅ、ガチの舌打ち怖いな。ま、冗談はさておき。もしかしたらあたしらもそのカルトの関係者ってことで、テロリストとして処分する気なのかもな」
「そんな馬鹿げたやり方……」
「やらないと思う?」
――やりかねない。認めざるを得ない。あいつらはクズだ。目の前のチビもクズだが、あいつらはもっとクズだ。
「今すごく失礼なこと考えた?」
「なんでそう思うの」
「チラッとあたしの顔見た」
「自意識過剰。被害妄想」
「うへっ、ひでえ言い方」
でも具体的にはどんなシナリオなのか。カルト教団との繋がりを否定するならまだしも、現在開き直ってる与党議員も多い。
それならばむしろ、慎重派を殺すのは悪手であるように見える。国葬に反対の意を唱える人間を殺せば、得をするのは誰かなんてのはすぐに分かることだからだ。
腹の黒い霞ヶ関の狸どもがいったいどんな企みをしているのか。
「まぁ、狂信的な支持者は何があっても擁護してくれるんだろうけど……。考えてもわからないことは仕方がない。もう風呂入って寝よう。寝るとこ用意しとくから、サンちゃん先に入ってていいよ」
「え、私もここに寝るの⁉︎」
「なんだよー、もう既に一度同衾した仲じゃんか〜」
「言い方‼︎」
そして一夜明け、午前七時。抱き枕にされた状態でミワは目が覚めた。
「尾久屋のペントハウスの時はキングサイズだったから気にならなかったけど、ダブルサイズだと油断ならんな、こいつ……」
トイレに行って用を足し、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。そうこうしている間に、サンも起きてきた。
「相変わらずライオンみたい」
ミワの髪を見ての感想である。
「うるさいよ。仕方ねーでしょ、あたしの髪質なんだから」
「縮毛かけたら?」
「ブリーチして傷みまくってんだ。これ以上なんかしたらちぎれちゃうよ」
「どこ行くの」
うがい用のコップ片手に歩いていくミワ。コップの中には水が入っている。
「朝だからさー、起こしてあげようと思って」
そのままベランダへ行き、下手に向けてコップをひっくり返した。中の水は自由落下していき、音を立てて路上駐車してある車の屋根を叩く。
車内の監視員が慌てて出てくるが時すでに遅し。ミワは部屋の中に引っ込んで腹を抱えて笑っている。
「嫌がらせが幼稚すぎる……」
「いいんだってこれくらい。あいつらムカつくじゃん」
「あとでなんかぐちぐち言われるのがオチでしょ」
「しら切ればいいんだよ。実損なんてないんだし」
言われてサンも納得した。あの程度で車に傷がつくことはない。現行犯での確認もできておらず、実損も出てない以上それを咎めたりすることもできなかった。泣き寝入りが確定している嫌がらせだ。
やはりこいつはクズだな、とサンは思った。
朝食を終え、SUVに回収されてから再び都心へと向かう二人。そこは官邸前の広場を見渡せるビルの一室。住所は港区だが、路地を挟んだ向かいは千代田区。ターゲットまで一五〇メートル程度の近距離だ。
「この距離の狙撃なら難しくない。ライフルはこれだ。豊和のM1500。照準距離は二〇〇メートルで設定してある。しくじるなよ」
「待った待った」
装備の担当者から早口で説明を受けるミワが待ったをかける。
「距離も装備もいいけど、ほんとにここでいいワケ? 場所あってる?」
「なにが問題だ」
「問題大有りだよバカ。角度的にターゲットから見て四時の方向。こっちに背を向けてんの、意味わかる?」
「その通り、これじゃどれがターゲットか判断するのに時間がかかる。確実に仕留めなきゃならないのに不確定要素もいいとこ」
サンも加勢するが
「それを見極めるのがお前の仕事だ小娘。不安なら今から練習してろ」
と取り付く島もない。
「会見は午後八時。タイミングはこちらが指示を出す。イヤホンをつけてろ」
「あんたたちはどーすんの」
「俺たちは別室で待機してる。お前たちの仕事を監視する班と、撤収班とでな。くれぐれも妙な気は起こすな」
「へいへい」
それからしばらくの間、観測用のレーザー距離計で都内の景色を眺めているサンの隣で、ミワはライフルの点検をしていた。二脚を立て、スコープから首相官邸を覗いてみる。最大倍率は二四倍。この距離で狙うには十分な倍率だ。
そして弾薬は・308ウィンチェスター弾。これを予備も含め二発分。一撃、最悪二撃で仕留めろということだが、当然と言えば当然だ。二ヶ月前の元総理銃殺事件の教訓も踏まえて、銃撃されたら即座に逃げに入るだろう。動く標的は非常に難しい。人混みに紛れたら見失うし、会見中ならそうなる可能性の方が高い。であれば、初弾を外した時点で任務失敗はほぼ確定。より難度の高い第二射も外せば任務続行は不可能となる。
――それに、あたしたちに反乱を起こさせないために余計な弾薬は持たせないつもりだな。小賢しい。
観測手役のサンにも、武器になるものの類は渡されていない。狙撃に関するのものだけだ。
「ねぇ、サン。甘いもの欲しくなーい? こっそりコンビニ行こっか」
「は? こんな時になに言って――」
「だってお前が人のことプリンプリン言うからさ、プリン食べたくなっ」
扉が開くとミワは黙った。サンと共に振り返ると、機嫌の悪そうな監視役が腕を組んで壁に寄りかかるところだった。
「あ、ちょうどよかった。おにーさん、プリン買ってきてくんない? ほら、いい仕事をするために甘いものって必要じゃん」
「……ふざけたガキだ」
舌打ちして出て行く。
「いってらっしゃーい」
それを見送ってから、サンが食ってかかる前に口に人差し指を当てて、手招き。
『なに』
不機嫌を声に乗せて耳打ちするサン。そんなものは意に介さずに
『ここ、盗聴されてるから大事なことは口に出すな』
「⁉︎」
『ザ・シューターって映画見たことある?』
『マーク・ウォールバーグ主演の?』
『そうそれ。主人公のスワガーが大統領狙撃事件の後どうなったか、今ならすごくよく思い出せるわ。まぁ、仕事はやる。けど背中もよく注意しとけよ』
昨晩アパートで危惧したことが、現実味を帯びてきたということだった。
『……了解』
なんという茶番だろうか。馬鹿馬鹿しい。実にくだらない。しかしそれ以上に、そんな状況を回避できる事態に、自分たちはない。正面から切り抜けなければならない。
再び扉が開く。
「買ってきてやったから、それを食ったらしっかり責務を果たせ。死にたくなければな」
「やっさしー♪」
何事もなかったように受け取り、サンと分け合う。これが最後の晩餐になる可能性もあるが、最後の晩餐にするつもりなどない。
――絶対に生き延びてやる。
宮野によるブリーフィング。不本意ながらミワは奇妙な懐かしさを感じていた。もう経験したくないと思っていた空気。反吐が出そうな郷愁。
「ターゲットは慎重派を束ねる現職総理の田畑文蔵。民自党が政権を担い続けるための国家的な儀式に、水を刺そうとする愚か者だ。奴を殺せ」
淡々と説明をする宮野。
「なるほど〜? 故人を骨までしゃぶり尽くして、一党独裁体制強化の肥やしにしようってわけ。相変わらず政治屋はクソみたいなこと考えるっていうか、元総理も死んでまで利用されて哀れというか。そりゃあ現職総理も常識もってりゃ国葬ごっこなんて躊躇するわな。ていうかさぁ、与党のおっさんどもは国葬で国民たちを喪に服させるつもりなんだろうけど、その当の主役が現役だった頃、指示された改竄に苦悩して自殺した官僚とか入管で虐待の末死んだ外国人とかには喪に服した訳?」
相変わらずのふざけた態度を貫く。
「口を慎め、クソガキ!」
一人の警備兵が、手にしたライフルの銃床でミワの顔を殴りつける。
「よせ。子供の戯言だ。大人がムキになるんじゃない」
「はぁ、しかし」
食い下がりかけるも、宮野の眼光に気づいた兵士はすぐに引き下がった。
「明日夜八時、総理は官邸前で会見をすることになっている。こちらで狙撃銃を用意した。それを使って、指定する場所から狙撃しろ。狙いやすい場所を確保しておいたが、任務に際し一つ条件がある」
「条件? どんな縛りプレイをさせる気?」
「なに、難しいことじゃない。必ず会見が始まってから実行しろ。それだけだ。カメラの前で、確実に、全国へ悲劇を届けるんだ」
ため息。
「……そいつも党の生贄の儀式ってわけ? 見せしめにするだけじゃ満足しないの」
「そうだ。それに、死を無駄にしないだけ敬意を払われているとも言える」
「いけしゃあしゃあとよく言う」
「君たちなら、できるだろう?」
ミワの言葉を、宮野は意に介することなく要件を突きつけた。選択肢などないのだと言わんばかりに。
嫌な言い方だ。思わず顔に出る。
「わかった。やればいいんだろ」
「ミワ……」
不安そうにミワを見る。実行できるか否かではない。その先のことだ。自分たちは後戻りできないところまで押し流されている。
「サンは観測手だ。田畑はあたしが殺る。そのあとのことは、まぁ……なんとかなるよ」
「よし、決まったな。では今日はもう君たちのアパートに帰りなさい。監視はつけるから、逃げようなどとは思わないことだ」
――あたしのアパートまでついてくる気か。
ミワにとってのアパートは、セーフハウスである以上に貴重な平和的収入源であり資産だ。住人がいて初めて成り立っている。
それを今、宮野は人質に取った。
「帰るぞ、サン」
感情を消し、表情も消した。ただ静かに、サンを連れオフィスを出る。
「期待しているよ、二人とも」
その言葉に、ミワは振り向かなかった。
♜ ♜ ♜
黒塗りのSUVに乗せられて、二人は帰宅した。車はアパートの前に停まったままだ。幸い、路地側の部屋を借りているのはサンで、店子への影響はそれほど大きくはないかのもしれない。しかし。
「もしこれで出ていかれるようなことがあったら、あいつらマジで許さない」
ベランダから車を見下ろして、ミワはつぶやいた。
「ミワ、これからどうするの」
ミワの部屋に招き入れられていたサンは、銃もナイフも取り上げられた状態で流石に不安が拭えなかった。どうすべきか考えようとするが、うまく考えがまとまらない。
「いまは期を待つしかないね。現職総理が死のうがなにされようが興味ないけど、あいつらの『自分の利益さえ守れれば他人がどうなろうと知ったこっちゃない』ってやり方と考え方が実に気に入らん。それも自分の手は汚さずにってのがムカつく」
そのミワの言葉に、サンは気づいたことがあった。
「そういえば最近ニュースで見たけど、政府ってカルト教団との繋がりを報道されてるよね? 元総理を殺したのも、そのカルト教団に人生めちゃくちゃにされた男が犯人だってことらしいし」
「おー。そういえばどっかで似たような奴見たなぁ」
「チッ、茶化すな」
「おぅ、ガチの舌打ち怖いな。ま、冗談はさておき。もしかしたらあたしらもそのカルトの関係者ってことで、テロリストとして処分する気なのかもな」
「そんな馬鹿げたやり方……」
「やらないと思う?」
――やりかねない。認めざるを得ない。あいつらはクズだ。目の前のチビもクズだが、あいつらはもっとクズだ。
「今すごく失礼なこと考えた?」
「なんでそう思うの」
「チラッとあたしの顔見た」
「自意識過剰。被害妄想」
「うへっ、ひでえ言い方」
でも具体的にはどんなシナリオなのか。カルト教団との繋がりを否定するならまだしも、現在開き直ってる与党議員も多い。
それならばむしろ、慎重派を殺すのは悪手であるように見える。国葬に反対の意を唱える人間を殺せば、得をするのは誰かなんてのはすぐに分かることだからだ。
腹の黒い霞ヶ関の狸どもがいったいどんな企みをしているのか。
「まぁ、狂信的な支持者は何があっても擁護してくれるんだろうけど……。考えてもわからないことは仕方がない。もう風呂入って寝よう。寝るとこ用意しとくから、サンちゃん先に入ってていいよ」
「え、私もここに寝るの⁉︎」
「なんだよー、もう既に一度同衾した仲じゃんか〜」
「言い方‼︎」
そして一夜明け、午前七時。抱き枕にされた状態でミワは目が覚めた。
「尾久屋のペントハウスの時はキングサイズだったから気にならなかったけど、ダブルサイズだと油断ならんな、こいつ……」
トイレに行って用を足し、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。そうこうしている間に、サンも起きてきた。
「相変わらずライオンみたい」
ミワの髪を見ての感想である。
「うるさいよ。仕方ねーでしょ、あたしの髪質なんだから」
「縮毛かけたら?」
「ブリーチして傷みまくってんだ。これ以上なんかしたらちぎれちゃうよ」
「どこ行くの」
うがい用のコップ片手に歩いていくミワ。コップの中には水が入っている。
「朝だからさー、起こしてあげようと思って」
そのままベランダへ行き、下手に向けてコップをひっくり返した。中の水は自由落下していき、音を立てて路上駐車してある車の屋根を叩く。
車内の監視員が慌てて出てくるが時すでに遅し。ミワは部屋の中に引っ込んで腹を抱えて笑っている。
「嫌がらせが幼稚すぎる……」
「いいんだってこれくらい。あいつらムカつくじゃん」
「あとでなんかぐちぐち言われるのがオチでしょ」
「しら切ればいいんだよ。実損なんてないんだし」
言われてサンも納得した。あの程度で車に傷がつくことはない。現行犯での確認もできておらず、実損も出てない以上それを咎めたりすることもできなかった。泣き寝入りが確定している嫌がらせだ。
やはりこいつはクズだな、とサンは思った。
朝食を終え、SUVに回収されてから再び都心へと向かう二人。そこは官邸前の広場を見渡せるビルの一室。住所は港区だが、路地を挟んだ向かいは千代田区。ターゲットまで一五〇メートル程度の近距離だ。
「この距離の狙撃なら難しくない。ライフルはこれだ。豊和のM1500。照準距離は二〇〇メートルで設定してある。しくじるなよ」
「待った待った」
装備の担当者から早口で説明を受けるミワが待ったをかける。
「距離も装備もいいけど、ほんとにここでいいワケ? 場所あってる?」
「なにが問題だ」
「問題大有りだよバカ。角度的にターゲットから見て四時の方向。こっちに背を向けてんの、意味わかる?」
「その通り、これじゃどれがターゲットか判断するのに時間がかかる。確実に仕留めなきゃならないのに不確定要素もいいとこ」
サンも加勢するが
「それを見極めるのがお前の仕事だ小娘。不安なら今から練習してろ」
と取り付く島もない。
「会見は午後八時。タイミングはこちらが指示を出す。イヤホンをつけてろ」
「あんたたちはどーすんの」
「俺たちは別室で待機してる。お前たちの仕事を監視する班と、撤収班とでな。くれぐれも妙な気は起こすな」
「へいへい」
それからしばらくの間、観測用のレーザー距離計で都内の景色を眺めているサンの隣で、ミワはライフルの点検をしていた。二脚を立て、スコープから首相官邸を覗いてみる。最大倍率は二四倍。この距離で狙うには十分な倍率だ。
そして弾薬は・308ウィンチェスター弾。これを予備も含め二発分。一撃、最悪二撃で仕留めろということだが、当然と言えば当然だ。二ヶ月前の元総理銃殺事件の教訓も踏まえて、銃撃されたら即座に逃げに入るだろう。動く標的は非常に難しい。人混みに紛れたら見失うし、会見中ならそうなる可能性の方が高い。であれば、初弾を外した時点で任務失敗はほぼ確定。より難度の高い第二射も外せば任務続行は不可能となる。
――それに、あたしたちに反乱を起こさせないために余計な弾薬は持たせないつもりだな。小賢しい。
観測手役のサンにも、武器になるものの類は渡されていない。狙撃に関するのものだけだ。
「ねぇ、サン。甘いもの欲しくなーい? こっそりコンビニ行こっか」
「は? こんな時になに言って――」
「だってお前が人のことプリンプリン言うからさ、プリン食べたくなっ」
扉が開くとミワは黙った。サンと共に振り返ると、機嫌の悪そうな監視役が腕を組んで壁に寄りかかるところだった。
「あ、ちょうどよかった。おにーさん、プリン買ってきてくんない? ほら、いい仕事をするために甘いものって必要じゃん」
「……ふざけたガキだ」
舌打ちして出て行く。
「いってらっしゃーい」
それを見送ってから、サンが食ってかかる前に口に人差し指を当てて、手招き。
『なに』
不機嫌を声に乗せて耳打ちするサン。そんなものは意に介さずに
『ここ、盗聴されてるから大事なことは口に出すな』
「⁉︎」
『ザ・シューターって映画見たことある?』
『マーク・ウォールバーグ主演の?』
『そうそれ。主人公のスワガーが大統領狙撃事件の後どうなったか、今ならすごくよく思い出せるわ。まぁ、仕事はやる。けど背中もよく注意しとけよ』
昨晩アパートで危惧したことが、現実味を帯びてきたということだった。
『……了解』
なんという茶番だろうか。馬鹿馬鹿しい。実にくだらない。しかしそれ以上に、そんな状況を回避できる事態に、自分たちはない。正面から切り抜けなければならない。
再び扉が開く。
「買ってきてやったから、それを食ったらしっかり責務を果たせ。死にたくなければな」
「やっさしー♪」
何事もなかったように受け取り、サンと分け合う。これが最後の晩餐になる可能性もあるが、最後の晩餐にするつもりなどない。
――絶対に生き延びてやる。