残酷な描写あり
ショーダウン
ついに決着。
「サン、あれ見えるか?」
物陰から促された方を見る。SATの隊員たちだ。
「暗視装置に防弾のベストとヘルメットか。厄介な装備……」
「あのシールド持ちに前衛防御やられると面倒だな。腰のフラッシュバン見えるか? あれ撃って目眩しかけた後に接近戦で片付ける。グロックでもナイフでもどっちでもいいけど、手際よく頼むよ」
「了解」
狙い、撃つ。・45ACP弾は腰にぶら下げた閃光弾を貫き、激しい音と光をまき散らした。
「よし、行くぞっ」
ミワの号令で駆け出す。
相手の射線を避けつつ手近な男の内股に一突き、組みついて首元に一突き。動脈を掻き切る感触。
振り向きざま隣の男に蹴りを入れ転ばせ、別の男に襲いかかった。
断末魔をあげることなく男は自分の血で溺れ、転んだ男が起きあがろうとする頃にはさらけ出した弱点を突かれ、立ち上がることなく絶命する。
二人は脅威を排除し、視線を合わせた。すぐに増援が来ることを見越して手榴弾をいくつか拝借する。
「ほら、サンも持っとけ。こっから先はノンストップのジェットコースターだ。覚悟しとけよ」
「ふん、今更!」
駆けつけてくる足音。二人は物陰を移動しながら、手榴弾を置き土産にその場を離れる。
破裂音を背に、木の下を左回りに走った。
「こっちは遠回りじゃないの?」
「池の間の道を通り抜けたらそりゃ早いけどね、あそこどう見ても狙撃や待ち伏せに向いてんだよね。それに」
上空にはヘリの音。下手に木のないところに出るわけにはいかない。
「池を避けて赤坂御所を目指す。あとは木と屋根に隠れながら、迎賓館に向かえばゴールだ。途中の敵は排除する。質問は?」
「ない」
「よし」
二人は走った。そして殺した。
警官たちには罪はないが、容赦はしなかった。でなければ、自分が死ぬ。
銃声が飛び交い、爆発音が轟く。とても皇宮の敷地内とは思えなかった。社会的には、とんだ狼藉者である。
ミワは撃った。撃ちまくった。
奪った特殊部隊仕様のMP5は、何度も残弾を空にした。殺して奪い、そしてまた殺す。
サンも活路を見出すのに必死だった。ミワとともに死体の山を積み上げていく。
幾度となく返り血を浴びたその姿は、特殊部隊隊員ですら身の毛もよだつほど、悍ましい狂気に満ちていた。
まるで血に飢えた獣である。
それとも鬼神か。
どちらにせよその姿は、小柄な少女の見た目であるが故に隊員たちの士気を削ぎ、終いには畏怖の対象と化した。
一度総崩れすると組織は脆い。
逃げ出す者が増えたため、SATは撤退を余儀なくされた。
肩で息をする二人。さすがに、余裕を持ってはいられなかった。たった二人で警視庁の特殊部隊を追い払ったのだ。空手の百人組手の方がずっと常識的である。
「……休んでる暇はない。行くぞ、サン」
「そうはいかないよ、ミワ」
聞き覚えのある声。それに気づくよりも先に、サンが呻いて倒れた。振り向けば、背中にナイフが刺さっている。
「サン!」
急所は外れてはいるが、ナイフを抜こうともがくも角度の悪さと痛みで手が届かない。
駆け寄ろうとするミワの足元に、四五口径の弾が跳ねた。
「ミワ、君の相手はわたしだ。そんな熟成不足の急造品にかまけている暇はないぞ」
「……随分な言い草じゃねえか」
疲労が原因とは言えない嫌な汗が滴る。
「ミワ、君には正直がっかりした。幼い君に物心がついた頃から、君にはわたしの全てを注ぎ込んだ。技術、知識、思想、生き方……あらゆるものを。そしてそれは今日、特殊部隊を相手に見事に生き抜いてみせたことがその有用性を証明している。だからこそ尚更、がっかりしているんだ。なぜわたしの元を離れた?」
宮野はミワにとって、育ての親も同然だった。宮野にとって彼女は最高傑作になり得たかもしれない逸材だった。しかしミワは宮野を、306機関を捨てた。
「あれー、おっかしいなぁ? 前に説明したはずだけど脳みそ老いて忘れたちゃった? あんたに命令されて、政治屋どもの政争ごっこに付き合わされるのはもうウンザリだって、言ったはずだけど」
唾を吐き捨てる。汚れた大人たちへの憎しみと軽蔑を込めて。
「理解できんな。お前ほど殺しのセンスに恵まれた人間は少ない。それを活かし、輝ける場所はここにしかないのに、なぜ拒む。お前に、一般人のような無為な生き方ができると、本気で思っているのか。それは叶わぬ幻想だ」
「うるせぇよ。余計なお世話だ」
すかさず悪態で返すも、宮野は首を振る。
「昔はそんな言葉遣いではなかったのに。変わったな、ミワ」
「せめて罪悪感くらい持てよクソ野郎」
「……お仕置きが必要なようだ」
そんな会話を、痛みに耐え聞いているサン。芋虫のように地面に顔を付けながら、震える手でナイフに触れつつ内心舌打ちをする。
――ようするに東京を巻き込んだただの親子喧嘩じゃんかっ、くそっ。まじで腹立つ。
互いに銃口を向け、撃つとともに走り出す。初弾は共に空を切り裂いた。そのまま接近戦に持ち込む。
「死ね、オッサン‼︎」
前のめりに回転して、勢いに任せた蹴りを放つが受け流される。
「そんな大振りが通用するか」
ミワの着地を狙い足払い。しかしミワも勢いを殺さずに跳ね上がるようにして立ち上がる。
息を吐く間も無く懐に飛び込んでの射撃も、すんでのところで避けられる。お返しにと宮野のゴールドマッチが三度火を吹くが、ミワもそれを全て避けた。
銃口を向けては撃つ直前に払われ、払い、殴り、殴り返す。組みかかるも体格差によって力任せに地面に叩きつけられ、ミワは思わず離れた。追い討ちをかけるように引き金を引くが、しかしミワには当たらなかった。
――こいつと正面切ってやるのはやっぱりキツい。なんとか出し抜かないと、殺られる……。
そんなミワの表情を見て、宮野は再び口を開いた。
「もう一度、わたしの元に戻れ、ミワ。悪いようにはしない」
「……それ、説得のつもりかよ。よくサンを前にしてそれが言えたな、お前。だーれが戻るか、ばぁか」
「三夏は所詮、お前を連れ戻すための駒に過ぎん」
「……人の心ってもんがねぇな。あんた、本当のクズだよ、宮野」
「民間人を流用したに過ぎない出来損ないにかけてやる情などない。純正培養のお前とは違うんだ」
どこまで人を侮辱すれば気が済むのか。サンは耐えてきた虐待のような訓練の日々を思い出す。結局、あれはただの虐待でしかなかった。
その怒りを、ミワは手に取るように理解できる。こんな独りよがりのどうしようもない大人に、人生を狂わされた者同士だ。
「今、完全に覚悟が決まったよ。そのキモい言葉を囀る嘴をズタズタにしてからお前を殺してやる。あと、迷惑だから父親ヅラすんじゃねえ。お前は、赤の他人だ」
腰溜めに銃を構え、撃つ。倒れているサンから距離を取らせる。
マガジンを撃ち尽くし、即座にリロード。その隙に宮野は反撃に転じようとするも、這いつくばるサンの援護射撃でそれを封じる。
ミワはサンに駆け寄り、ナイフを引き抜いた。
「ゔっ」
「良かったな、そんなに傷は深くない。動けるか?」
「動くなって言っても動くよ。あいつは絶対許さない」
「うへはは、だろうな」
サンが立ち上がるのを、ミワは射撃で援護する。そのタイミングで、何かが飛来した。
「げっ、グレネードっ‼︎」
慌てて飛び退くサン。だがフ手榴弾の有効殺傷範囲は半径十五メートル。カバーのないここでは逃げられない。
「クソがっ」
ミワは咄嗟に蹴飛ばした。勢いよく飛んでいった先でそれは破裂する。
「……やってくれんじゃねえの、宮野」
再び投げ込まれる手榴弾。
二人はそれぞれの方向に全力で走り、爆発範囲から抜けた。
銃を構えながら距離を詰めていく。
宮野がミワに銃を向ければ、別角度からサンに射撃され、サンに意識を向ければミワから銃撃を喰らう。
「うまく十字砲火の位置に着いたか、小賢しい」
宮野は身を翻し、サンに向けて再度ナイフを投げ牽制しつつ、ミワとの距離を詰める。
「これで撃てまい!」
舌打ちするサン。再び近接戦闘に入る二人に向けて、痛みに耐えての銃では照準がつけられなかった。撃てばどちらかに当たる。
「構うな、撃て!」
ミワが叫ぶ。逡巡する間に、ミワの頬を宮野は殴りつけた。思わずたたらを踏んだ彼女に対し、宮野は容赦なく腹、大腿、顎と殴打を繰り返していく。
「どうせ三流だ。撃てない」
「いいから撃て! サン!」
宮野の嘲笑をかき消すように叫ぶミワ。だがサンはまだ狙いを定めることはできない。引き金が引けない。
戸惑うサンへ向けて、もう一度叫んだ。
「ミカ‼︎」
あの日以来、初めて名を呼ばれた。ミワへの復讐を果たせなかったあの日以来だ。
そう、サンにとっては、ミワに当たったところで復讐の一つは果たせるのだ。何を迷うことがあるというのか――
自らに言い聞かせるように、サンは引き金を引いた。
9ミリパラベラム弾は真っ直ぐ十数メートルを飛び、ミワの左肩を穿つ。
「あぐっ」
呻くミワ。咄嗟に宮野はミワの体を抱きかかえる。
刹那だったが、宮野には打算があった。敵である自分ではなく仲間のミワを撃ってしまったことのショックで、町谷三夏はすぐには次射を行えないだろうと。撃たれたミワも、痛みとアテが外れたことで戦意を喪失し抵抗できないであろうと。
だから宮野は、父親としての行動に出た。今まで殺すつもりで戦ってきたにも関わらず。
それが自身の慢心だということに気づいた時には、遅かった。
「くたばれ」
闘争心を失っていないミワの瞳。その眼に囚われたしまったことが決定的に勝敗を分けた。
抱き合うようにもつれる二人。
ミワの右手にはピンの外れたフラッシュバン。
それを、宮野の口腔に文字通り叩き込んだ。
歯の折れる感触。
それでもミワを捕まえようと手を伸ばすも、サンの放つパラベラムがそれを阻止する。その手は空を切った。
宮野を蹴り離す直前、最後の言葉を吐き捨てる。
「あたしは、有言実行する」
直後、強烈な閃光と音圧で宮野の頭部は膨張し、急速に燃焼したマグネシウムによって燃え上がった。
口内のグレネードを取り出そうと足掻くもうまくいかず、次第に動きも弱くなり、ほどなくして動きをとめた。
一時的に失った聴覚が回復してくる。
ひどい臭いとともに闇の赤坂御苑を照らし出す血肉の炎は、この戦いの終わりを意味した。
だが二人がいるのは敷地内。皇宮警察の管轄内である。もたもたしてはいられなかった。
「ゔ、急がないと……。サンちゃん、生きてる?」
「生きてる……それよりミワは?」
「大丈夫。殴られたところがいてぇけど、サンちゃんの9ミリよりマシ」
「うぅ……」
その反応を見て、ミワは笑い出した。
「うへははっ。死ぬほどじゃないから、大丈夫……い、てて。とにかく、早く逃げよう。ここまできて捕まりたくない」
☀︎ ☀︎ ☀︎
地下道に逃げ込んで追っ手を撒いたのち、応急処置で止血。ボロボロになりながらも、二人が地上に出た時には太陽が登りはじめていた。
場所は御徒町。
車の音すらない爽やかな早朝の静かな街の雰囲気とは程遠い、血と汗と泥と埃に塗れた薄汚い姿の二人。
外堀通り外周をぐるっと回ってきたルートのため、もう疲れ果てていた。
「ここからなら、尾久屋が近い。そこで休もう。もう動けない」
「私も疲れた……」
数分後、二人を出迎えた紅焰はその姿にびっくりしたが、慌ててセーフハウスに運び入れた。
風呂に入るのももどかしく、シャワーで雑に汚れを落とした後は次の朝まで少女たちは眠り続けたのだった。
物陰から促された方を見る。SATの隊員たちだ。
「暗視装置に防弾のベストとヘルメットか。厄介な装備……」
「あのシールド持ちに前衛防御やられると面倒だな。腰のフラッシュバン見えるか? あれ撃って目眩しかけた後に接近戦で片付ける。グロックでもナイフでもどっちでもいいけど、手際よく頼むよ」
「了解」
狙い、撃つ。・45ACP弾は腰にぶら下げた閃光弾を貫き、激しい音と光をまき散らした。
「よし、行くぞっ」
ミワの号令で駆け出す。
相手の射線を避けつつ手近な男の内股に一突き、組みついて首元に一突き。動脈を掻き切る感触。
振り向きざま隣の男に蹴りを入れ転ばせ、別の男に襲いかかった。
断末魔をあげることなく男は自分の血で溺れ、転んだ男が起きあがろうとする頃にはさらけ出した弱点を突かれ、立ち上がることなく絶命する。
二人は脅威を排除し、視線を合わせた。すぐに増援が来ることを見越して手榴弾をいくつか拝借する。
「ほら、サンも持っとけ。こっから先はノンストップのジェットコースターだ。覚悟しとけよ」
「ふん、今更!」
駆けつけてくる足音。二人は物陰を移動しながら、手榴弾を置き土産にその場を離れる。
破裂音を背に、木の下を左回りに走った。
「こっちは遠回りじゃないの?」
「池の間の道を通り抜けたらそりゃ早いけどね、あそこどう見ても狙撃や待ち伏せに向いてんだよね。それに」
上空にはヘリの音。下手に木のないところに出るわけにはいかない。
「池を避けて赤坂御所を目指す。あとは木と屋根に隠れながら、迎賓館に向かえばゴールだ。途中の敵は排除する。質問は?」
「ない」
「よし」
二人は走った。そして殺した。
警官たちには罪はないが、容赦はしなかった。でなければ、自分が死ぬ。
銃声が飛び交い、爆発音が轟く。とても皇宮の敷地内とは思えなかった。社会的には、とんだ狼藉者である。
ミワは撃った。撃ちまくった。
奪った特殊部隊仕様のMP5は、何度も残弾を空にした。殺して奪い、そしてまた殺す。
サンも活路を見出すのに必死だった。ミワとともに死体の山を積み上げていく。
幾度となく返り血を浴びたその姿は、特殊部隊隊員ですら身の毛もよだつほど、悍ましい狂気に満ちていた。
まるで血に飢えた獣である。
それとも鬼神か。
どちらにせよその姿は、小柄な少女の見た目であるが故に隊員たちの士気を削ぎ、終いには畏怖の対象と化した。
一度総崩れすると組織は脆い。
逃げ出す者が増えたため、SATは撤退を余儀なくされた。
肩で息をする二人。さすがに、余裕を持ってはいられなかった。たった二人で警視庁の特殊部隊を追い払ったのだ。空手の百人組手の方がずっと常識的である。
「……休んでる暇はない。行くぞ、サン」
「そうはいかないよ、ミワ」
聞き覚えのある声。それに気づくよりも先に、サンが呻いて倒れた。振り向けば、背中にナイフが刺さっている。
「サン!」
急所は外れてはいるが、ナイフを抜こうともがくも角度の悪さと痛みで手が届かない。
駆け寄ろうとするミワの足元に、四五口径の弾が跳ねた。
「ミワ、君の相手はわたしだ。そんな熟成不足の急造品にかまけている暇はないぞ」
「……随分な言い草じゃねえか」
疲労が原因とは言えない嫌な汗が滴る。
「ミワ、君には正直がっかりした。幼い君に物心がついた頃から、君にはわたしの全てを注ぎ込んだ。技術、知識、思想、生き方……あらゆるものを。そしてそれは今日、特殊部隊を相手に見事に生き抜いてみせたことがその有用性を証明している。だからこそ尚更、がっかりしているんだ。なぜわたしの元を離れた?」
宮野はミワにとって、育ての親も同然だった。宮野にとって彼女は最高傑作になり得たかもしれない逸材だった。しかしミワは宮野を、306機関を捨てた。
「あれー、おっかしいなぁ? 前に説明したはずだけど脳みそ老いて忘れたちゃった? あんたに命令されて、政治屋どもの政争ごっこに付き合わされるのはもうウンザリだって、言ったはずだけど」
唾を吐き捨てる。汚れた大人たちへの憎しみと軽蔑を込めて。
「理解できんな。お前ほど殺しのセンスに恵まれた人間は少ない。それを活かし、輝ける場所はここにしかないのに、なぜ拒む。お前に、一般人のような無為な生き方ができると、本気で思っているのか。それは叶わぬ幻想だ」
「うるせぇよ。余計なお世話だ」
すかさず悪態で返すも、宮野は首を振る。
「昔はそんな言葉遣いではなかったのに。変わったな、ミワ」
「せめて罪悪感くらい持てよクソ野郎」
「……お仕置きが必要なようだ」
そんな会話を、痛みに耐え聞いているサン。芋虫のように地面に顔を付けながら、震える手でナイフに触れつつ内心舌打ちをする。
――ようするに東京を巻き込んだただの親子喧嘩じゃんかっ、くそっ。まじで腹立つ。
互いに銃口を向け、撃つとともに走り出す。初弾は共に空を切り裂いた。そのまま接近戦に持ち込む。
「死ね、オッサン‼︎」
前のめりに回転して、勢いに任せた蹴りを放つが受け流される。
「そんな大振りが通用するか」
ミワの着地を狙い足払い。しかしミワも勢いを殺さずに跳ね上がるようにして立ち上がる。
息を吐く間も無く懐に飛び込んでの射撃も、すんでのところで避けられる。お返しにと宮野のゴールドマッチが三度火を吹くが、ミワもそれを全て避けた。
銃口を向けては撃つ直前に払われ、払い、殴り、殴り返す。組みかかるも体格差によって力任せに地面に叩きつけられ、ミワは思わず離れた。追い討ちをかけるように引き金を引くが、しかしミワには当たらなかった。
――こいつと正面切ってやるのはやっぱりキツい。なんとか出し抜かないと、殺られる……。
そんなミワの表情を見て、宮野は再び口を開いた。
「もう一度、わたしの元に戻れ、ミワ。悪いようにはしない」
「……それ、説得のつもりかよ。よくサンを前にしてそれが言えたな、お前。だーれが戻るか、ばぁか」
「三夏は所詮、お前を連れ戻すための駒に過ぎん」
「……人の心ってもんがねぇな。あんた、本当のクズだよ、宮野」
「民間人を流用したに過ぎない出来損ないにかけてやる情などない。純正培養のお前とは違うんだ」
どこまで人を侮辱すれば気が済むのか。サンは耐えてきた虐待のような訓練の日々を思い出す。結局、あれはただの虐待でしかなかった。
その怒りを、ミワは手に取るように理解できる。こんな独りよがりのどうしようもない大人に、人生を狂わされた者同士だ。
「今、完全に覚悟が決まったよ。そのキモい言葉を囀る嘴をズタズタにしてからお前を殺してやる。あと、迷惑だから父親ヅラすんじゃねえ。お前は、赤の他人だ」
腰溜めに銃を構え、撃つ。倒れているサンから距離を取らせる。
マガジンを撃ち尽くし、即座にリロード。その隙に宮野は反撃に転じようとするも、這いつくばるサンの援護射撃でそれを封じる。
ミワはサンに駆け寄り、ナイフを引き抜いた。
「ゔっ」
「良かったな、そんなに傷は深くない。動けるか?」
「動くなって言っても動くよ。あいつは絶対許さない」
「うへはは、だろうな」
サンが立ち上がるのを、ミワは射撃で援護する。そのタイミングで、何かが飛来した。
「げっ、グレネードっ‼︎」
慌てて飛び退くサン。だがフ手榴弾の有効殺傷範囲は半径十五メートル。カバーのないここでは逃げられない。
「クソがっ」
ミワは咄嗟に蹴飛ばした。勢いよく飛んでいった先でそれは破裂する。
「……やってくれんじゃねえの、宮野」
再び投げ込まれる手榴弾。
二人はそれぞれの方向に全力で走り、爆発範囲から抜けた。
銃を構えながら距離を詰めていく。
宮野がミワに銃を向ければ、別角度からサンに射撃され、サンに意識を向ければミワから銃撃を喰らう。
「うまく十字砲火の位置に着いたか、小賢しい」
宮野は身を翻し、サンに向けて再度ナイフを投げ牽制しつつ、ミワとの距離を詰める。
「これで撃てまい!」
舌打ちするサン。再び近接戦闘に入る二人に向けて、痛みに耐えての銃では照準がつけられなかった。撃てばどちらかに当たる。
「構うな、撃て!」
ミワが叫ぶ。逡巡する間に、ミワの頬を宮野は殴りつけた。思わずたたらを踏んだ彼女に対し、宮野は容赦なく腹、大腿、顎と殴打を繰り返していく。
「どうせ三流だ。撃てない」
「いいから撃て! サン!」
宮野の嘲笑をかき消すように叫ぶミワ。だがサンはまだ狙いを定めることはできない。引き金が引けない。
戸惑うサンへ向けて、もう一度叫んだ。
「ミカ‼︎」
あの日以来、初めて名を呼ばれた。ミワへの復讐を果たせなかったあの日以来だ。
そう、サンにとっては、ミワに当たったところで復讐の一つは果たせるのだ。何を迷うことがあるというのか――
自らに言い聞かせるように、サンは引き金を引いた。
9ミリパラベラム弾は真っ直ぐ十数メートルを飛び、ミワの左肩を穿つ。
「あぐっ」
呻くミワ。咄嗟に宮野はミワの体を抱きかかえる。
刹那だったが、宮野には打算があった。敵である自分ではなく仲間のミワを撃ってしまったことのショックで、町谷三夏はすぐには次射を行えないだろうと。撃たれたミワも、痛みとアテが外れたことで戦意を喪失し抵抗できないであろうと。
だから宮野は、父親としての行動に出た。今まで殺すつもりで戦ってきたにも関わらず。
それが自身の慢心だということに気づいた時には、遅かった。
「くたばれ」
闘争心を失っていないミワの瞳。その眼に囚われたしまったことが決定的に勝敗を分けた。
抱き合うようにもつれる二人。
ミワの右手にはピンの外れたフラッシュバン。
それを、宮野の口腔に文字通り叩き込んだ。
歯の折れる感触。
それでもミワを捕まえようと手を伸ばすも、サンの放つパラベラムがそれを阻止する。その手は空を切った。
宮野を蹴り離す直前、最後の言葉を吐き捨てる。
「あたしは、有言実行する」
直後、強烈な閃光と音圧で宮野の頭部は膨張し、急速に燃焼したマグネシウムによって燃え上がった。
口内のグレネードを取り出そうと足掻くもうまくいかず、次第に動きも弱くなり、ほどなくして動きをとめた。
一時的に失った聴覚が回復してくる。
ひどい臭いとともに闇の赤坂御苑を照らし出す血肉の炎は、この戦いの終わりを意味した。
だが二人がいるのは敷地内。皇宮警察の管轄内である。もたもたしてはいられなかった。
「ゔ、急がないと……。サンちゃん、生きてる?」
「生きてる……それよりミワは?」
「大丈夫。殴られたところがいてぇけど、サンちゃんの9ミリよりマシ」
「うぅ……」
その反応を見て、ミワは笑い出した。
「うへははっ。死ぬほどじゃないから、大丈夫……い、てて。とにかく、早く逃げよう。ここまできて捕まりたくない」
☀︎ ☀︎ ☀︎
地下道に逃げ込んで追っ手を撒いたのち、応急処置で止血。ボロボロになりながらも、二人が地上に出た時には太陽が登りはじめていた。
場所は御徒町。
車の音すらない爽やかな早朝の静かな街の雰囲気とは程遠い、血と汗と泥と埃に塗れた薄汚い姿の二人。
外堀通り外周をぐるっと回ってきたルートのため、もう疲れ果てていた。
「ここからなら、尾久屋が近い。そこで休もう。もう動けない」
「私も疲れた……」
数分後、二人を出迎えた紅焰はその姿にびっくりしたが、慌ててセーフハウスに運び入れた。
風呂に入るのももどかしく、シャワーで雑に汚れを落とした後は次の朝まで少女たちは眠り続けたのだった。