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作者: 霜月かつろう
憧れのその先 その9
 栄口南商店街。

 海藤さんのお店があったり、そこに琥珀さんが住んでいたり、この前の川島さんもここでパソコン教室を開いたりしているらしいのだが、美鶴にはちょっと縁遠い場所。いきつけのボードゲームカフェはあるし、大学帰りによく訪れはしたものの深く関わっている訳では無い。

 人がたくさん歩いている印象はあんまりない。それは小さい頃の記憶を遡っても同じだ。いや、その頃より減ったか。近くに大きなショッピングセンターが。次にショッピングモールができれば人は減っていく。それが小綺麗な場所であればなおさらのことだ。

 それでもなくならないのだからすごいなと思う。きっともっと大変な場所はたくさんあるのだろうけれど、こうやってお店が立ち並んでいるだけでもきっとすごいことなのだ。

 そんな商店街は人懐っこさを感じる。流石に誰に対しても声をかけたりすることはほとんどない。でも歩いているのが琥珀さんだったりするときっと周りから声を掛けられるのだろうけれど美鶴にそんなことはない。

 今日は友人たちとの久しぶりの会合だ。例によってボードゲームなのだが、わざわざ遠回りして商店街を突っ切っているあたり、誰かしらに出会うことを期待している。誰かと話さないと琥珀さんのことが吹っ切れそうにない。

 気にし過ぎだよ。そう誰かに背中を押してほしいのだ。

 そして期待通り海藤さんの姿を見かけてホッとしている自分がいる。速度を変えることなく平常を装って近づく。

 海藤さんがいるのは小さな神社みたいなもの前。社とでも言えばいいのだろうか。人の大きさほどしかないそれを丁寧に掃除している海藤さんが美鶴に気づいた。

「よっ。美鶴ちゃん。元気ないね」

 大変失礼な挨拶だがそれが海藤さんだと自然と許せてしまうし、実際元気がないの
で的はずれなわけでもない。普段からテンション高めで生きているわけではない美鶴の気分の上がり下がりを見抜いてくるのは海藤さんだけだったりもする。

「わかりますか」

 だからそれを隠そうともしない。どうせ見破られるのだから。なんて考えてしまうからだ。

「琥珀ちゃんのことだろ。美鶴ちゃんのことだから」
「えっ」

 流石にそこまで見破られるはずないと思っていたから驚いた。よくみているとか言う話じゃない。気持ち悪さすら覚え始める。

「当たりか。確かに琥珀ちゃんなんだか悩んでるみたいだしな。気になるよなぁ」
「海藤さんも気づいてたんですか」

 意外ではない。でも、やっぱり少し気持ち悪いかも。

「優太くんのお父さん。つまり琥珀さんの相手って誰だか知ってますか?」

 海藤さんが一番その辺りの事情に詳しそうだと思った。対抗戦に出るきっかけも住む場所も海藤さんが提供してる。

「あんまりいい人じゃなかったとは聞いているよ。でも、それがどうした? 琥珀ちゃんの悩みに関係あるのか?」
「この前、その人がスケートリンクに来ていて、琥珀さんと話をしたらしいんです。琥珀さんはなんでもないって言ってましたけど」

 なんでもない訳はない。

「なにもないのにわざわざ来る理由はないってやつだな」

 海藤さんの言葉に美鶴は深く頷く。

「あんまりいい人じゃなかったって言うならなおさらです」
「そっか。ちょっと気にしてみるよ。ありがとうな。美鶴ちゃん」
「いえ。琥珀さんのためなら頑張れますから」
「ほんと、琥珀ちゃんが好きなんだな」

 改めて他人の口からそう言われるとドキッとする。そんなつもりはない。単に琥珀さんみたいになりたいだけだ。

「憧れなんです。琥珀さんみたいに自分で物事を決められて、自分を持っていて。生きられるってすごいことですよね」
「ああ。そうかもな。確かに琥珀ちゃんは偉いよ。まっ。でも美鶴ちゃんも偉いと思うけどね」
「そんな褒めたってなんにも出ませんよ」

 話をして少しだけ肩が軽くなった。やっぱりここに来て正解だったなと思う。

「そう言えばそれってなんです?」

 海藤さんが掃除していた社のことだ。

「あー。俺もよく知らないんだ。昔からここにあって邪魔なんだが、こういったもんを撤去するわけにもいかないしよ。新しくだけしてやってこうやって掃除だけはしてやってるんだ。商店街を守ってくださいってな」
「ここの守り神なんですね」
「ああ。それは間違いないぜ。俺が保証する」

 海藤さんの保証なんて役に立つのかしらと思いながらも、琥珀さんのことを思ったら自然と手と手を合わせて目を瞑っていた。
 どうか琥珀さんも守ってください。そう何者かも知らない神様に願った。
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