R-15
君のために7回目
十二月六日 午後二時二十八分
捜査員用のマンションがある横浜市中区から町沢署へは、高速道路と保土ケ谷バイパスを使えばほぼ最短距離で行けるようになっている。
公用車は葉梨が運転して俺は助手席に座っているが、事故渋滞している上に眠気と戦う葉梨はたまに太ももをつねっていた。
「シャーペンあるよ? 刺す?」
「はいっ! 次、刺します」
ここ数日、仮眠もまともに取れない日が続いている。相澤も加藤ももちろんそうだが、眠気覚ましのシャーペン刺しは誰もがやっていることだ。
相澤は加藤から頬を叩かれたりして目を覚ましているが、加藤は狂犬の顔で太ももを刺している。俺はその姿を見て目が覚める時もある。
帰りは俺が運転すると葉梨に言うが、大丈夫だと言う。先輩に運転をさせるわけにはいかないと言うが、現時点で集中力が途切れがちで運転が危険になっている。ならば答えづらい質問を繰り出せば眠気が覚めるかと思い、質問してみることにした。加藤とも約束したことだ。バラすような奴なら損切りする、と。
「加藤とヤッたの?」
「ええっ!? してませんよ」
「なんだよー、せっかく朝まで時間作ってやったのにもったいねえな」
「そんな……無理ですよ」
翌朝の加藤を見ても関係は持っていないとは思っていたし、特に葉梨は嘘を吐いているようには見えなかった。だが、次の質問で微かに目の動きがあった。
「なあ、加藤とデートはどうだったの? どこ行ったの?」
「加藤さんの行きつけのバーに行きました」
どこのバーかと聞くと、望月のバーの場所と店名を答えた。
「一発目からバーだったの? メシは?」
「そのバーで軽く食べましたよ」
あのバーは料理も美味いから、夜のデート一発目でもまあ問題はないだろう。
「楽しかったです。加藤さんが俺とデートしてくれるってだけで嬉しかったんで」
葉梨は嘘は吐いていないが、なんだろうか、この妙な目の動きは。『次のデートの日は約束したの?』と聞くと、していないと答えた。
「なんでよ? まあ今はちょっと仕事がアレだから難しいだろうけどさ」
「まあ、今は加藤さんと一緒に仕事してますし、その時に約束はしなくてもいいかと思って……」
恋する奈緒ちゃんと葉梨とじゃ熱量が違う。
何かあったのだろう。恋する奈緒ちゃんはウッキウキだったから、葉梨自身に問題があるようだ。
「あのさ、お前、顔に出てるよ?」
「あー……もう松永さんにはわかってますよね」
「うーん、お前が俺に話していいと思うなら話してよ。秘密は守る」
――返答次第では戦が始まる。ぼく聞きたくない。
「三つあります。まず一つ目は、あのお店は加藤さん以外の誰かの息がかかってると思いまして、ちょっとそこで……加藤さんは俺を試してるのかな、と」
――ぼくも奈緒ちゃんもいきなり大ピンチ!
「なんでそう思ったの?」
「結論から言います。あのお店は松永さんの息がかかってるお店ですよね?」
「ふふっ。否定も肯定もしません」
この今回の仕事でメンバーとなった葉梨とは面識はなかったが、どういう人間なのかは調べてある。加藤が見込む程の捜査員だ。調べるうちに確かに有能だと思った。加藤はあのバーに連れて行って、息がかかってる店かどうかを気づくか試したのだろう。
葉梨は生活安全部所属だ。情報提供者と関わる際の店は複数持つのは当然のこと。それにしても、俺の息がかかってるとはよく見抜いたなと感心した。
葉梨はバーテンダーと加藤の仲に違和感があったという。誰か一人、介在していると感じたそうだ。葉梨はカマをかけるつもりで俺の手引きがあってここ使うようになったのかと聞いたら、加藤が一瞬、仕事の時の目をしたからそうなのだと思ったそうだ。
――だから警察官って嫌なのよね、可愛げがなくて。
「俺の息がかかってる店で嫌だった?」
「いえ、信用は出来るなと判断したのでそれは気にしないです」
「今度さ、一緒に行こうよ。オススメのカクテルがあるんだよ」
「えっ……ありがとうございます」
葉梨は加藤が注文した飲み物を記憶していた。加藤の目の動きとハンドサインももちろん見ている。それは葉梨が同業だから気づいたのであって、加藤が失敗したのではない。ただ、バーテンダーが加藤の意図が汲めずに動揺したから気づいたのだろう。
「二つ目は、バーテンダーの方が、『奈緒さんが男性と来店されたのは初めてです』と言いまして、それも加藤さんが言わせたのだろうと思いまして……加藤さんはどういう意図があったのか、気になってます」
「ふふっ、あいつはそんなことを言ったのか」
渋滞も徐々に解消し始め、眠気も覚めてきた葉梨は運転に集中している。
「あのな、それは嘘でもあるし、本当のことでもあるよ」
「えっ?」
「加藤はジャックローズを頼んだんだろ?」
「ああ、そうですね、ジャックローズでした……カクテルに符牒がありそうだな、とは思いました」
「もしかしてさ、最初はターキーソーダで、ラストにジャックローズだった?」
「はい、そうです、けど…何か?」
「ふふっ……ふふふっ」
俺が笑ったから気になるのか、車は流れているのにこちらを向こうとする葉梨に、『前見ろよ』と言いながら葉梨の太ももにシャーペンを刺した。
「痛っ!! すいません!!」
「ふふっ……あのな、確かに加藤はあの店に男は連れて行ってる。でもな、ラストにジャックローズを頼んだ時の連れの男は、お前が初めてなんだよ」
「えっ……」
「最初にターキーソーダを注文した時点で、あのバーテンダーは動揺したからお前が符牒に気づけたんだよ。ふふっ」
「えっ、えっ?」
「ジャックローズを頼む前、加藤はお前に何をした? 何を言った? 店出てから加藤はお前に何を言った? 何をした? 思い出せよ、それが答えだ」
葉梨はそれを思い出したのだろう。耳を赤くして頬を緩めていた。
「ごちそうさま」
「あー、そういうことだったんですね。ははっ」
「で、何したの? 教えてよ、生々しい話」
「まあ、それは……」
「なんでヤらなかったんだよ、もったいなえな」
「まあ……。あ、あの三つ目ですけど……」
葉梨は加藤に男がいるのではと聞いてきた。俺が加藤には男がいないと言っていたのに、加藤には男がいそうだと。だから加藤は『俺が奈緒ちゃんの第三の男になろうか?』と言われて動揺したのか。
「いないだろ。聞いてないし。え、いるの?」
「いそうです」
「だからお前は浮かない顔してたのか」
「あー、はい……」
「だから次のデートの約束しなかったのか」
「……はい」
なのに翌朝の奈緒ちゃんは恋する奈緒ちゃんでウッキウキだったのはなんでなんだろうか。
「……お前が俺に聞きたい加藤のことってある? 答えられることだけ答えるよ」
運転しながらで余計に思考がまとまらないのか、ずいぶんと時間が経ってから葉梨は口を開いた。『加藤は俺で本当にいいと思っているのか』と。
加藤は美人で、月に一度の仕事を教えてもらう際に会うと待ち合わせ場所にいる加藤はナンパされていたり、一緒に歩いていると加藤を見た男は自分を見て見比べるし、女が加藤を見て連れの自分を見ると鼻で笑うという。
加藤自身は葉梨で本当にいいと思っているのか、美人な加藤はイケメンと歩きたいと思っているのではと言う。
――大丈夫だよ、相澤もゴリラだし。
「加藤は美人だけど中身は狂犬だよ? 同僚の前でストッキング破るような女だよ? 相澤を引っ叩く女だよ? 先輩の俺に何回も土下座させる女だよ?」
「いや、まあ、それはそうですが……」
「バーを出た後に何したよ? 大丈夫だよ」
「うーん……」
「ふふっ。翌朝、加藤は恋する乙女だった、とだけ言っとく」
俺から見えない場所で何をしてるかはわからないが、仕事中の二人はデートした後の男女とは気取られないようにしている。
加藤はいつも通りでストッキングを自分で破いていたし、葉梨の凡ミスに舌打ちして葉梨は恐怖の面持ちだったし、睡眠不足が起因のミスに加藤が手を出した時、葉梨が防御の体勢を取ったせいで狂犬加藤になった姿を見た葉梨はまた後退りしていたし。
――奈緒ちゃん、葉梨くんは怖くてデートに誘えないみたいよ?
「ああ、そうだ。加藤が怪我した時、ハイヒール履いてたからすっ転んだだろ?」
「はい」
「加藤がハイヒール履くとペアの相澤より背が高くなっちゃうから履かないんだよ。なのになんで履いたんだろうな」
「……何ででしょう」
「加藤がハイヒール履いても、お前より背が高くならないからだよ」
「あっ……」
加藤の身長は一メートル六十八センチだ。七センチのヒールを履いても、一メートル八十五センチの葉梨の背を超えない。加藤は俺と歩く時にハイヒールを履けることを喜んでいた。本当はハイヒールが好きで履きたいが、ペア次第では履けないとこぼしていた。
「お前と並んで歩きたいんだろ。そのために練習してすっ転んだんだよ」
合点がいき、それが自分のためだったと知った葉梨は嬉しそうに顔を綻ばせた。
――葉梨も笑うとエクボが出来るんだ。
「お幸せに」
その言葉に元気に答えた葉梨はこっちを向いた。
「前見ろよ」
「痛っ!!」
公用車で事故るといろいろと大変なんだよ、しかもまだここ神奈川県だし、と思いながら俺は葉梨の笑顔を眺めていたが、あることを思い出した。
「相澤から合コンの話はあった?」
「……ありました」
「断れないだろ?」
「……はい」
「いいよ、加藤にバレたら俺のせいにしろ。責任取ってやる」
――このまま地球が滅亡すればいいのに。
七回目の土下座を考えていたら溜め息が出た。
捜査員用のマンションがある横浜市中区から町沢署へは、高速道路と保土ケ谷バイパスを使えばほぼ最短距離で行けるようになっている。
公用車は葉梨が運転して俺は助手席に座っているが、事故渋滞している上に眠気と戦う葉梨はたまに太ももをつねっていた。
「シャーペンあるよ? 刺す?」
「はいっ! 次、刺します」
ここ数日、仮眠もまともに取れない日が続いている。相澤も加藤ももちろんそうだが、眠気覚ましのシャーペン刺しは誰もがやっていることだ。
相澤は加藤から頬を叩かれたりして目を覚ましているが、加藤は狂犬の顔で太ももを刺している。俺はその姿を見て目が覚める時もある。
帰りは俺が運転すると葉梨に言うが、大丈夫だと言う。先輩に運転をさせるわけにはいかないと言うが、現時点で集中力が途切れがちで運転が危険になっている。ならば答えづらい質問を繰り出せば眠気が覚めるかと思い、質問してみることにした。加藤とも約束したことだ。バラすような奴なら損切りする、と。
「加藤とヤッたの?」
「ええっ!? してませんよ」
「なんだよー、せっかく朝まで時間作ってやったのにもったいねえな」
「そんな……無理ですよ」
翌朝の加藤を見ても関係は持っていないとは思っていたし、特に葉梨は嘘を吐いているようには見えなかった。だが、次の質問で微かに目の動きがあった。
「なあ、加藤とデートはどうだったの? どこ行ったの?」
「加藤さんの行きつけのバーに行きました」
どこのバーかと聞くと、望月のバーの場所と店名を答えた。
「一発目からバーだったの? メシは?」
「そのバーで軽く食べましたよ」
あのバーは料理も美味いから、夜のデート一発目でもまあ問題はないだろう。
「楽しかったです。加藤さんが俺とデートしてくれるってだけで嬉しかったんで」
葉梨は嘘は吐いていないが、なんだろうか、この妙な目の動きは。『次のデートの日は約束したの?』と聞くと、していないと答えた。
「なんでよ? まあ今はちょっと仕事がアレだから難しいだろうけどさ」
「まあ、今は加藤さんと一緒に仕事してますし、その時に約束はしなくてもいいかと思って……」
恋する奈緒ちゃんと葉梨とじゃ熱量が違う。
何かあったのだろう。恋する奈緒ちゃんはウッキウキだったから、葉梨自身に問題があるようだ。
「あのさ、お前、顔に出てるよ?」
「あー……もう松永さんにはわかってますよね」
「うーん、お前が俺に話していいと思うなら話してよ。秘密は守る」
――返答次第では戦が始まる。ぼく聞きたくない。
「三つあります。まず一つ目は、あのお店は加藤さん以外の誰かの息がかかってると思いまして、ちょっとそこで……加藤さんは俺を試してるのかな、と」
――ぼくも奈緒ちゃんもいきなり大ピンチ!
「なんでそう思ったの?」
「結論から言います。あのお店は松永さんの息がかかってるお店ですよね?」
「ふふっ。否定も肯定もしません」
この今回の仕事でメンバーとなった葉梨とは面識はなかったが、どういう人間なのかは調べてある。加藤が見込む程の捜査員だ。調べるうちに確かに有能だと思った。加藤はあのバーに連れて行って、息がかかってる店かどうかを気づくか試したのだろう。
葉梨は生活安全部所属だ。情報提供者と関わる際の店は複数持つのは当然のこと。それにしても、俺の息がかかってるとはよく見抜いたなと感心した。
葉梨はバーテンダーと加藤の仲に違和感があったという。誰か一人、介在していると感じたそうだ。葉梨はカマをかけるつもりで俺の手引きがあってここ使うようになったのかと聞いたら、加藤が一瞬、仕事の時の目をしたからそうなのだと思ったそうだ。
――だから警察官って嫌なのよね、可愛げがなくて。
「俺の息がかかってる店で嫌だった?」
「いえ、信用は出来るなと判断したのでそれは気にしないです」
「今度さ、一緒に行こうよ。オススメのカクテルがあるんだよ」
「えっ……ありがとうございます」
葉梨は加藤が注文した飲み物を記憶していた。加藤の目の動きとハンドサインももちろん見ている。それは葉梨が同業だから気づいたのであって、加藤が失敗したのではない。ただ、バーテンダーが加藤の意図が汲めずに動揺したから気づいたのだろう。
「二つ目は、バーテンダーの方が、『奈緒さんが男性と来店されたのは初めてです』と言いまして、それも加藤さんが言わせたのだろうと思いまして……加藤さんはどういう意図があったのか、気になってます」
「ふふっ、あいつはそんなことを言ったのか」
渋滞も徐々に解消し始め、眠気も覚めてきた葉梨は運転に集中している。
「あのな、それは嘘でもあるし、本当のことでもあるよ」
「えっ?」
「加藤はジャックローズを頼んだんだろ?」
「ああ、そうですね、ジャックローズでした……カクテルに符牒がありそうだな、とは思いました」
「もしかしてさ、最初はターキーソーダで、ラストにジャックローズだった?」
「はい、そうです、けど…何か?」
「ふふっ……ふふふっ」
俺が笑ったから気になるのか、車は流れているのにこちらを向こうとする葉梨に、『前見ろよ』と言いながら葉梨の太ももにシャーペンを刺した。
「痛っ!! すいません!!」
「ふふっ……あのな、確かに加藤はあの店に男は連れて行ってる。でもな、ラストにジャックローズを頼んだ時の連れの男は、お前が初めてなんだよ」
「えっ……」
「最初にターキーソーダを注文した時点で、あのバーテンダーは動揺したからお前が符牒に気づけたんだよ。ふふっ」
「えっ、えっ?」
「ジャックローズを頼む前、加藤はお前に何をした? 何を言った? 店出てから加藤はお前に何を言った? 何をした? 思い出せよ、それが答えだ」
葉梨はそれを思い出したのだろう。耳を赤くして頬を緩めていた。
「ごちそうさま」
「あー、そういうことだったんですね。ははっ」
「で、何したの? 教えてよ、生々しい話」
「まあ、それは……」
「なんでヤらなかったんだよ、もったいなえな」
「まあ……。あ、あの三つ目ですけど……」
葉梨は加藤に男がいるのではと聞いてきた。俺が加藤には男がいないと言っていたのに、加藤には男がいそうだと。だから加藤は『俺が奈緒ちゃんの第三の男になろうか?』と言われて動揺したのか。
「いないだろ。聞いてないし。え、いるの?」
「いそうです」
「だからお前は浮かない顔してたのか」
「あー、はい……」
「だから次のデートの約束しなかったのか」
「……はい」
なのに翌朝の奈緒ちゃんは恋する奈緒ちゃんでウッキウキだったのはなんでなんだろうか。
「……お前が俺に聞きたい加藤のことってある? 答えられることだけ答えるよ」
運転しながらで余計に思考がまとまらないのか、ずいぶんと時間が経ってから葉梨は口を開いた。『加藤は俺で本当にいいと思っているのか』と。
加藤は美人で、月に一度の仕事を教えてもらう際に会うと待ち合わせ場所にいる加藤はナンパされていたり、一緒に歩いていると加藤を見た男は自分を見て見比べるし、女が加藤を見て連れの自分を見ると鼻で笑うという。
加藤自身は葉梨で本当にいいと思っているのか、美人な加藤はイケメンと歩きたいと思っているのではと言う。
――大丈夫だよ、相澤もゴリラだし。
「加藤は美人だけど中身は狂犬だよ? 同僚の前でストッキング破るような女だよ? 相澤を引っ叩く女だよ? 先輩の俺に何回も土下座させる女だよ?」
「いや、まあ、それはそうですが……」
「バーを出た後に何したよ? 大丈夫だよ」
「うーん……」
「ふふっ。翌朝、加藤は恋する乙女だった、とだけ言っとく」
俺から見えない場所で何をしてるかはわからないが、仕事中の二人はデートした後の男女とは気取られないようにしている。
加藤はいつも通りでストッキングを自分で破いていたし、葉梨の凡ミスに舌打ちして葉梨は恐怖の面持ちだったし、睡眠不足が起因のミスに加藤が手を出した時、葉梨が防御の体勢を取ったせいで狂犬加藤になった姿を見た葉梨はまた後退りしていたし。
――奈緒ちゃん、葉梨くんは怖くてデートに誘えないみたいよ?
「ああ、そうだ。加藤が怪我した時、ハイヒール履いてたからすっ転んだだろ?」
「はい」
「加藤がハイヒール履くとペアの相澤より背が高くなっちゃうから履かないんだよ。なのになんで履いたんだろうな」
「……何ででしょう」
「加藤がハイヒール履いても、お前より背が高くならないからだよ」
「あっ……」
加藤の身長は一メートル六十八センチだ。七センチのヒールを履いても、一メートル八十五センチの葉梨の背を超えない。加藤は俺と歩く時にハイヒールを履けることを喜んでいた。本当はハイヒールが好きで履きたいが、ペア次第では履けないとこぼしていた。
「お前と並んで歩きたいんだろ。そのために練習してすっ転んだんだよ」
合点がいき、それが自分のためだったと知った葉梨は嬉しそうに顔を綻ばせた。
――葉梨も笑うとエクボが出来るんだ。
「お幸せに」
その言葉に元気に答えた葉梨はこっちを向いた。
「前見ろよ」
「痛っ!!」
公用車で事故るといろいろと大変なんだよ、しかもまだここ神奈川県だし、と思いながら俺は葉梨の笑顔を眺めていたが、あることを思い出した。
「相澤から合コンの話はあった?」
「……ありました」
「断れないだろ?」
「……はい」
「いいよ、加藤にバレたら俺のせいにしろ。責任取ってやる」
――このまま地球が滅亡すればいいのに。
七回目の土下座を考えていたら溜め息が出た。