優しく抱きしめて
「知ってるだろうけど、僕は友達には今も昔も友達がいたことが殆どない。だけど幼稚園児から小一の頃だけ、一目惚れした女の子と友達になれたんだ」
「うんうん。それでそれで?」
「その子は遠くから引っ越してきた人形のように可愛い女の子だった。だけど、言葉や文化の違いで周りに馴染めないで毎日虐められていた。僕はそれを見てるだけってのが凄く悔しかったんだ。それで何時もより酷いことされていたある日、見てるだけに耐えられなくなってその子を庇った。めちゃくちゃ殴られて痛かったけど、それがきっかけでその子と仲良くなれた。それはとても嬉しかったさ」
当然だが、話の内容は早希乃の話とまるで同じだ。もしかしたら早希乃はこの話が自分とあの子のことだと気づいたかもしれないと思ったが、
「素敵な話ね。太樹くんもあの子みたいな人だったんだね」
と言ったあたり、おそらく太樹とあの子を重ね合わせているようだった。
「昔は、そうだったかもしれないね。それから殆ど毎日のようにその子と遊んでた。それはもう幸せな毎日だったよ。だって、好きな子と一緒にいられるからね。けど、一年後にその子はまた引っ越すことになって別れることになった。そこから生活が一変した」
「確かに、好きな人がいなくなるのは辛いよね。私も辛かったし」
分かったように早希乃は頷いていた。
「そうだよね。まあ確かにそれもあったけど、今度は僕に対する虐めが始まった…」
「あ……」
ここから、早希乃の顔色が目に見えて悪くなってきた。
「虐められていた子を助けたことで自分も変人扱いされて、嫌がらせを受けていたけどその子と一緒にいられる嬉しさで気にしてなかった。けど、そういうのがなくなってさらに家族にも元々無視されるという虐められてたから、ただ辛いだけだった。次第に悪い記憶に押しつぶされて、小一までの記憶が丸ごと消え失せちゃって、ついには感情が薄くなっていった」
話が進むにつれて早希乃の目から光が消えていった。気づいたかどうかはわからないが、あの子が絶対に幸せに過ごしているという幻想が打ち砕かれているのは確かだった。
「これが僕の過去なんだ……ごめん。凄く重い話になって」
やはり考え無しに勢いだけで話してしまった結果、言わなくていいことまで言ってしまい最悪の状態に陥ってしまった。だが、太樹には好転させる術が頭にはしっかりと浮かんでいた。
「太樹くん。あの子は大丈夫かな………」
早希乃の声は震え、心は不安に打たれていた。
自分のような子を助けた太樹がこうなってしまったのだ。自分が幸せに生きてきた反面で、同じ事をしたあの子も不幸な日々を送っているかもしれない。そう思うと、不安で仕方なかった。
「ねえ? 太樹くんは、助けたこと後悔してたり、その子を恨んでいたりしてるの? やっぱり、後悔してるよね?」
「まあ確かに思い出しちゃった時はその子の事を恨みかけていた。いなければこんなことなかったんじゃないのかってね。けど、やっぱり助けた事を後悔してないし、恨んでもないよ」
早希乃の側に座りながら、太樹はまっさらな気持ちでそう言った。
「えっ、どうして!? 虐められるきっかけになったのに? どうして?」
後悔しているか恨んでいる、という風に答えると思っていた早希乃には、不思議でたまらなかった。
「いじめのきっかけになったかもしれないけど、恨んだりしてもどうしようもないし。それに、助けてよかったなって思える。こうなるって、知っていても絶対に助けていたよ」
「どうして?」
「だって、僕の大好きな子が目の前で困っているし、自分の手で助けられたらカッコいいじゃないか。それに、助けたからその子と仲よくなれたわけだ。だから、僕は後悔していないよ。だけど、もし、その子が僕のその後を知って心配しているなら」
「え? ちょっ、太樹くん?!」
突拍子もなく太樹は優しく早希乃を抱きしめ、ゆっくり頭を撫で始めた。あまりにも大胆で予想外な行動に早希乃は驚きを隠せなかった。
「こうやって優しく抱きしめて、頭を撫でてあげると思うよ。早希乃さん。覚えているよ。牧瀬川でピンクのキーホルダー一緒に探したことも、水遊びした後寝ちゃって頭乾かそうとしたら、目が覚めて恥ずかしそうにしていたことも、名前を憶えてなくて不機嫌そうにしていたことも、全部、憶えているよ」
早希乃は思わず息を呑んだ。太樹の言ったことは、一度たりとも太樹の前で言ってないものだ。そして、そのどれもが早希乃が特に思い入れのあるものだった。
「えっと、じゃあ、私の言ってたあの子は。そうか、だから、太樹くんが運命の人だったのね。よかった……」
早希乃は気づいた。自分がずっと恋をしてきたのが、太樹だったということに。そして、深い安堵感を覚えるとともに、涙が川のように流れだした。
「えっ、ど、どうしたの?! 突然泣き出して?!」
「怖かった。どげんなっとるかわからんくて、不安でえらい怖かった」
泣きやまない早希乃を、太樹は頭をゆっくり撫でながら、大丈夫だよ、と軽く柔らかい声で言った。
早希乃が泣き止んで落ち着いたところで太樹は勝負に出た。
「早希乃さん、僕から一つ約束したいことがあるんだ」
太樹の声は、落ち着きながらもしっかりしたものだった。
「約束?」
早希乃はあの時からずっと抱きしめられたまま、太樹の瞳をじっと見ている。
「早希乃さんのことを、ずっと好きでいてもいいですか」
太樹はこの言葉に自分の全てを込めた。
辺りは時が止まったかのような静寂に包まれる。早希乃は、太樹の言葉を理解できなかったのか固まっていたが、少し経つとクスッと笑いながら答えた。
「好きでいるって、それは別に私が決めることじゃないよね? 多分太樹くんの言いたかったことって、私と付き合ってもいいですか、じゃないの?」
「あっ、」
太樹はようやく気がつき、恥ずかしさのあまり顔を赤くした。
「アハハハ!! やっぱりそうだったんだ。なんか太樹くんらしいや……」
早希乃も頬を真っ赤にし、顔を下げ黙り込んだ。しばらくすると決心がついたのか、恥ずかしそうに少し横目遣いになりながらも、顔を上げた
「……いいよ。太樹くんと付き合っても」
そういった早希乃の声は、甘ったるい声だった。そして、目はいつしか夢中になって話していた時のようになっていた。
「だって、言ってたじゃん。私はその子以外に恋したことがなかった、って。それが私の思い描いていた人と違っていても、私が太樹くんを大好きだって気持ちはかわらないってね」
「早希乃さん……」
「だから、私の気持ちを、受取って欲しいな」
早希乃は目を閉じ、唇をつぼめる。太樹は早希乃の顔を支えるように首に軽く手を当てて、唇を重ね合わせた。
「うんうん。それでそれで?」
「その子は遠くから引っ越してきた人形のように可愛い女の子だった。だけど、言葉や文化の違いで周りに馴染めないで毎日虐められていた。僕はそれを見てるだけってのが凄く悔しかったんだ。それで何時もより酷いことされていたある日、見てるだけに耐えられなくなってその子を庇った。めちゃくちゃ殴られて痛かったけど、それがきっかけでその子と仲良くなれた。それはとても嬉しかったさ」
当然だが、話の内容は早希乃の話とまるで同じだ。もしかしたら早希乃はこの話が自分とあの子のことだと気づいたかもしれないと思ったが、
「素敵な話ね。太樹くんもあの子みたいな人だったんだね」
と言ったあたり、おそらく太樹とあの子を重ね合わせているようだった。
「昔は、そうだったかもしれないね。それから殆ど毎日のようにその子と遊んでた。それはもう幸せな毎日だったよ。だって、好きな子と一緒にいられるからね。けど、一年後にその子はまた引っ越すことになって別れることになった。そこから生活が一変した」
「確かに、好きな人がいなくなるのは辛いよね。私も辛かったし」
分かったように早希乃は頷いていた。
「そうだよね。まあ確かにそれもあったけど、今度は僕に対する虐めが始まった…」
「あ……」
ここから、早希乃の顔色が目に見えて悪くなってきた。
「虐められていた子を助けたことで自分も変人扱いされて、嫌がらせを受けていたけどその子と一緒にいられる嬉しさで気にしてなかった。けど、そういうのがなくなってさらに家族にも元々無視されるという虐められてたから、ただ辛いだけだった。次第に悪い記憶に押しつぶされて、小一までの記憶が丸ごと消え失せちゃって、ついには感情が薄くなっていった」
話が進むにつれて早希乃の目から光が消えていった。気づいたかどうかはわからないが、あの子が絶対に幸せに過ごしているという幻想が打ち砕かれているのは確かだった。
「これが僕の過去なんだ……ごめん。凄く重い話になって」
やはり考え無しに勢いだけで話してしまった結果、言わなくていいことまで言ってしまい最悪の状態に陥ってしまった。だが、太樹には好転させる術が頭にはしっかりと浮かんでいた。
「太樹くん。あの子は大丈夫かな………」
早希乃の声は震え、心は不安に打たれていた。
自分のような子を助けた太樹がこうなってしまったのだ。自分が幸せに生きてきた反面で、同じ事をしたあの子も不幸な日々を送っているかもしれない。そう思うと、不安で仕方なかった。
「ねえ? 太樹くんは、助けたこと後悔してたり、その子を恨んでいたりしてるの? やっぱり、後悔してるよね?」
「まあ確かに思い出しちゃった時はその子の事を恨みかけていた。いなければこんなことなかったんじゃないのかってね。けど、やっぱり助けた事を後悔してないし、恨んでもないよ」
早希乃の側に座りながら、太樹はまっさらな気持ちでそう言った。
「えっ、どうして!? 虐められるきっかけになったのに? どうして?」
後悔しているか恨んでいる、という風に答えると思っていた早希乃には、不思議でたまらなかった。
「いじめのきっかけになったかもしれないけど、恨んだりしてもどうしようもないし。それに、助けてよかったなって思える。こうなるって、知っていても絶対に助けていたよ」
「どうして?」
「だって、僕の大好きな子が目の前で困っているし、自分の手で助けられたらカッコいいじゃないか。それに、助けたからその子と仲よくなれたわけだ。だから、僕は後悔していないよ。だけど、もし、その子が僕のその後を知って心配しているなら」
「え? ちょっ、太樹くん?!」
突拍子もなく太樹は優しく早希乃を抱きしめ、ゆっくり頭を撫で始めた。あまりにも大胆で予想外な行動に早希乃は驚きを隠せなかった。
「こうやって優しく抱きしめて、頭を撫でてあげると思うよ。早希乃さん。覚えているよ。牧瀬川でピンクのキーホルダー一緒に探したことも、水遊びした後寝ちゃって頭乾かそうとしたら、目が覚めて恥ずかしそうにしていたことも、名前を憶えてなくて不機嫌そうにしていたことも、全部、憶えているよ」
早希乃は思わず息を呑んだ。太樹の言ったことは、一度たりとも太樹の前で言ってないものだ。そして、そのどれもが早希乃が特に思い入れのあるものだった。
「えっと、じゃあ、私の言ってたあの子は。そうか、だから、太樹くんが運命の人だったのね。よかった……」
早希乃は気づいた。自分がずっと恋をしてきたのが、太樹だったということに。そして、深い安堵感を覚えるとともに、涙が川のように流れだした。
「えっ、ど、どうしたの?! 突然泣き出して?!」
「怖かった。どげんなっとるかわからんくて、不安でえらい怖かった」
泣きやまない早希乃を、太樹は頭をゆっくり撫でながら、大丈夫だよ、と軽く柔らかい声で言った。
早希乃が泣き止んで落ち着いたところで太樹は勝負に出た。
「早希乃さん、僕から一つ約束したいことがあるんだ」
太樹の声は、落ち着きながらもしっかりしたものだった。
「約束?」
早希乃はあの時からずっと抱きしめられたまま、太樹の瞳をじっと見ている。
「早希乃さんのことを、ずっと好きでいてもいいですか」
太樹はこの言葉に自分の全てを込めた。
辺りは時が止まったかのような静寂に包まれる。早希乃は、太樹の言葉を理解できなかったのか固まっていたが、少し経つとクスッと笑いながら答えた。
「好きでいるって、それは別に私が決めることじゃないよね? 多分太樹くんの言いたかったことって、私と付き合ってもいいですか、じゃないの?」
「あっ、」
太樹はようやく気がつき、恥ずかしさのあまり顔を赤くした。
「アハハハ!! やっぱりそうだったんだ。なんか太樹くんらしいや……」
早希乃も頬を真っ赤にし、顔を下げ黙り込んだ。しばらくすると決心がついたのか、恥ずかしそうに少し横目遣いになりながらも、顔を上げた
「……いいよ。太樹くんと付き合っても」
そういった早希乃の声は、甘ったるい声だった。そして、目はいつしか夢中になって話していた時のようになっていた。
「だって、言ってたじゃん。私はその子以外に恋したことがなかった、って。それが私の思い描いていた人と違っていても、私が太樹くんを大好きだって気持ちはかわらないってね」
「早希乃さん……」
「だから、私の気持ちを、受取って欲しいな」
早希乃は目を閉じ、唇をつぼめる。太樹は早希乃の顔を支えるように首に軽く手を当てて、唇を重ね合わせた。