ありのままで
あの日から一ヶ月後。私は文化祭のイベントであるミスコンの控え室にいる。本来、出る気は全くなかった。
理由はイメージが崩れてしまうかもしれないから。男装で出るならまだしも、ドレスとかかわいい系の衣装で出れば確実に崩壊してしまう。
朱里ちゃんなら受け入れてくれるけど、他の学校のみんなはそうじゃないかもしれない。それが嫌だから出ないと、朱里ちゃんに伝えた。
すると、朱里ちゃんはひどく興奮しながらだったら先輩のかわいさをみんなに教えてやるまでです、と勝手に参加させた上に、衣装まで用意されたのだ。
しかも、ご丁寧に私が好きそうな、薄いピンク色を基調にした、フリフリがたくさんあしらっている甘ロリな衣装を。
断ろうとはした。しかし、私が出るという話はすぐに学校中に広まっていたので、引くに引けず、出ることになった。
それで、今は朱里ちゃんが選んでくれた衣装を着て、ステージの側にある控え室で待機をしている。
「ね、ねえ朱里ちゃん。本当に大丈夫かな……」
不安と恐怖で、身体中がガタガタと凍えているかのように震える。勝手に決められたとはいえ出ると決めた以上、やらないといけない。でも、怖い。
みんなは、この衣装を着ていること知らない。もしも、みんなのイメージを崩してしまったら、どうしよう。
そんなことを考えていると、朱里ちゃんはポンポンと軽く背中を叩いてくれた。
「大丈夫ですって。先輩のかわいさならきっと、みんな夢中になりますよ!」
震える私を、朱里ちゃんは飛びっきりの笑顔で後押しをする。
そうだ。私には朱里ちゃんがいる。みんなにそっぽ向かれても、朱里ちゃんは絶対に私を見ていてくれる。
私は覚悟を決めた。
「奈々さーん、出番です。そろそろお願いします!」
係員の声が聞こえた。
「行ってくるね。朱里ちゃん」
朱里ちゃんに笑顔で答え、控え室のドアをひらいた。
暗幕の裏を進んでステージに出るため、観客の様子はわからない。ただ、大音量の音楽にも負けないくらい悲鳴のような歓声が聞こえる。相当期待されているようだ。
心の隙間から、また恐怖の感情が顔をのぞかせる。いけない。朱里ちゃんに背中を押してもらったんだ。大きく深呼吸をして、笑顔を作る。
よし、行こう。
私はステージへと足を踏み出した。
その瞬間、歓声が一瞬ピタリと止んだ。
あ、終わった。そう思った瞬間。
「キャーッ‼︎ かわいいーっ‼︎」
「こっち向いてせんぱーいっ‼︎」
「奈々様ーっ! かわいいですよー‼︎」
「世界一かわいいよー!」
歓声が再びドッと湧き上がる。それはさっきよりも大きく、身体中が歓声でビリビリと痺れるほどだった。
よかった。みんな喜んでくれて。
ほっと、一安心した私はそのまま用意されている椅子に座った。それから、出演者が全員ステージに登場すると、いよいよトークタイムに入った。
トークタイムでは出演者毎に、司会役の人と簡単にトークをする。私の順番は最後だ。順番を待つ間、どういうことを聞かれるのかを想像しながら、話を聞いてきた。
「では、最後に藤井奈々さん。お願いします」
司会の人がそう言うと、マイクが手元に回ってきた。マイクを手に取り、どうもと一声挨拶をした。
「いやーっ、奈々さん。予想外の衣装でびっくりしましたよー!」
早速、衣装について言及された。
「そうですよね。似合って、ました?」
私が恥ずかしそうに問いかけると、笑顔で答えてくれた。
「めちゃくちゃ似合ってましたよ! 会場の皆さんもそう思いましたよね?」
司会が会場にマイクを向ける。
「似合ってましたよーっ!」
「かわいかったですよー!」
またさっきのように、客席から歓声が湧き上がった。私はうれしくて、頬が熱くなった。
「会場の皆さんも私と同じみたいですね」
「あ、ありがとうございます」
私は軽くお辞儀をした。司会は私が頭を下げ終わると、話を続けた。
「しかし、奈々さん。こういう服とか好きなんですか?」
いきなり、とんでもない質問が飛んできた。まさか、聞かれるとは思ってなかった。
私は嘘をつこうと考えた。そうすれば、これはギャップを狙って選んだと言うことになるだろう。そうすれば、普段のイメージは傷がつかないだろう。
そう答えようとした一瞬。朱里ちゃんのことが目に浮かんだ。もし、ここ嘘をついたら朱里ちゃんはどういう表情をするだろうか。きっと、がっかりしているだろう。
私の嘘のせいで、好きな人の顔が曇ってしまう。そんなのは嫌だ。
「はい。こういう服、実は好きですし、かわいい人形とか、そういのも好きなので、この衣装を後輩の子から渡された時、嬉しかったですね」
私は堂々と胸を張って答えた。いいんだ。これで。何が返ってくるかはわからない。でも、いいんだ。私は唾を飲んだ。
「へぇー、意外ですね」
やっぱり、そういう答えが返ってきた。
「そうですよね……。おかしい、ですよね……」
私は語尾を濁らせた。これで、今までのイメージはなくなった。きっと周りも離れてしまうだろう。私は覚悟を決めた。
「いえいえっ! 全然そんなことないですよ! 好きなものは好きでいいじゃないですか。それをどうこう言う人がおかしいんすよ。皆さんも、そう思いますよね」
司会がマイクを観客に向けると、
「そうですよ奈々さん!」
「おかしくないですよ!」
同じように肯定してくれる言葉が次々と飛んできた。
「会場のみなさんも、おんなじこと、思ってますよ。それに、奈々さんのこともっと好きになりましたよ。かっこいいだけの人かなって思ってたんですけど、こうかわいい一面もあって、それがまたいいなあって感じて」
「私もですよー!」
「わたしもですー!」
この会場のみんなが、この私を認めてくれていた。そうか、私は今までイメージ通りにならなきゃいけないって、思い込みすぎてたんだ。
こうやって、受け入れてくれる人はいっぱいいるじゃないか。なのに、一度失敗して、いじめられたから、それを隠して自分を偽って生きるなんて。そっちの方が、間違ってたんだ。
私は私の好きを出していいんだ。
朱里ちゃんも、それが言いたかったからミスコンに出したんだ。
そうか。よかったんだ。
私の目の奥から、堪えられないほどの想いが溢れ出した。
「な、奈々さん⁈」
「ごめんなさい。みんなのイメージ壊して、申し訳ないなって思ってたから、そう言ってもらえたのが、うれしくて……」
「いいんですよ。イメージを守ろうとしなくても。これからは、そんなものに縛られないで、奈々さんを出してください。それでいいんです」
司会は私のそばに駆け寄り、やさしく私の背中をさすってくれた。私は、この後しばらく涙を止めることができなかった。
理由はイメージが崩れてしまうかもしれないから。男装で出るならまだしも、ドレスとかかわいい系の衣装で出れば確実に崩壊してしまう。
朱里ちゃんなら受け入れてくれるけど、他の学校のみんなはそうじゃないかもしれない。それが嫌だから出ないと、朱里ちゃんに伝えた。
すると、朱里ちゃんはひどく興奮しながらだったら先輩のかわいさをみんなに教えてやるまでです、と勝手に参加させた上に、衣装まで用意されたのだ。
しかも、ご丁寧に私が好きそうな、薄いピンク色を基調にした、フリフリがたくさんあしらっている甘ロリな衣装を。
断ろうとはした。しかし、私が出るという話はすぐに学校中に広まっていたので、引くに引けず、出ることになった。
それで、今は朱里ちゃんが選んでくれた衣装を着て、ステージの側にある控え室で待機をしている。
「ね、ねえ朱里ちゃん。本当に大丈夫かな……」
不安と恐怖で、身体中がガタガタと凍えているかのように震える。勝手に決められたとはいえ出ると決めた以上、やらないといけない。でも、怖い。
みんなは、この衣装を着ていること知らない。もしも、みんなのイメージを崩してしまったら、どうしよう。
そんなことを考えていると、朱里ちゃんはポンポンと軽く背中を叩いてくれた。
「大丈夫ですって。先輩のかわいさならきっと、みんな夢中になりますよ!」
震える私を、朱里ちゃんは飛びっきりの笑顔で後押しをする。
そうだ。私には朱里ちゃんがいる。みんなにそっぽ向かれても、朱里ちゃんは絶対に私を見ていてくれる。
私は覚悟を決めた。
「奈々さーん、出番です。そろそろお願いします!」
係員の声が聞こえた。
「行ってくるね。朱里ちゃん」
朱里ちゃんに笑顔で答え、控え室のドアをひらいた。
暗幕の裏を進んでステージに出るため、観客の様子はわからない。ただ、大音量の音楽にも負けないくらい悲鳴のような歓声が聞こえる。相当期待されているようだ。
心の隙間から、また恐怖の感情が顔をのぞかせる。いけない。朱里ちゃんに背中を押してもらったんだ。大きく深呼吸をして、笑顔を作る。
よし、行こう。
私はステージへと足を踏み出した。
その瞬間、歓声が一瞬ピタリと止んだ。
あ、終わった。そう思った瞬間。
「キャーッ‼︎ かわいいーっ‼︎」
「こっち向いてせんぱーいっ‼︎」
「奈々様ーっ! かわいいですよー‼︎」
「世界一かわいいよー!」
歓声が再びドッと湧き上がる。それはさっきよりも大きく、身体中が歓声でビリビリと痺れるほどだった。
よかった。みんな喜んでくれて。
ほっと、一安心した私はそのまま用意されている椅子に座った。それから、出演者が全員ステージに登場すると、いよいよトークタイムに入った。
トークタイムでは出演者毎に、司会役の人と簡単にトークをする。私の順番は最後だ。順番を待つ間、どういうことを聞かれるのかを想像しながら、話を聞いてきた。
「では、最後に藤井奈々さん。お願いします」
司会の人がそう言うと、マイクが手元に回ってきた。マイクを手に取り、どうもと一声挨拶をした。
「いやーっ、奈々さん。予想外の衣装でびっくりしましたよー!」
早速、衣装について言及された。
「そうですよね。似合って、ました?」
私が恥ずかしそうに問いかけると、笑顔で答えてくれた。
「めちゃくちゃ似合ってましたよ! 会場の皆さんもそう思いましたよね?」
司会が会場にマイクを向ける。
「似合ってましたよーっ!」
「かわいかったですよー!」
またさっきのように、客席から歓声が湧き上がった。私はうれしくて、頬が熱くなった。
「会場の皆さんも私と同じみたいですね」
「あ、ありがとうございます」
私は軽くお辞儀をした。司会は私が頭を下げ終わると、話を続けた。
「しかし、奈々さん。こういう服とか好きなんですか?」
いきなり、とんでもない質問が飛んできた。まさか、聞かれるとは思ってなかった。
私は嘘をつこうと考えた。そうすれば、これはギャップを狙って選んだと言うことになるだろう。そうすれば、普段のイメージは傷がつかないだろう。
そう答えようとした一瞬。朱里ちゃんのことが目に浮かんだ。もし、ここ嘘をついたら朱里ちゃんはどういう表情をするだろうか。きっと、がっかりしているだろう。
私の嘘のせいで、好きな人の顔が曇ってしまう。そんなのは嫌だ。
「はい。こういう服、実は好きですし、かわいい人形とか、そういのも好きなので、この衣装を後輩の子から渡された時、嬉しかったですね」
私は堂々と胸を張って答えた。いいんだ。これで。何が返ってくるかはわからない。でも、いいんだ。私は唾を飲んだ。
「へぇー、意外ですね」
やっぱり、そういう答えが返ってきた。
「そうですよね……。おかしい、ですよね……」
私は語尾を濁らせた。これで、今までのイメージはなくなった。きっと周りも離れてしまうだろう。私は覚悟を決めた。
「いえいえっ! 全然そんなことないですよ! 好きなものは好きでいいじゃないですか。それをどうこう言う人がおかしいんすよ。皆さんも、そう思いますよね」
司会がマイクを観客に向けると、
「そうですよ奈々さん!」
「おかしくないですよ!」
同じように肯定してくれる言葉が次々と飛んできた。
「会場のみなさんも、おんなじこと、思ってますよ。それに、奈々さんのこともっと好きになりましたよ。かっこいいだけの人かなって思ってたんですけど、こうかわいい一面もあって、それがまたいいなあって感じて」
「私もですよー!」
「わたしもですー!」
この会場のみんなが、この私を認めてくれていた。そうか、私は今までイメージ通りにならなきゃいけないって、思い込みすぎてたんだ。
こうやって、受け入れてくれる人はいっぱいいるじゃないか。なのに、一度失敗して、いじめられたから、それを隠して自分を偽って生きるなんて。そっちの方が、間違ってたんだ。
私は私の好きを出していいんだ。
朱里ちゃんも、それが言いたかったからミスコンに出したんだ。
そうか。よかったんだ。
私の目の奥から、堪えられないほどの想いが溢れ出した。
「な、奈々さん⁈」
「ごめんなさい。みんなのイメージ壊して、申し訳ないなって思ってたから、そう言ってもらえたのが、うれしくて……」
「いいんですよ。イメージを守ろうとしなくても。これからは、そんなものに縛られないで、奈々さんを出してください。それでいいんです」
司会は私のそばに駆け寄り、やさしく私の背中をさすってくれた。私は、この後しばらく涙を止めることができなかった。