あなたに逢いたくて
チラチラと雪が降り注ぐ。黒い黒い空に白い点が目立つ程だ。僕は雪があまり好きじゃない。頭に積もってくるそれを僕は軽く払う。時計を見ると19時を指している。今日は降るって言ってたなあ。傘、持ってくれば良かったや。そんなこと思いながら、近くのスーパーに寄って行く。目的は、バレンタインデー用のチョコレートだ。
最近は本当に色んなチョコレートが売っている。ゴージャスな装飾が施されているもの。有名店が監修したもの。選ぶだけで1時間は掛かってしまうんじゃなかろうかと言うくらいだ。とは言え、こんな時間に来たんだから流石にそこまで置いてあるわけではない。十分な量ではあるが。
さて。あいつ……美沙に送るにはどれがいいだろうか。美沙は黒髪で四角の眼鏡が似合うショートヘアーのちょっと男勝りな女の子だ。背はそんなに大きくないけど、器がとてもデカい。冬の様に冷たい男だと言われる僕を温かくしてくれる包容力もある、素敵な子なんだ。そんな美沙にはちゃんといいものを持ってかないとな。でも、美沙はそんなにお高いものは好きじゃないな。真心がこもっていればどんなものでも喜んでくれる優しい子だ。だからと言って適当ではいかんだろう。優しさに甘えちゃいけない。
そんなこと言うなら、こんな時間に来るんじゃなくて前日からちゃんと用意しとけよって話だわな。ただ、最近はちょっと忙しくて選ぶ暇がなかった。選びに行っても決めきれなかったんだ。それくらい真剣に考えてたんだ。話せばきっと許してくれるよな。自分にそう言い聞かせる。
迷う。非常に迷う。赤青黄色と包装がカラフルで猫の形や犬の形をしたかわいい方がいいだろうか? それともこの有名らしいパティシエの監修したものがいいだろうか? 女の子って、どう言うのがいいんだろうか。毎年毎年悩んでるけど答えが出ない。どっちでも喜んでくれるとは思うけど、うーん。わからんなあ。あんまり時間をかけると、美沙の家に行く時間が遅くなる。それはご家族に迷惑だろう。決めた。どっちも買おう。こう言う時はどっちも選ぶのがきっと正着だろう。僕は催事レジの方に二つのチョコの箱を持って行った。
店員さんに贈り物ですかと聞かれたので、はいと答えてラッピングをしてもらった。あとは持って行くだけ。ここから歩いて10分くらいだから、慌てず落ち着いて行こう。買い物を済ませた僕はチョコを鞄の中に仕舞い、スーパーを後にした。
おおよそ10分後。美沙の家に着いた。いつ来ても、少し緊張するなあ。美沙の前だからちょっとはいい格好しないとね。ネクタイを正し、ジャケットを整える。そして、玄関のチャイムを鳴らすと美沙のお母さんが出てきた。
「遅くにすいません。雪村です」
「あら冬紀君! 毎年ありがとうね。美沙も喜んでくれると思うわ」
美沙のお母さんはとても嬉しそうな顔で僕を迎え入れてくれた。僕は靴を綺麗に脱いで、家に上がった。
察しのいい人ならもう気づいていると思う。美沙はこの世に居ない。11年前のこの日に交通事故で帰らぬ人になった。その日も雪が降る夜だった。僕と夜景を見に行くと言う約束を果たすため、家を出て10分後にさっき行ったスーパーの前の道でスリップしたトラックに轢かれて亡くなってしまった。
それから僕は毎年のようにバレンタインデーは美沙の家を訪れて、チョコレートを仏壇に供えている。今日も、その為に来たのだ。
奥の部屋に入り、笑顔の美沙の写真を見る。あの頃のまま変わらない顔を見て、少し感情が込み上げてくる。それを我慢して、お線香をあげる。そしてりんを鳴らして、合掌礼拝をする。
美沙。僕は元気にやってるよ。今年も持って来たよ。ちょっと迷って二つになっちゃったけど。かわいいやつと、有名なパティシエ監修のやつだ。気に入ってくれると嬉しいよ。
そんなことを心の中で唱えながら、拝んでいた。そして、仏壇に買ってきたチョコレート二つを供える。お参りはこれで終わりだ。僕は笑顔を見せて部屋を出た。
「冬紀君。本当にありがとうね。毎年来てくれるのは冬紀君だけよ。本当に感謝してるわ」
玄関先で美沙のお母さんに声をかけられた。
「いえいえ。私が来たくて来ているのですから。むしろ、毎年受け入れてくださって感謝しています」
僕は軽く頭を下げる。本当に僕が来たくて来ているのだから、毎年受け入れてくださるご家族には感謝しかない。むしろ、亡くなる原因を作ってしまった自分なんかを受け入れてくれてるのだから、本当に頭が上がらない。
「……冬紀君。そう言えば彼女とか居るの?」
「いませんが」
何故か聞かれたので、僕は正直に答えた。美沙のお母さんは悲しい顔をしていた。
「……いいのよ。美沙のこと忘れずに思ってくれるのはありがたいけど、そろそろ他の人を見てもいいと思うの。美沙だって、きっと許してくれるわ。冬紀君、いい男だから美沙だけに縛られないでいいのよ」
ありがたい話だけど、僕にはそうする気はさらさらない。ただ、それをそのまま言っては角が立つ。
「……考えておきます」
僕はそう言い残してもう一度お礼をして、美沙の家を後にした。
自宅に帰ってから、晩飯と風呂を済ませベッドに入っていた。明日も早いからそろそろ寝ないとな。
美沙のお母さんには他の人をと言われた。でも、本当にその気はない。美沙は最高の彼女だったし、今も忘れられる気がしない。
あの日、僕は美沙に無事に会えたらチョコレートを渡すつもりだった。男が渡すのはホワイトデーだけど、それでもバレンタインデーに渡したかった。でもそれは叶わなかった。だから、あの日持っていたチョコレートは未だに捨てられずにいる。毎年チョコレートを持って行ってるのも、あの日叶えられなかったことを少しでも叶えた気になろうとしてるだけなのかもしれない。
そんなことをしても、何も起きないのはわかってる。でもやめられない。虹に触れられないってわかってるのに、虹を作っては手を伸ばす子どものようなものなんだろう。未練がましい男なんだろうと思う。そんな僕のことを今の美沙はどう思っているだろうか。それを確かめることはできない。確かめられたらいいのになあ。そう思いながら静かに目を瞑った。
ふと気がつくと雪が降っていた。暗闇でも目立つくらいに雪が降っている。辺りを見渡すと、あの日と同じ山の展望台の景色だ。夜景がキラキラと輝き、雪がそれをさらに引き立てている。服装も、黒いチノパンに白のカッターシャツと茶色のロングコート。あの日と同じだ。一体どうしたんだろうか? おそらく夢を見ているのだろう。そんなことを考えていると
背中をツンツンと叩かれる。
「久しぶり」
少し高くて明るい声。これは間違いない。美沙だ。美沙の声だ。あの頃と変わらない美沙のだ。僕は勢いよく振り向いた。
「美沙! どうしてここに⁈」
やっぱり美沙だった。あの頃に見せた笑顔と、制服姿の美しい美沙そのものだった。久しぶりに見れた美沙の姿に、心が温かくなる。
「いやー。そろそろ別の人に転生する時期になったから神様? っぽい人から思い残すことはないかって言われて、それで冬紀に会いに来たんだ」
なんと言うプレゼントだ。信じられない。夢だろうけど、こうやって美沙に会えた。会いたくて会いたくてしかたなかった美沙にやっと会えた。涙で視界を歪ませながら、僕は美沙を抱きしめた。ぎゅっと力強く、これまでの想いを込めて。美沙の表情は見えないけど、美沙は笑っているようだった。
「そんなに会いたかったんだな。そうか、そうか。ごめんな。先に逝っちまって」
美沙は優しく背中を摩ってくれた。それからしばらく抱きしめた後は、今の自分の話をした。どこの大学に行って今どう言う仕事をしているのかみたいな話を。美沙は嬉しそうにうんうんと頷いてくれた。
「そっかー。いい大学行って、ちゃんといいとこ就職したのか。流石は私の彼氏だ。偉いぞー」
ヨシヨシと子どもを褒める時みたいに、僕の頭を美沙は撫でてくれた。僕は嬉しくて頬の辺りが熱くなった。
「今日もチョコありがとうな。ちゃんと受け取ったよ。二つとも」
「気に入った?」
「好きな人から貰うもんだぞー。気に入らないわけないだろ。こう言うのは貰えただけで嬉しいんだよ」
良かった。美沙は気に入ってくれたようだ。僕は安心してほっと胸を撫で下ろした。
「あと、あの時のチョコも実はもう貰ってるんだけどな。だから、あの箱はもう捨てていいぞ。いつまでも置いとくな」
美沙は軽く笑いながらそう言った。美沙に言われたんだから、起きたらちゃんと捨てておこう。僕はそう決めた。
「あと、捨てろってわけじゃないけど、私のことばっかり気にして他の人好きにならないもナシだぞ。冬紀はいい男なんだからちゃんと恋愛しないとダメだぞー」
美沙はニヤニヤしながら僕の頬を突いた。美沙のお母さんに言われた事と同じ事を僕は言われた。ただ、美沙が気にしてないって言っても、相手がいないのが事実だ。美沙以上の人は今まで居なかった。これからもきっとそうだろう。僕はそれを正直に言うことにした。
「いやー。でも、美沙以上の女性はいないよ。だから、僕は美沙以外には惚れないよ」
すると美沙は顎に手を当て、少し恥ずかしそうに内股になっていた。
「そ、それはありがとう。でも、好きな人ができたらちゃんとその人を私くらい愛するんだぞ。少なくとも私のこと考えて、恋をしないって言うのはナシだからな。ちゃんと好きな人が出来たら付き合うんだぞ」
美沙がそう言うんなら、そうすることにしよう。そんな人がいるかはわからないけど、そうしよう。
「わかった。じゃあそうするよ。けど、美沙が基準だから、そう簡単にはいかないだろうけどね」
「それでいい。それでいいのだ」
美沙は微笑んでいた。それからしばらく色んな事を話していると、日の出の時間がやって来た。眩しい太陽の日差しが差し込んできた。
「名残り惜しいけど、ここまでみたいだ」
美沙は少し残念そうに言った。そうか。これが最後になるのか。長いようであっという間だったな。でも、会うことが出来たんだ。それでヨシとしようじゃないか。僕はそう思うことにした。
「じゃあな。冬紀。またいつか会おう。そん時も仲良くしてくれよ」
美沙は何処かへ帰ろうとしていた。あっ、そう言えばやり残したことが一つだけあった。これだけやろう。
「あっ、ちょっと待って!」
美沙を呼び止める。美沙はこっちを振り向く。僕はその美沙の唇をさらりと奪った。
「付き合ってからキスだけしたこと無かったから、これだけやりたかった。これで僕も心残りがなくなったよ」
堂々と僕が言うと、美沙は顔を赤くしながら笑っていた。
「全く。最後の最後にそうやってロマンチストなんだから。でも、これで私も未練がなくなったよ。今度こそ、じゃあな。冬紀」
美沙は小さな粒となって空へと消えて行った。
ハッと目が覚めた。時間は7時。丁度いい時間だ。実にいい夢だった。最後にいい思いができたのだから。これ以上の夢を見ることは今後きっとないだろう。あの夢の事、絶対忘れないようにしよう。僕は心に誓った。
それで僕は早速夢で言われたように、渡せなかったチョコの箱を中身を確認してから捨てることにした。そして箱を開けると、空になった箱の中に一つの手紙が入っていた。
“美味しかったぜ! また会おうな! 冬紀!“
「美沙。来世もずっと一緒だぞ」
僕はその手紙を見ながら、涙と笑顔が一緒になっていた。
最近は本当に色んなチョコレートが売っている。ゴージャスな装飾が施されているもの。有名店が監修したもの。選ぶだけで1時間は掛かってしまうんじゃなかろうかと言うくらいだ。とは言え、こんな時間に来たんだから流石にそこまで置いてあるわけではない。十分な量ではあるが。
さて。あいつ……美沙に送るにはどれがいいだろうか。美沙は黒髪で四角の眼鏡が似合うショートヘアーのちょっと男勝りな女の子だ。背はそんなに大きくないけど、器がとてもデカい。冬の様に冷たい男だと言われる僕を温かくしてくれる包容力もある、素敵な子なんだ。そんな美沙にはちゃんといいものを持ってかないとな。でも、美沙はそんなにお高いものは好きじゃないな。真心がこもっていればどんなものでも喜んでくれる優しい子だ。だからと言って適当ではいかんだろう。優しさに甘えちゃいけない。
そんなこと言うなら、こんな時間に来るんじゃなくて前日からちゃんと用意しとけよって話だわな。ただ、最近はちょっと忙しくて選ぶ暇がなかった。選びに行っても決めきれなかったんだ。それくらい真剣に考えてたんだ。話せばきっと許してくれるよな。自分にそう言い聞かせる。
迷う。非常に迷う。赤青黄色と包装がカラフルで猫の形や犬の形をしたかわいい方がいいだろうか? それともこの有名らしいパティシエの監修したものがいいだろうか? 女の子って、どう言うのがいいんだろうか。毎年毎年悩んでるけど答えが出ない。どっちでも喜んでくれるとは思うけど、うーん。わからんなあ。あんまり時間をかけると、美沙の家に行く時間が遅くなる。それはご家族に迷惑だろう。決めた。どっちも買おう。こう言う時はどっちも選ぶのがきっと正着だろう。僕は催事レジの方に二つのチョコの箱を持って行った。
店員さんに贈り物ですかと聞かれたので、はいと答えてラッピングをしてもらった。あとは持って行くだけ。ここから歩いて10分くらいだから、慌てず落ち着いて行こう。買い物を済ませた僕はチョコを鞄の中に仕舞い、スーパーを後にした。
おおよそ10分後。美沙の家に着いた。いつ来ても、少し緊張するなあ。美沙の前だからちょっとはいい格好しないとね。ネクタイを正し、ジャケットを整える。そして、玄関のチャイムを鳴らすと美沙のお母さんが出てきた。
「遅くにすいません。雪村です」
「あら冬紀君! 毎年ありがとうね。美沙も喜んでくれると思うわ」
美沙のお母さんはとても嬉しそうな顔で僕を迎え入れてくれた。僕は靴を綺麗に脱いで、家に上がった。
察しのいい人ならもう気づいていると思う。美沙はこの世に居ない。11年前のこの日に交通事故で帰らぬ人になった。その日も雪が降る夜だった。僕と夜景を見に行くと言う約束を果たすため、家を出て10分後にさっき行ったスーパーの前の道でスリップしたトラックに轢かれて亡くなってしまった。
それから僕は毎年のようにバレンタインデーは美沙の家を訪れて、チョコレートを仏壇に供えている。今日も、その為に来たのだ。
奥の部屋に入り、笑顔の美沙の写真を見る。あの頃のまま変わらない顔を見て、少し感情が込み上げてくる。それを我慢して、お線香をあげる。そしてりんを鳴らして、合掌礼拝をする。
美沙。僕は元気にやってるよ。今年も持って来たよ。ちょっと迷って二つになっちゃったけど。かわいいやつと、有名なパティシエ監修のやつだ。気に入ってくれると嬉しいよ。
そんなことを心の中で唱えながら、拝んでいた。そして、仏壇に買ってきたチョコレート二つを供える。お参りはこれで終わりだ。僕は笑顔を見せて部屋を出た。
「冬紀君。本当にありがとうね。毎年来てくれるのは冬紀君だけよ。本当に感謝してるわ」
玄関先で美沙のお母さんに声をかけられた。
「いえいえ。私が来たくて来ているのですから。むしろ、毎年受け入れてくださって感謝しています」
僕は軽く頭を下げる。本当に僕が来たくて来ているのだから、毎年受け入れてくださるご家族には感謝しかない。むしろ、亡くなる原因を作ってしまった自分なんかを受け入れてくれてるのだから、本当に頭が上がらない。
「……冬紀君。そう言えば彼女とか居るの?」
「いませんが」
何故か聞かれたので、僕は正直に答えた。美沙のお母さんは悲しい顔をしていた。
「……いいのよ。美沙のこと忘れずに思ってくれるのはありがたいけど、そろそろ他の人を見てもいいと思うの。美沙だって、きっと許してくれるわ。冬紀君、いい男だから美沙だけに縛られないでいいのよ」
ありがたい話だけど、僕にはそうする気はさらさらない。ただ、それをそのまま言っては角が立つ。
「……考えておきます」
僕はそう言い残してもう一度お礼をして、美沙の家を後にした。
自宅に帰ってから、晩飯と風呂を済ませベッドに入っていた。明日も早いからそろそろ寝ないとな。
美沙のお母さんには他の人をと言われた。でも、本当にその気はない。美沙は最高の彼女だったし、今も忘れられる気がしない。
あの日、僕は美沙に無事に会えたらチョコレートを渡すつもりだった。男が渡すのはホワイトデーだけど、それでもバレンタインデーに渡したかった。でもそれは叶わなかった。だから、あの日持っていたチョコレートは未だに捨てられずにいる。毎年チョコレートを持って行ってるのも、あの日叶えられなかったことを少しでも叶えた気になろうとしてるだけなのかもしれない。
そんなことをしても、何も起きないのはわかってる。でもやめられない。虹に触れられないってわかってるのに、虹を作っては手を伸ばす子どものようなものなんだろう。未練がましい男なんだろうと思う。そんな僕のことを今の美沙はどう思っているだろうか。それを確かめることはできない。確かめられたらいいのになあ。そう思いながら静かに目を瞑った。
ふと気がつくと雪が降っていた。暗闇でも目立つくらいに雪が降っている。辺りを見渡すと、あの日と同じ山の展望台の景色だ。夜景がキラキラと輝き、雪がそれをさらに引き立てている。服装も、黒いチノパンに白のカッターシャツと茶色のロングコート。あの日と同じだ。一体どうしたんだろうか? おそらく夢を見ているのだろう。そんなことを考えていると
背中をツンツンと叩かれる。
「久しぶり」
少し高くて明るい声。これは間違いない。美沙だ。美沙の声だ。あの頃と変わらない美沙のだ。僕は勢いよく振り向いた。
「美沙! どうしてここに⁈」
やっぱり美沙だった。あの頃に見せた笑顔と、制服姿の美しい美沙そのものだった。久しぶりに見れた美沙の姿に、心が温かくなる。
「いやー。そろそろ別の人に転生する時期になったから神様? っぽい人から思い残すことはないかって言われて、それで冬紀に会いに来たんだ」
なんと言うプレゼントだ。信じられない。夢だろうけど、こうやって美沙に会えた。会いたくて会いたくてしかたなかった美沙にやっと会えた。涙で視界を歪ませながら、僕は美沙を抱きしめた。ぎゅっと力強く、これまでの想いを込めて。美沙の表情は見えないけど、美沙は笑っているようだった。
「そんなに会いたかったんだな。そうか、そうか。ごめんな。先に逝っちまって」
美沙は優しく背中を摩ってくれた。それからしばらく抱きしめた後は、今の自分の話をした。どこの大学に行って今どう言う仕事をしているのかみたいな話を。美沙は嬉しそうにうんうんと頷いてくれた。
「そっかー。いい大学行って、ちゃんといいとこ就職したのか。流石は私の彼氏だ。偉いぞー」
ヨシヨシと子どもを褒める時みたいに、僕の頭を美沙は撫でてくれた。僕は嬉しくて頬の辺りが熱くなった。
「今日もチョコありがとうな。ちゃんと受け取ったよ。二つとも」
「気に入った?」
「好きな人から貰うもんだぞー。気に入らないわけないだろ。こう言うのは貰えただけで嬉しいんだよ」
良かった。美沙は気に入ってくれたようだ。僕は安心してほっと胸を撫で下ろした。
「あと、あの時のチョコも実はもう貰ってるんだけどな。だから、あの箱はもう捨てていいぞ。いつまでも置いとくな」
美沙は軽く笑いながらそう言った。美沙に言われたんだから、起きたらちゃんと捨てておこう。僕はそう決めた。
「あと、捨てろってわけじゃないけど、私のことばっかり気にして他の人好きにならないもナシだぞ。冬紀はいい男なんだからちゃんと恋愛しないとダメだぞー」
美沙はニヤニヤしながら僕の頬を突いた。美沙のお母さんに言われた事と同じ事を僕は言われた。ただ、美沙が気にしてないって言っても、相手がいないのが事実だ。美沙以上の人は今まで居なかった。これからもきっとそうだろう。僕はそれを正直に言うことにした。
「いやー。でも、美沙以上の女性はいないよ。だから、僕は美沙以外には惚れないよ」
すると美沙は顎に手を当て、少し恥ずかしそうに内股になっていた。
「そ、それはありがとう。でも、好きな人ができたらちゃんとその人を私くらい愛するんだぞ。少なくとも私のこと考えて、恋をしないって言うのはナシだからな。ちゃんと好きな人が出来たら付き合うんだぞ」
美沙がそう言うんなら、そうすることにしよう。そんな人がいるかはわからないけど、そうしよう。
「わかった。じゃあそうするよ。けど、美沙が基準だから、そう簡単にはいかないだろうけどね」
「それでいい。それでいいのだ」
美沙は微笑んでいた。それからしばらく色んな事を話していると、日の出の時間がやって来た。眩しい太陽の日差しが差し込んできた。
「名残り惜しいけど、ここまでみたいだ」
美沙は少し残念そうに言った。そうか。これが最後になるのか。長いようであっという間だったな。でも、会うことが出来たんだ。それでヨシとしようじゃないか。僕はそう思うことにした。
「じゃあな。冬紀。またいつか会おう。そん時も仲良くしてくれよ」
美沙は何処かへ帰ろうとしていた。あっ、そう言えばやり残したことが一つだけあった。これだけやろう。
「あっ、ちょっと待って!」
美沙を呼び止める。美沙はこっちを振り向く。僕はその美沙の唇をさらりと奪った。
「付き合ってからキスだけしたこと無かったから、これだけやりたかった。これで僕も心残りがなくなったよ」
堂々と僕が言うと、美沙は顔を赤くしながら笑っていた。
「全く。最後の最後にそうやってロマンチストなんだから。でも、これで私も未練がなくなったよ。今度こそ、じゃあな。冬紀」
美沙は小さな粒となって空へと消えて行った。
ハッと目が覚めた。時間は7時。丁度いい時間だ。実にいい夢だった。最後にいい思いができたのだから。これ以上の夢を見ることは今後きっとないだろう。あの夢の事、絶対忘れないようにしよう。僕は心に誓った。
それで僕は早速夢で言われたように、渡せなかったチョコの箱を中身を確認してから捨てることにした。そして箱を開けると、空になった箱の中に一つの手紙が入っていた。
“美味しかったぜ! また会おうな! 冬紀!“
「美沙。来世もずっと一緒だぞ」
僕はその手紙を見ながら、涙と笑顔が一緒になっていた。