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作者: 夜門シヨ
一篇1頁
 空は、虚ろな時を刻む。
 星一つ存在しない、濃紺の空。嘲笑うかのように妖しく光る月だけが、この大地を照らしている。
 そんな鬱とした大地の片隅で。まっ黒に茂った森の中を、ボロボロな身体に似合わぬ銀色に輝く髪と瞳を持つ少年少女が、白い息を何度も吐き出しながら走っていた。彼等は酷く怯えた表情で何かから必死に逃げているようだ。
 森全体の葉っぱが大きく揺れた。風など吹いていないというのに。
 少年は、握っていた少女の小さな手を、尚も強く握りしめる。

「……ナリ、お兄ちゃん。はぁ、はぁ……私、もう……」
「ナル! 諦めんな! もっと走れっ!」
「む、むっ、りっ……!」
 
 少女の足は少年の励みに応えられず、その場にへたり込んでしまう。
 また、葉が大きく揺れる。
 今よりも一層冷たい空気が周囲に漂い始めると、何もないはずの暗闇がぐにゃりと歪む。
 それは、彼等を囲むかの様にどんどんと歪んでいく。その空間からは黒いモヤが現れ、全ての空間から出終わる、と。

〈カエロウ〉

 血の様に赤い無数の目と冷たい闇の広がる化物の口が彼等に向けられる。
 終わった。
 少年は無意味にも関わらず、震える少女を護るように強く強く抱きしめる。
  
〈っ!〉

 が。
 闇に光明が差す。それは、炎だった。
 化物のいる地面からそれは吹き上がり、脅威を奮おうとするソイツの身体に巻きついていく。振り払おうと暴れるも、それを許さぬ炎がどんどんと化物を苦しめていく。
 最後に化物は、炎に身を震わせながら奇怪な声を出して――消滅した。
 それが燃え滓になっていくのを、息を呑んで見届けた少年少女。そんな彼等の背後に「大丈夫か?」と、優しい声がかけられる。二人は自分達以外の声に身体を大きく振るわせながら、深呼吸を一つ。そしてゆっくりと、声の聞こえた背後に身体を向ける。
 そこには、ある男がいた。

「よっ」

 月明かりを背後に、男は二人にひらひらと手を振って、まるで友達であるかのように「ニコリ」と軽く挨拶を交わす。本来ならキッチリと着るべきだろう純粋無垢な白い服をだらしなく着こなし、橙色の長髪は三つ編みにして、それはまるで動物の尻尾のように風で揺れている。闇に灯る一つの光、しかしどこか仄暗い雰囲気も合わせ持っていそうな、と切れ長な緑青色の瞳がそう思わせる。
 彼等は男の登場に驚き、口をパクパクさせていると。

「あれ? もしかして喋れないのか?」

 と男は頬をかく。そんな彼に申し訳なく感じ始めた二人は、おずおずと「ありがとう」と勇気を振り絞って、声を出した。二人のその言葉に、男は座り込んでいる二人と同じ目線となり、嬉しげに口角をあげて「うん」とまた微笑んで見せた。
 その笑みに、二人は不思議と心地良さを感じていた。この重苦しい空間で、男のヘラヘラとした態度の軽やかな雰囲気が唯一の救いであるかのように錯覚しているのと同じ現象なのかもしれない。

「で? 君達はなんでこんな森の中に居たんだ? そんな丸腰で。ボクが来なかったら【レムレス】に喰われてたぜ」
「まさか、外にあんな化物がいるなんて知らなかったんだ。……逃げるのに、必死だったから」

 少年が溢した言葉に、男は「知らない?」と声を荒げる。

「世界が夜しか来なくなってからスグ、奴等が生まれてきただろ? どこの国でも騒ぎがあったじゃないか」

 一ヶ月前。
 世界は前触れもなく、変わってしまった。
 空は黒く染まり、昼が来ず、星も輝かない。
 月のみが空を占領し、嘲笑っているかのように怪しく光る。
 地上には未知の化物――亡霊【レムレス】が蔓延る、夜だけの世界となったのだった。

「……君等、どこから来たんだ? 見た目からして、人間族のように見えるけど……。人間の国なら、すぐそこだ。またレムレスに襲われるかもしれないし、国の入り口まで――」

 男が話を進めていると、視界の隅に入った二人の表情に目を丸くさせる。
 何を思い出してしまったのか、彼等の顔は青ざめ、震え、互いに抱きしめる力を強くしていた。
 そんな彼等の頭に、男は両手を伸ばす。そして、優しく、優しく、二人の頭を撫でたのだ。

「「…………」」
「――あのさ。帰る所がないんなら、ボクの所に来るか?」
「「えっ?」」
 
 男の言葉に、二人は口をぽかんと開ける。

「えっと……。行く宛、ないんだろ。だったら、安全な所に案内してやるよ。そこには世話焼きな奴もいるし、きっと生活には困らなくなるはずだ」

 男の話に、二人は互いに目を数秒間合わせては、大きく頷き合った。

「妹を守れるんなら、俺はアンタについていきたい」
「私も。私も……お兄ちゃんと一緒にいれるなら」

 彼等、兄妹の答えに男は、満面に喜悦の色を顔に浮かべる。

「よし。そうと決まればーーって、そういえばお互い名前がまだだったな」
「俺はナリ!」
「私はナル、です」

 兄妹の名前を聞き、自分の名を口に出す瞬間。男は一つ間を置き、名乗った。
 
「ボクは……ロキだ」



 それから。出発するにしても、休んでからにしようというロキの提案でひとまず今日は野宿をする事となった一行。兄妹は疲れからか、すぐに夢の世界へと入り込んでいった。
 ロキはというと。なぜか、自分の両手を見つめていた。彼等の頭を優しく撫でた、自身の手を。
 
〈どうした? 自分の両手なんて見つめて〉

 ロキの頭上に、赤い瞳を光らせ黒いモヤを纏った鷲がいた。その鷲から発せられた声に「いや……別に」とロキは淡々と返し、両手をギュッと握りしめる。

「それより。この……シギュンに似た子供達はなんなんだ? ロプト。君が言ってた……シギュンに繋がる鍵だってのは本当なのか?」

 鷲――ロプトは、スヤスヤと抱きしめ合いながら仲良く眠る兄妹を、赤い瞳を細めながら見つめる。
 
〈あぁ、そうだな。……あとは、前に話したように。レムレスを狩っていけばいい〉

 ロプトの言葉に彼は呆れ顔を見せる。
 
「そうは言ってもな……君の言う【特別なレムレス】ってのは一体なんなんだ?」
〈ふっ。君が気にすることはないさ。運命は、ちゃんと廻っていく。……そうでないと、いけないんだ〉
 
 その言葉に、ロキは「そうかよ」とため息を溢しながら、自身の左手の薬指に光る指輪を、愛おしげに触れる。

「ボクは……シギュンに会えたら、それでいい」
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