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作者: 丘多主記
元天才投手の誓い
 まだ寒さの残る四月初めの夜。伸哉しんやは卒業文集のあるページを読んでいた。そこにはこう記されていた。



“大会で優勝する。スカウトから評価される。沢山の名門校から推薦が来る。そして甲子園に行く。

僕はそんなことに興味は全くなかった。ただ、最後のアウトの瞬間までマウンド上に立つ。それだけでよかった。

それで心は満たされた。

マウンドで投げること。それは僕は自分の楽しみ、快感、生きがいだった。

そのために常に投げていたつもりだった。

けれど僕は自分のエゴを他人に押し付けた。何も知らずに。相手が嫌がっていたのにも気がつかずに……。

そのせいで道半ばで野球を辞めさせられ、大事なモノをいくつも失った。生き甲斐だったあのマウンドも。

僕は誓う。何があろうと野球部には入らない。もう大切なモノを失いたくない……“



 伸哉はまるで全文を目に焼き付けるかのように見続けた。



 晴天の空に桜が風に吹かれ散り始めた4月初旬の午後。県立明林めいりん高校の入学式は無事に終わった。ホームルームも滞りなく終わり伸哉はなんとなくグラウンドの方へと足を向けた。

 すると偶然にも、野球部のグラウンドのそばを通りかかった。周囲は野球部志望と見られる坊主頭の新入生が取り囲んでいた。

 どうしようかと少し悩んだが、見たい一心に駈られ立ち止まって少し見学していくことにした。

 伸哉は野球が好きだ。

 野球部員たちの学校中に響き渡る掛け声、ボールを打った時に響く金属音、一人走るごとに舞い上がる土埃など、野球場にある音やモノの全てが好きだ。

 けれど最も好き、というより愛しているものはこの中にはない。

 それはマウンドだ。

 土が盛られ、綺麗に整えられた野球場にそびえたつ小高い丘。

 伸哉にとっては投手というたった一つのポジションの為だけに創られたような、野球場で最も特別な場所である。

 それが例え高校球児の聖地である甲子園のものであろうと、誰も使わない荒れ果てたグラウンドのものであろうと、伸哉からすればどれも聖域に変わりない。

“マウンドは自分を常に待っている”

 伸哉は常にそう思っていた。中二の冬までは……。



幸長ゆきひさぁ!投球練習始めっぞ!!」

 しばらくぼーっと観ていると、とても野球部員とは思えない美しく長い茶髪の選手が、隅の方にある投球練習場のマウンドに上がった。

 伸哉を含め数人の見学者もそれに合わせて移動した。幸長と呼ばれた選手は数球ほど軽めにある程度投げたあと、捕手を座らせ全力で投げ始めた。

 投げる毎に聞こえてくるシューッという空気を切り裂く音。それから捕球時に鳴り響く乾いたミットの音。

 この選手投げる球も中々キレが良かったおかげか、その音がより一層に綺麗に聞こえた。

 周りにいた伸哉を除く見学者はその音に唸りざわめいていた。

 けれど伸哉を満足させるには至らない。自分がマウンド上からいつも聞いていた音から程遠いからだ。

 一球一球を投げるごとに音は大きくなっていく。周囲の歓声も合わせるように大きくなる。

 けれど伸哉が満足できる程の音ではない。

 もっと、もっといい音になるはず。伸哉はこう考え始めた。

 すると伸哉は投手の投げる時の脚の使い方から、歩幅、リリースポイント、身体の軸などをチェックし始めた。

「ふむふむ。あのピッチャーは、歩幅ををもっと広くしたらスピードもキレももっと上がるのに。もったいないなあ」

 伸哉は自分の分析にウンウンと頷いた。

「本人は満足そうな顔をしていないから、何処かわからないけど、何かしらの違和感があるんだろうなあ。コーチはいないんだろうか?僕がコーチなら……?!」

 ぶつぶつと分析結果を言っている途中、はっと我に帰った。

「ダメダメ。僕は一人で投げてればいい。それでいいんだ」

 伸哉はグランド去り、家へと帰って行った。
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