野球部の一年生
「見つけたぞ! 添木伸哉!」
無地の野球用のユニフォームを着た男が、大声で怒鳴ってきた。
「涼紀じゃない! どうしたの急に?!」
どうやら咲香の知り合いではあるようだ。伸哉も見覚えはあるが、ぼんやりとしたものしかなかった。
記憶を探っていく。少し探ると思い出すことができた。あの約束が交わされて以降、伸哉とも度々会っていたがその度に何か言いたそうにしていた人物がいた。
それが、今乱入してきた少し長めのスポーツ刈り風な髪型をした笠野涼紀という同級生だ。
ユニフォームの右胸付近にも、大きな文字で笠野と書かれていることから、伸哉は彼で間違いないと断定した。
「何でシニアの全国大会で準優勝した実力あんのに入んねえんだ! それに聞いたぞ。お前、堂城先輩から三振とったんだろ!!」
涼紀がまた大声で怒鳴ったことで、周囲が騒がしくなる。それだけならばまだ良かったが、
「全国?!」
「堂城先輩って、あの人だよね?」
「あんな大人しそうで女の子みたいなのに、そんな凄え奴だったのかよ……」
「フツーに考えてヤバくない?!」
全国大会準優勝、堂城という言葉が一気にざわめきを大きくした。
ざわつく周囲とは対照的に、伸哉の顔はこの場の雰囲気に不相応なくらいの笑顔ではあるが、目は明らかに笑っていなかった。
「ね、ねえ。涼紀。聞いて悪いけど、堂城先輩って、野球部のキャプテンの人だよね。四番打ってる」
伸哉の感情を読み取ってしまったのか、咲香は震えた声で伸哉ではなく、涼紀に聞いた。
「ああそうだよ。野球部のキャプテンだし四番打ってるよ。そのくらい凄い人だよ」
「し、伸哉くんって本当は、凄いピッチャーだったんだ。」
咲香は、怯えた目で伸哉と対峙する涼紀を見ている。今の伸哉は目も合わせられない雰囲気を漂わせていたからだ。
「あのですね。お宅のキャプテンにもう勧誘するのはやめてと言ってたはずですけど? なんで来てるんですか? 凄い迷惑なんですが?」
表情は笑顔のままだがその声には、腹の底から湧き上がってきたかのような怒りがこもっていた。
周囲の生徒もひりついた雰囲気に身動きが取れず、石にされたように動くことができなかった。
だが、涼紀はそんなことを一切気にしていない。それどころか、
「お前がチームから追い出された事も、それがどんな理由だったかも、俺は全部知ってる」
追撃するかのように伸哉の禁句を堂々と高らかに言った。その瞬間、伸哉は静かに涼紀の目前に迫った。
「伸哉……、くん?」
傍観者である咲香は、捨てられた子犬のように怯えている。
「それを僕の前で話す意味を知ってるかい?」
爽やかな声とは裏腹に、伸哉の纏っている怒りのオーラは遠目からでもわかるようなものだった。だが、涼紀は一切怯まない。
「ああ、わかるよ。けど、いつまでもこのままでいいのかよ! どうなんだよ!! 実力あんだろうがっ。だったらそれで、そんなもんくらい跳ね返してみやがれや根暗野郎がっ!!!」
その瞬間、伸哉の中で何かが切れた。
「君に…………、君に、一体何がわかるんだ!」
「伸哉クンやめてっ!!」
これが伸哉の覚えている最後の記憶だった。
気が付くと伸哉は、自宅の自室のベッドの上で天井を見ていた。
そこから起き上がるなりスマートフォンの電源を入れると、どうやら伸哉の事を心配したクラスメイトから一通のメールが届いていた。
伸哉はそのメールの返信に、自分があの時どういう行動を取っていたのかを書いた。
メールは七分後に帰って来た。
メールによると、殴りかかろうとした伸哉を、咲香が背後から必死になって止めようとした。だが、伸哉はそれを振り払ったらしい。
制止を振り切った後、涼紀の胸ぐらを掴み教室の壁に叩きつけ、殴ろうとしていた。
それでも泣きながら、止めるために右手を引っ張る咲香を見るなり、手をゆっくり離して睨みつけながら帰っていったという事だった。
メールを読み終えた後目を力なく閉じ、ため息を吐きながら、再びベッドに横たわった。
「村野さんに申し訳ないことしたな……。あとで謝っておかないと」
伸哉は強い自責の感情を覚えると同時に、涼紀に対する怒りも再び湧き上がってきた。
このまま怒っていてもどうしようもないので、とにかく忘れようと必死になったが、忘れようとすればするほど思い出してしまう。
そのことにもイライラしてしまい、頭の中はムチャクチャになっていた。
「あーもー仕方ない! あれでもやろうか」
伸哉はまた起き上がり、棚にあるグラブを取り出し、庭へ向かうため自室を出た。
無地の野球用のユニフォームを着た男が、大声で怒鳴ってきた。
「涼紀じゃない! どうしたの急に?!」
どうやら咲香の知り合いではあるようだ。伸哉も見覚えはあるが、ぼんやりとしたものしかなかった。
記憶を探っていく。少し探ると思い出すことができた。あの約束が交わされて以降、伸哉とも度々会っていたがその度に何か言いたそうにしていた人物がいた。
それが、今乱入してきた少し長めのスポーツ刈り風な髪型をした笠野涼紀という同級生だ。
ユニフォームの右胸付近にも、大きな文字で笠野と書かれていることから、伸哉は彼で間違いないと断定した。
「何でシニアの全国大会で準優勝した実力あんのに入んねえんだ! それに聞いたぞ。お前、堂城先輩から三振とったんだろ!!」
涼紀がまた大声で怒鳴ったことで、周囲が騒がしくなる。それだけならばまだ良かったが、
「全国?!」
「堂城先輩って、あの人だよね?」
「あんな大人しそうで女の子みたいなのに、そんな凄え奴だったのかよ……」
「フツーに考えてヤバくない?!」
全国大会準優勝、堂城という言葉が一気にざわめきを大きくした。
ざわつく周囲とは対照的に、伸哉の顔はこの場の雰囲気に不相応なくらいの笑顔ではあるが、目は明らかに笑っていなかった。
「ね、ねえ。涼紀。聞いて悪いけど、堂城先輩って、野球部のキャプテンの人だよね。四番打ってる」
伸哉の感情を読み取ってしまったのか、咲香は震えた声で伸哉ではなく、涼紀に聞いた。
「ああそうだよ。野球部のキャプテンだし四番打ってるよ。そのくらい凄い人だよ」
「し、伸哉くんって本当は、凄いピッチャーだったんだ。」
咲香は、怯えた目で伸哉と対峙する涼紀を見ている。今の伸哉は目も合わせられない雰囲気を漂わせていたからだ。
「あのですね。お宅のキャプテンにもう勧誘するのはやめてと言ってたはずですけど? なんで来てるんですか? 凄い迷惑なんですが?」
表情は笑顔のままだがその声には、腹の底から湧き上がってきたかのような怒りがこもっていた。
周囲の生徒もひりついた雰囲気に身動きが取れず、石にされたように動くことができなかった。
だが、涼紀はそんなことを一切気にしていない。それどころか、
「お前がチームから追い出された事も、それがどんな理由だったかも、俺は全部知ってる」
追撃するかのように伸哉の禁句を堂々と高らかに言った。その瞬間、伸哉は静かに涼紀の目前に迫った。
「伸哉……、くん?」
傍観者である咲香は、捨てられた子犬のように怯えている。
「それを僕の前で話す意味を知ってるかい?」
爽やかな声とは裏腹に、伸哉の纏っている怒りのオーラは遠目からでもわかるようなものだった。だが、涼紀は一切怯まない。
「ああ、わかるよ。けど、いつまでもこのままでいいのかよ! どうなんだよ!! 実力あんだろうがっ。だったらそれで、そんなもんくらい跳ね返してみやがれや根暗野郎がっ!!!」
その瞬間、伸哉の中で何かが切れた。
「君に…………、君に、一体何がわかるんだ!」
「伸哉クンやめてっ!!」
これが伸哉の覚えている最後の記憶だった。
気が付くと伸哉は、自宅の自室のベッドの上で天井を見ていた。
そこから起き上がるなりスマートフォンの電源を入れると、どうやら伸哉の事を心配したクラスメイトから一通のメールが届いていた。
伸哉はそのメールの返信に、自分があの時どういう行動を取っていたのかを書いた。
メールは七分後に帰って来た。
メールによると、殴りかかろうとした伸哉を、咲香が背後から必死になって止めようとした。だが、伸哉はそれを振り払ったらしい。
制止を振り切った後、涼紀の胸ぐらを掴み教室の壁に叩きつけ、殴ろうとしていた。
それでも泣きながら、止めるために右手を引っ張る咲香を見るなり、手をゆっくり離して睨みつけながら帰っていったという事だった。
メールを読み終えた後目を力なく閉じ、ため息を吐きながら、再びベッドに横たわった。
「村野さんに申し訳ないことしたな……。あとで謝っておかないと」
伸哉は強い自責の感情を覚えると同時に、涼紀に対する怒りも再び湧き上がってきた。
このまま怒っていてもどうしようもないので、とにかく忘れようと必死になったが、忘れようとすればするほど思い出してしまう。
そのことにもイライラしてしまい、頭の中はムチャクチャになっていた。
「あーもー仕方ない! あれでもやろうか」
伸哉はまた起き上がり、棚にあるグラブを取り出し、庭へ向かうため自室を出た。