決戦前
ふー、と軽く息をつき、明日か、と伸哉は呟く。美少女と言っても過言ではないその顔は、プレイしているゲームの画面を映し出す液晶の白い光に照らされている。
周りからしたら裏切られた者と、裏切った者のドロドロとした因縁の対決にしか映らないだろう。
だがそう言った事は伸哉は一切気にしていない。むしろ、伸哉はその試合を心待ちにしていた。
「今の大地くんはどんな選手になってるのかな。どんな球投げるんだろうなあ。あ、そういえば大地くんと試合形式で投げあうのって初めてだっけ……、うん、そうだった」
ゲームをしていることをすっかり忘れて、大地との対決に想いを馳せていた。
「負けられないな、大地くん。僕は絶対に負けないよ」
コントローラーを強く握りしめ、目を据えて伸哉は言った。
その時だった。ドカーン、という爆発音のような効果音がテレビから鳴る。伸哉はゲームをしていたことを思い出したが時すでに遅し。画面には“GAME OVER”の文字が点滅しながら表示されていた。
「って、ああー。また落ちたよ」
伸哉はゲームオーバーになった画面を、溜息をつきながら悔しそうに見ていた。
迎えた久良目商業との練習試合当日。快晴の空に、ほどよい暖かさと心地よい風。
まさに絶好の野球日和だった。殆どの部員が全体練習を行っているなか、伸哉は外野で一人軽いランニングで調整していた。
「だいぶ暖まってきた」
額から流れる汗を袖で吹きながら、フェンス付近でゆっくりとペースを落とし歩き始めた。
「伸哉。調子の方は?」
全体練習が終わった彰久が、息を切らしながら伸哉に話しかけた。どうやら、ダッシュで伸哉のもとに向かってきたようだ。
「少なくとも、悪くなさそうですね」
「じゃあ、ピッチングも期待していいのか?」
彰久は期待したような顔をしているが、伸哉は冷静に、それはどうでしょう、と答え話を続けた。
「体の調子とか、投球練習で調子が良くても、実際に試合になると調子が狂うこともありますから、なんとも言えません」
「そっか。けど、俺はちゃんとゼロに抑えてくれるって、信じてるぜ」
二人が話している時だった。なんと、対戦相手の大地が、二人の会話を割り込むように、話しかけにきたのだ。
「よお。伸哉」
「た、大地くん! 君に会えて嬉しいよ」
大地との再会に、伸哉は感動しそうなほどの喜びを感じ、思わず手を差し出し、握手を求める。
それに大地も驚いたのか動きと表情が固まったが、少しすると迷惑そうな顔をして、それを拒んだ。
「嬉しいよって、俺はこの上なく最悪なんだわ。一度蹴落とした奴が目の前にいるってのはよお。お前って、あんな目にあってもまた野球やんの?」
大地は嘲笑しながら、侮辱とも言える言葉を放つ。しかし、伸哉は怒った様子の一つも見せない。
むしろ、隣にいる彰久の方が激昂しているようだった。
「しかし残念だよなあ。俺と対立しなきゃ追い出されずに済んだのによお」
「おい。お前、あん時のあれは嘘だったのかよ! どうなんだよ!」
彰久の方が先に突っかかりだした。
「彰久先輩!!」
それを見て、伸哉が声で彰久を制止した。
「おやおや、随分と沸点が低いようで。おつむが足りないんですかねえ? まあ、答えてあげるのならあれは嘘ですよ。あと伸哉。今日はお前を本気で野球から足を洗わせてやっから、それまで震えて待ってな! はっはっはっは」
「てめぇ、本気で言ってたら承知せん」
「先輩堪えてっ!!」
遂に手を出しかけた彰久を、今度は体を入れて止めた。
「大地くんは、こんな人間じゃないんです。きっと、怖いんです。僕と会うのもだけど、この試合自体が。だから、弱い自分を消すためにこうやって相手を挑発しているはずなんです」
「けど、あれは許せねえ! あの野郎は本気で言ってるに違い」
「目が違います。大地くんは、怯えてるんです……」
伸哉は悲しそうな目をしていた。
「これでいいんだ……」
大地はベンチに戻っても落ち着かない心に、何度も何度もそう言い聞かせていた。
大地が伸哉にしたことは、大地も憶えている。そして、彰久や涼紀に見せた感情は嘘偽りのないものだった。
けれど、今更どんな顔をして、どんな態度で謝ればいいのかが分からなかった。
大地はこの日来ることも試合が始まることも、何もかもが怖かった。
けれどマウンドに立つのは一人。弱い自分を消さなければ戦えない。
「今更戻れやしないんだ、あの時みたいに」
どんなに罪を懺悔しようとあの頃にはもう戻れない。その思いが心を支配していた。
伸哉と再会したあの時。
本当は嬉しくてたまらなかった。野球をまた始めてくれてよかった、という嬉しさのあまり泣きそうになった。
だが、そんな感情を出すことを伸哉が許してくれるとは思えなかった。確かに伸哉は握手を求めてきたが、それは本心ではないのかもしれない。もしかしたら恨んでいるのかもしれない。そう思うと怖くてたまらなかった。
けれど、そんな恐怖を持っていては試合に集中できない。そう思った結果、大地は挑発ともとれる行動を取ってしまっていた。
「もう、あんなこと言っちまったんだ。後には引けない。やるしかないんだ」
大地は震える右手を必死に抑えていた。
周りからしたら裏切られた者と、裏切った者のドロドロとした因縁の対決にしか映らないだろう。
だがそう言った事は伸哉は一切気にしていない。むしろ、伸哉はその試合を心待ちにしていた。
「今の大地くんはどんな選手になってるのかな。どんな球投げるんだろうなあ。あ、そういえば大地くんと試合形式で投げあうのって初めてだっけ……、うん、そうだった」
ゲームをしていることをすっかり忘れて、大地との対決に想いを馳せていた。
「負けられないな、大地くん。僕は絶対に負けないよ」
コントローラーを強く握りしめ、目を据えて伸哉は言った。
その時だった。ドカーン、という爆発音のような効果音がテレビから鳴る。伸哉はゲームをしていたことを思い出したが時すでに遅し。画面には“GAME OVER”の文字が点滅しながら表示されていた。
「って、ああー。また落ちたよ」
伸哉はゲームオーバーになった画面を、溜息をつきながら悔しそうに見ていた。
迎えた久良目商業との練習試合当日。快晴の空に、ほどよい暖かさと心地よい風。
まさに絶好の野球日和だった。殆どの部員が全体練習を行っているなか、伸哉は外野で一人軽いランニングで調整していた。
「だいぶ暖まってきた」
額から流れる汗を袖で吹きながら、フェンス付近でゆっくりとペースを落とし歩き始めた。
「伸哉。調子の方は?」
全体練習が終わった彰久が、息を切らしながら伸哉に話しかけた。どうやら、ダッシュで伸哉のもとに向かってきたようだ。
「少なくとも、悪くなさそうですね」
「じゃあ、ピッチングも期待していいのか?」
彰久は期待したような顔をしているが、伸哉は冷静に、それはどうでしょう、と答え話を続けた。
「体の調子とか、投球練習で調子が良くても、実際に試合になると調子が狂うこともありますから、なんとも言えません」
「そっか。けど、俺はちゃんとゼロに抑えてくれるって、信じてるぜ」
二人が話している時だった。なんと、対戦相手の大地が、二人の会話を割り込むように、話しかけにきたのだ。
「よお。伸哉」
「た、大地くん! 君に会えて嬉しいよ」
大地との再会に、伸哉は感動しそうなほどの喜びを感じ、思わず手を差し出し、握手を求める。
それに大地も驚いたのか動きと表情が固まったが、少しすると迷惑そうな顔をして、それを拒んだ。
「嬉しいよって、俺はこの上なく最悪なんだわ。一度蹴落とした奴が目の前にいるってのはよお。お前って、あんな目にあってもまた野球やんの?」
大地は嘲笑しながら、侮辱とも言える言葉を放つ。しかし、伸哉は怒った様子の一つも見せない。
むしろ、隣にいる彰久の方が激昂しているようだった。
「しかし残念だよなあ。俺と対立しなきゃ追い出されずに済んだのによお」
「おい。お前、あん時のあれは嘘だったのかよ! どうなんだよ!」
彰久の方が先に突っかかりだした。
「彰久先輩!!」
それを見て、伸哉が声で彰久を制止した。
「おやおや、随分と沸点が低いようで。おつむが足りないんですかねえ? まあ、答えてあげるのならあれは嘘ですよ。あと伸哉。今日はお前を本気で野球から足を洗わせてやっから、それまで震えて待ってな! はっはっはっは」
「てめぇ、本気で言ってたら承知せん」
「先輩堪えてっ!!」
遂に手を出しかけた彰久を、今度は体を入れて止めた。
「大地くんは、こんな人間じゃないんです。きっと、怖いんです。僕と会うのもだけど、この試合自体が。だから、弱い自分を消すためにこうやって相手を挑発しているはずなんです」
「けど、あれは許せねえ! あの野郎は本気で言ってるに違い」
「目が違います。大地くんは、怯えてるんです……」
伸哉は悲しそうな目をしていた。
「これでいいんだ……」
大地はベンチに戻っても落ち着かない心に、何度も何度もそう言い聞かせていた。
大地が伸哉にしたことは、大地も憶えている。そして、彰久や涼紀に見せた感情は嘘偽りのないものだった。
けれど、今更どんな顔をして、どんな態度で謝ればいいのかが分からなかった。
大地はこの日来ることも試合が始まることも、何もかもが怖かった。
けれどマウンドに立つのは一人。弱い自分を消さなければ戦えない。
「今更戻れやしないんだ、あの時みたいに」
どんなに罪を懺悔しようとあの頃にはもう戻れない。その思いが心を支配していた。
伸哉と再会したあの時。
本当は嬉しくてたまらなかった。野球をまた始めてくれてよかった、という嬉しさのあまり泣きそうになった。
だが、そんな感情を出すことを伸哉が許してくれるとは思えなかった。確かに伸哉は握手を求めてきたが、それは本心ではないのかもしれない。もしかしたら恨んでいるのかもしれない。そう思うと怖くてたまらなかった。
けれど、そんな恐怖を持っていては試合に集中できない。そう思った結果、大地は挑発ともとれる行動を取ってしまっていた。
「もう、あんなこと言っちまったんだ。後には引けない。やるしかないんだ」
大地は震える右手を必死に抑えていた。