伝令
八回の表。七回の待球作戦の影響が出たのか、伸哉のボールのキレとスピードが目に見えて落ち始めてきた。
疲労で腕が重くなり手に力が入らない。
しっかりボールを握り、重い腕を精一杯振って投げるが、アウトコースとインコースの細かいコントロールも次第に効かない。
ついにはボールが高めに浮き始めてきた。
当然、久良目商業のバッターがそこを逃すはずがない。先頭打者は七球使って何とか抑えたものの続く一、二番に連続ヒットを浴びワンナウトランナー一、二塁。そして、前のイニングからライトに回った大地がバッターボックスに入った。
「か、監督……」
涼紀は不安でたまらなかった。もし、伸哉が打たれて一点を入れられたら……。そんなことばかりが頭を巡っていた
薗部も伸哉の心配をしていたが、それ以上に守備の事を心配していた。
ここまで一応ノーエラーであるが、このイニングに入ってから動きが悪くなっていた。無理もない。ずっと勝ちのないチームに勝つチャンスが来たのだから意識するなと言う方が無理である。
ここは伝令を使おう。薗部がベンチとグラウンドの境目に出て手を挙げる。二度目の守備のタイムを使うようだ。
「ここは重要な場面です。涼紀君。伝令頼みましたよ」
薗部は彰久に守備のタイムを取らせ、そして、指示を涼紀に伝えてマウンドに行かせた。
内野陣が一斉にマウンド上に集まった。薗部の思っていた通り、勝ちを意識しすぎているせいか、全員が緊張で顔が強張っているのがマウンドに向かっていた涼紀にも十分に感じ取れた。
薗部が涼紀に頼んだ事は、動きが悪くなっているのを伝える事と緊張をほぐす事である。
前者はただ薗部の言葉を伝えれば達成できるであろう。しかし後者は、普通に話したところで解れるわけがない。
涼紀は考えた。どうすれば解せるのかを。そうしてる間にマウンドに一歩一歩ずつ近づく。どうすればいい。そう思ってる時だった。
ここで転ければ絶対に笑う。そう思い立った。
「うぁっ!!」
涼紀はマウンドの前で、足を引っ掛けるようにして派手に転けた。突然のことに内野に集まった選手の何人かは、思わず吹き出しそうになった。それだけにとどまらず、涼紀はマウンド前をスルーして通り過ぎ去る。
「涼紀! こっちだ!」
見かねた彰久の声を掛ける。この時全員の顔は笑っていた。
「ごめんなさい。俺も緊張しちゃってつい」
べぇ、と舌を出して頭を掻きながら涼紀は言った。
「監督の指示は、難しいことは気にせずとにかく落ち着いて、とのことでした」
とりあえず、ベンチの前で言われた薗部からの指示は伝えられた。
「おぅ! 分かったぜ。あと、このミスはお前のアドリブだろ?」
しまった、怒られる。そう思い涼紀はこわばった顔になる。だが、彰久は怒るどころかむしろ笑いながらポンポンと肩を叩いた。
「ありがとよ。おかげで緊張が解けて助かったわ。みんなもそうだろ? それじゃ気を使ってくれた涼紀のためにも、この回しっかり抑えっぞ!!」
「おうっ!」
マウンド上に活気あふれる掛け声が大きく響いた。
「すいませんでした!」
伝令から帰って来て涼紀はマウンドでやったことを薗部に詫びた。
「はは。ちゃんとムードを変えてくれたのですから気にしなくてもいいですよ」
薗部の顔は微笑んでいた。
「で、でも」
本来生真面目な性分の涼紀からすると、たとえ場を和ませる目的でも、グラウンド内でさっきのようなジョークをすることが許せないようだ。
それを察したのか、薗部は彰久と同じように軽く涼紀の肩を叩いた。
「確かに普段はよくありません。しかし、笑う余裕もない時にいいプレーは生まれない、と僕は考えています。なので、僕も昔こういうピンチになったらよくこうやって試合中に仲間を笑わせていましたよ。だから君の事はなにも咎めませんよ」
良かった、と思うと安心して少しうるっときたが、涙を堪えた。
「今の涼紀君には野球で貢献できる部分は少ないけれど、さっきみたいに場を和ませたり、練習前に準備を率先して手伝ったりして大きく貢献できている。感謝していますよ。涼紀君」
薗部の言葉を聞いて今までの努力が少し報われた気がした。
ゼロからのスタートで上手くいくことは少なかった。当然チームの役に立つなんてことは今までなかった。
けれど、この言葉はそんな自分でも深く受け入れてくれる言葉に聞こえた。我慢はしていたが堪えられなくなり涙の筋が光ってきた。
「おお、泣かない泣かない。何があったんだって思って、グラウンドのみんなが緊張しちゃいますよ」
「すいません」
薗部がそういうと、涙を拭いベンチから大きな声援を送り始めた。
「さて、頼みますよ…伸哉君。この試合、勝つか負けるかは君次第ですよ」
疲労で腕が重くなり手に力が入らない。
しっかりボールを握り、重い腕を精一杯振って投げるが、アウトコースとインコースの細かいコントロールも次第に効かない。
ついにはボールが高めに浮き始めてきた。
当然、久良目商業のバッターがそこを逃すはずがない。先頭打者は七球使って何とか抑えたものの続く一、二番に連続ヒットを浴びワンナウトランナー一、二塁。そして、前のイニングからライトに回った大地がバッターボックスに入った。
「か、監督……」
涼紀は不安でたまらなかった。もし、伸哉が打たれて一点を入れられたら……。そんなことばかりが頭を巡っていた
薗部も伸哉の心配をしていたが、それ以上に守備の事を心配していた。
ここまで一応ノーエラーであるが、このイニングに入ってから動きが悪くなっていた。無理もない。ずっと勝ちのないチームに勝つチャンスが来たのだから意識するなと言う方が無理である。
ここは伝令を使おう。薗部がベンチとグラウンドの境目に出て手を挙げる。二度目の守備のタイムを使うようだ。
「ここは重要な場面です。涼紀君。伝令頼みましたよ」
薗部は彰久に守備のタイムを取らせ、そして、指示を涼紀に伝えてマウンドに行かせた。
内野陣が一斉にマウンド上に集まった。薗部の思っていた通り、勝ちを意識しすぎているせいか、全員が緊張で顔が強張っているのがマウンドに向かっていた涼紀にも十分に感じ取れた。
薗部が涼紀に頼んだ事は、動きが悪くなっているのを伝える事と緊張をほぐす事である。
前者はただ薗部の言葉を伝えれば達成できるであろう。しかし後者は、普通に話したところで解れるわけがない。
涼紀は考えた。どうすれば解せるのかを。そうしてる間にマウンドに一歩一歩ずつ近づく。どうすればいい。そう思ってる時だった。
ここで転ければ絶対に笑う。そう思い立った。
「うぁっ!!」
涼紀はマウンドの前で、足を引っ掛けるようにして派手に転けた。突然のことに内野に集まった選手の何人かは、思わず吹き出しそうになった。それだけにとどまらず、涼紀はマウンド前をスルーして通り過ぎ去る。
「涼紀! こっちだ!」
見かねた彰久の声を掛ける。この時全員の顔は笑っていた。
「ごめんなさい。俺も緊張しちゃってつい」
べぇ、と舌を出して頭を掻きながら涼紀は言った。
「監督の指示は、難しいことは気にせずとにかく落ち着いて、とのことでした」
とりあえず、ベンチの前で言われた薗部からの指示は伝えられた。
「おぅ! 分かったぜ。あと、このミスはお前のアドリブだろ?」
しまった、怒られる。そう思い涼紀はこわばった顔になる。だが、彰久は怒るどころかむしろ笑いながらポンポンと肩を叩いた。
「ありがとよ。おかげで緊張が解けて助かったわ。みんなもそうだろ? それじゃ気を使ってくれた涼紀のためにも、この回しっかり抑えっぞ!!」
「おうっ!」
マウンド上に活気あふれる掛け声が大きく響いた。
「すいませんでした!」
伝令から帰って来て涼紀はマウンドでやったことを薗部に詫びた。
「はは。ちゃんとムードを変えてくれたのですから気にしなくてもいいですよ」
薗部の顔は微笑んでいた。
「で、でも」
本来生真面目な性分の涼紀からすると、たとえ場を和ませる目的でも、グラウンド内でさっきのようなジョークをすることが許せないようだ。
それを察したのか、薗部は彰久と同じように軽く涼紀の肩を叩いた。
「確かに普段はよくありません。しかし、笑う余裕もない時にいいプレーは生まれない、と僕は考えています。なので、僕も昔こういうピンチになったらよくこうやって試合中に仲間を笑わせていましたよ。だから君の事はなにも咎めませんよ」
良かった、と思うと安心して少しうるっときたが、涙を堪えた。
「今の涼紀君には野球で貢献できる部分は少ないけれど、さっきみたいに場を和ませたり、練習前に準備を率先して手伝ったりして大きく貢献できている。感謝していますよ。涼紀君」
薗部の言葉を聞いて今までの努力が少し報われた気がした。
ゼロからのスタートで上手くいくことは少なかった。当然チームの役に立つなんてことは今までなかった。
けれど、この言葉はそんな自分でも深く受け入れてくれる言葉に聞こえた。我慢はしていたが堪えられなくなり涙の筋が光ってきた。
「おお、泣かない泣かない。何があったんだって思って、グラウンドのみんなが緊張しちゃいますよ」
「すいません」
薗部がそういうと、涙を拭いベンチから大きな声援を送り始めた。
「さて、頼みますよ…伸哉君。この試合、勝つか負けるかは君次第ですよ」