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作者: カラコルム
第四十話 最後の『影』
『父上――』

 シェイドの口から出てきたその単語の意味を、サニーはすぐには飲み込めなかった。
 
「お父、さん……?」

 呆然と、その呟きだけが漏れる。
 既に他界した筈の、シェイドの父親。それが、あの黒い靄だというのか?

「その通りです、サニーさん。あれこそ我が父。その、成れの果て――」

 靄から目を離さず、シェイドがサニーの疑問を肯定する。必死に平静を装っているのが、僅かに震えが混じるその口調からサニーにも推察出来た。

「どうして……!? シェイドさんのお父さんは、もう……!」

「ええ、父の肉体は既に死滅しています。ですが、父の精神だけは遺っていたのです」

 内心の苦しさを紛らわせんとするかのように、シェイドの語り口にどんどん熱が込もってゆく。

「父は臨終の間際、魔術の禁を侵して自らの魂を分け、その一部を“アポロンの血晶”に移しました! これまでずっと、レッド・ダイヤモンドの中からセレンを操り、街の人々が苦しむ様を眺めていたのです!」

「そんな……!? そんなのって……!」

 愕然とするサニーに、シェイドは覆い被せるように言い募る。

「本当です! 祖母の遺品の中に、その禁術を著した書物がありました! 父が、それを利用して自分の死後も呪いをコントロールせんと目論んでいた事も!」

 隠しきれなくなった激情を叩き付けるように、シェイドが黒い靄を――彼の父、ジャックの魂を鋭く指差した。

「そうなんでしょう、父上!?」

《くくっ……! クックックック……!》

 黒い靄が僅かに形を変えた。下方部のあなが横たわった三日月のような形に広がり、上方部の二つのあなが細められる。まさしくそれは、口元を歪めて嘲笑する人の顔そのものだった。

《つくづく愚かな息子だな、お前も。何も知らずただ踊らされていれば良かったものを。そうすれば、街の人間共の信望を一身に集めた至高の名士として、生涯奴らの上に君臨し続けていられたものを》

 不肖の息子を哀れみ、呆れ果てるかのような言い草である。親子としての親愛の情など、その言葉からはまるで感じられない。

「それがあなたの復讐だったのでしょう、父上! 表向きは『エゴ』を狩る戦士として人々から英雄視されながら、裏では呪いを操って彼らを苦しめ絶望の淵に突き落とす事が! 自分を頼り、縋ってくる人々を見て、さぞや悦に入っていたのでしょう!?」

 やるせない気持ちを声に乗せて、シェイドが父親を指弾する。つい昨日まで心の底から尊敬してやまなかった相手を、最も近しい存在だった筈の己が父を、非難する彼の胸中は果たして如何ばかりであろうか。
 形はどうあれ、こうして再び会えたというのに……。

《クックック、良く分かっておるではないか》

 息子の内心を慮る素振りすら見せず、ジャックの魂はまたもや残忍な表情を形作る。

《連中は人の皮を被ったケダモノよ。常日頃にはやれ助け合いだの思い遣りだの耳障りの良い言葉ばかり並べ立てておきながら、いざ最も互いに協力し合わねばならぬ天変地異の時にはあっさりとその信念を棄て、無実の人間を不当に糾弾し、愚にもつかない吊し上げを行う。誰かを血祭りにあげればそれで問題が解決するという、妄想にも等しい考えで平然と他者を犠牲にするのが人間の本質だ。なればこそ、自らの本性に喰い尽くされてしまうのが似合いの末路というもの。違うか、息子よ》

「違う!!」

 血を吐くような叫びで、シェイドは父親の言葉を否定する。

「確かに人間の心には、父上の申されたような闇も存在するでしょう! しかし、それだけでは無い筈です! 助け合いも、思い遣りも、本心から出た真の精神に間違いありません! 私はずっと、この街の人々を見てきました! 誰もが皆、『エゴ』の呪いに怯えながらも日々を精一杯生きていた! 友を守り、家族と支え合いながら明日に希望を持ち続けてきたんです!」

《これまで散々この街の奴らが『エゴ』化する有様を見ておきながら、まだそのような言葉が吐けるとは驚きだ》

 ジャックの魂は、息子の反駁にも怯む様子を見せない。

《アングリッドはどうだった? お前があれだけ温情を与えてやっていたにも関わらずに我侭を貫き、お前を悪し様に罵ったではないか。ジュディスはどうだ? 息子の生命はまだ尽きていない内から勝手に絶望に駆られ、自らの“大切な家族”を手に掛けようとしたであろう。そして、セレンは――》

「止めて下さい!」

 父親の非情な口撃を振り払うように、シェイドがステッキをジャックの魂に向ける。

「もう終わりです、父上! 私は……貴方を浄化します! 皆を苦しめ続けた呪いに終止符を打ち、アンダーイーヴズは今夜を以って解き放たれるのです!!」

《クックック……! 追い詰めたつもりでいるのか、息子よ?》

 不遜な笑い声を上げると同時に、ジャックを形作る靄が増々その濃さを増した。彼を中心に瘴気が立ち上り、全身が陽炎のように揺らいだ。そして、“アポロンの血晶”を象徴するあの禍々しい赤い光が、彼の輪郭を縁取った。

《お前には無理だ。この私を誰だと思っている? 生まれてこの方ずっと魔術から遠ざけられてきたお前に、遅れをとるとでも思うのか?》

(……っ!? そうだった、シェイドさんは以前――)

 サニーはつい先日交わしたシェイドとのやり取りを思い出した。その時に彼はこう言っていたのだ。

『祖母が持っていた魔術師としての素質は、父に継承した段階で薄れ、その子供である私には殆ど受け継がれていないのです』

 恐らくだが、あれはシェイドに自身の素質を自覚させないよう、ジャックが意図的に隠蔽したものであったのだろう。
 息子を自分の正体から遠ざけておく為。もしくは呪いの本質に近づけさせない為か。
 何れにせよ、実際はジャックもシェイドも、フリエの魔力を十二分に受け継いでいるのであろう。
 だが、それを操るアドバンテージにおいて、両者の間には相当の開きがある。
 それでも――

「もう、決めたのです、父上。貴方を止められるのは私だけ。だから――」

 シェイドの意志は、既に固まっていた。

「最後にして最大の、親不孝をさせて頂きます!!」

 全てを断ち切る啖呵と共に、シェイドのステッキから青い光の奔流が溢れ出た。
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