少し笑ってしまった
地図を見て想像した世界と、現実に見える景色が同じとは限らない。
たいてい現実は想像を凌駕する。だがそれは想像があればこそ。わずかでもいい、他愛のないうっすらとしたものであっても想像をめぐらせておくことだ。現実を目の当たりにして『ちがう!』と感じたら、その瞬間に切り替えればいいだけのことだから。
押し寄せてくる未来の時間を背中で受け止めるだけなんて、いやじゃないか?
そうだろう。ちがうか。おれは誰と話しているんだろう。ひとりごとのようで会話のような脳内エッセイが流れっぱなし。
主役は、おれだろ。テーマ音楽は、どうした。
少し早足で歩いたからだろうか。熱い。空気が冷たくて寒さしか思い当たらないはずなのに、服の中では暑くて熱くてしかたなくなっていた。
それは山門?
天空を背にそびえたつ。空は青く、その青さは透明感がある。夏とは異なる色彩模様。ガリッと靴の裏で、しかし固い砂利ではなくアスファルトのかけらのようだ。
山門の手前やや広く、バス停がある。
なるほど、バスも利用できるのか。
バス通学っていうのも、ありなのかな。
はたして、おれは毎日ここに通うようになるのかな、と思いながら視線を意図的に校門の方向へ。
校門…
すっかり解放されていて、おりたたまれた黒い金属カーテンの気配を感じる。じっくり観察したいけど、体は迅速に通り過ぎたがっていた。
レールを超える、ひとまたぎ。足元を見たとき、いつもと歩幅がちがうと感じた。なによりも静かな違和感がある。その正体それは。
誰もいない。
おれは脳裏で記憶を呼び寄せる。
なあ、おい?
塾や予備校の先生方が整列して待っていてくれるんじゃなかったのかい。
誰に聞いた話。あるいはドラマかコミックか。いや、冷静に考えよう、おれはこの一年間ほとんどテレビを見ていない。電車に読み捨てられていたコミック雑誌ならペラペラめくったことがあるけど。
じゃあ、おれのこの脳内イメージは、いったいなに!
校門前に塾の先生が並んで受験生ひとりひとりと握手して送り出している、「がんばれよ」と声をかけ握手を交わし、なによりも満面の笑みで…
なにもない。
誰も、…いなかった。
もうとっくに通り過ぎてしまった校門を、あまりのあっけなさにおれは振り返ってしまう。
見間違いでもないし、錯覚でもない。うっかり考え事してて無言スルーな通過でもなく。
おれは確かに校門を通って学校の敷地に入ってきた、よ?
誰もいない、想像だけの花道は無機質なアスファルト&コンクリート。
敷地は自然な傾斜の、ゆるやかな坂。流れで登れば違和感なしの、ついつい足に力が入る。
あまりにも自然に動いてしまった。ここがどこか正しいのかなんて自問自答することもなく、校門に敷かれたレールを斜め上から見下ろしている。
ドラマのようには、ならないか。
おれが主役だと思ってたんだけどなあ。
気を取り直してスピードあげて進めば階段のお出迎え。
眩しい朝日と対照的に暗く広がる軒下空間だ。
「こっちだぞー」
と軽い声が聞こえた。その方向に人影。ん?
先生、なのか。
ひょっとして塾の。と思った瞬間、あきらかに予備校や塾とは雰囲気の異なる大人の姿。
だが間違いない、教師だ。つまりこの学校の。
「おはようございます」
「おー。おはよ。そのまま階段のぼってなー」
「ハイ!」
なんだろう、思わず笑っちゃいそうな気の抜け方。いやもうすでに笑っていたかもしれない、おれは。
『これから受験する学校の先生の前で腑抜けて笑った顔をさらしてしまったかな?』
と思った時には、すでに遅い。
あと数段で階段を昇りきるだろう、ふ、と斜めに振り返れば遥か足元ずっと下にさっき挨拶を交わした大人の姿。
先生、だよな?
なんだろう、この不思議な感覚。
おれは緊張していたのか。だとしたら無意識のうちに?
自分でも気づかない自分の状態だった、そんなふうに今は思う。
なにげなく振り返って、こちらには背を向けて立っているさきほどの大人おそらく教師は…
すきがない。
あんんなに軽やかで、力の抜けた声だったのに。
どちらかといえば、だらんとして見えるくらい。それなのに。
『なんだよあの先生、ぜんぜんすきがないじゃんか』
おれは少しゾッとした。
『これは…』
油断したら怪我をする。うっかりしてたら斬り殺される。しかも一瞬で。
そう感じたとたん、おれのなかでさっきまでなかった感情が湧きあがってきた。
これは面白すぎるかもしれない。
緊張も殺気もない、これっぽっちもだ。なのに、不意打ちできる気がしない。どころか、相手に背を向けた瞬間に斬られる気配すら覚える。なんなんだこの空気、あの教師。
ちらり、もう一度。
振り向いて見たけれども、なんてことのないだらけた大人の後ろ姿。
そう感じた次の刹那に、
「おーぃ。さっさと登れや! そのまままっすぐだぞー」
くるっとこちらを向いて、まっすぐ届く声。
思わず、
「ハイッ!!」
と返事をしたが、
『背中に目がついてるのかよ?』
と思ってしまい、なんだろうな、なんでかな。
また少し笑ってしまった。
たいてい現実は想像を凌駕する。だがそれは想像があればこそ。わずかでもいい、他愛のないうっすらとしたものであっても想像をめぐらせておくことだ。現実を目の当たりにして『ちがう!』と感じたら、その瞬間に切り替えればいいだけのことだから。
押し寄せてくる未来の時間を背中で受け止めるだけなんて、いやじゃないか?
そうだろう。ちがうか。おれは誰と話しているんだろう。ひとりごとのようで会話のような脳内エッセイが流れっぱなし。
主役は、おれだろ。テーマ音楽は、どうした。
少し早足で歩いたからだろうか。熱い。空気が冷たくて寒さしか思い当たらないはずなのに、服の中では暑くて熱くてしかたなくなっていた。
それは山門?
天空を背にそびえたつ。空は青く、その青さは透明感がある。夏とは異なる色彩模様。ガリッと靴の裏で、しかし固い砂利ではなくアスファルトのかけらのようだ。
山門の手前やや広く、バス停がある。
なるほど、バスも利用できるのか。
バス通学っていうのも、ありなのかな。
はたして、おれは毎日ここに通うようになるのかな、と思いながら視線を意図的に校門の方向へ。
校門…
すっかり解放されていて、おりたたまれた黒い金属カーテンの気配を感じる。じっくり観察したいけど、体は迅速に通り過ぎたがっていた。
レールを超える、ひとまたぎ。足元を見たとき、いつもと歩幅がちがうと感じた。なによりも静かな違和感がある。その正体それは。
誰もいない。
おれは脳裏で記憶を呼び寄せる。
なあ、おい?
塾や予備校の先生方が整列して待っていてくれるんじゃなかったのかい。
誰に聞いた話。あるいはドラマかコミックか。いや、冷静に考えよう、おれはこの一年間ほとんどテレビを見ていない。電車に読み捨てられていたコミック雑誌ならペラペラめくったことがあるけど。
じゃあ、おれのこの脳内イメージは、いったいなに!
校門前に塾の先生が並んで受験生ひとりひとりと握手して送り出している、「がんばれよ」と声をかけ握手を交わし、なによりも満面の笑みで…
なにもない。
誰も、…いなかった。
もうとっくに通り過ぎてしまった校門を、あまりのあっけなさにおれは振り返ってしまう。
見間違いでもないし、錯覚でもない。うっかり考え事してて無言スルーな通過でもなく。
おれは確かに校門を通って学校の敷地に入ってきた、よ?
誰もいない、想像だけの花道は無機質なアスファルト&コンクリート。
敷地は自然な傾斜の、ゆるやかな坂。流れで登れば違和感なしの、ついつい足に力が入る。
あまりにも自然に動いてしまった。ここがどこか正しいのかなんて自問自答することもなく、校門に敷かれたレールを斜め上から見下ろしている。
ドラマのようには、ならないか。
おれが主役だと思ってたんだけどなあ。
気を取り直してスピードあげて進めば階段のお出迎え。
眩しい朝日と対照的に暗く広がる軒下空間だ。
「こっちだぞー」
と軽い声が聞こえた。その方向に人影。ん?
先生、なのか。
ひょっとして塾の。と思った瞬間、あきらかに予備校や塾とは雰囲気の異なる大人の姿。
だが間違いない、教師だ。つまりこの学校の。
「おはようございます」
「おー。おはよ。そのまま階段のぼってなー」
「ハイ!」
なんだろう、思わず笑っちゃいそうな気の抜け方。いやもうすでに笑っていたかもしれない、おれは。
『これから受験する学校の先生の前で腑抜けて笑った顔をさらしてしまったかな?』
と思った時には、すでに遅い。
あと数段で階段を昇りきるだろう、ふ、と斜めに振り返れば遥か足元ずっと下にさっき挨拶を交わした大人の姿。
先生、だよな?
なんだろう、この不思議な感覚。
おれは緊張していたのか。だとしたら無意識のうちに?
自分でも気づかない自分の状態だった、そんなふうに今は思う。
なにげなく振り返って、こちらには背を向けて立っているさきほどの大人おそらく教師は…
すきがない。
あんんなに軽やかで、力の抜けた声だったのに。
どちらかといえば、だらんとして見えるくらい。それなのに。
『なんだよあの先生、ぜんぜんすきがないじゃんか』
おれは少しゾッとした。
『これは…』
油断したら怪我をする。うっかりしてたら斬り殺される。しかも一瞬で。
そう感じたとたん、おれのなかでさっきまでなかった感情が湧きあがってきた。
これは面白すぎるかもしれない。
緊張も殺気もない、これっぽっちもだ。なのに、不意打ちできる気がしない。どころか、相手に背を向けた瞬間に斬られる気配すら覚える。なんなんだこの空気、あの教師。
ちらり、もう一度。
振り向いて見たけれども、なんてことのないだらけた大人の後ろ姿。
そう感じた次の刹那に、
「おーぃ。さっさと登れや! そのまままっすぐだぞー」
くるっとこちらを向いて、まっすぐ届く声。
思わず、
「ハイッ!!」
と返事をしたが、
『背中に目がついてるのかよ?』
と思ってしまい、なんだろうな、なんでかな。
また少し笑ってしまった。