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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
1-2 金詰日和
 最古の記憶は3歳の時。
 父と一緒に駅前の公園で散歩をしていたら、何かに襲われた。
 それが何かは覚えていない。
 確実なのは、父は私の目の前で死んだことだ。
 身体を真っ赤に染めて、私に手を伸ばして、何かを叫んでいた気がする。
 そして父を襲っていた何かと目が合って、私の記憶は途切れた。
 それは薄らとぼやけてしまった記憶なのに、悪夢のようにやけに脳裏にこびりついた記憶だった。

 父の葬儀の中、母が波風を立てた憶えがある。
 顔も知らない人達が叫び、酷い顔をしていた。
 母が暴れ倒して、悲鳴が上がって、もっとひどい状況になって。
 母は何かを投げて、私はそれを食らった。
 その姿に、環境に、私は怖くなった。
 この場所は誰も父を悲しんでなんてくれない。
 ただ一人、私だけが死んだ父を悲しんでいた。

 その後から今の、祖父の家にずっと住んでいる。
 母も一応住んでいたが、年齢が上がる前には逃げるように海外に仕事だと言って出ていくようになった。
 最初こそは度々帰ってきては何度か顔を合わせていたが、いつの間にか何年も会ってないような人になって、今や「母」と呼び方だけが残ったような人だと認識している。
 祖父だけはずっと味方だった。
 優しくしてくれたし、いろいろな事を教えてくれた。
 もっとも、父が居なくなってから祖父とそうして過ごすまで私は引き籠り、心を閉ざしていたのだが。

 そんな私を外に出してくれたのは高峰玲と名乗る一つ上の男の子。
 群青色の綺麗な髪に水色の目が珍しくて綺麗で、だけど初めて会った時は仲良くなれる気はしなかった。
 それでも毎日会いに来て、差し伸べられる手を私は掴んでしまった。
 そんな彼を私は兄と呼んでいる。
 一人っ子の私には世間ではどういうものか分からないけど、私にとっての兄同然。
 何度も遊んでもらい、助けてもらい、守ってもらい、様々な事を教えてもらってここにいる。

 ここまで生きられたのは完全にこの二人のおかげだ。
 私の気持ちとしては正直いつ死んでも良いのだけど、流石におじいちゃんや兄の前ではそんな事は言えない。
 ただ、生きてる。それだけ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 最低限に生きて、生活して、何事もないまま死んでいきたい。
 こう思うのは、私の心が父を失った悲しさに浸り続けているからだろうか。



「ご馳走様。やっぱり日和ちゃんのハンバーグは美味しいね」

 ふいに話しかけられた祖父の表情はとても朗らかだ。
 私が作った夕食のハンバーグを食べ終えて幸せそうにしている。

「そんな事ないよ。おじいちゃんの方が料理上手じゃない」
「そうかな? でも、日和ちゃんも何でも作れるようになってきたね。私が居なくなっても、ちゃんと生きていけそうだ」
「もう、縁起でもない事言わないで。病気が見つかった訳でもないし、まだまだ元気でしょ?」

 どうしてそんな事を言うのだろうか。
 不安に駆られる自分を他所に、祖父は目を伏せる。

「そうだね。でも、たとえ病気でなくとも人は死ぬさ。けいさんのようになる事もある。そうだろう?」

 私に向き直る祖父は清々しいほどの笑顔で私を見ている。
 蛍は、私の父。
 この人の、婿さん。
 私は言葉を口に出せなかった。
 この人が、祖父が死ぬ姿は想像できない。

「それでも、おじいちゃんが死ぬなんて……」
「――もう二人か三人くらいかな」

 不安で視線が落ちた私に、声がかかる。

「え?」

 顔をあげると祖父はにこりと笑みを見せた。

「日和ちゃんにお友達ができたら安心だね。
日和ちゃんが一人である程度生活できても、人間孤独で元気には居られないよ。だからあと数人お友達がいて、日和ちゃんがちゃんと頼れるようになったら、私も安心だよ」

 それは輝かしいほどに、綺麗な笑顔だ。
 どうしてそんなことが言えるの?
 ずっと誰とも寄り添わなかった私は面食らってしまって、つい、曖昧な返事を零してしまった。

「……できたら、ね」

 この人の期待に添えられそうにない。
 だって私は人に興味が持てないから。
 周りの人なんて正直知った事ではない。
 私の世界は、今も昔もおじいちゃんと兄さんだけでいいのに……。

「大丈夫だよ、危ないなと思ったら咄嗟にできるものさ。ただ一瞬だけ浮かんだその人に、頼ればいい。その人はきっと日和ちゃんが安心してお願いできると思った人だ。お友達になってくれているよ」

 自身に溢れた言葉だ。
 祖父の言う事は難しい。
 何の確信があってそんなにも、言えるのだろうか。
 これはきっと、年の功、というやつなのだろう。
 そう思う事にしよう。

「……その時になったら、ね。ほどほどに頑張ってみる」
「玲君だけだと重荷になっちゃうからね。だけど頑張りすぎると彼は多分気にすると思うから、気負っちゃだめだよ」
「……大丈夫だよ、兄さんとは最近たまに登下校してるだけになったから」
「彼だけに全て任せてしまっているのは、私も少し責任を感じているんだ。日和ちゃんと仲良くしてもらえるようお願いしたのは、私だからね……」

 祖父は眉をハの字にして小さな溜息をつく。

「分かってるよ。じゃあ私、宿題してくるね」
「ああ、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」

 机に並んだ食器を積み重ねてシンクに置き、祖父の返事を聞いて日和は2階へ向かった。

「はぁ……」

 部屋に戻った日和は勉強机に付けられた椅子にもたれ掛る。
 同時に私は逃げてしまっただろうか、と心の重さに一つ息を吐いた。
 それだけで全身の力が抜けたように、体の重さが圧し掛かった気がする。

 時刻は20時。
 鞄から教科書とノートを取り出して宿題に取り掛からないと。
 様々な公式や数式が脳内に飛んで計算されていく中で、関係無いことが入って混じる。
 今日一日あったこと、今日一日会った人、今日一日通った道、覚えたこと、会話の内容……
 ノートにシャープペンシルを走らせながら思考のどこかで様々な事を思い出す。
 特筆するなら玲と登校したことや弥生にまた髪を結んで貰ったことだろうか。
 それとも挽肉が100g85円で買えたこと?そんなのはどうでも良いか。

「……あぁ、あの子」

 買い物ついでにふと思い出したのは、珍しく駅の奥にある男子校の生徒に会った事だ。
 暗緑色の綺麗な髪をした、男の子にしては少し小柄――自分とほぼ似たような背の子。
 右側は耳元まで、左側の髪は肩に触れるかどうかのアシンメトリーで個性的な髪型がやけに似合う。
 買い物袋を提げて歩いていたら後ろから話しかけられて、振り向くと笑顔で私の生徒手帳を持って差し出されていた。

『あの、落としましたよ。これ』
「あ……ごめんね、ありがとう」
『いえ。それでは、僕はこれで』

 そう言って立ち去っていった短い時間。
 たったそれだけだけど、それだけでも十分に強い印象を覚える、どこか不思議な男の子だった。

「あ、宿題、進めないと……」

 気付けば思考が進み過ぎて思わずペンが止まっていたようだ。
 まだ残っている分は速度を上げて問題を解いて済ませた。
 宿題を片付けようと鞄を広げると、内ポケットから入りきっていない例の生徒手帳が見えた。
 どうしてこんなものを落としてしまったのだろう。
 多分財布を片付ける時に落としたんだろうな、と思いながら手帳を開くと、何かがふわりと膝の上に落ちた。

「ん……?」

 足に乗ったのはあの男の子の髪の色のような、暗緑色が綺麗な鳥の羽根。
 音も無く落ちたそれを拾い、不意に天井辺りまで持ち上げると鮮やかな[[rb:青磁 > せいじ]]色に変わった。

「へぇ、綺麗……」

 随分と不思議な物だ。
 羽根は電灯の光に翳され輝いている。
 捨てるのもなんだか勿体ないような気がして、手帳のポケットに羽根を戻した。
 お守り代わりになればいいな。
 なんとなく、そんな事を思いながら。

 それからは勉強を終え、一日を済ませて日和はベッドに倒れる。
 目を瞑るとあっさりと入眠し、深い眠りについた。
水鏡波音(みかがみ なみね)
3月18日・女・15歳
身長:150cm
髪:赤茶色
目:緋色
家族構成:祖母・父・母・猫
好きなもの:猫(グッズ込み)
気にしてる事:ついつい言葉を強くいってしまうこと。よく口が軽いって怒られること。


身長の事について触れてはいけない。劫火に焼かれるぞ☆
見た目も中身も猫。小柄で比較的軽い。(但し日和よりは上)
暴言ツンデレお嬢様。属性ぶっこめばいいってもんじゃないんだ。
猫が好きなのに猫に嫌われてるのがちょっと悲しい。
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