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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
2-1 転落
 体調不良はそれからずっと落ち着いたまま、無事に帰宅できた。
 祖父と共に準備した夕食時、料理を囲んで祖父は口を開く。

「日和ちゃん、次の金曜日だけど……夜ご飯はお外で食べないかい?」
「金曜日? じゃあ、明々後日だね。楽しみにしてるね」

 祖父は外食が好きだ。
 頻度にすると月1回程度だが、元々ホテルの清掃員をしていたからか何かと外食に誘われて毎度様々な場所で食べている。
 ちなみに先月は定食屋だった。

「日和ちゃんは、何が食べたい?」
「えーっと……おじいちゃんは食べたい物は無いの?」
「そうだねぇ……じゃあ、天ぷらかな」
「いいね、天ぷら」

 という訳で次回は天ぷらになるらしい。
 となると場所は商店街の方だろうか……?
 それならば、気を引き締めて行かないと。

「日和ちゃんはもう体調は良いのかい?」
「うん。学校で少し休んだら落ち着いたよ。いつも心配かけてごめんなさい」
「日和ちゃんが元気なのが一番だよ。ほら、またぶり返しても嫌だから、今日はもう休みなさい」
「そう、だね。じゃあ宿題してもう寝るね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」

 席を立ち、皿を片付けると去り際にまたレモン水を渡された。
 祖父の心配も当然だとは思うので無下にはできない。
 受け取って喉に流し、部屋に戻ると自然を息が零れた。

「……ふぅ。宿題しよっと」

 教科書とノート、そして参考書を出して机に向かう。
 ところでこれは毎度思う事だが、祖父と外に出かけるのは久し振りだ。
 意識すると地味に自分がそわそわとしている事が気になってしまう。

「あ、兄さんに教えておかないと……」

 外食は中学校に上がって少しまでは三人で行っていた。
 しかし中学になると家や部活の事があるので、玲は来なくなってしまった。
 それでも毎度外食に行く時は連絡する約束だ。
 行く時は決まって「行ってらっしゃい」と言ってくれる。
 離れてもなんとなく繋がりがある。
 変化が少ない。
 それがなんとなく、助かる。
 ……色々と、助けられてるなぁ。

 宿題を進める手は今日は止まらず順調に早く終わった。
 そのせいか、折角思い出した玲に外食の報告をする事項を忘れてしまった。



「おはよう、日和ちゃん。今日の体調はどう?」

 いつもと変わらない翌朝を迎えた。
 今日も玲は通学路で待っていて、ただ最近は過保護が強いなと感じる。
そもそも昨日、再び体調不良を見せてしまったのだから、心配されてしまうのは仕方がないように思う。
 浮かぶ文句も無いが文句は言えない。

「おはよう、兄さん。もう大丈夫。ありがとう。ただ……」
「ただ?」

 ただ、本当にあの体調不良があのキスでスッキリしてしまった事だけは未だに驚いている。
 まだ少し引き摺っているっていうことだけ…。

「ううん、何でもない。……行こ、兄さんの部活遅れちゃう」
「全く、僕のことは気にしなくていいの」

 途中まで同じ通学路を通り、別れ、教室へ向かう。
 今日も弥生に髪を遊ばれ、授業を受ける。
 何事もなく、私の普通の日常が戻ってきた。

 キーンコーン――…
 
 何の滞りも無く授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴る。

「日和ー、ご飯食べよー」

 教科書を片付けて、今日も紙パックの飲み物だけでいいかな……と考えていた時、いつものようにくるりと180度ターンを決めた弥生がうきうきと話しかけてきた。

「うん――」
「――ごめんなさいね」

 しかし、こちらもいつもの二つ返事をしようとしたところで、今日は珍しく声がかかった。
 水鏡みかがみ波音なみね――。
 赤茶色の髪につり目できりっとした表情。
 いつも腕組みしている立ち姿は様になっていて、女王とあだ名をつけられていそうな威圧感に包まれている。
 こちらが気負ってしまいそうだ。

「えっと……確か水鏡、さん」
「名前を覚えてくれて光栄だわ。貴女、金詰日和さんだったわよね? 一緒にお昼を頂きたいのだけど、いいかしら?」

 波音のお嬢様を思わせる口調には若干のとげを感じる。
 一体何が目的かも分からないので、心底喋りにくい。

「えっと……こちらの弥生も一緒みたいなんだけど、いい?」

 一応昼食は毎日弥生と中庭、或いは弥生の食事の為に学食で過ごしている。
 ちらりと横目で弥生を見るとこちらの視線に気付いたのか、弥生は清々しい程の笑顔を見せた。

「……あ、私は大丈夫。一人で食べるね! 日和、いってらっしゃーい」
「えっ」
「ふーん? ならさらって行くわ」

 期待した返事はあまりにも想定外だった。
 弥生のことだから、「じゃあ一緒に中庭行く?」とか「私の日和連れてっちゃうの!?」とか言うのだと思っていたのに。
 いつものしつこい感じで引き留めると思ったのだが……まさか弥生に手をひらひらさせて送られるとは。
 そして私は有無を言えることなくがしり腕を掴まれ、読んで字のごとく攫われた。
 階段を上がって向かった場所は屋上。
 昨日も行った、屋上だ。

「ここなら立ち入り禁止エリアだもの、邪魔が無くて良いわね」

 当の波音は柵に身を乗り出し下を見る。
 何故下を見る必要があるのだろうか。
 とりあえず話しかけてきた時よりも更なる威圧を感じる。
 この肌にまとわり付くような怖さは、一体なんだろう。

「えっと……な、何の用でしょう……?」

 少しの恐怖に思わず声が震えた。
 波音は視線をこちらに向けると身体もくるりと合わせ、腕を組み、近づいてくる。
 ゆっくりと距離を詰められ、そのあまりの迫力にじりじりと後ろへと下がってしまう。

「単刀直入に聞くわ。昨日の3時限目、貴女体調悪くて休んでたわよね?」
「えっ」

 ドクン、と思わず心臓が跳ねる。

「どこで、休んでたの?」

 にたりと波音の口角が上がり、背筋が凍る。
 突然人の秘密を突くような質問に変な汗が出た。
 見透かされている雰囲気が大変体に悪い。

「えっと……こ、ここで……」
「ふうん……。ねえ、ここに居たなら普段見ないような物、見てるわよね?」

 その質問で、波音が何を聞きたいのかが分かってしまった。
 あの和風の衣装を身に纏った男性、竜牙だ……。
 それだけであの人は触れさせてはいけないと直感が働く。
 世間から浮いたようなあの人は、簡単に人目に晒してはいけない……――。

「普段……はここに来ないから、分からないけど……」
「へぇ、しらばっくれるの?」

 にや、と悪魔的に波音は微笑む。
 同時に思わずたじろいで、ガッと鈍い音が背中に響いた。

「……っ! あ、あの!私、なにかしたんですか?」

 一瞬、自分の背に柵がある事を後悔した。
 もう後ろに下がることはできない。
 それなのに波音はじり、と距離を詰める。

「何か……。そうねぇ、逆にの貴女が何もしてないことが、不思議でならないわ」

 波音は人差し指を口元に当て、悪魔のような笑みを浮かべてこちらに向けてくる。
 同時に波音と視線がばっちり合った。
 全身がぞわりと震え、全力で身体を柵に押し付けてしまった。

 ――ぴりっ……

 波音の言っている事が、よくわからない。
 私が金詰だから一体何だというのか。

「そんなに溢れた『力』があるのに、昨日の今日で無くなるなんてね。
 あげたんでしょ?。残ってる分で構わないわ、私に見せなさい」

 愉しむように細めていた目が突然獰猛な獣のように見開いて私を捉え、一気に距離を詰めてきた。
 私はそれが怖くて。
 吸った空気と共に「ひっ」と出た声、それから同時に全身が火傷するような熱さを感じた。

 ――ガシャン。

 ……金属が擦れ、何かが外れる音が耳を触る。
 身体は徐々に斜めになり、気付けば視界に空が広がっている。
 雲一つない真っ青な空だ。
 そんな景色に現れた地面は――逆さまに映った。

「えっ……」

 逆さまの景色が線の集合体となって下へ落ちていく。
 ……違う、落ちているのは自分だ。

「――危ない!!」

 玲の声が、聞こえた気がした。
 見覚えのある顔が一瞬だけ覗いて、手を伸ばして遠ざかる。
 ああ、私、落ちてる。
 私死ぬんだ。
 お父さんの元に行くのかな。
 そっか、もう終わりなんだ。
 終わっていいんだ。
 それならそれで、良いのかもしれない……――。
 …………。
 ……。
 …。

「――大丈夫か?」
奥村弥生(おくむら やよい)
2月10日・女・15歳
身長:158cm
髪:砂色
目:茶
家族構成:祖母
好きなこと:日和と話すこと。髪をいじること。いつかお洒落な服を着せたい。
嫌いなこと:勉強

一歩間違えればギャルになりかねない目鼻がくっきりした顔立ち。メイク似合いそう。
食事は一切抜かないが体型維持は大事。無駄はないのにちょっとむちっとしてるのが気になる。
胸が少し大きいのが自慢。波音に少し睨まれた。
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