残酷な描写あり
6-1 食事は1日3食、きっちり摂りましょう。
日和は、がばっ……と冷蔵庫の扉と引き出しを開ける。
豚肉が50gと葱1/3、牛乳100mlほど。
これらは波音が来る前から残っていたものだ。中々の危険物である。
レタスが数枚と胡瓜、チーズ2枚に、卵が1個……これらは日曜日に波音と作ったサンドイッチの余りだ。
テーブルの上には祖父が食べられなかったお菓子が3袋と食パンが2枚ある。
そして米は残り2合。
これが日曜夜時点の、日和宅の食料だった。
夕食は危険物である豚肉と葱、それからキャベツの替わりのレタスで豚の生姜焼きを作った。
ちなみに無駄に皿を使わないように、中々使わない丼皿に全てを突っ込んだ生姜焼き丼にしている。
月曜の朝は残った米でおにぎりを作った。
ちなみに中身は卵焼き。米を使い切ったので少しお菓子を食べた。
帰宅してからはサンドイッチを再び作って、お菓子もプラスしてお腹に入れている。
火曜日には牛乳と余ったチーズを一枚食べて学校へ向かった。
正直美味しい昼食が約束されているので、あまり食べなくていいだろうと思っていたのだ。
帰宅すると机には祖父の煎餅1袋だけが残されていた。
あれだけ綿密な計算をし、無駄を削ぐよう心掛けたのだ。
そりゃそうだ、とお菓子をつまみながら宿題と家事を済ませる。
今までよく生活していたものだ。
それもこれも祖父が居たおかげだと日和はつくづく実感しながら、満たされたような満たされていないようなよく分からないお腹を抱えながら夜眠った。
皆と出会って2週間未満。
毎日の登下校に必ず誰かがいて、毎日皆で屋上でお弁当をつまむ。
竜牙が持ってくるお弁当は最初こそ豪華だったものの、重箱は2段になった。
卵焼きや唐揚げ、ポテトサラダのような定番のおかずや白米にごま塩、或いは桜でんぶが散らされていたりで中身も落ち着いたものに変わった。
それでも十分に豪華であると思う。
更にまずい物は一切なく、どれも普通に美味しい。
定期的に竜牙が「嫌いな物はあるか?」と聞いてきたが、何でも食べられて文字通り好きも嫌いも無い日和にとっては助かる救済である。
昼食を殆ど抜いていた今までとは違って、今や昼食の方が豪華になっている。
いっそこのままの生活でも十分かもしれない、と日和にとっては光景も慣れてきたものだ。
そして祖父のいなくなった一人だけの家にも日和は慣れ始めていた……のだが。
そんな中、日和はちょっとした危機的状況に直面していた。
◇◆◇◆◇
日和はがば、と冷蔵庫を開ける。
中は新品が届いたように何もなかった。
「んー、食べる物が無い。……お菓子くらい、もう少しゆっくり食べてもよかったかも……」
今日で水曜日だが、ここ最近買い物に行った記憶がない。
ちなみに今現在、つい先ほど竜牙に送って貰った所だ。
連絡して再び外へ出るのも正直面倒くさいし申し訳ない。
考えに考えた結果、日和は夕食と朝食を抜く事を選んだ。
そして来た木曜日の朝、今日のお迎え担当は波音だった。
「おはよ、日和。朝食はちゃんと食べた?」
「うん、食べ――」
――ぐううぅぅぅぅ。
気軽に嘘をつこうとした瞬間、盛大にお腹が鳴った。
しばしの静寂、むわりと嫌な空気が流れる。
「……」
「……」
嫌な音が響いたせいだろうか。
がっつりと視線が合って、互いに無言になった。
「……日和、ちゃんと食べた???」
波音が最高の笑顔で迫ってくる。
心の中で大量の汗が流れ、どう切り抜けようか悩んだ。
しかし波音のあまりの笑顔に、殺意を向けてにっこりと笑う焔が思い浮かぶ。
数多の思考を巡らせて回避する方法を計算したが、残念なことに回答する術がない。
よって、日和は観念した。
「えっと……昨日の夜から、食べてないです……」
この後日和は1時限目を犠牲にして、まるで火薬庫に火を投げられたように酷く怒る波音に、こっぴどく説教された。
そして帰りも波音が担当し、商店街へ寄る事も約束された。
ちなみに朝食は1キロメートル弱の遠回りをして、最寄りのコンビニでパンとおにぎりを食べた。
食べ物にすら興味が薄い日和にこれといって気になるものはない。
そもそもコンビニ自体中々行かないのである。
しかし、日和にとってはコンビニの存在はあまりにも新鮮だった。
『波音波音、これなんですか?』
『これ? どう見てもおにぎりじゃない』
『どうやって開けるんでしょうか! 気になります…!』
『今買って食べたらいいんじゃないかしら』
『はっ…そうですね! じゃあこれで大丈夫です』
『……本当にそれで足りるの? もう少し食べておきなさい』
『えっと……じゃあ、パンを一つ……』
日和の嘘など波音にはとうにお見通しだったらしい。
でも遅刻の原因はおにぎりだ。
フィルムを全部バラして、じっくりと観察してしまった日和が原因だった。
「――……っていう事があってね」
昼になり、いつものように弁当を囲む四人。
その内の一人・波音は「はぁ……」と大きく深いため息を吐き、卵焼きを口に放り込む。
「それならそうと言えばいい」
「す、すみません……」
一連の話を聞いた竜牙は真っ直ぐにそう言うので、日和は謝罪の言葉しか言えなかった。
「もう、だからちゃんと食べてる?って聞いてるのに……。だめだよ、日和ちゃん――」
めっ、と母親のように叱りつける玲の表情も中々に厳しいものがある。
「――ちなみに最近まではどうしてたの?」
「え?」
「え?」
しかし玲の言葉はそれで終わらなかったようだ。
本人は何の気も無く聞いているつもりだろうが、日和はぴくりと体を反応させ、少し瞳孔が開いた目で玲を見る。
「……えっと、どうしてたの?」
玲は再度問う。
その表情は笑っている。
しかし日和を突き落とした日の波音のようにお叱りの空気が漂っていて怖い。
正直玲という人間性を知っている分、焔より怖い。
「……い、家に残っていた食べ物を……食べてました、よ?」
一応、事実は伝えている。
……半分くらいは。
「どうなの?波音」
「えっ!?――」
玲の笑顔は波音に矛先が向き、波音の体もビクリと跳ねた。
「――に、日曜日の買い物で余った食材は日和の家にそのまま置いてったけど……そもそも冷蔵庫にはあまり入ってなかったから……え、あれが昨日の朝まで保つの?」
火曜日に食べたサンドイッチ、美味しかったです。
おにぎりも何の問題もないだろうと中に卵焼きを入れたが、普通に美味しかった。
元々残っていた分も月・火の二日間で食べてしまっていた為に何も無いのを忘れ、水曜日の朝はまた昼にお弁当を食べるだろうと思い、気にもしていなかった。
夕食?木曜日も食べるだろうし何の問題も以下略。
火曜日の夕方時点から食事に対しての気が抜けていた気が……いや、意識はずっと抜けていたかもしれない。
「……日和、ちゃん?」
再び玲の笑顔が日和を捉える。
これはもう、言い逃れができない。
ちらりと何も言わない竜牙を見ると思い切り視線を外されてしまった。
「あ、あの……ご、ごめんなさい……」
「だめです」
「ぴっ」
素直に謝ってみるとぴしゃりと怒られ、思わず上ずった声が変に出た。
玲に恐る恐る視線を向ければ、なんとも輝かしい笑顔がそこにある。
そこにあるのだが。
「……日和ちゃん、前々から言いたかったことがあるんだ。ご飯は、ちゃんと食べよう? ね?」
「う、あの……」
「ご飯は一日の活力なんだよ? 生きるために必要な事なんだ。今まで、毎日、ちゃんと、しっかり、食べてたんだよね……?」
玲の笑顔は次第に気迫の混じって、日和の表情が青ざめた。
日和は過去、比較的抜くことも多かった。
特にこうやって集まるようになった昼食は。
これは……過去の全てを吐露させられ、こっぴどく怒られるしかない。
「あ……あ、の……兄、さん……?」
「それとも、僕の言う事が聞けない……?」
「ひっ……! ちゃ、ちゃんと食べる、ちゃんと食べるからっ……! ほっ、本当に……ごめんなさぁい!!!」
笑顔とは裏腹に突然冷ややかになる玲の声色に、日和の返事が恐怖に染まった。
波音はげっそりと顔色を落とし、呟く。
「私、もう玲を怒らせないようにするわ……」
「……懸命な判断、だな…………」
竜牙も深いため息を吐く。
その表情は冷静に見えたが、若干引き攣っていた。
豚肉が50gと葱1/3、牛乳100mlほど。
これらは波音が来る前から残っていたものだ。中々の危険物である。
レタスが数枚と胡瓜、チーズ2枚に、卵が1個……これらは日曜日に波音と作ったサンドイッチの余りだ。
テーブルの上には祖父が食べられなかったお菓子が3袋と食パンが2枚ある。
そして米は残り2合。
これが日曜夜時点の、日和宅の食料だった。
夕食は危険物である豚肉と葱、それからキャベツの替わりのレタスで豚の生姜焼きを作った。
ちなみに無駄に皿を使わないように、中々使わない丼皿に全てを突っ込んだ生姜焼き丼にしている。
月曜の朝は残った米でおにぎりを作った。
ちなみに中身は卵焼き。米を使い切ったので少しお菓子を食べた。
帰宅してからはサンドイッチを再び作って、お菓子もプラスしてお腹に入れている。
火曜日には牛乳と余ったチーズを一枚食べて学校へ向かった。
正直美味しい昼食が約束されているので、あまり食べなくていいだろうと思っていたのだ。
帰宅すると机には祖父の煎餅1袋だけが残されていた。
あれだけ綿密な計算をし、無駄を削ぐよう心掛けたのだ。
そりゃそうだ、とお菓子をつまみながら宿題と家事を済ませる。
今までよく生活していたものだ。
それもこれも祖父が居たおかげだと日和はつくづく実感しながら、満たされたような満たされていないようなよく分からないお腹を抱えながら夜眠った。
皆と出会って2週間未満。
毎日の登下校に必ず誰かがいて、毎日皆で屋上でお弁当をつまむ。
竜牙が持ってくるお弁当は最初こそ豪華だったものの、重箱は2段になった。
卵焼きや唐揚げ、ポテトサラダのような定番のおかずや白米にごま塩、或いは桜でんぶが散らされていたりで中身も落ち着いたものに変わった。
それでも十分に豪華であると思う。
更にまずい物は一切なく、どれも普通に美味しい。
定期的に竜牙が「嫌いな物はあるか?」と聞いてきたが、何でも食べられて文字通り好きも嫌いも無い日和にとっては助かる救済である。
昼食を殆ど抜いていた今までとは違って、今や昼食の方が豪華になっている。
いっそこのままの生活でも十分かもしれない、と日和にとっては光景も慣れてきたものだ。
そして祖父のいなくなった一人だけの家にも日和は慣れ始めていた……のだが。
そんな中、日和はちょっとした危機的状況に直面していた。
◇◆◇◆◇
日和はがば、と冷蔵庫を開ける。
中は新品が届いたように何もなかった。
「んー、食べる物が無い。……お菓子くらい、もう少しゆっくり食べてもよかったかも……」
今日で水曜日だが、ここ最近買い物に行った記憶がない。
ちなみに今現在、つい先ほど竜牙に送って貰った所だ。
連絡して再び外へ出るのも正直面倒くさいし申し訳ない。
考えに考えた結果、日和は夕食と朝食を抜く事を選んだ。
そして来た木曜日の朝、今日のお迎え担当は波音だった。
「おはよ、日和。朝食はちゃんと食べた?」
「うん、食べ――」
――ぐううぅぅぅぅ。
気軽に嘘をつこうとした瞬間、盛大にお腹が鳴った。
しばしの静寂、むわりと嫌な空気が流れる。
「……」
「……」
嫌な音が響いたせいだろうか。
がっつりと視線が合って、互いに無言になった。
「……日和、ちゃんと食べた???」
波音が最高の笑顔で迫ってくる。
心の中で大量の汗が流れ、どう切り抜けようか悩んだ。
しかし波音のあまりの笑顔に、殺意を向けてにっこりと笑う焔が思い浮かぶ。
数多の思考を巡らせて回避する方法を計算したが、残念なことに回答する術がない。
よって、日和は観念した。
「えっと……昨日の夜から、食べてないです……」
この後日和は1時限目を犠牲にして、まるで火薬庫に火を投げられたように酷く怒る波音に、こっぴどく説教された。
そして帰りも波音が担当し、商店街へ寄る事も約束された。
ちなみに朝食は1キロメートル弱の遠回りをして、最寄りのコンビニでパンとおにぎりを食べた。
食べ物にすら興味が薄い日和にこれといって気になるものはない。
そもそもコンビニ自体中々行かないのである。
しかし、日和にとってはコンビニの存在はあまりにも新鮮だった。
『波音波音、これなんですか?』
『これ? どう見てもおにぎりじゃない』
『どうやって開けるんでしょうか! 気になります…!』
『今買って食べたらいいんじゃないかしら』
『はっ…そうですね! じゃあこれで大丈夫です』
『……本当にそれで足りるの? もう少し食べておきなさい』
『えっと……じゃあ、パンを一つ……』
日和の嘘など波音にはとうにお見通しだったらしい。
でも遅刻の原因はおにぎりだ。
フィルムを全部バラして、じっくりと観察してしまった日和が原因だった。
「――……っていう事があってね」
昼になり、いつものように弁当を囲む四人。
その内の一人・波音は「はぁ……」と大きく深いため息を吐き、卵焼きを口に放り込む。
「それならそうと言えばいい」
「す、すみません……」
一連の話を聞いた竜牙は真っ直ぐにそう言うので、日和は謝罪の言葉しか言えなかった。
「もう、だからちゃんと食べてる?って聞いてるのに……。だめだよ、日和ちゃん――」
めっ、と母親のように叱りつける玲の表情も中々に厳しいものがある。
「――ちなみに最近まではどうしてたの?」
「え?」
「え?」
しかし玲の言葉はそれで終わらなかったようだ。
本人は何の気も無く聞いているつもりだろうが、日和はぴくりと体を反応させ、少し瞳孔が開いた目で玲を見る。
「……えっと、どうしてたの?」
玲は再度問う。
その表情は笑っている。
しかし日和を突き落とした日の波音のようにお叱りの空気が漂っていて怖い。
正直玲という人間性を知っている分、焔より怖い。
「……い、家に残っていた食べ物を……食べてました、よ?」
一応、事実は伝えている。
……半分くらいは。
「どうなの?波音」
「えっ!?――」
玲の笑顔は波音に矛先が向き、波音の体もビクリと跳ねた。
「――に、日曜日の買い物で余った食材は日和の家にそのまま置いてったけど……そもそも冷蔵庫にはあまり入ってなかったから……え、あれが昨日の朝まで保つの?」
火曜日に食べたサンドイッチ、美味しかったです。
おにぎりも何の問題もないだろうと中に卵焼きを入れたが、普通に美味しかった。
元々残っていた分も月・火の二日間で食べてしまっていた為に何も無いのを忘れ、水曜日の朝はまた昼にお弁当を食べるだろうと思い、気にもしていなかった。
夕食?木曜日も食べるだろうし何の問題も以下略。
火曜日の夕方時点から食事に対しての気が抜けていた気が……いや、意識はずっと抜けていたかもしれない。
「……日和、ちゃん?」
再び玲の笑顔が日和を捉える。
これはもう、言い逃れができない。
ちらりと何も言わない竜牙を見ると思い切り視線を外されてしまった。
「あ、あの……ご、ごめんなさい……」
「だめです」
「ぴっ」
素直に謝ってみるとぴしゃりと怒られ、思わず上ずった声が変に出た。
玲に恐る恐る視線を向ければ、なんとも輝かしい笑顔がそこにある。
そこにあるのだが。
「……日和ちゃん、前々から言いたかったことがあるんだ。ご飯は、ちゃんと食べよう? ね?」
「う、あの……」
「ご飯は一日の活力なんだよ? 生きるために必要な事なんだ。今まで、毎日、ちゃんと、しっかり、食べてたんだよね……?」
玲の笑顔は次第に気迫の混じって、日和の表情が青ざめた。
日和は過去、比較的抜くことも多かった。
特にこうやって集まるようになった昼食は。
これは……過去の全てを吐露させられ、こっぴどく怒られるしかない。
「あ……あ、の……兄、さん……?」
「それとも、僕の言う事が聞けない……?」
「ひっ……! ちゃ、ちゃんと食べる、ちゃんと食べるからっ……! ほっ、本当に……ごめんなさぁい!!!」
笑顔とは裏腹に突然冷ややかになる玲の声色に、日和の返事が恐怖に染まった。
波音はげっそりと顔色を落とし、呟く。
「私、もう玲を怒らせないようにするわ……」
「……懸命な判断、だな…………」
竜牙も深いため息を吐く。
その表情は冷静に見えたが、若干引き攣っていた。