残酷な描写あり
7-3 歓迎会
佐艮による屋敷内の案内中、廊下の奥から近づいてきた妻の姿を確認した佐艮は日和に笑顔を向ける。
「あ、そろそろご飯の準備が出来たみたいだよ。日和ちゃん、一緒にご飯を食べよう」
「佐艮、既に仲が良くなったようにちゃん付けするな、気持ち悪い」
竜牙はいつもの硬い表情から一変、苛立った表情を向けた。
この二人は仲が良いのか悪いのか分からない。
仲が悪いが息は合う、そういう見方が案外腑に落ちるかもしれない。そう思った。
「ああそうだ、日和ちゃんにお世話係つけてもいい?」
唐突にこちらに振り向いた佐艮はやけにウキウキとしている。
お世話係、とは?
日和は頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「慣れない生活を強いられる訳だからさ、少しでも日和ちゃんがこの家で生活しやすいように身の回りのお世話をする人を頼もうと思って」
「えっと……いいんでしょうか?」
「寧ろ沢山使ってあげて。ここの皆仕事大好きな人達だから、日和ちゃんがお願いごとすれば皆喜んでやってくれるよ」
それこそこき使ってないだろうか、と心の中で思いつつ、しかし日和は「はあ……」と曖昧な返事しかできない。
人一人に世話係がつく、というのも一般家庭ではあり得ない。
更にまだ使用人が居るというのもまた異質。
もしやこれが貴族の世界なのではないだろうか、と日和は驚くばかりだ。
「佐艮様、お呼びですか?」
突然落ち着いた女性の声が背後から聞こえ、日和は後ろを振り向く。
そこには黒い髪を片側に団子で纏めた落ち着いた装いの女性が立っていた。
見た目では大学生程だろうか。
「あ、来たね華月。こちら今日から家で引き取る事になった金詰日和ちゃん。華月にこの子のお世話係を頼みたくてさ」
「お世話係……ですか、畏まりました。……初めまして、華月と申します。ここの女中をしております、よろしくお願いいたします」
物腰が柔らかい女性は深々と頭を下げた。
その仕草はそれこそ使用人と言った感じで落ち着いた、きっちりと仕事を熟しそうな姿をしている。
凛とした大人の女性といった印象が強く、"姉"という言葉が似合いそうな人だ。
「えっと……初めまして、金詰日和です。よ、よろしくお願いします……」
緊張しながら頭を下げた日和に華月は口角を上げてにんまりと笑う。
そして次の瞬間、がっしりと両手を握られる。
「……佐艮様、お仕事を頂きありがとうございます。なんて小動物感……! とっても可愛らしいお嬢様ですね!! 気に入りました!!」
「ひぇっ」
抑揚のある声、輝くようにキラキラさせた目、見て分かる程に嬉々として微笑まられ、変な声が出た。
プレゼントを貰って喜ぶ人、と印象付く程嬉しそうな声を上げて、目の前の女性の雰囲気ががらりと変わった。
とりあえず気に入られたらしいが、この先大丈夫か一抹の不安を感じる。
「しっかりお世話させて頂くので、よろしくお願いいたしますね?」
「え、えっと……よろしく、お願いします……」
同時に全力で抱き締められ、初めての感覚に混乱ばかり。
何故だろう、ここで生きていけるかとても心配になった。
◇◆◇◆◇
「我が置野家の新しい家族に、こちらの金詰日和さんを招き入れる。皆、これからも我が家の永続の為に、尽力してくれ」
そんな佐艮の声掛けを皮切りに、宴会が始まった。
酒の入ったグラスを掲げる佐艮に合わせ、ハル、使用人達がグラスを前に掲げる。
食事自体は全員ではなく一部の人間だそうだが、それでも十五人ほどで部屋を囲む形となった。
日和は今まで一人か二人、強いて言うなら今昼食を摂る四人でしか食事をしたことが無い。
それがこのあまりの人数の多さに、酷く緊張している。
食事どころか飲み物を頂くだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「えっと……御厄介になります、よろしくお願いします」
日和が頭を下げるとどっと拍手が湧き、それこそ宴会の雰囲気である。
が、少人数での世界しか知らない日和は全く慣れない。
萎縮するばかりの日和に隣のハルはくすりと笑いかけ、耳打ちをした。
「ふふふ、日和さん大丈夫ですよ。後で小さい宴会を開きましょうね」
ハルの顔を見れば嫋やかに微笑み、小さく頷いている。
食事はあまり進まなかったが、なんとか慣れない空気には耐えられた。
宴会……といっても15分ほどの短い時間、それでも日和にとっては十分長かった。
それから宴もたけなわ……という訳でもないが、宴会の時間が過ぎると場は日和と竜牙、佐艮だけになって落ち着いた。
皆仕事の時間もあるので食事だけ参加して、各自仕事に戻ったようだ。
人が減れば静かになり、引き続き食事を続ける日和の隣。
猪口に酒を注ぎ、一口で飲み干す佐艮は懐かしみながら言葉を溢す。
「それにしても今代は皆仲良しだねぇ。僕の代じゃ水鏡がいたから恐怖政治だったよ」
「佐艮、今は高峰だ」
すかさず竜牙が補足を入れ、佐艮は目を瞑り口を緩める。
「あぁそうだった。どうも昔の馴染みが取れないね。歳かな」
「苗字が逆だったんですか? 高峰……にい――玲さんと波音は何かあるんですか?」
「んー……。……日和ちゃんは、なんで波音ちゃんは火の使い手なのに水の名前なんだと思う?」
日和の質問に、悩み倒す佐艮はしばらくして問題を出すように質問で返してきた。
そういえば。名前など気にしたことはなかった。
確かに火の使い手なのに『水鏡』も、『波音』も、水の名だ。
「女性術士っていうのはそもそもなれる確率が低いんだよ。血筋であっても、ね。なったとして、それを制御するのも難しい。何でかって言うと……ほら、女性は性格や身体的な理由もあって、気持ちがその日で上がったり下がったりするだろう? 力はそういうのにもよく影響するんだ。
一方玲君の方は……前代が彼の祖父でね、息子は三人ほどいたみたいだけど、皆その力を継げなかった。それほどまでに衰弱していたらしい。その中で玲君が力を継いだのはもしかしたら、奇跡に近いのかもしれないね。だから彼らは苗字を交換したんだよ」
理由はかなり深刻そうなものだ。
名は体を表すと言うが、こういった事にも引っかかるのか。
「苗字を変えると、変わるんですか?」
「さあ、前代未聞な話だから変わったのかは本人達しか分からない。ただ弱い力なら安定させられるかもしれないし、強い名であれば強くなれるんじゃないか、本人達は不本意でもそんな希望を持っていたと思うよ」
術士の世界は力の維持だけでも苦労が絶えなそうだ。
波音も力の安定を図る為の話をしていたし、悔いは残したくないと言っていた。
これも一種の術士の意地、みたいなものかもしれない。
「ところで、日和ちゃんは術士にはなるのかい?」
「え?」
「だって、素質あるじゃないか」
へにゃ、と崩れた笑みを向ける佐艮。
その眼差しに期待などは感じられない。
それでも、日和はどう伝えたらいいか分からず言い淀む。
「えっと、最近素質があるって言われたのですけど……まだ、術士がよく分からないので……」
「ああ、そうだよねぇ。でも、術士にならない道も当然あるし、いつ目指しても大丈夫だから、いつでも相談してね」
「ありがとうございます」
佐艮なりに日和を気遣っているらしい。
礼を述べると、佐艮は「そういえば」と言葉を続けた。
「日和ちゃんはお父さんの事、どれだけ憶えてる?」
「え……あ、その……亡くなった所しか、覚えてなくて……」
ぴたりと佐艮の動きが止まり、何事も無かったかのように猪口に酒を注ぎ、喉を潤す。
そのまま佐艮は目を瞑り、小さく息を吐いて懐かしむ表情をした。
「僕が……ぎりぎり16になる前だったかなぁ。その時に初めて、蛍に会ったんだよ。その時はやけにツンツンしてて、理知的で、僕は感覚派だったから全然そりが合わなくて、なんだコイツ! って思ってたんだ。
さっきも言ったけど、僕らの代はみんな仲が悪くて空気は最悪だったんだ。親友になっていなかったら、多分僕の術士生活は続かなかっただろうなぁ」
「そう、なんですか……」
「水鏡は女性一族だし、高峰は玲君のお父さんが力を継げなかったからそれでピリピリしてた。小鳥遊はお爺さんの代がすごい人でね、だから夏樹君のお父さんは向上心が高いんだけど……努力では到底足りないような雲の上をずっと見ているような人だから気難しい人でね……。うちは、問題がないのが問題なのかもしれないね」
力無く微笑む佐艮の話に、日和は何も言い返せなかった。
寧ろとても術士の深い話をされているが、術士の欠片しか知らない人間に知られてもいい事なのだろうか?
「あの、その話は聞いてていいのでしょうか……?」
「寧ろ、覚えておいて。君はこれから沢山術士の世話になる。だったら、君を守る術士がどういう人なのかを理解するのは大事なことだよ」
「なるほど……分かりました」
佐艮はついでのように竜牙を見て、肩を叩く。
「あ、うちの竜牙と正也は好きにこき使ってね。残念ながら二人とも妖倒す事しか頭にないから、この上ない護衛になると思うからさ」
「えっ、いや、あの……!」
こき使えと言われても、まず頼むことすら複雑な気持ちになるというのにこの人は何を言っているんだろうか。
日和は突然の提案に焦り出した。
その様子に竜牙はため息をひとつ吐いて佐艮の手を払う。
「言われなくても守りはする。だから日和も、あまり気負わずすぐに頼って欲しい」
「は、はい……よろしく、お願いします……」
日和は竜牙に頭を深く下げた。
その姿にくすりと笑って、佐艮は息をついて言う。
「今日はもう、休みなさい。そして明日、一応神宮寺には伝えておくんだよ」
「そう、ですよね……わかりました。えと……おやすみなさい」
立ち上がる日和に合わせ、竜牙もその後ろをついていく。
佐艮はにこりと微笑むと「おやすみ」と声をかけ二人の背を見送り、再び猪口に酒を注いだ。
場を離れた日和は一瞬迷子になりかけた。
しかし竜牙がさり気無く前を歩いてくれることで、無事準備された自室に辿りつくことができた。
「……日和、今日はゆっくりと休め」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
竜牙と別れ、部屋に入る。
勉強机にベッド、がら空きの本棚、壁と同化したクローゼット、日和の部屋とは家具の位置が違うだけでほぼ変わりない。
今日からここが自分の部屋になるらしい。
日和は真っ直ぐに布団にもぐりこんだ。
中々寝付けないかもしれない――と思ったが、意外と疲れていたらしくすぐに睡魔が来た。
よくよく考えれば学校に行き、帰宅すれば母に会い、逃げるようにこの家に転がり込んでいる。
その後が一番忙しなく感じた一日だったのだ、慣れない環境でもあるし疲れもするのだろう。
明日からここが帰る家になるのか――。
「あ、そろそろご飯の準備が出来たみたいだよ。日和ちゃん、一緒にご飯を食べよう」
「佐艮、既に仲が良くなったようにちゃん付けするな、気持ち悪い」
竜牙はいつもの硬い表情から一変、苛立った表情を向けた。
この二人は仲が良いのか悪いのか分からない。
仲が悪いが息は合う、そういう見方が案外腑に落ちるかもしれない。そう思った。
「ああそうだ、日和ちゃんにお世話係つけてもいい?」
唐突にこちらに振り向いた佐艮はやけにウキウキとしている。
お世話係、とは?
日和は頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「慣れない生活を強いられる訳だからさ、少しでも日和ちゃんがこの家で生活しやすいように身の回りのお世話をする人を頼もうと思って」
「えっと……いいんでしょうか?」
「寧ろ沢山使ってあげて。ここの皆仕事大好きな人達だから、日和ちゃんがお願いごとすれば皆喜んでやってくれるよ」
それこそこき使ってないだろうか、と心の中で思いつつ、しかし日和は「はあ……」と曖昧な返事しかできない。
人一人に世話係がつく、というのも一般家庭ではあり得ない。
更にまだ使用人が居るというのもまた異質。
もしやこれが貴族の世界なのではないだろうか、と日和は驚くばかりだ。
「佐艮様、お呼びですか?」
突然落ち着いた女性の声が背後から聞こえ、日和は後ろを振り向く。
そこには黒い髪を片側に団子で纏めた落ち着いた装いの女性が立っていた。
見た目では大学生程だろうか。
「あ、来たね華月。こちら今日から家で引き取る事になった金詰日和ちゃん。華月にこの子のお世話係を頼みたくてさ」
「お世話係……ですか、畏まりました。……初めまして、華月と申します。ここの女中をしております、よろしくお願いいたします」
物腰が柔らかい女性は深々と頭を下げた。
その仕草はそれこそ使用人と言った感じで落ち着いた、きっちりと仕事を熟しそうな姿をしている。
凛とした大人の女性といった印象が強く、"姉"という言葉が似合いそうな人だ。
「えっと……初めまして、金詰日和です。よ、よろしくお願いします……」
緊張しながら頭を下げた日和に華月は口角を上げてにんまりと笑う。
そして次の瞬間、がっしりと両手を握られる。
「……佐艮様、お仕事を頂きありがとうございます。なんて小動物感……! とっても可愛らしいお嬢様ですね!! 気に入りました!!」
「ひぇっ」
抑揚のある声、輝くようにキラキラさせた目、見て分かる程に嬉々として微笑まられ、変な声が出た。
プレゼントを貰って喜ぶ人、と印象付く程嬉しそうな声を上げて、目の前の女性の雰囲気ががらりと変わった。
とりあえず気に入られたらしいが、この先大丈夫か一抹の不安を感じる。
「しっかりお世話させて頂くので、よろしくお願いいたしますね?」
「え、えっと……よろしく、お願いします……」
同時に全力で抱き締められ、初めての感覚に混乱ばかり。
何故だろう、ここで生きていけるかとても心配になった。
◇◆◇◆◇
「我が置野家の新しい家族に、こちらの金詰日和さんを招き入れる。皆、これからも我が家の永続の為に、尽力してくれ」
そんな佐艮の声掛けを皮切りに、宴会が始まった。
酒の入ったグラスを掲げる佐艮に合わせ、ハル、使用人達がグラスを前に掲げる。
食事自体は全員ではなく一部の人間だそうだが、それでも十五人ほどで部屋を囲む形となった。
日和は今まで一人か二人、強いて言うなら今昼食を摂る四人でしか食事をしたことが無い。
それがこのあまりの人数の多さに、酷く緊張している。
食事どころか飲み物を頂くだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「えっと……御厄介になります、よろしくお願いします」
日和が頭を下げるとどっと拍手が湧き、それこそ宴会の雰囲気である。
が、少人数での世界しか知らない日和は全く慣れない。
萎縮するばかりの日和に隣のハルはくすりと笑いかけ、耳打ちをした。
「ふふふ、日和さん大丈夫ですよ。後で小さい宴会を開きましょうね」
ハルの顔を見れば嫋やかに微笑み、小さく頷いている。
食事はあまり進まなかったが、なんとか慣れない空気には耐えられた。
宴会……といっても15分ほどの短い時間、それでも日和にとっては十分長かった。
それから宴もたけなわ……という訳でもないが、宴会の時間が過ぎると場は日和と竜牙、佐艮だけになって落ち着いた。
皆仕事の時間もあるので食事だけ参加して、各自仕事に戻ったようだ。
人が減れば静かになり、引き続き食事を続ける日和の隣。
猪口に酒を注ぎ、一口で飲み干す佐艮は懐かしみながら言葉を溢す。
「それにしても今代は皆仲良しだねぇ。僕の代じゃ水鏡がいたから恐怖政治だったよ」
「佐艮、今は高峰だ」
すかさず竜牙が補足を入れ、佐艮は目を瞑り口を緩める。
「あぁそうだった。どうも昔の馴染みが取れないね。歳かな」
「苗字が逆だったんですか? 高峰……にい――玲さんと波音は何かあるんですか?」
「んー……。……日和ちゃんは、なんで波音ちゃんは火の使い手なのに水の名前なんだと思う?」
日和の質問に、悩み倒す佐艮はしばらくして問題を出すように質問で返してきた。
そういえば。名前など気にしたことはなかった。
確かに火の使い手なのに『水鏡』も、『波音』も、水の名だ。
「女性術士っていうのはそもそもなれる確率が低いんだよ。血筋であっても、ね。なったとして、それを制御するのも難しい。何でかって言うと……ほら、女性は性格や身体的な理由もあって、気持ちがその日で上がったり下がったりするだろう? 力はそういうのにもよく影響するんだ。
一方玲君の方は……前代が彼の祖父でね、息子は三人ほどいたみたいだけど、皆その力を継げなかった。それほどまでに衰弱していたらしい。その中で玲君が力を継いだのはもしかしたら、奇跡に近いのかもしれないね。だから彼らは苗字を交換したんだよ」
理由はかなり深刻そうなものだ。
名は体を表すと言うが、こういった事にも引っかかるのか。
「苗字を変えると、変わるんですか?」
「さあ、前代未聞な話だから変わったのかは本人達しか分からない。ただ弱い力なら安定させられるかもしれないし、強い名であれば強くなれるんじゃないか、本人達は不本意でもそんな希望を持っていたと思うよ」
術士の世界は力の維持だけでも苦労が絶えなそうだ。
波音も力の安定を図る為の話をしていたし、悔いは残したくないと言っていた。
これも一種の術士の意地、みたいなものかもしれない。
「ところで、日和ちゃんは術士にはなるのかい?」
「え?」
「だって、素質あるじゃないか」
へにゃ、と崩れた笑みを向ける佐艮。
その眼差しに期待などは感じられない。
それでも、日和はどう伝えたらいいか分からず言い淀む。
「えっと、最近素質があるって言われたのですけど……まだ、術士がよく分からないので……」
「ああ、そうだよねぇ。でも、術士にならない道も当然あるし、いつ目指しても大丈夫だから、いつでも相談してね」
「ありがとうございます」
佐艮なりに日和を気遣っているらしい。
礼を述べると、佐艮は「そういえば」と言葉を続けた。
「日和ちゃんはお父さんの事、どれだけ憶えてる?」
「え……あ、その……亡くなった所しか、覚えてなくて……」
ぴたりと佐艮の動きが止まり、何事も無かったかのように猪口に酒を注ぎ、喉を潤す。
そのまま佐艮は目を瞑り、小さく息を吐いて懐かしむ表情をした。
「僕が……ぎりぎり16になる前だったかなぁ。その時に初めて、蛍に会ったんだよ。その時はやけにツンツンしてて、理知的で、僕は感覚派だったから全然そりが合わなくて、なんだコイツ! って思ってたんだ。
さっきも言ったけど、僕らの代はみんな仲が悪くて空気は最悪だったんだ。親友になっていなかったら、多分僕の術士生活は続かなかっただろうなぁ」
「そう、なんですか……」
「水鏡は女性一族だし、高峰は玲君のお父さんが力を継げなかったからそれでピリピリしてた。小鳥遊はお爺さんの代がすごい人でね、だから夏樹君のお父さんは向上心が高いんだけど……努力では到底足りないような雲の上をずっと見ているような人だから気難しい人でね……。うちは、問題がないのが問題なのかもしれないね」
力無く微笑む佐艮の話に、日和は何も言い返せなかった。
寧ろとても術士の深い話をされているが、術士の欠片しか知らない人間に知られてもいい事なのだろうか?
「あの、その話は聞いてていいのでしょうか……?」
「寧ろ、覚えておいて。君はこれから沢山術士の世話になる。だったら、君を守る術士がどういう人なのかを理解するのは大事なことだよ」
「なるほど……分かりました」
佐艮はついでのように竜牙を見て、肩を叩く。
「あ、うちの竜牙と正也は好きにこき使ってね。残念ながら二人とも妖倒す事しか頭にないから、この上ない護衛になると思うからさ」
「えっ、いや、あの……!」
こき使えと言われても、まず頼むことすら複雑な気持ちになるというのにこの人は何を言っているんだろうか。
日和は突然の提案に焦り出した。
その様子に竜牙はため息をひとつ吐いて佐艮の手を払う。
「言われなくても守りはする。だから日和も、あまり気負わずすぐに頼って欲しい」
「は、はい……よろしく、お願いします……」
日和は竜牙に頭を深く下げた。
その姿にくすりと笑って、佐艮は息をついて言う。
「今日はもう、休みなさい。そして明日、一応神宮寺には伝えておくんだよ」
「そう、ですよね……わかりました。えと……おやすみなさい」
立ち上がる日和に合わせ、竜牙もその後ろをついていく。
佐艮はにこりと微笑むと「おやすみ」と声をかけ二人の背を見送り、再び猪口に酒を注いだ。
場を離れた日和は一瞬迷子になりかけた。
しかし竜牙がさり気無く前を歩いてくれることで、無事準備された自室に辿りつくことができた。
「……日和、今日はゆっくりと休め」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
竜牙と別れ、部屋に入る。
勉強机にベッド、がら空きの本棚、壁と同化したクローゼット、日和の部屋とは家具の位置が違うだけでほぼ変わりない。
今日からここが自分の部屋になるらしい。
日和は真っ直ぐに布団にもぐりこんだ。
中々寝付けないかもしれない――と思ったが、意外と疲れていたらしくすぐに睡魔が来た。
よくよく考えれば学校に行き、帰宅すれば母に会い、逃げるようにこの家に転がり込んでいる。
その後が一番忙しなく感じた一日だったのだ、慣れない環境でもあるし疲れもするのだろう。
明日からここが帰る家になるのか――。