残酷な描写あり
10-2 咲栂
ベンチに座って大人しくしていただけ。
それでも幾分落ち着いたのか、日和の表情は落ち着いた。
だけど、このまま風邪を引かれても困る。
僕はスマートフォンを取り出し、時間を確認するふりをして少し操作をした。
「……あ、もう昼ごろだね。日和ちゃんは時間、大丈夫なの?」
「私は……ちょっと散歩をしていただけだから」
日和は真っ直ぐな目で僕を覗く。
どうやら散歩と称して感傷に浸っていたのはお互い様らしい。
そこへ、日和が「それよりも、兄さんはどうなの?」と訊いてきた。
「僕? 僕は日和ちゃんが元気になったなら、僕も元気だよ」
「……はぐらかさないで。兄さんが傘を差さずに外に出る時は、落ち込んだり嫌な事があった時だって、知ってる」
どうしてこの妹はこういう時でも人の心配をするんだろうなぁ。
それよりも探知の範囲内に、何かが来た。
どうやら、こちらに向かってきているようだ。
「大丈夫だよ、日和ちゃん。確かにちょっと家の事で嫌だったけど……咲栂」
ふと、日和には見せていなかったな、と思い出した。
もう隠す必要は無いんだ。折角なのでここで披露してしまおう。
『ここにおるぞ、主様』
式の声は、小屋の屋根から滴った水たまりから聞こえた。
「――憑依換装」
足元から大量の水が湧きだし、渦を作る。
僕の体は再び渦に飲み込まれ、意識は深い水底に沈んでいった。
「えっ――」
玲の姿は突然現れた大量の水に飲みこまれた。
水は水流を作り、大きな水の渦を作る。
やがて、水球が四散すると優雅で煌びやか、それこそ教科書にあるような十二単を見に包む平安貴族の姫のような姿が現れた。
「――姿を見せるのは初じゃのう、日和よ。妾はお主をよーく知っておるぞ。今まで、主様の影に隠れてお主を守っておったのじゃからな」
目の前に現れた咲栂に、日和は目を見開き驚いていた。
何時も何度会っても、お主はその表情を妾に向けてくれる。
……さて、このまま戦って万が一日和に傷がつけば主様は己を傷つけるだろう。
咲栂は手に持つ扇子で水を操り、にんまりと笑うと小屋の周囲を水で囲み吐息を吹きかけた。
『水巫女』と呼ばれる妾は、水さえあればなんでもできる。
そう、水を凍らせて檻にすることすらも造作もないのだ。
「……っ!?」
驚いたであろう?
日和は目を見開き、息を飲む。
何が起こったかも分かってない様子だ。
妾は何度か顔を見せた事があるが…自己紹介でもしてやるか。
果たして何度目のことかのう。
「妾の名は、咲栂じゃ。他の者にはしっかりと言葉遣いを教育しておるが……、血は繋がってはおらぬ主様の妹君じゃ。長く守ってやった分もある。多少の無礼は大目にみてやろう」
ふむ……影が近づいておるな。さっさと済ませてしまうか。
咲栂は日和に話しかけながら周囲に水を撒き、手の平から湧き出る水に息を吹きかけていく。
吹きかけられた水はパキパキと音を立てながら凍っていき、公園内は完全に氷の大地に豹変していった。
そして、準備された氷の舞台に一匹の役者が公園へ舞い降りた。
(豹か……ふふ、どのように調理してやろうのぅ?)
馳せる想いを顔には出さず、自身の周りをゆっくりとうろつく灰紫色の豹は、一瞬立ち止まって襲い掛かる。
湧き出る楽しさを隠すのは難しい。
咲栂は口角を大きくつり上げ、扇子を閉じて腕を振り上げた。
氷の張った地面から、豹を追いかけるように氷の槍が5本突き上げられる。
そのどれもを身軽に躱した豹は一度距離を取るように後ろへ下がった。
(中々素早い! ふふっ、もっと妾を楽しませてみよ!)
後方に日和が居るので口には出さない。
沸騰するように沸き立ち、どのようにこの妖を倒そうか考えるだけで背筋がゾクゾクとして愉悦に浸る。
次はどう攻撃してくる?
たった一瞬の時間だが、次来る攻撃に咲栂は思いを馳せた。
妖は今度は左右へ体を大きく揺らし、飛びかかりながら大きく口を開ける。
(なんじゃ、ただ噛みついてくるだけか……)
「ふんっ、甘いわ!」
咲栂は正面に水を張ると、外側から中心に向けてパキパキと水を凍らせる。
豹が水に突っ込み体が半分ほどに差し掛かる頃には全体が氷に変わり、豹は身動きが取れなくなった。
いとも簡単に捕まえてしまった妖に戦意を削がれてしまった感は否めない。
だがまあ日和に見せるには、良い舞台になっただろう。
この実に無様な姿はどうしてくれようか。
さあ、仕上げと行こうか。
「ふふっ、滑稽な姿じゃの。茹るのと凍るの、どちらが良いか選ばせてもよいが…残念、言葉は喋れぬようじゃな」
我ながら性悪な性格であるとは理解している。
(……だが、美しいモノは美しいもののまま散る方がよいであろう? 醜いモノなら……醜く屠ってやろう!)
意地悪く微笑む咲栂は両手を広げると、地面から間欠泉を思わせるほどの夥しい量の水が沸き出た。
ボコボコと音を立て湯気を出しながら溢れる水は身動きのできない豹を襲い、氷と共に溶けて消えていく。
「……強い……」
後ろの氷檻で声が聞こえ、すっかりとその存在が抜け落ちていた事に気付いた。
しまった。
折角の舞台、妾がもっと美しいことを知らしめねばならぬトコロであったのに。
まあよいか、後処理はしっかりせねばな。
真面目で保守的な主様じゃ、気苦労を妾が増やす訳にはゆかぬ。
咲栂は扇を開き、パチン!と軽快な音を立てて扇を閉じる。
合わせてガラガラと氷は崩れて溶けていき、間欠泉も消えた。
日和を囲った氷檻も水になって落ち、氷の大地はあっという間に現実へと還っていく。
「日和よ。妾はあまりお主達の前には現れぬが、また相まみえることもあろう。じゃが……我が主様の手を極力煩わせんようにな?」
最後の挨拶に咲栂はくすりと微笑むと、その姿は一気に水の塊になり地面に流れていった。
その中心に、玲を残して。
「……玲、日和?」
換装を解くと、丁度いいタイミングだったようだ。
公園の外から着物姿の男が走ってきた。
「た、竜牙??」
日和は突然の迎えにまた目を丸くして驚いている。
咲栂を正式に挨拶させることもできたし、丁度良い時間だったかな。
「僕が呼んでおいたんだ。珍しくこんな時間にも妖が出ちゃったし……竜牙、このまま風邪引いもらっても嫌だから、日和ちゃんをよろしくね」
「あ、ああ……」
竜牙は日和に「大丈夫か?」と小さく訊く。
少しの間が空いて、返事のない日和に視線を向けると少しどころかかなり困った顔をしている。
「私より、竜牙が心配です……。なんでこんな雨の中で傘も差さずに来てるんですか……」
「私はそこまで気にしていないが……」
竜牙の髪や服はぐっしょりと濡れている。
基本的に竜牙には土の守りがある。
水分は吸収されてすぐに乾くようになっているのだが、日和には心配らしい。
そもそもそれを知っているかは別の問題だ。
とりあえず先ほどもやったような会話、その光景に思わず噴き出した。
「ぷっ……ふふっ」
「何を笑ってるんですか……?」
「どうした、玲」
日和と竜牙は怪訝な顔をして玲をじっと見ている。
「ええ……? だって二人とも、同じ顔をしてるからさ」
「そう、です?」
「そうか……?」
更にお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
勿論その姿も面白かったが、日和が他の人をしっかり心配しているという意味でも、やはり目の前の光景は面白かった。
それでも幾分落ち着いたのか、日和の表情は落ち着いた。
だけど、このまま風邪を引かれても困る。
僕はスマートフォンを取り出し、時間を確認するふりをして少し操作をした。
「……あ、もう昼ごろだね。日和ちゃんは時間、大丈夫なの?」
「私は……ちょっと散歩をしていただけだから」
日和は真っ直ぐな目で僕を覗く。
どうやら散歩と称して感傷に浸っていたのはお互い様らしい。
そこへ、日和が「それよりも、兄さんはどうなの?」と訊いてきた。
「僕? 僕は日和ちゃんが元気になったなら、僕も元気だよ」
「……はぐらかさないで。兄さんが傘を差さずに外に出る時は、落ち込んだり嫌な事があった時だって、知ってる」
どうしてこの妹はこういう時でも人の心配をするんだろうなぁ。
それよりも探知の範囲内に、何かが来た。
どうやら、こちらに向かってきているようだ。
「大丈夫だよ、日和ちゃん。確かにちょっと家の事で嫌だったけど……咲栂」
ふと、日和には見せていなかったな、と思い出した。
もう隠す必要は無いんだ。折角なのでここで披露してしまおう。
『ここにおるぞ、主様』
式の声は、小屋の屋根から滴った水たまりから聞こえた。
「――憑依換装」
足元から大量の水が湧きだし、渦を作る。
僕の体は再び渦に飲み込まれ、意識は深い水底に沈んでいった。
「えっ――」
玲の姿は突然現れた大量の水に飲みこまれた。
水は水流を作り、大きな水の渦を作る。
やがて、水球が四散すると優雅で煌びやか、それこそ教科書にあるような十二単を見に包む平安貴族の姫のような姿が現れた。
「――姿を見せるのは初じゃのう、日和よ。妾はお主をよーく知っておるぞ。今まで、主様の影に隠れてお主を守っておったのじゃからな」
目の前に現れた咲栂に、日和は目を見開き驚いていた。
何時も何度会っても、お主はその表情を妾に向けてくれる。
……さて、このまま戦って万が一日和に傷がつけば主様は己を傷つけるだろう。
咲栂は手に持つ扇子で水を操り、にんまりと笑うと小屋の周囲を水で囲み吐息を吹きかけた。
『水巫女』と呼ばれる妾は、水さえあればなんでもできる。
そう、水を凍らせて檻にすることすらも造作もないのだ。
「……っ!?」
驚いたであろう?
日和は目を見開き、息を飲む。
何が起こったかも分かってない様子だ。
妾は何度か顔を見せた事があるが…自己紹介でもしてやるか。
果たして何度目のことかのう。
「妾の名は、咲栂じゃ。他の者にはしっかりと言葉遣いを教育しておるが……、血は繋がってはおらぬ主様の妹君じゃ。長く守ってやった分もある。多少の無礼は大目にみてやろう」
ふむ……影が近づいておるな。さっさと済ませてしまうか。
咲栂は日和に話しかけながら周囲に水を撒き、手の平から湧き出る水に息を吹きかけていく。
吹きかけられた水はパキパキと音を立てながら凍っていき、公園内は完全に氷の大地に豹変していった。
そして、準備された氷の舞台に一匹の役者が公園へ舞い降りた。
(豹か……ふふ、どのように調理してやろうのぅ?)
馳せる想いを顔には出さず、自身の周りをゆっくりとうろつく灰紫色の豹は、一瞬立ち止まって襲い掛かる。
湧き出る楽しさを隠すのは難しい。
咲栂は口角を大きくつり上げ、扇子を閉じて腕を振り上げた。
氷の張った地面から、豹を追いかけるように氷の槍が5本突き上げられる。
そのどれもを身軽に躱した豹は一度距離を取るように後ろへ下がった。
(中々素早い! ふふっ、もっと妾を楽しませてみよ!)
後方に日和が居るので口には出さない。
沸騰するように沸き立ち、どのようにこの妖を倒そうか考えるだけで背筋がゾクゾクとして愉悦に浸る。
次はどう攻撃してくる?
たった一瞬の時間だが、次来る攻撃に咲栂は思いを馳せた。
妖は今度は左右へ体を大きく揺らし、飛びかかりながら大きく口を開ける。
(なんじゃ、ただ噛みついてくるだけか……)
「ふんっ、甘いわ!」
咲栂は正面に水を張ると、外側から中心に向けてパキパキと水を凍らせる。
豹が水に突っ込み体が半分ほどに差し掛かる頃には全体が氷に変わり、豹は身動きが取れなくなった。
いとも簡単に捕まえてしまった妖に戦意を削がれてしまった感は否めない。
だがまあ日和に見せるには、良い舞台になっただろう。
この実に無様な姿はどうしてくれようか。
さあ、仕上げと行こうか。
「ふふっ、滑稽な姿じゃの。茹るのと凍るの、どちらが良いか選ばせてもよいが…残念、言葉は喋れぬようじゃな」
我ながら性悪な性格であるとは理解している。
(……だが、美しいモノは美しいもののまま散る方がよいであろう? 醜いモノなら……醜く屠ってやろう!)
意地悪く微笑む咲栂は両手を広げると、地面から間欠泉を思わせるほどの夥しい量の水が沸き出た。
ボコボコと音を立て湯気を出しながら溢れる水は身動きのできない豹を襲い、氷と共に溶けて消えていく。
「……強い……」
後ろの氷檻で声が聞こえ、すっかりとその存在が抜け落ちていた事に気付いた。
しまった。
折角の舞台、妾がもっと美しいことを知らしめねばならぬトコロであったのに。
まあよいか、後処理はしっかりせねばな。
真面目で保守的な主様じゃ、気苦労を妾が増やす訳にはゆかぬ。
咲栂は扇を開き、パチン!と軽快な音を立てて扇を閉じる。
合わせてガラガラと氷は崩れて溶けていき、間欠泉も消えた。
日和を囲った氷檻も水になって落ち、氷の大地はあっという間に現実へと還っていく。
「日和よ。妾はあまりお主達の前には現れぬが、また相まみえることもあろう。じゃが……我が主様の手を極力煩わせんようにな?」
最後の挨拶に咲栂はくすりと微笑むと、その姿は一気に水の塊になり地面に流れていった。
その中心に、玲を残して。
「……玲、日和?」
換装を解くと、丁度いいタイミングだったようだ。
公園の外から着物姿の男が走ってきた。
「た、竜牙??」
日和は突然の迎えにまた目を丸くして驚いている。
咲栂を正式に挨拶させることもできたし、丁度良い時間だったかな。
「僕が呼んでおいたんだ。珍しくこんな時間にも妖が出ちゃったし……竜牙、このまま風邪引いもらっても嫌だから、日和ちゃんをよろしくね」
「あ、ああ……」
竜牙は日和に「大丈夫か?」と小さく訊く。
少しの間が空いて、返事のない日和に視線を向けると少しどころかかなり困った顔をしている。
「私より、竜牙が心配です……。なんでこんな雨の中で傘も差さずに来てるんですか……」
「私はそこまで気にしていないが……」
竜牙の髪や服はぐっしょりと濡れている。
基本的に竜牙には土の守りがある。
水分は吸収されてすぐに乾くようになっているのだが、日和には心配らしい。
そもそもそれを知っているかは別の問題だ。
とりあえず先ほどもやったような会話、その光景に思わず噴き出した。
「ぷっ……ふふっ」
「何を笑ってるんですか……?」
「どうした、玲」
日和と竜牙は怪訝な顔をして玲をじっと見ている。
「ええ……? だって二人とも、同じ顔をしてるからさ」
「そう、です?」
「そうか……?」
更にお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
勿論その姿も面白かったが、日和が他の人をしっかり心配しているという意味でも、やはり目の前の光景は面白かった。