残酷な描写あり
11-4 女王侵攻
人が疎らに歩く夕方の商店街、雨は細かな音を立てて降り続けていた。
灰色の景色が広がるその中で、車両通行禁止の道路上でひた、ひた、と薄らな音を立てながら、上半身を揺らして歩いているヒトが居た。
背は高く、すらりとした細身の女性。
ウェーブがかった長い髪を揺らしてモデルのような体形をしている。
しかし腰は異様に細く、人間とは思えない程アンバランスな見た目をした姿は――とても美しいとは言えない。
「ねぇ、あれ……」
「大丈夫か……?」
街を歩く人々から少しずつ、声が漏れる。
ざわざわ、ひそひそ、人の声は小さく木霊して、誰もが言葉を失っていく。
女性が一歩一歩足を進める度、町の人間が足を止め、青ざめた表情でその姿を凝視する。
指を差され、誰もが目を引く――人の色を失った碧色の肌をしていた。
「ねぇ……ネェ……」
息を吐くように、漏れ出したようなその声は何かを求める。
その女性の足先には、紺色の傘を差した一人の女子高生がいた。
金の髪が混ざった髪を揺らす少女、金詰日和。
「ネェ、私ヲ見テェ……!!」
「……っ!!」
日和の肩を掴もうと碧色の女性の右腕が動く。
気配に気付き、日和が振り向くと同時に世界は180度回転した。
「ウォアアアァァァァ!!!」「――離れてください!!!!」
女性が嘆きにも似た、劈く悲鳴を上げるのと同時に、見覚えのあるマフラーが日和の前を塞いだ。
フラッシュのような光が女性の周囲に散らばり、碧色の妖の体が宝石のように煌めく。
「金詰さん、大丈夫ですか? 急いで距離を取りましょう。物陰に隠れて!」
マフラーの持ち主、小鳥遊夏樹は日和の無事を確認すると軽く体に触れて大きな風を送る。
まるで自身の体が軽くなったように日和は風に飛ばされ、妖との距離は20mほどになっただろうか。
「ア……アア、アァァ……私、ワタシ……! 私ガ……一番ナノォ!!」
妖は指が異様に伸びた手のひらを顔に当て、苦しみのような声を上げ、叫ぶ。
日和を守るように立つ夏樹の横で、ふわりと空気が揺れた。
「風琉、どう? 女王、だよね……」
夏樹が風に話しかけるとぶわりと小さな竜巻が起こった。
竜巻が拡散され、中からは夏樹の服と同じ、新緑のマフラーにコートを来た女性が姿を現わす。
頬には蔓のような模様、クールな顔立ちにふわふわとした髪、かっこよさと可愛さを同時に感じられる……なんとも不思議な女性だ。
「うん、まだ濃い妖の気配してるけど、女王で間違いないよ。飛ばしてくる光が危険だけど、あれはまだ初期段階だね」
「早く皆が集まってくれたら良いのだけど……――」
「――私ヲ……見てええエェェェ!!!」
突如、風琉と夏樹との会話を遮るように妖は上半身体を激しく揺らした。
女王の声に合わせて写真撮影のように何度もフラッシュのような光が周囲に集れる。
あまりにも眩しいその光は一直線に伸び、放射状に空間を奔った。
「この光……熱いっ!」
まるで熱線。
その光を直に受けた夏樹は自身の体が焼けるように熱くなるのを感じる。
自分には装衣換装による風琉の守りがあるが、一般人である日和に当たれば一溜りも無いだろう。
今一番の目的はなんの力も無い日和を守らないといけない、夏樹は女王の様子を見つめながらも思案する。
「何処かに影が無いときついですね、どうしよう……」
「とりあえず光を捻じ曲げて威力を下げる。夏樹はその間に日和ちゃんを!」
「わかった!」
「私……ワタシを、見なさイ!!」
日和が周囲を見渡す中で、風琉は指揮者のようにきらりと指輪のついた右腕を振り上げた。
強風が風琉の腕の動きに合わせて動き、同時に妖は再びフラッシュを集く。
光は雨で若干軌道が歪んでいる。
その中で風琉が呼び起こした風がさらに反射や屈折を強くし、軌道を変えて四方八方に飛び散っていく。
「わ、私連絡します!」
「はい、お願いします!」
このままではこちらが苦戦を強いられる一方だ。
夏樹は女王の相手をしなければいけない。
一瞬の判断で日和は急いでスマートフォンを取り出し、一先ず連絡先を知っている玲に電話をかけた。
『はい、もしもし?』
一瞬ノイズのような音がして、ワンコールかかる前に玲が電話に出てくれた。
「あ、兄さん! 今夏樹君と居て、妖に出くわして……ひゃっ!?」
チュン、そんな音を立てて妖の光が日和の足元を焦がす。
幸いローファーのつま先だけで済んだ。
ただ、地面は焼け焦げ煙を上げて変色してしまっている。
それだけでこの光が危険な物だと感じた。
『えっ、大丈夫!? どこ?』
「しょっ、商店街のアーケード! 他の皆にもお願……――あっ!」
電話に夢中になっていた。
再び光が様々な場所へ飛び、今度は日和のこめかみに直撃して倒れた。
「だっ大丈夫ですか!? 光の発生場所が毎回バラバラで……すみませんっ」
急いで夏樹が駆け寄る。
日和の額横は赤く、軽い火傷のような跡がついていた。
「ううん、私こそごめんなさい……」
日和は首を振り、光の熱でよろけた姿勢を直す。
スマートフォンに再び視線を向けると無事ではあるが、電話は切れていた。
きっと玲が先に切ったのだろう。
「私……私ヲ、見テェェ!!」
その間も妖はずっと光を発生させ、同じ言葉を並べて叫んでいる。
夏樹は日和の体を支えながら光に当たらない様に走り、妖の側面へと向かう。
ジュッ……と焼ける音を立てて足元や店の壁に光が照射されていく。
周りを見渡せば既に様々な所に焼け跡となる線が見えている。
このままでは街が壊されてしまうのではないか。
あのフラッシュが前面だけでなく全方位に照射されてるのだと初めて気付き、そんな不安が巡る。
それならば自分が攻撃を食らってしまうのも仕方ないし、一生懸命一人で戦っている風琉に申し訳なさを感じた。
今現在、自分達に逃げ場はない。
隠れられるような看板もない空間で、女王は狙いもなく全方位に光を発している。
夏樹も日和も、この現状を打開するような策は何一つ思いつかなかった。
夏樹は周囲を見渡し、一筋の汗が頬を伝う。
「くっ、どうしたら……」
「――そのまま動くな」
その時、低い声と共に足元から岩の壁が突然そそり立った。
夏樹も日和も突然の事に目を丸くしたが、こんなことが出来る人間は一人しか考えつかない。
そうこうしている間にも周囲のアスファルトは砕け、ひび割れた地面から土の塊が何もないまま持ち上がって壁向こうの妖に飛んでいく。
「ギャア!!」
壁で見えないが、短い妖の悲鳴が上がった。
「二人とも、大丈夫か?」
とっ、と軽い音を立てて夏樹の背後に和服の男が降ってきた。
「竜牙さん早いですね、助かりました」
「ありがとう、竜牙」
「日和、怪我をしたのか!?」
感謝の言葉を口にし、頭を下げる日和。
揺れた髪の隙間から赤く腫れだした痕が見え、竜牙は目を丸くし、日和の頬に触れる。
その指先には先程日和が受けた火傷があった。
夏樹はあわあわと慌て出し、ぺこぺこと頭を下げる。
「すみません、僕の力不足で……今治癒をかけてみます」
「っ! すまん、よろしく頼む。風琉の手助けに行く」
「お、お願いします……」
竜牙は日和に触れた手を口元にやると妖の元へ去って行く。
……もしかして、後で怒られる案件だろうか、と日和は一抹の不安を覚えた。
「ごめんなさい、金詰さん……今、少しでも治します……」
夏樹は日和の火傷に手を近づける。
翠色の風が夏樹の手の中で渦を作り、日和の火傷に触れた。
「えっと……ごめんね、ありがとう」
「寧ろ僕が金詰さんを守ってあげられなくて……」
夏樹の表情が申し訳ない、と謝り訴えていた。
日和はそれを汲み取り、もう一度笑顔で感謝を述べる。
「これぐらいなら大丈夫だよ、ありがとう」
火傷の跡は徐々に薄くなって水膨れが消えていく。
怪我を治癒する、これも夏樹の力なのだろうか?
痕が完全に無くなって夏樹が安堵をしたのも束の間、壁の奥の喧噪が突如爆発音に変わった。
「わっ!」
竜牙が最初に作った土の壁がガラガラと音を立てて大小の岩になって崩れていく。
露わになった女王の姿は先ほどと変わりは無い。
それでもフラッシュが集れた瞬間、光った場所が爆発するようになっていた。
「力が変化したな」
竜牙は警戒するように呟き、槍を構える。
同じように風琉も手に付けた指輪を捻り、手を伸ばして構えていた。
「こいつ、無差別に所構わず攻撃してくるんだ! 気を付けて!」
風琉が目の前に立つ女王を睨み、夏樹にも聞こえるよう叫んだ。
二人を見ていた日和は何か手伝えることはないかと辺りを見回す。
足手まといで居るのは嫌だと心が警鐘を鳴らし、女王の周辺をぐるりと見て……ふと、首を傾げた。
「日和さん、どうかしたんですか?」
夏樹の声が聞こえたけど、今の日和には届かなかった。
……あの女王は叫んでいる。『私を見て』と。
沢山の光を浴びた姿の細身の体はつい最近何処かで見た。
「『私を見て』……いくつもの不定期な光……」
呟き、状況を整理しながら辺りを見回す。
一体何だっただろうか?と疑問を抱えつつ、不意に近くの店に置かれた本に視線が向く。
その表紙を見て、理解した。
「細身の身体……モデル?」
「え?」
そこには目の前の女王にどことなく似ている、女性の表紙が飾られた雑誌があった。
雑誌には『トップモデルになりたい』と大々的に書かれている。
……何たる類似だろうか。
「夏樹君、サポートお願いして良いですか? 女王の前に行ってみます」
「えっ、あ、はい!?」
思い立った日和は女王の前まで走り、その背を夏樹が追う。
竜牙は岩の槍を出し女王に突き立てるものの、宝石のような滑らかな体を持つ女王には歯が立たないようだ。
岩はばらりと砕けて落ちていく様子は色味もそうだが、体も宝石並らしい。
「せめて弱体化させることができたら……」
「……日和、何をしている!?」
呟き、女王に向けて足を踏み入れた竜牙の前に日和は女王の元へと飛び出した。
夏樹は竜牙に向けて攻撃しないよう両手を広げて止める。
「日和!? 夏――」
日和の真っ直ぐな視線が女王に向く。
女王がぴたりと動きを止めた中、日和は静かに口を開いた。
「――……貴女は『私を見て』と言う。でも、見れば何かが変わるんですか?違いますよね? モデルという仕事は、見てと言えば見るものじゃなく、自分が輝いてこそ見て貰えるものじゃないんですか?」
日和の声は聞き届いているのだろうか。
女王の動きが少し、歪んだ。
「じゃあ自分が輝くにはどうしたら良いか。それは自己主張じゃなくて、自分を隠さず魅せる事だって、弥生が言ってました。貴女にはその心はあるんですか?」
真っ直ぐな言葉に女王は少しずつ体を揺らす。
そしてカタカタと焦ったような上ずった声が漏れ出した。
「ミ、ミテ……ワタシ……ワ、ワタ、私……」
「貴女の心は羨ましいって感情ばかりです。見なきゃいけないのは自分自身なのに、周りばかりを見ている。だからそういう気持ちになるんじゃないんですか? 貴女が見ているのは貴女の幻想、『憧憬』です!」
「わ、ワワ、わわ私ははハハ……ウワアアアアアア!!!」
「金詰さん、離れて!」
女王の体が段々歪み、ぐにゃりぐにゃりと原型が無くなっていく。
その姿を見届けた夏樹は再び日和を女王から引き離した。
「竜牙、行ける!?」
「ああ」
離れた日和の姿を確認した竜牙は土で龍を作り上げる。
そこへ風琉の巻き上げる風が混じって、ドロドロに溶けていく女王を襲った。
女王は土と風に飲み込まれ、小さな残響を響かせながら霧散し、消えていく。
「……」
「……」
女王は倒されたらしい。
場は嵐の後のような静けさになり、最初に竜牙は大きなため息を吐いた。
「……日和、大丈夫だったか?」
「す、すみません、気になってしまって……」
「怪我が無いのが一番なんだがな」
「うっ……」
続いて出た竜牙の心配を込めた言葉に日和は肩を小さくしながら謝る。
しかしその返事には若干の棘が感じられた。
「ほらほら竜牙、そうやって折角手伝ってくれたものを邪険にしたらダメだよ。日和ちゃんありがとう」
そんな竜牙の肩を叩く風琉はにこにこと微笑み、日和にぺこりと頭を下げる。
竜牙は再びため息を吐くと日和に向き直った。
「……日和、助かった。だが、あまり無茶をするな。日和に危害を加える訳にはいかない」
「そ、そうですよね……すみません。え、と……無事に倒せて、良かったですね!」
「……ああ、そうだな」
明らかに竜牙は怒っている。だけどそれ以上は口出ししなかった。
日和も目が泳いでいて、場の空気はとても悪い。
しかしそんな空気を流すように風を吹かせる風琉は日和の前に立ち、小さく微笑んでいた口角をにっと釣り上げた。
「大丈夫だよ、竜牙は心配性なだけだから。それよりも初めましてだね、日和ちゃん。私は風琉、よろしくね」
竜牙の肩をぽんぽんと叩き、風琉はにんまりと笑う。
竜牙はそっぽを向いたままため息を吐いた。
「風琉……よろしくお願いします」
「にしても、よく知ってたね。女王の倒し方教えて貰ったの?」
「え?いえ、思った事を言っただけです」
首を傾げて問う風琉に日和はけろりと言う。
その姿に目をぱちくりとし、風琉はくすくすと笑い出した。
「なあんだ、師隼に教えてもらったのかと思ったのに。天才の子は天才か」
「……?」
風琉は日和の頭をぽんぽんと叩く。
スキンシップが多い式神だと思っていたら、今度は竜牙に視線を向け、眉間に皺を寄せた。
「ほーら竜牙もいつまで拗ねてるの! さっさと機嫌直して日和ちゃんをちゃんと送り返してきなさい」
「分かった。分かったから風琉、しつこいぞ」
むっと表情を歪ませる風琉に竜牙は困った表情をして距離を置く。
知らずに見ていたら、まるで姉弟のような印象を受けそうだ。
そんな風琉は、まるで姉のような雰囲気を持つ式神らしい。
「……日和、大丈夫か?」
「あ、はい。よろしくお願いします、竜牙。……そういえば夏樹君、私の事は名前でいいよ」
「え?あ、じゃあ……日和さんとお呼びします」
竜牙に頷く日和は夏樹に向けて微笑む。
夏樹も初めて会った時のような爽やかな笑みを浮かべていた。
「うん、それじゃあ夏樹君、風琉……さん、また」
「はい、気をつけて」
「私も風琉でいいよー! またね!」
歩き出す竜牙にの背を日和はついていく。
その姿に夏樹は風琉を見て口を開いた。
「簡単な挨拶で良かったの?」
「また話す機会あるでしょ? 日和ちゃん、可愛い子だね」
「うん、今術士の中で一番モテてるから」
「確かに、モテそうな雰囲気あるわ。あれはきっと学校で苦労してるね」
口を大きく開き、にかっと風琉は笑って風となって掻き消えた。
灰色の景色が広がるその中で、車両通行禁止の道路上でひた、ひた、と薄らな音を立てながら、上半身を揺らして歩いているヒトが居た。
背は高く、すらりとした細身の女性。
ウェーブがかった長い髪を揺らしてモデルのような体形をしている。
しかし腰は異様に細く、人間とは思えない程アンバランスな見た目をした姿は――とても美しいとは言えない。
「ねぇ、あれ……」
「大丈夫か……?」
街を歩く人々から少しずつ、声が漏れる。
ざわざわ、ひそひそ、人の声は小さく木霊して、誰もが言葉を失っていく。
女性が一歩一歩足を進める度、町の人間が足を止め、青ざめた表情でその姿を凝視する。
指を差され、誰もが目を引く――人の色を失った碧色の肌をしていた。
「ねぇ……ネェ……」
息を吐くように、漏れ出したようなその声は何かを求める。
その女性の足先には、紺色の傘を差した一人の女子高生がいた。
金の髪が混ざった髪を揺らす少女、金詰日和。
「ネェ、私ヲ見テェ……!!」
「……っ!!」
日和の肩を掴もうと碧色の女性の右腕が動く。
気配に気付き、日和が振り向くと同時に世界は180度回転した。
「ウォアアアァァァァ!!!」「――離れてください!!!!」
女性が嘆きにも似た、劈く悲鳴を上げるのと同時に、見覚えのあるマフラーが日和の前を塞いだ。
フラッシュのような光が女性の周囲に散らばり、碧色の妖の体が宝石のように煌めく。
「金詰さん、大丈夫ですか? 急いで距離を取りましょう。物陰に隠れて!」
マフラーの持ち主、小鳥遊夏樹は日和の無事を確認すると軽く体に触れて大きな風を送る。
まるで自身の体が軽くなったように日和は風に飛ばされ、妖との距離は20mほどになっただろうか。
「ア……アア、アァァ……私、ワタシ……! 私ガ……一番ナノォ!!」
妖は指が異様に伸びた手のひらを顔に当て、苦しみのような声を上げ、叫ぶ。
日和を守るように立つ夏樹の横で、ふわりと空気が揺れた。
「風琉、どう? 女王、だよね……」
夏樹が風に話しかけるとぶわりと小さな竜巻が起こった。
竜巻が拡散され、中からは夏樹の服と同じ、新緑のマフラーにコートを来た女性が姿を現わす。
頬には蔓のような模様、クールな顔立ちにふわふわとした髪、かっこよさと可愛さを同時に感じられる……なんとも不思議な女性だ。
「うん、まだ濃い妖の気配してるけど、女王で間違いないよ。飛ばしてくる光が危険だけど、あれはまだ初期段階だね」
「早く皆が集まってくれたら良いのだけど……――」
「――私ヲ……見てええエェェェ!!!」
突如、風琉と夏樹との会話を遮るように妖は上半身体を激しく揺らした。
女王の声に合わせて写真撮影のように何度もフラッシュのような光が周囲に集れる。
あまりにも眩しいその光は一直線に伸び、放射状に空間を奔った。
「この光……熱いっ!」
まるで熱線。
その光を直に受けた夏樹は自身の体が焼けるように熱くなるのを感じる。
自分には装衣換装による風琉の守りがあるが、一般人である日和に当たれば一溜りも無いだろう。
今一番の目的はなんの力も無い日和を守らないといけない、夏樹は女王の様子を見つめながらも思案する。
「何処かに影が無いときついですね、どうしよう……」
「とりあえず光を捻じ曲げて威力を下げる。夏樹はその間に日和ちゃんを!」
「わかった!」
「私……ワタシを、見なさイ!!」
日和が周囲を見渡す中で、風琉は指揮者のようにきらりと指輪のついた右腕を振り上げた。
強風が風琉の腕の動きに合わせて動き、同時に妖は再びフラッシュを集く。
光は雨で若干軌道が歪んでいる。
その中で風琉が呼び起こした風がさらに反射や屈折を強くし、軌道を変えて四方八方に飛び散っていく。
「わ、私連絡します!」
「はい、お願いします!」
このままではこちらが苦戦を強いられる一方だ。
夏樹は女王の相手をしなければいけない。
一瞬の判断で日和は急いでスマートフォンを取り出し、一先ず連絡先を知っている玲に電話をかけた。
『はい、もしもし?』
一瞬ノイズのような音がして、ワンコールかかる前に玲が電話に出てくれた。
「あ、兄さん! 今夏樹君と居て、妖に出くわして……ひゃっ!?」
チュン、そんな音を立てて妖の光が日和の足元を焦がす。
幸いローファーのつま先だけで済んだ。
ただ、地面は焼け焦げ煙を上げて変色してしまっている。
それだけでこの光が危険な物だと感じた。
『えっ、大丈夫!? どこ?』
「しょっ、商店街のアーケード! 他の皆にもお願……――あっ!」
電話に夢中になっていた。
再び光が様々な場所へ飛び、今度は日和のこめかみに直撃して倒れた。
「だっ大丈夫ですか!? 光の発生場所が毎回バラバラで……すみませんっ」
急いで夏樹が駆け寄る。
日和の額横は赤く、軽い火傷のような跡がついていた。
「ううん、私こそごめんなさい……」
日和は首を振り、光の熱でよろけた姿勢を直す。
スマートフォンに再び視線を向けると無事ではあるが、電話は切れていた。
きっと玲が先に切ったのだろう。
「私……私ヲ、見テェェ!!」
その間も妖はずっと光を発生させ、同じ言葉を並べて叫んでいる。
夏樹は日和の体を支えながら光に当たらない様に走り、妖の側面へと向かう。
ジュッ……と焼ける音を立てて足元や店の壁に光が照射されていく。
周りを見渡せば既に様々な所に焼け跡となる線が見えている。
このままでは街が壊されてしまうのではないか。
あのフラッシュが前面だけでなく全方位に照射されてるのだと初めて気付き、そんな不安が巡る。
それならば自分が攻撃を食らってしまうのも仕方ないし、一生懸命一人で戦っている風琉に申し訳なさを感じた。
今現在、自分達に逃げ場はない。
隠れられるような看板もない空間で、女王は狙いもなく全方位に光を発している。
夏樹も日和も、この現状を打開するような策は何一つ思いつかなかった。
夏樹は周囲を見渡し、一筋の汗が頬を伝う。
「くっ、どうしたら……」
「――そのまま動くな」
その時、低い声と共に足元から岩の壁が突然そそり立った。
夏樹も日和も突然の事に目を丸くしたが、こんなことが出来る人間は一人しか考えつかない。
そうこうしている間にも周囲のアスファルトは砕け、ひび割れた地面から土の塊が何もないまま持ち上がって壁向こうの妖に飛んでいく。
「ギャア!!」
壁で見えないが、短い妖の悲鳴が上がった。
「二人とも、大丈夫か?」
とっ、と軽い音を立てて夏樹の背後に和服の男が降ってきた。
「竜牙さん早いですね、助かりました」
「ありがとう、竜牙」
「日和、怪我をしたのか!?」
感謝の言葉を口にし、頭を下げる日和。
揺れた髪の隙間から赤く腫れだした痕が見え、竜牙は目を丸くし、日和の頬に触れる。
その指先には先程日和が受けた火傷があった。
夏樹はあわあわと慌て出し、ぺこぺこと頭を下げる。
「すみません、僕の力不足で……今治癒をかけてみます」
「っ! すまん、よろしく頼む。風琉の手助けに行く」
「お、お願いします……」
竜牙は日和に触れた手を口元にやると妖の元へ去って行く。
……もしかして、後で怒られる案件だろうか、と日和は一抹の不安を覚えた。
「ごめんなさい、金詰さん……今、少しでも治します……」
夏樹は日和の火傷に手を近づける。
翠色の風が夏樹の手の中で渦を作り、日和の火傷に触れた。
「えっと……ごめんね、ありがとう」
「寧ろ僕が金詰さんを守ってあげられなくて……」
夏樹の表情が申し訳ない、と謝り訴えていた。
日和はそれを汲み取り、もう一度笑顔で感謝を述べる。
「これぐらいなら大丈夫だよ、ありがとう」
火傷の跡は徐々に薄くなって水膨れが消えていく。
怪我を治癒する、これも夏樹の力なのだろうか?
痕が完全に無くなって夏樹が安堵をしたのも束の間、壁の奥の喧噪が突如爆発音に変わった。
「わっ!」
竜牙が最初に作った土の壁がガラガラと音を立てて大小の岩になって崩れていく。
露わになった女王の姿は先ほどと変わりは無い。
それでもフラッシュが集れた瞬間、光った場所が爆発するようになっていた。
「力が変化したな」
竜牙は警戒するように呟き、槍を構える。
同じように風琉も手に付けた指輪を捻り、手を伸ばして構えていた。
「こいつ、無差別に所構わず攻撃してくるんだ! 気を付けて!」
風琉が目の前に立つ女王を睨み、夏樹にも聞こえるよう叫んだ。
二人を見ていた日和は何か手伝えることはないかと辺りを見回す。
足手まといで居るのは嫌だと心が警鐘を鳴らし、女王の周辺をぐるりと見て……ふと、首を傾げた。
「日和さん、どうかしたんですか?」
夏樹の声が聞こえたけど、今の日和には届かなかった。
……あの女王は叫んでいる。『私を見て』と。
沢山の光を浴びた姿の細身の体はつい最近何処かで見た。
「『私を見て』……いくつもの不定期な光……」
呟き、状況を整理しながら辺りを見回す。
一体何だっただろうか?と疑問を抱えつつ、不意に近くの店に置かれた本に視線が向く。
その表紙を見て、理解した。
「細身の身体……モデル?」
「え?」
そこには目の前の女王にどことなく似ている、女性の表紙が飾られた雑誌があった。
雑誌には『トップモデルになりたい』と大々的に書かれている。
……何たる類似だろうか。
「夏樹君、サポートお願いして良いですか? 女王の前に行ってみます」
「えっ、あ、はい!?」
思い立った日和は女王の前まで走り、その背を夏樹が追う。
竜牙は岩の槍を出し女王に突き立てるものの、宝石のような滑らかな体を持つ女王には歯が立たないようだ。
岩はばらりと砕けて落ちていく様子は色味もそうだが、体も宝石並らしい。
「せめて弱体化させることができたら……」
「……日和、何をしている!?」
呟き、女王に向けて足を踏み入れた竜牙の前に日和は女王の元へと飛び出した。
夏樹は竜牙に向けて攻撃しないよう両手を広げて止める。
「日和!? 夏――」
日和の真っ直ぐな視線が女王に向く。
女王がぴたりと動きを止めた中、日和は静かに口を開いた。
「――……貴女は『私を見て』と言う。でも、見れば何かが変わるんですか?違いますよね? モデルという仕事は、見てと言えば見るものじゃなく、自分が輝いてこそ見て貰えるものじゃないんですか?」
日和の声は聞き届いているのだろうか。
女王の動きが少し、歪んだ。
「じゃあ自分が輝くにはどうしたら良いか。それは自己主張じゃなくて、自分を隠さず魅せる事だって、弥生が言ってました。貴女にはその心はあるんですか?」
真っ直ぐな言葉に女王は少しずつ体を揺らす。
そしてカタカタと焦ったような上ずった声が漏れ出した。
「ミ、ミテ……ワタシ……ワ、ワタ、私……」
「貴女の心は羨ましいって感情ばかりです。見なきゃいけないのは自分自身なのに、周りばかりを見ている。だからそういう気持ちになるんじゃないんですか? 貴女が見ているのは貴女の幻想、『憧憬』です!」
「わ、ワワ、わわ私ははハハ……ウワアアアアアア!!!」
「金詰さん、離れて!」
女王の体が段々歪み、ぐにゃりぐにゃりと原型が無くなっていく。
その姿を見届けた夏樹は再び日和を女王から引き離した。
「竜牙、行ける!?」
「ああ」
離れた日和の姿を確認した竜牙は土で龍を作り上げる。
そこへ風琉の巻き上げる風が混じって、ドロドロに溶けていく女王を襲った。
女王は土と風に飲み込まれ、小さな残響を響かせながら霧散し、消えていく。
「……」
「……」
女王は倒されたらしい。
場は嵐の後のような静けさになり、最初に竜牙は大きなため息を吐いた。
「……日和、大丈夫だったか?」
「す、すみません、気になってしまって……」
「怪我が無いのが一番なんだがな」
「うっ……」
続いて出た竜牙の心配を込めた言葉に日和は肩を小さくしながら謝る。
しかしその返事には若干の棘が感じられた。
「ほらほら竜牙、そうやって折角手伝ってくれたものを邪険にしたらダメだよ。日和ちゃんありがとう」
そんな竜牙の肩を叩く風琉はにこにこと微笑み、日和にぺこりと頭を下げる。
竜牙は再びため息を吐くと日和に向き直った。
「……日和、助かった。だが、あまり無茶をするな。日和に危害を加える訳にはいかない」
「そ、そうですよね……すみません。え、と……無事に倒せて、良かったですね!」
「……ああ、そうだな」
明らかに竜牙は怒っている。だけどそれ以上は口出ししなかった。
日和も目が泳いでいて、場の空気はとても悪い。
しかしそんな空気を流すように風を吹かせる風琉は日和の前に立ち、小さく微笑んでいた口角をにっと釣り上げた。
「大丈夫だよ、竜牙は心配性なだけだから。それよりも初めましてだね、日和ちゃん。私は風琉、よろしくね」
竜牙の肩をぽんぽんと叩き、風琉はにんまりと笑う。
竜牙はそっぽを向いたままため息を吐いた。
「風琉……よろしくお願いします」
「にしても、よく知ってたね。女王の倒し方教えて貰ったの?」
「え?いえ、思った事を言っただけです」
首を傾げて問う風琉に日和はけろりと言う。
その姿に目をぱちくりとし、風琉はくすくすと笑い出した。
「なあんだ、師隼に教えてもらったのかと思ったのに。天才の子は天才か」
「……?」
風琉は日和の頭をぽんぽんと叩く。
スキンシップが多い式神だと思っていたら、今度は竜牙に視線を向け、眉間に皺を寄せた。
「ほーら竜牙もいつまで拗ねてるの! さっさと機嫌直して日和ちゃんをちゃんと送り返してきなさい」
「分かった。分かったから風琉、しつこいぞ」
むっと表情を歪ませる風琉に竜牙は困った表情をして距離を置く。
知らずに見ていたら、まるで姉弟のような印象を受けそうだ。
そんな風琉は、まるで姉のような雰囲気を持つ式神らしい。
「……日和、大丈夫か?」
「あ、はい。よろしくお願いします、竜牙。……そういえば夏樹君、私の事は名前でいいよ」
「え?あ、じゃあ……日和さんとお呼びします」
竜牙に頷く日和は夏樹に向けて微笑む。
夏樹も初めて会った時のような爽やかな笑みを浮かべていた。
「うん、それじゃあ夏樹君、風琉……さん、また」
「はい、気をつけて」
「私も風琉でいいよー! またね!」
歩き出す竜牙にの背を日和はついていく。
その姿に夏樹は風琉を見て口を開いた。
「簡単な挨拶で良かったの?」
「また話す機会あるでしょ? 日和ちゃん、可愛い子だね」
「うん、今術士の中で一番モテてるから」
「確かに、モテそうな雰囲気あるわ。あれはきっと学校で苦労してるね」
口を大きく開き、にかっと風琉は笑って風となって掻き消えた。