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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
11-おまけ 女王戦の裏で
「射る……――」

 張られた弦が縮み、飛ばされていく矢は雨を掻き切って的を射抜く。
 矢は的の中心に刺さり、周囲から歓声にも似た声が耳に入った。
 同時に人が近付く気配がして玲は話しかけてくる意識の方へと体を向けた。

「調子良いじゃないか、高峰」
「雨の方が落ち着きますから」
「大会も雨だった。来てくれたら優勝間違いなしだっただろうな」
「用事がありますから。それに、大会には興味が無いので」
「全く、ばっさり言ってくれるよ……――」
「――おわっ!?」

 副部長は肩を竦めてみせると、たまたま近くに居た海人を捕まえて背中をバンバンと叩く。

「それに比べてこいつは急成長だよ! 個人記録だが、大会で過去最高の腕を見せてくれた! 流石高峰にくっついてただけはあるな!」
「言っておきますけど副部長、俺あれで満足していませんからね!? 玲の代わりにはなれてなかったじゃないですか!」
「お前が高峰の代わりになる訳ねーだろ! 折角俺がお前の腕を買ってメンバー推薦してやったってのに!」
「マジっすか!? あざっす!」

 大会を経てか、副部長と海人は仲良くなったらしい。
 元々上下関係の厳しい野球部に所属していた海人がここまで先輩に懐くのも珍しいなと感じた。

「俺だって毎日練習したんすから! 見ててくださいよ!」

 海人は意気揚々と弓を構え、矢を番う。
 僕とは真逆で雨が苦手な海人だが、先輩からの期待はそんなにも彼の心を鼓舞したのだろうか。
 一瞬ぴり付いた空気を感じて空を見上げる。

「……」
「どうですか!? ほら、腕上がった!」

 わっ、と喜び笑顔を見せる海人の声が響いて我に返る。
 海人が矢を射る瞬間を見損ねてしまった。
 放たれた矢を見ると……――的の中心に突き刺さっていた。

「っ……!!」
「玲!どうだ? ついに中心の中心に撃ったぞ!」

 あり得ない。
 いや、あり得ない事は無いだろうが、海人が苦手な雨の中、更に強いて言えば海人自身は消極的で少し上がり症のある人間の筈だ。
 それをで的中させるだろうか?

「お前……それを本番でやってくれよぉ!」
「あでででで……」

 副部長は海人の首に腕を巻いて締め上げ、海人は副部長の腕を何度も叩く。
 じゃれている光景なのだろうがそれは頭の中に入る事は無く、的ばかりに視線が向いてしまう。
 更にそこへ聞き慣れた着信音が聞こえた。

「おい高峰、スマホは――」
「――すみません、すぐ戻ります!」

 いつも設定している着信音ではない。
 これは、日和の着信音だ――。
 弓道場を出てすぐに結界を張り、慌てて電話に出た。

「はい、もしもし?」
『あ、兄さん! 今夏樹君と居て、妖に出くわして……ひゃっ!?』

 電話の主は確かに日和だった。
 しかし危険な状況なのか、どうやら急ぎのSOSらしい。

「えっ、大丈夫!? どこ?」
『しょっ、商店街のアーケード! 他の皆にもお願……――あっ!』
『だっ大丈夫ですか!? 光の発生場所が毎回バラバラで……』

 現に今襲われている最中なのだろう。
 夏樹の声が聞こえたので一人ではないようだが、今はまだ部活から出ることができない自分ではどうすることもできない。
 急いで電話を切り、多分気付いているだろうもう一人に玲は電話を掛けた。

 この焦りで玲から海人への不信は掻き消えてしまった。



***
 日和の迎えに行っている途中、日和から「弥生と寄り道をして帰ります」との連絡があった。
 それならば狐面が日和の様子を見るだろう、と先に駅の方面から巡回を始めていたのだが……。
 雨のせいか町の空気は淀んでいる。
 妖には会うだろうが、なんとも嫌な予感を少し感じた。

「一応は問題なし、か……」

 妖の気配は何処を彷徨っても出てはこない。
 勿論この地域だけに出る訳ではないので少しずつ範囲を変えてはいるが、町を回るのも中々の作業だ。
 代わり映えのない街並み、雨はしとしとと降り注ぎ町を濡らしている。
 行き交う人間は傘を差して道を歩く。
 何時いつの時代になっても変わらないものは変わらないな……と思いながら、先日の傘を刺さずに道を歩いた日和が頭に浮かんだ。

「……全く、何を考えているのだろうな。私は」

 少しの疲労を込めたため息が出る。
 最近はどうもあの少女を気にかけ過ぎてしまっている気がする。
 出会いも出会いだが、あの少女と関わると中々目が離せない。
 自身が心配性になっていくのも仕方がないように思えた。
 そして次に浮かんだ姿は傘を差さずに迎えに行った時、その拗ねた顔だった。
 まだ出会って間もないが、日和があんな表情をするのは珍しい。
 元々表情の薄い少女だというのに、近頃見せてくれる表情が増えた気がする。
 勿論、それは悪い事ではない筈なのだが……――。

「――っ!」

 突如として正也のスマートフォンが鳴り、手に取る。
 電話の相手は――玲だ。

「どうした?」
『竜牙!? ごめん、日和ちゃんが商店街で妖に出くわしたって! 夏樹もいるらしいけど、様子見てあげて!』
「商店街か、分かった」

 電話を切り商店街へ向かう。
 元々そちらの方へ向かっていたので問題はない。
 立ち並ぶビルの屋上を伝い、浮かして出した岩に飛び乗って空を駆ける。

 アーケードに差し掛かれば確かに結界が既に張られていた。
 風の力を感じる、夏樹が居たことは違いないらしい。

「一体どこに……――あれは、女王!」

 大通りのど真ん中、そこに戦っている姿が見えた。
 どうやら人の形をした妖が光を集いて無差別に攻撃をしているらしい。
 そのうちの一つが唯一の人影に向かっていく姿が見えた。

「くっ、どうしたら……」
「――そのまま動くな」

 岩の壁を出して道を塞ぎ、アスファルトを割り妖に向けてくさびを打つ。
 妖は「ギャア!!」と呻き声を上げた。

「二人とも、大丈夫か?」
「竜牙さん早いですね、助かりました」
「ありがとう、竜牙」

 上から降りて日和と夏樹の前に行けば二人共屈んでいる。
 ただ、謝罪に頭を下げる日和の額、そして夏樹の手がかざそうとしている指先が目に入った。
 日和のこめかみ近くには赤い痣が見えた。

「日和、怪我をしたのか!?」
「すみません、僕の力不足で……今治癒をかけてみます」

 夏樹が慌てて何度も頭を下げる姿に、どうやら誤解を与えてしまったらしい。
 気持ちが急いたのは確かだが、夏樹を責めている訳ではない。
 寧ろいち早く女王に向かってくれた事には感謝せねばならない筈なのに。
 このまま日和の心配をしても仕方がない、夏樹に日和を任せて早く女王を倒さなければ。

「っ! すまん、よろしく頼む。風琉の手助けに行く」
「お、お願いします……」



 それから、日和の声もあって無事女王は倒された。
 大きな被害もない、あっても火傷を負った日和の怪我は夏樹の力により完治した。
 倒せたのだが、腑に落ちない。

「……」
「……あの、竜牙…?」
「…なんだ?」

 その原因が何かと言われれば……日和が飛び出てきたことだろう。
 怪我をしたにも拘らず、どうしてわざわざ危険を冒してまで女王と対峙する必要があるのか分からない。
 日和の父である蛍も確かに個人的に妖を研究していた物珍しい人間であったのは確か。
 だが、なにも術士の力を使えない娘まで、その系譜を辿らなくても良いだろうに。
 櫨倉命の件でも見た犠牲的な部分なのか、それとも妖に対しての観察眼なのかは分からない。
 それでも保護されている以上、危険な行動はしないで欲しい。
 寧ろもっとしっかりと様子を見てやる必要があるだろうか?
 いや、これ以上日和の様子を見ても明らかに気にされるだろうし、更に窮屈きゅうくつな思いをさせてしまうかもしれない。
(しかしこれ以上の解決策となると……)

「その、すみません……」

 しおれた声に振り向けば、日和は文字通りに身を縮めてしょんぼりとしていた。

「……あれはどうやら成り立てのモノのようだが、妖は危険な存在なんだ。してや相手は女王だ、無理に危険を冒す必要は無い」
「そう、ですよね……。仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい……」
「……反省しているなら、以降気をつけてくれればいい。何かあればこっちの身が保たない」
「すみません、えっと……気をつけますっ」

 反省はしているのだろう。
 それならば、自分はこれ以上口を酸っぱくして言う必要は無い。
 風琉にも言われたのだしこれ以上は大人しくしておこう。


 ……と思うのだが、女王出現の報告の為に師隼に会うまでは、どうにも落ち着くことは出来なかった。
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