残酷な描写あり
15-3 練如
竜牙や玲が大広間に居る間、別室に移された日和は練如とお茶を嗜んでいた。
ただし、茶を飲むのはただ日和一人であり、練如はただ隣に立つのみだ。
「練如、練如はなんでも出来る式ですね。お茶、とても美味しいです。練如は式紙ということですが、妖相手にはどう戦うんですか?」
練如の淹れてくれた紅茶を一口喉に流し入れながら、日和は練如に視線を向ける。
部屋に入るなり荷物を預かって置いてくれたり、椅子を引いて席を用意してくれたり。
身の回りの世話を焼いてくれる練如は変わらず静かで、相変わらず目も見えず表情も分からない。
一見では完全なる無表情。
前は見えてるか不思議になるが、自然にポットを置いた。
「私は――私は、なにも出来はしない。蛍に教えられた事をしているだけだ」
「お父さんに、教えられたこと……」
「生活で必要な事、こうして人を持て成す事、そして妖を相手に戦う事、それだけだ。妖相手には……これを使う」
練如は手の指先を伸ばす。
するとさくっ、と机に長さ15cmほどの金属の針が刺さった。
どうやら金属の針を投げたらしいのだが、一瞬の動きは早すぎてまるで手品のようで。
日和はそれを手に取り、まじまじと見た。
「これは……?」
「私の力は四術士とは違って物理的な物だ。主にこういった金属の物を生み出し、使う」
練如は更に苦無や金属の板、鉄球などを机の上に広げていく。
そのどれもを日和は一つ一つ手に取り、じっくりと見つめる。
どれも何の変哲もない、特別変わったものではない金属の物体だ。
今まで見てきたいろんな力とはまた別の、異質な力に興味が湧いた。
「わぁ、色々ありますね。私が術士になったら、関わる物なんでしょうか?」
「それは……主次第と言えよう。だが主の力は雷の力、私の『金』の力とは相性は合うはずだ。――と蛍は言っていた」
「雷の、力……」
日和は金属の板をじっくりと見る。
そこには日和の姿が鈍い色で映り、手には金属特有のつやつやとした感触と重みがある。
父がどのような力でどんな風に戦っていたのかは知らない。
だが波音が、竜牙が、玲が、夏樹が己の力を操って戦っている姿は見てきた。
その中に自分が雷の力を操って戦う姿は……想像できない。
自分が術士になるにはまだ、そういった想像力や自信、覚悟、その他諸々が足りないのかもしれない。
寧ろまだ守って貰ってばかりの自分には、妖と対等に居られる事など無理な気がした。
「……これは?」
それから机にばら撒かれた武器を見回した日和は、ふとワイヤーのようなものに手を触れようとする。
これは武器であるのか気になった日和だったが、練如の手が日和の手首を掴む。
「――それには触れるな。鉄線だ、触れれば皮膚が裂ける」
「……! すみません、つい……」
かなりの危険物だったようだ。
怒られるかと思ったが、練如は首を横に振る。
「いや、迂闊に出す物でもなかった。これは片付けよう」
日和の手を離した練如は鉄線に手を翳す。
するとまたしても手品のように消えてしまった。
なんとも不思議な光景だ。
「主、大体の術士は血という運命で成る物だ。だが、主はそれを選べる珍しい部類の人間だ。術士を目指すならば、主の本当の気持ちで決めろ」
「私の、本当の気持ち……わかりました」
諭すように話す練如はただでさえ見えない表情を変えない。
小さく頷いた日和は興味の心を持ったまま「あの……」と練如の顔を覗き込んだ。
「練如、練如の顔を見てみたいです。良いですか?」
「……嫌だ、と言ったら?」
「……だめ、ですか?」
うず、と体を動かす日和は好奇心の表情をしていた。
時折師隼が呟く「金詰日和の興味」を思い出し、練如は小さくため息をつく。
「……少しだけだ」
練如は日和の前に近付き、片膝をつく。
椅子に座る日和の前で、練如は見やすく丁度いい位置に顔を出してくれた。
そして練如の鉄紺色の長い前髪を両手でかき分ける。
隠れていた顔は額に花の模様が彫られ、線の細い眉と女性らしい長い睫が覗く。
その瞳は日和と同じ、茶色の目があった。
しかしその全体の顔立ちに日和の表情は固まり、喉が鳴る。
「――……っ!!」
先ほどまで気にも留めていなかった心臓の鼓動が突然強く激しく打ち始めた。
背筋がぞくぞくと嫌な寒さを感じて震える。
同時に目の前の女性の前髪は閉じて、いつもの練如へと戻った。
「……蛍は、人の顔を覚えられない」
「……」
「だからあいつは……知っている顔でないと、式神を作ることはできんのだ」
練如の言葉は金属のように冷ややかで固い。
「……」
それは、日和も同じだ。
近づいた距離が、遠ざかった気がした。
違う。
たった今、日和自身が遠ざけたのだ。
「すまない、日和。待たせた」
そこへ声が聞こえて振り向く。
話し合いを終えたらしい、部屋に姿を見せた竜牙がそこにいた。
日和は表情を取り繕い、鞄を手に取り立ち上がる。
「竜牙……もう、終わったんですか?」
「あ、ああ……」
「れ、練如。お茶、ありがとうございました……! さっきは無理言ってすみません。また来ますね」
「……」
練如に頭を下げ、足早に部屋を出ていく。
「……?」
そんな日和の様子に竜牙は首を傾げ、練如は背を向けたまま。
「主の事を……よろしく頼む」
練如は静かに、たった一言だけ呟いた。
***
「……日和?」
師隼の屋敷を珍しくも足早に、先に出た背中に竜牙は問いかける。
俯き、立ち止まったその姿はどことなく暗い。
「すみません、先に出てしまって」
それなのに、その少女は竜牙に向けてくるりと見せた表情は笑顔だった。
笑顔だが、貼り付けただけであることがよく分かる、玲のような笑顔。
「……何か、あったか?」
「いえ、何でもないです。……そういえば練如から聞いたんですが、お父さんは人の顔を覚えるのが苦手なんですか?」
「……蛍は、そうだな。和服を着ている人間は佐艮、と覚えていたので私が時々間違えられた。佐艮が和服を着ていなくて認知できなかった時もあったな」
明らかに取り繕っているその顔に何とも言えず、竜牙はそのまま歩き出した日和の話題に乗る事にした。
そしてその返事に日和はくすくすと笑う。
「お父さん、酷い人ですね。あ、でも私も興味がないとそうなるのかもしれないですね……」
興味が無ければそこに人がいるというのも気付かない性質の日和は、我に返って父を笑えなくなった。
その様子の日和を竜牙はただ見つめるだけ。
やはり、どこか無理している日和を放っておけない。
「……練如と、何があった」
竜牙の声に日和の足は止まる。
「……私、酷い人です。いつもの興味で聞いて、逃げて来ちゃいました」
「……」
「練如にお願いしたんです。隠れている顔を、見せてって……」
「見た、のか?」
日和は小さく頷く。
そして弱弱しく日和は答えた。
「……お母さんの、顔でした」
「……っ!」
その言葉に竜牙は衝撃を覚え、片手で頭を抱える。
「竜牙……竜牙は、知っていましたか……?」
「……いや」
「お父さんは、顔を覚えるのが苦手だって。だからって、なんで、お母さんなんですか……!」
「日和」
手を伸ばし、腕を掴む。
日和は顔を赤くして、涙を目に溜めていた。
視線が合い、ぼろっと涙が零れる。
「すみません……ごめん、なさい……」
「何故謝る……」
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
がくりと膝を折り、泣き崩れる日和。
竜牙はただ静かに、その姿に羽織を被せた。
「竜牙……?」
「落ち着くまで、そうしていろ。この羽織を身に纏えば、誰からも見られることはない」
「……すみま――」
「――謝らなくて良い」
「……はい」
暫く、沈黙が続いた。
竜牙は日和の隣に座り込んで目を瞑り、日和は泣くのを我慢しながら静かに、ただ地面だけを見ている。
陽だけが徐々に傾き始め、夏の長い夕焼けが薄らと宵闇を映し始めていた。
「……私、馬鹿です。本当は、練如をもっと知りたいと、思っただけなのに……」
「……」
興味を持つことは悪い事ではないはず。
寧ろ興味があって歩み寄れるのであれば、今後の関係を考えれば良い事であるはずだ。
それが逆に遠ざかってしまうなんて、互いに思っていなかっただろう。
否定することも、肯定することも、竜牙にはできない。
そしてそれは日和も同じ。
ただ言葉を溢して、涙を流す事しかできない。
こればかりはいっそ慣れるか、無かったことにするか、受け入れるか、或いは――否定してしまう事しかできないのだろう。
その選択は日和に任せるしかない。
ただ式としては……このまま練如と日和が離れてしまうのは心苦しいと、竜牙は思った。
「日和」
「……すみません、多分、私がいけないんです……。大丈夫です。お母さんの顔をしているだけで、練如は、練如ですから……」
「……」
「それだけ、私は母が苦手なんですね……。それを、自覚してしまっただけですから」
力無く、日和は笑っていた。
正也が日和の頭を撫でていたことを思い出し、竜牙も日和の頭に手を乗せる。
「……時間が経てば解決するのなら、練如だって待つだろう。だから、あまり思い詰めるな」
「……す――」
「――謝るな」
言いかけた言葉を、今までにない速さで竜牙は遮断する。
日和は思わず手で口を塞いだ。
竜牙はふ、と柔らかく笑うと日和の頬を優しく抓む。
「最近、癖の様に出るな」
「ふ、ふみま――あう……」
孤独の女王の時から、日和は何かあれば謝罪の言葉が出るようになった。
再び出そうになった言葉を噤んで、日和は落ち込む。
「私は何も気にしていない。日和が悪いとも思っていない。だから、謝るな」
「はい……」
「……そういう所は、昔と変わらないんだな」
「え?」
ぼそりと呟く竜牙の言葉に日和は首を傾げる。
しかし竜牙はくすりと笑って、その頭を撫でた。
「いや、なんでもない」
ただし、茶を飲むのはただ日和一人であり、練如はただ隣に立つのみだ。
「練如、練如はなんでも出来る式ですね。お茶、とても美味しいです。練如は式紙ということですが、妖相手にはどう戦うんですか?」
練如の淹れてくれた紅茶を一口喉に流し入れながら、日和は練如に視線を向ける。
部屋に入るなり荷物を預かって置いてくれたり、椅子を引いて席を用意してくれたり。
身の回りの世話を焼いてくれる練如は変わらず静かで、相変わらず目も見えず表情も分からない。
一見では完全なる無表情。
前は見えてるか不思議になるが、自然にポットを置いた。
「私は――私は、なにも出来はしない。蛍に教えられた事をしているだけだ」
「お父さんに、教えられたこと……」
「生活で必要な事、こうして人を持て成す事、そして妖を相手に戦う事、それだけだ。妖相手には……これを使う」
練如は手の指先を伸ばす。
するとさくっ、と机に長さ15cmほどの金属の針が刺さった。
どうやら金属の針を投げたらしいのだが、一瞬の動きは早すぎてまるで手品のようで。
日和はそれを手に取り、まじまじと見た。
「これは……?」
「私の力は四術士とは違って物理的な物だ。主にこういった金属の物を生み出し、使う」
練如は更に苦無や金属の板、鉄球などを机の上に広げていく。
そのどれもを日和は一つ一つ手に取り、じっくりと見つめる。
どれも何の変哲もない、特別変わったものではない金属の物体だ。
今まで見てきたいろんな力とはまた別の、異質な力に興味が湧いた。
「わぁ、色々ありますね。私が術士になったら、関わる物なんでしょうか?」
「それは……主次第と言えよう。だが主の力は雷の力、私の『金』の力とは相性は合うはずだ。――と蛍は言っていた」
「雷の、力……」
日和は金属の板をじっくりと見る。
そこには日和の姿が鈍い色で映り、手には金属特有のつやつやとした感触と重みがある。
父がどのような力でどんな風に戦っていたのかは知らない。
だが波音が、竜牙が、玲が、夏樹が己の力を操って戦っている姿は見てきた。
その中に自分が雷の力を操って戦う姿は……想像できない。
自分が術士になるにはまだ、そういった想像力や自信、覚悟、その他諸々が足りないのかもしれない。
寧ろまだ守って貰ってばかりの自分には、妖と対等に居られる事など無理な気がした。
「……これは?」
それから机にばら撒かれた武器を見回した日和は、ふとワイヤーのようなものに手を触れようとする。
これは武器であるのか気になった日和だったが、練如の手が日和の手首を掴む。
「――それには触れるな。鉄線だ、触れれば皮膚が裂ける」
「……! すみません、つい……」
かなりの危険物だったようだ。
怒られるかと思ったが、練如は首を横に振る。
「いや、迂闊に出す物でもなかった。これは片付けよう」
日和の手を離した練如は鉄線に手を翳す。
するとまたしても手品のように消えてしまった。
なんとも不思議な光景だ。
「主、大体の術士は血という運命で成る物だ。だが、主はそれを選べる珍しい部類の人間だ。術士を目指すならば、主の本当の気持ちで決めろ」
「私の、本当の気持ち……わかりました」
諭すように話す練如はただでさえ見えない表情を変えない。
小さく頷いた日和は興味の心を持ったまま「あの……」と練如の顔を覗き込んだ。
「練如、練如の顔を見てみたいです。良いですか?」
「……嫌だ、と言ったら?」
「……だめ、ですか?」
うず、と体を動かす日和は好奇心の表情をしていた。
時折師隼が呟く「金詰日和の興味」を思い出し、練如は小さくため息をつく。
「……少しだけだ」
練如は日和の前に近付き、片膝をつく。
椅子に座る日和の前で、練如は見やすく丁度いい位置に顔を出してくれた。
そして練如の鉄紺色の長い前髪を両手でかき分ける。
隠れていた顔は額に花の模様が彫られ、線の細い眉と女性らしい長い睫が覗く。
その瞳は日和と同じ、茶色の目があった。
しかしその全体の顔立ちに日和の表情は固まり、喉が鳴る。
「――……っ!!」
先ほどまで気にも留めていなかった心臓の鼓動が突然強く激しく打ち始めた。
背筋がぞくぞくと嫌な寒さを感じて震える。
同時に目の前の女性の前髪は閉じて、いつもの練如へと戻った。
「……蛍は、人の顔を覚えられない」
「……」
「だからあいつは……知っている顔でないと、式神を作ることはできんのだ」
練如の言葉は金属のように冷ややかで固い。
「……」
それは、日和も同じだ。
近づいた距離が、遠ざかった気がした。
違う。
たった今、日和自身が遠ざけたのだ。
「すまない、日和。待たせた」
そこへ声が聞こえて振り向く。
話し合いを終えたらしい、部屋に姿を見せた竜牙がそこにいた。
日和は表情を取り繕い、鞄を手に取り立ち上がる。
「竜牙……もう、終わったんですか?」
「あ、ああ……」
「れ、練如。お茶、ありがとうございました……! さっきは無理言ってすみません。また来ますね」
「……」
練如に頭を下げ、足早に部屋を出ていく。
「……?」
そんな日和の様子に竜牙は首を傾げ、練如は背を向けたまま。
「主の事を……よろしく頼む」
練如は静かに、たった一言だけ呟いた。
***
「……日和?」
師隼の屋敷を珍しくも足早に、先に出た背中に竜牙は問いかける。
俯き、立ち止まったその姿はどことなく暗い。
「すみません、先に出てしまって」
それなのに、その少女は竜牙に向けてくるりと見せた表情は笑顔だった。
笑顔だが、貼り付けただけであることがよく分かる、玲のような笑顔。
「……何か、あったか?」
「いえ、何でもないです。……そういえば練如から聞いたんですが、お父さんは人の顔を覚えるのが苦手なんですか?」
「……蛍は、そうだな。和服を着ている人間は佐艮、と覚えていたので私が時々間違えられた。佐艮が和服を着ていなくて認知できなかった時もあったな」
明らかに取り繕っているその顔に何とも言えず、竜牙はそのまま歩き出した日和の話題に乗る事にした。
そしてその返事に日和はくすくすと笑う。
「お父さん、酷い人ですね。あ、でも私も興味がないとそうなるのかもしれないですね……」
興味が無ければそこに人がいるというのも気付かない性質の日和は、我に返って父を笑えなくなった。
その様子の日和を竜牙はただ見つめるだけ。
やはり、どこか無理している日和を放っておけない。
「……練如と、何があった」
竜牙の声に日和の足は止まる。
「……私、酷い人です。いつもの興味で聞いて、逃げて来ちゃいました」
「……」
「練如にお願いしたんです。隠れている顔を、見せてって……」
「見た、のか?」
日和は小さく頷く。
そして弱弱しく日和は答えた。
「……お母さんの、顔でした」
「……っ!」
その言葉に竜牙は衝撃を覚え、片手で頭を抱える。
「竜牙……竜牙は、知っていましたか……?」
「……いや」
「お父さんは、顔を覚えるのが苦手だって。だからって、なんで、お母さんなんですか……!」
「日和」
手を伸ばし、腕を掴む。
日和は顔を赤くして、涙を目に溜めていた。
視線が合い、ぼろっと涙が零れる。
「すみません……ごめん、なさい……」
「何故謝る……」
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
がくりと膝を折り、泣き崩れる日和。
竜牙はただ静かに、その姿に羽織を被せた。
「竜牙……?」
「落ち着くまで、そうしていろ。この羽織を身に纏えば、誰からも見られることはない」
「……すみま――」
「――謝らなくて良い」
「……はい」
暫く、沈黙が続いた。
竜牙は日和の隣に座り込んで目を瞑り、日和は泣くのを我慢しながら静かに、ただ地面だけを見ている。
陽だけが徐々に傾き始め、夏の長い夕焼けが薄らと宵闇を映し始めていた。
「……私、馬鹿です。本当は、練如をもっと知りたいと、思っただけなのに……」
「……」
興味を持つことは悪い事ではないはず。
寧ろ興味があって歩み寄れるのであれば、今後の関係を考えれば良い事であるはずだ。
それが逆に遠ざかってしまうなんて、互いに思っていなかっただろう。
否定することも、肯定することも、竜牙にはできない。
そしてそれは日和も同じ。
ただ言葉を溢して、涙を流す事しかできない。
こればかりはいっそ慣れるか、無かったことにするか、受け入れるか、或いは――否定してしまう事しかできないのだろう。
その選択は日和に任せるしかない。
ただ式としては……このまま練如と日和が離れてしまうのは心苦しいと、竜牙は思った。
「日和」
「……すみません、多分、私がいけないんです……。大丈夫です。お母さんの顔をしているだけで、練如は、練如ですから……」
「……」
「それだけ、私は母が苦手なんですね……。それを、自覚してしまっただけですから」
力無く、日和は笑っていた。
正也が日和の頭を撫でていたことを思い出し、竜牙も日和の頭に手を乗せる。
「……時間が経てば解決するのなら、練如だって待つだろう。だから、あまり思い詰めるな」
「……す――」
「――謝るな」
言いかけた言葉を、今までにない速さで竜牙は遮断する。
日和は思わず手で口を塞いだ。
竜牙はふ、と柔らかく笑うと日和の頬を優しく抓む。
「最近、癖の様に出るな」
「ふ、ふみま――あう……」
孤独の女王の時から、日和は何かあれば謝罪の言葉が出るようになった。
再び出そうになった言葉を噤んで、日和は落ち込む。
「私は何も気にしていない。日和が悪いとも思っていない。だから、謝るな」
「はい……」
「……そういう所は、昔と変わらないんだな」
「え?」
ぼそりと呟く竜牙の言葉に日和は首を傾げる。
しかし竜牙はくすりと笑って、その頭を撫でた。
「いや、なんでもない」