残酷な描写あり
18-1 お盆の日和と波音
違う、憑依換装はこんなものじゃない。
久し振りに意識を起こしたら、その景色が当たり前になっていた。
久し振りに体を動かしたら、元々自分の体だったと思うくらい気持ち悪い程度に体は馴染んでいた。
換装中は基本的に竜牙が思考し、身体を動かす。
俺はあくまで集中して力を注ぐだけだ。
それが、女王の呪いを受けて初めて一つとなって周りを見た時は、背が高かった。
自分よりも筋肉質な躰を動かすには重く、動作の一つ一つが慣れなかった。
逆に、憑依換装中の竜牙の感覚を思い知った気分になっていた。
それが今はどうだ。
まるで自分の体の様に動きが軽く、苦手な術は想像するより容易く操れる。
心に抱いた柔らかな土は堅牢な石の様に硬く、何でも守りきれるような自信を感じる。
違う、これは、俺じゃない。
不安になり、否定し、やっとこの女王の呪いの意味に気付いた。
「お前は、俺を……置野正也を殺す気だな……? 存在すら、消すつもりなんだな……?」
仕方なく竜牙の姿でしていた勉強も、強くなるための鍛錬も、術士としての仕事も全て、当たり前のようになっていく。
考えれば考えるほど、理解に繋がっていく。
鏡に映った自分に、正也という自分の影は何処にもない。
竜牙の記憶は全て見た。
考えまでは伝わらないが、今までの行動も見た物も、全て見ていた。
俺は既に竜牙になっていた。
俺は完全な式神になっていた。
俺は――誰だ?
***
8月の中旬、お盆の時期になって日和は少しだけ慌ただしく動いていた。
置野佐艮の配慮により、佐艮と竜牙と一緒に柳が丘の家の前に訪れ、手を合わせる。
祖父と、父、そして竜牙は日和の母の分も手を合わせた。
帰りに花を買い、家の『祭壇』と呼ばれている大きな仏間のような部屋に花を添え、線香を焚く。
今までした事のなかった作業に日和は戸惑いながら、佐艮にやり方を教えて貰い先祖に祈りを捧げた。
その後は昼食を食べ、また竜牙と共に家を出る。
次に向かうのは師隼の屋敷。
術士はこの時期必ずいつもの屋敷に集まるらしく、既に波音と夏樹が来ているようだ。
「あっ日和!来たわね、ちょっとこっち来て! 竜牙、悪いけど借りるわよ」
「えっ、波音……っ、ちょっと……!?」
屋敷に着いて早々、日和は早速波音に連行された。
連れ込まれたのは人気のない部屋。
珍しく少し埃っぽさがある部屋で、長く使われていないようだ。
「日和、竜牙となにかあった?」
「……はい?」
開口一番に問う波音だが、連れ去られた理由はよく分からなかった。
共に商業施設で遊んで以来会わなかったが、何故突然そういう話になるのだろうか。
「えっと、なんで……?」
「だって今まで竜牙の後ろをついて歩いていたでしょ?どうして隣に? もしかして、あの日の翌日になんかあった?」
矢継ぎ早に飛んでくる波音からの質問に日和は目を回す。
確かに日和はいつも少し後ろを歩く。
しかし今日は竜牙の隣を歩いていた。
波音は案外……という訳でもないが、周りはしっかり見ているらしい。
中々に鋭くて怖いが、それがどうしてわざわざ拉致してまで聞くのだろうか。
「いや、えっと……」
「前より仲良くなったかと思ったけど、違ったかしらね?」
にこりと波音は微笑む。
どうやらかなり興味があるらしく、逆に日和はとても引いている。
「な、仲良くなったというか、隣なら顔を見なくてもいいかな、というか……」
「ん? 避けてるの?」
「いや、そうではなくて……」
「何よ歯切れの悪い。はっきり言うべきだわ」
明らかに不機嫌に変わった波音に日和は観念した。
少し顔が熱く感じつつ、謎の喋りにくさを感じながら言葉にする。
「は、恥ずかしいんです……。なんというか、竜牙を見ると、なんか、こう。……心臓に悪いので後ろだと歩きづらくて……」
「ふぅん?」
「だから隣にはいるんですけど、お、落ち着かない……というか……。って波音、なんでニヤニヤ笑うんですか?」
波音は明らかに楽しそう、というよりも性格が悪いように見える笑みを溢す。
ある種、絶好の獲物を見つけた獣のようにも見える。
「日和、隣に居るともっと近くなってドキドキしないの?」
「えっ? ……――っ!!」
波音の言葉につい、一緒に来た時を思い出してしまった。
まただ、顔が熱くなる。
「や、やめて下さい、意識しちゃうじゃないですか……!」
「へぇ、意識してるんだ。良いじゃない」
ニヤ、と波音が意地悪く笑い、その心は女子特有の楽しみに染まった。
日和には分からない。
日和には分からない感覚や感情が、今波音には浮かんでいる。
---
――当たりだ。
金詰日和は竜牙に恋をしたらしい。
恥ずかしくなるといつもの固い喋り口調に戻るのがまた面白い。
どうやらかなり意識しているみたいだ。
いつも感情も興味も薄いのに……いや、だからこそか。
恋愛初心者のようでもあるし、その姿も中々に可愛い。と波音の心は水を得た魚のように喜んでいた。
「意識? したらいいじゃない。何、駄目なの?」
「へ!? だ、だって私、どうしたらいいですか?このままじゃ一緒に居るの辛くなります……」
「あら、辛くなるとどうなるの?」
「どうって……」
恋する乙女となった日和は赤面して動きもどことなくぎこちなさがある。
今まで見ない、想像つかなかった姿に心が満足してしまう。
だが、このままもっと見ていたいし、楽しみたい気持ちもある。
やっぱりこのまま応援しよう。
「じゃあ日和はどうしたいの? 竜牙から離れるの?」
「た、竜牙が嫌い、という訳じゃないので……。でも毎回こんな気持ちになるのは、し、失礼……じゃないですか?」
「新しい解釈ね。じゃあ素直にそう言ってみたら?」
「そんな事言える訳ないです……!!!」
日和が両手で顔を塞ぎ、特大のため息をついた。
「私から見るともっと仲良くなったように見えるけど? で、どこまで仲良くなりたいの?キスまで?」
「えっ……いや、それはもういっぱいいっぱいなので……」
とりあえず大きく恋人ラインまでにしてみるものの、まさかの経験済みに衝撃を受ける。
「嘘でしょいつ!?」
「えっと、波音に落とされる前の日……です…………」
「いや、落と……まあ、そうね……」
なんだか心が痛くなった。
しかしキスで日和の力を取るとは竜牙も中々やることが違う。
寧ろその頃から好きになった可能性はないのだろうか?
「色々と衝撃が強すぎて何の話だったか忘れちゃったわ……。あぁ、結局日和はどうしたいの?」
「うぅ、分からないんです……」
困り果てた日和は、多分本当にどうすればいいのか困っているのだろう。
今まで相当人から距離を離していたようだし、人との距離感を測って動くことは難しいのかもしれない。
「そう。じゃあ日和、竜牙にされて嫌なこととかなかったの? 今までを振り返ってみなさいな」
「嫌なこと、ですか?」
うーん、と唸る日和。
しかし首は左右に振られ、身に覚えがないと口を開いた。
「ない、です……多分。思い当たりません。竜牙は優しいし、いつでも気を使ってくれるし、とてもお世話になってます……」
口から思わずベタ惚れじゃない!とか突っ込みかけて、内心焦った。
だめだ、こいつら既に感覚が麻痺している。
「そ、そう……。あ、そういえば貴女、前に買ったハンカチはどうしたの?」
「あっ! わ、忘れていました……」
ふと思い出した私、偉い。
「だったら丁度いいじゃない! どうせ竜牙にあげる気だったんでしょ?」
「なんで知ってるんですか……!?」
「ふふふ、私を甘く見ないことね! ほら、日頃の感謝~とか言って渡したらどう?」
日和の事は正直に言うと、とても注視していた。
初めて会ったタイミングは時間で言えば自分達とそう違わないくせに、この二人の仲は異様に近い。
中の正也が大丈夫かはさておき、基本物静かで誰でも同じように接する竜牙は日和に対してだけはかなり待遇良くしている。
寧ろあんな常に心配する奴だった気が全くしない。
その日和はそれを知ってか知らずか、竜牙とよくくっついている。
いっそそのままくっつけばいい。
結ばれないとは分かっているが、どうしても応援してしまいたくなる。
竜牙だって、今が最後のはずだ。
最後くらいは、人の温かさを思い出しても良いと思う。
「ひ、日頃の感謝……」
「だってそうでしょ? 常に守って貰って、世話も焼いて貰っているのだから。だったらその気持ちを込めて渡すのも、悪くないじゃない?」
「な、なるほど……」
そういえば今日の日和の鞄はあの時と同じ鞄だ。
案の定、日和は鞄から簡単に包装された薄っぺらい袋を取り出し、じっと見ている。
「渡す時は勇気を持って、よ。頑張りなさい」
日和の背中を二度叩き、先に部屋を出る。
ああ、今後がどうなるのか楽しみだ。
久し振りに意識を起こしたら、その景色が当たり前になっていた。
久し振りに体を動かしたら、元々自分の体だったと思うくらい気持ち悪い程度に体は馴染んでいた。
換装中は基本的に竜牙が思考し、身体を動かす。
俺はあくまで集中して力を注ぐだけだ。
それが、女王の呪いを受けて初めて一つとなって周りを見た時は、背が高かった。
自分よりも筋肉質な躰を動かすには重く、動作の一つ一つが慣れなかった。
逆に、憑依換装中の竜牙の感覚を思い知った気分になっていた。
それが今はどうだ。
まるで自分の体の様に動きが軽く、苦手な術は想像するより容易く操れる。
心に抱いた柔らかな土は堅牢な石の様に硬く、何でも守りきれるような自信を感じる。
違う、これは、俺じゃない。
不安になり、否定し、やっとこの女王の呪いの意味に気付いた。
「お前は、俺を……置野正也を殺す気だな……? 存在すら、消すつもりなんだな……?」
仕方なく竜牙の姿でしていた勉強も、強くなるための鍛錬も、術士としての仕事も全て、当たり前のようになっていく。
考えれば考えるほど、理解に繋がっていく。
鏡に映った自分に、正也という自分の影は何処にもない。
竜牙の記憶は全て見た。
考えまでは伝わらないが、今までの行動も見た物も、全て見ていた。
俺は既に竜牙になっていた。
俺は完全な式神になっていた。
俺は――誰だ?
***
8月の中旬、お盆の時期になって日和は少しだけ慌ただしく動いていた。
置野佐艮の配慮により、佐艮と竜牙と一緒に柳が丘の家の前に訪れ、手を合わせる。
祖父と、父、そして竜牙は日和の母の分も手を合わせた。
帰りに花を買い、家の『祭壇』と呼ばれている大きな仏間のような部屋に花を添え、線香を焚く。
今までした事のなかった作業に日和は戸惑いながら、佐艮にやり方を教えて貰い先祖に祈りを捧げた。
その後は昼食を食べ、また竜牙と共に家を出る。
次に向かうのは師隼の屋敷。
術士はこの時期必ずいつもの屋敷に集まるらしく、既に波音と夏樹が来ているようだ。
「あっ日和!来たわね、ちょっとこっち来て! 竜牙、悪いけど借りるわよ」
「えっ、波音……っ、ちょっと……!?」
屋敷に着いて早々、日和は早速波音に連行された。
連れ込まれたのは人気のない部屋。
珍しく少し埃っぽさがある部屋で、長く使われていないようだ。
「日和、竜牙となにかあった?」
「……はい?」
開口一番に問う波音だが、連れ去られた理由はよく分からなかった。
共に商業施設で遊んで以来会わなかったが、何故突然そういう話になるのだろうか。
「えっと、なんで……?」
「だって今まで竜牙の後ろをついて歩いていたでしょ?どうして隣に? もしかして、あの日の翌日になんかあった?」
矢継ぎ早に飛んでくる波音からの質問に日和は目を回す。
確かに日和はいつも少し後ろを歩く。
しかし今日は竜牙の隣を歩いていた。
波音は案外……という訳でもないが、周りはしっかり見ているらしい。
中々に鋭くて怖いが、それがどうしてわざわざ拉致してまで聞くのだろうか。
「いや、えっと……」
「前より仲良くなったかと思ったけど、違ったかしらね?」
にこりと波音は微笑む。
どうやらかなり興味があるらしく、逆に日和はとても引いている。
「な、仲良くなったというか、隣なら顔を見なくてもいいかな、というか……」
「ん? 避けてるの?」
「いや、そうではなくて……」
「何よ歯切れの悪い。はっきり言うべきだわ」
明らかに不機嫌に変わった波音に日和は観念した。
少し顔が熱く感じつつ、謎の喋りにくさを感じながら言葉にする。
「は、恥ずかしいんです……。なんというか、竜牙を見ると、なんか、こう。……心臓に悪いので後ろだと歩きづらくて……」
「ふぅん?」
「だから隣にはいるんですけど、お、落ち着かない……というか……。って波音、なんでニヤニヤ笑うんですか?」
波音は明らかに楽しそう、というよりも性格が悪いように見える笑みを溢す。
ある種、絶好の獲物を見つけた獣のようにも見える。
「日和、隣に居るともっと近くなってドキドキしないの?」
「えっ? ……――っ!!」
波音の言葉につい、一緒に来た時を思い出してしまった。
まただ、顔が熱くなる。
「や、やめて下さい、意識しちゃうじゃないですか……!」
「へぇ、意識してるんだ。良いじゃない」
ニヤ、と波音が意地悪く笑い、その心は女子特有の楽しみに染まった。
日和には分からない。
日和には分からない感覚や感情が、今波音には浮かんでいる。
---
――当たりだ。
金詰日和は竜牙に恋をしたらしい。
恥ずかしくなるといつもの固い喋り口調に戻るのがまた面白い。
どうやらかなり意識しているみたいだ。
いつも感情も興味も薄いのに……いや、だからこそか。
恋愛初心者のようでもあるし、その姿も中々に可愛い。と波音の心は水を得た魚のように喜んでいた。
「意識? したらいいじゃない。何、駄目なの?」
「へ!? だ、だって私、どうしたらいいですか?このままじゃ一緒に居るの辛くなります……」
「あら、辛くなるとどうなるの?」
「どうって……」
恋する乙女となった日和は赤面して動きもどことなくぎこちなさがある。
今まで見ない、想像つかなかった姿に心が満足してしまう。
だが、このままもっと見ていたいし、楽しみたい気持ちもある。
やっぱりこのまま応援しよう。
「じゃあ日和はどうしたいの? 竜牙から離れるの?」
「た、竜牙が嫌い、という訳じゃないので……。でも毎回こんな気持ちになるのは、し、失礼……じゃないですか?」
「新しい解釈ね。じゃあ素直にそう言ってみたら?」
「そんな事言える訳ないです……!!!」
日和が両手で顔を塞ぎ、特大のため息をついた。
「私から見るともっと仲良くなったように見えるけど? で、どこまで仲良くなりたいの?キスまで?」
「えっ……いや、それはもういっぱいいっぱいなので……」
とりあえず大きく恋人ラインまでにしてみるものの、まさかの経験済みに衝撃を受ける。
「嘘でしょいつ!?」
「えっと、波音に落とされる前の日……です…………」
「いや、落と……まあ、そうね……」
なんだか心が痛くなった。
しかしキスで日和の力を取るとは竜牙も中々やることが違う。
寧ろその頃から好きになった可能性はないのだろうか?
「色々と衝撃が強すぎて何の話だったか忘れちゃったわ……。あぁ、結局日和はどうしたいの?」
「うぅ、分からないんです……」
困り果てた日和は、多分本当にどうすればいいのか困っているのだろう。
今まで相当人から距離を離していたようだし、人との距離感を測って動くことは難しいのかもしれない。
「そう。じゃあ日和、竜牙にされて嫌なこととかなかったの? 今までを振り返ってみなさいな」
「嫌なこと、ですか?」
うーん、と唸る日和。
しかし首は左右に振られ、身に覚えがないと口を開いた。
「ない、です……多分。思い当たりません。竜牙は優しいし、いつでも気を使ってくれるし、とてもお世話になってます……」
口から思わずベタ惚れじゃない!とか突っ込みかけて、内心焦った。
だめだ、こいつら既に感覚が麻痺している。
「そ、そう……。あ、そういえば貴女、前に買ったハンカチはどうしたの?」
「あっ! わ、忘れていました……」
ふと思い出した私、偉い。
「だったら丁度いいじゃない! どうせ竜牙にあげる気だったんでしょ?」
「なんで知ってるんですか……!?」
「ふふふ、私を甘く見ないことね! ほら、日頃の感謝~とか言って渡したらどう?」
日和の事は正直に言うと、とても注視していた。
初めて会ったタイミングは時間で言えば自分達とそう違わないくせに、この二人の仲は異様に近い。
中の正也が大丈夫かはさておき、基本物静かで誰でも同じように接する竜牙は日和に対してだけはかなり待遇良くしている。
寧ろあんな常に心配する奴だった気が全くしない。
その日和はそれを知ってか知らずか、竜牙とよくくっついている。
いっそそのままくっつけばいい。
結ばれないとは分かっているが、どうしても応援してしまいたくなる。
竜牙だって、今が最後のはずだ。
最後くらいは、人の温かさを思い出しても良いと思う。
「ひ、日頃の感謝……」
「だってそうでしょ? 常に守って貰って、世話も焼いて貰っているのだから。だったらその気持ちを込めて渡すのも、悪くないじゃない?」
「な、なるほど……」
そういえば今日の日和の鞄はあの時と同じ鞄だ。
案の定、日和は鞄から簡単に包装された薄っぺらい袋を取り出し、じっと見ている。
「渡す時は勇気を持って、よ。頑張りなさい」
日和の背中を二度叩き、先に部屋を出る。
ああ、今後がどうなるのか楽しみだ。