残酷な描写あり
20-2 誰もが信念を振り翳す
奥村弥生に言われた場所の近くにやってきた筈だ。
周りは企業の工場が多く、人通りは少ない。
住宅すらも少ないが、あの女はこんな所に住んでいるのか。
辺りに怪しい影は無いように感じる。
「……焔、どう思う?」
声をかけると背中で火の燃える音がした。
「うっすらと気配を感じる。女王の結界が近いんだろうね」
「……あの女の言葉を信じろっていうの?」
「確定ではないけど、口から出まかせという訳ではないんだろうね」
式の焔の声は幾分低い。
という事は、これは真面目に言っているんだと即座に理解した。
「……帰っていいかしら」
嫌な不安が胸に残って、思わず口から吐き出してしまった。
焔はにこりと笑うが、その目は笑ってなんていない。
「見ない方が幸せって事も、あったかもしれないね」
確かに、そうだ。見ない方が幸せだったかもしれない。
空に大きな王城がうっすら見えて、そこから見覚えのある姿が降りてきた。
私は貴女を疑ってなんてない。
だけどいつの間にか更に術士の力をつけた貴女は、どこでそれを手に取ったかなんて知らない。
私の脳みそは冷静なんかじゃなかった。
「日和……?」
分かっている。日和は妖なんかじゃない。
だけど、妖に誑かされているなら……止めないといけない。
「……っ! な、波音……」
かけた声に気付いた髪の長い友人が振り返った。
その表情はどことなく青白くて、引いている。
「あんた……そこで、何をしていたの?」
「こ、れは……その……」
問題の日和は、口籠っている。
違うならはっきりとそう言って欲しい。
私は保護対象として、術士として、友人として貴女を見ているのに。
「今、この辺に妖を見たのだけど……見なかった?」
「……!! その、あの……」
真っ青になって涙目になっている。
どうして、はっきり言えないのか。
苛々としてくる。
「……日和、正直に言って。私、貴女が妖とつるんでるなんて考えたくもないの。どうして、何も言ってくれないの……?」
「す、すみません……明日まで、待ってくれませんか……!?」
「はぁ……?明日まで……? 何を先延ばしにする必要があるのよ」
「ごめんなさい……まだ、言えません。明日には、終わるんです……」
小さく震えている。
これ以上は、私の手に負えそうにない。
「……焔」
焔は静かに優しい表情で日和の前まで歩み寄る。
その背中は轟々として、残暑とは別のむわりとした熱気を感じた。
「日和ちゃん、君は今、女王の結界の中にいた。僕には見えてるよ。どうして、そこに居たの?」
「……」
「そうやって震えているっていうことは、君は分かってそこに居た筈だ。こうやって責められるのを分かっていた筈だ。そうやって黙っているのも、黙認と捉えるけど……良いんだね?」
「なっ、波音、焔……お願いします……明日が最後なんです! それまで、待ってくれませんか……」
「……波音、竜牙を呼んで」
日和の言葉に焔はため息をつく。
そして振り返る事なく、私へ指示してきた。
「……分かったわ」
スマートフォンを取り出し、日和と出会ったことについて連絡を入れる。
緊急事態だと、メッセージをプラスして。
『直ぐに向かう』
返事はすぐにきた。
竜牙が来るまでの間、日和は真っ青になり立ったまま、焔はその姿をじっと見ている。
私は……どうすればいいのか迷っていた。
焔は采配が厳しい。
このまま日和を妖として殺してしまう事になるのだけは、嫌だ――。
「……どうした」
背後で竜牙の声と共に着地した音が聞こえた。
「どうしたもこうしたも、君は知っているの?」
焔はため息をつき、振り返って竜牙を見る。
その目は、声は、とても怒っていた。
「……何のことだ?」
「日和ちゃんが、妖と会っていたことだよ」
「……なんだと?」
後ろにいた竜牙は日和の元へ近づき、焔を見ている。
怒る焔と対峙できるなんてすごいな、と心のどこかで感心しながら、この話の行く末に不安を抱く。
「……日和、どういう事だ?」
「すみ、ません……」
「そうじゃなくて」
「ごめんなさい……」
「……会っていたのか?」
「……」
竜牙の声は静かだ。
そんな中、いくつもの言葉の中、日和は竜牙の問いに対して静かに頷いた。
「終わったのか?」
「……」
子供の様に、首を横に振る。
「……すまない、この件は預からせてほしい」
「……嫌だ、と言ったら?」
焔は怒っている。
元々火を宿す者だ。簡単に冷めないのは分かっている。
「……こちらとしても約束がある。それが果たされない限りは、こちらも何もできない」
あくまで竜牙は冷静のつもりだと思う。
だけど、それが理解できても納得とは別であることを、私は知っている。
「そっちの事情を汲んだとしても、こちらとは別じゃないのかな。僕達だって報告を受けて動いているんだ」
「……そうか。ならば、致し方ない」
「そう、そこまでの事なら……仕方ないね」
竜牙は日和を信頼しているのだろう。
だったらこの形も仕方ないのかもしれない。
だけど……
わざわざ式神同士が戦うなんて、何の冗談だろう。
――金属がぶつかる音が響いた。
棍棒の棒先と槍の切っ先が大きくぶつかり合い、互いに距離を取る。
その隙に竜牙は日和を抱き上げ、焔から引き離した。
「竜――」
一瞬日和が声を上げた気がしたが、かき消される。
次の瞬間には焔が口に手を当て大きく息を吸い、業火を噴く。
竜牙は瞬時に壁を出して、火炎を防いだ。
自分で出した炎の中を焔は突っ込んで棍棒を突き刺し、竜牙の岩壁を壊す。
それを察知していたようにしゃがみ込んだ竜牙は上に向けて槍を突き上げた。
ちっ、と音が鳴る。
槍の先が焔の頬の皮一枚を裂いた。
だが同時に、壁を壊した後の薙ぎ払いが竜牙の脇腹を抉っていた。
「ちっ!」「ぐっ!!」
焔は突っこんだ姿勢のまま日和に手を伸ばす。
指先が日和のシャツに触れそうになったが、焔の体は一瞬で空へ舞った。
「――くそっ!!」
再び距離を取った竜牙が地面を叩いていた。
焔の足元には地面から生えた柱があり、打ち上げられたのだろう。
空に浮いた焔は寧ろ好都合だと悪魔的に笑む。
それはいつか日和に見せた殺意の笑顔、私に術を叩きこむ時の表情のそれだ。
焔は目を開いて蛇のような目を見せた。
そして腕に仕込んだ小手を引き、にいっと口角を上げる。
(あれは……!!)
業。
日和に触れかける時、小手に繋いだ細い糸を付けたのだろう。
もう一度息を吹きかけた焔の炎は口に噛んだ糸に沿って、日和へ走る。
「日和!!」
竜牙は日和へ駆け寄り、背でその炎を受けた。
「……っ!!」「ぶわっ!!」「きゃっ……!?」
そこへ急な冷たさが全身に走り、一瞬何が起こったか分からなかった。
辺りはずぶ濡れで、その場の全員が水を被ったらしい。
こんな事が出来るのは、馬鹿力の一人しかいない。
「――もう、なにしてんのさ。ありがと夏樹、助かったよ」
「いえ……」
声を頼りに見上げると、横の工場の塀に残りの二人の影があった。
「玲、夏樹……」
「波音、焔を片付けて」
「……」
「早く」
「ご、ごめんなさい……」
塀から降りた玲から、険しい顔で指示を受けた。
言われるまま、水に被って静かになった焔をしまうしかない。
「清依さんから占いがこっちに来るから何かと思えば、何してるの」
「……」
「……」
「……っ」
どうして玲がここへ来られたのか理解しつつ、私も、竜牙も何も言わない。
日和に至っては、静かに泣き出していた。
「波音は明日まで我慢して。竜牙は……今は日和ちゃんを連れて帰って欲しい。今日の残りは僕と夏樹で回るから……」
玲の言葉は氷の様に冷たい。
だけど、それが今一番正解なのかもしれない。
今は、この場所から離れたくて仕方がなかった。
「……すまない」
竜牙は声を抑えて泣く日和を連れて、さっさと消えてしまった。
私は……この場所から動けずにいる。
「……波音」
「……」
「波音は帰れる?」
玲の声は聞こえてるのに、答えられない。
それよりも目の前が滲んで、辛かった。
「波――……はぁ。一緒に、回る?」
玲のため息が聞こえた。
今の私は、頷くだけで精一杯だ。
今は、何も考えられそうにない。
***
辛い。
辛くて、悲しい。
分かっていたのに。
こうなることは、分かっていたのに。
「日和、大丈夫か?」
こんな時になっても竜牙は怒ったりなどせず、自分の傍に寄り添っている。
それがどうしてかも分からない。
何もかもぐちゃぐちゃな心で、自然と言葉が零れ落ちた。
「……すみませんでした」
「……一先ず、帰るぞ」
「……」
やっぱり竜牙は叱ってくれない。
自分は叱って欲しいのかも分からない。
裏切る行為をしたのは、私の方だ。
それを理解しているからこそ、なのかもしれない。
「日和」
「……会っていたのは……女王です」
「……そう、か」
置野家に帰り、部屋に戻ってから竜牙に名前を呼ばれた。
ずっと黙っていたのだ。ちゃんと話さないと目の前の不安気な表情をする竜牙にはもっと心配をかけさせてしまう。
「……危険を感じなかったか?」
元々こうなることは分かっていたことだ。
声を出せず、素直に首を横に振った。
「それでも、通うと決めたか」
縦に、ゆっくりと頷く。
できるなら、最後までラニアの話を聞きたい。
「……日和、終われば……話すと言っていたな」
再びゆっくりと頷いた。
「明日が最後だと、言っていたな。明日終われば、言えるのか?」
「……言います。口止めをされているとか、そういうのじゃ、ないんです。すみません……」
明日だ。
明日で全てが終わる。
あと少し、もう少しだけ……仲良くなれた友人と話をさせて欲しい。
「……分かった。明日、私も共に連れていけ。出来るか?」
「……わかりました。お願い、します……」
竜牙はため息を吐いて抱き締め、背中を撫でてくれる。
その優しさが逆に苦しくて、しばらく声を押し殺して竜牙の胸で泣くことしかできなかった。
周りは企業の工場が多く、人通りは少ない。
住宅すらも少ないが、あの女はこんな所に住んでいるのか。
辺りに怪しい影は無いように感じる。
「……焔、どう思う?」
声をかけると背中で火の燃える音がした。
「うっすらと気配を感じる。女王の結界が近いんだろうね」
「……あの女の言葉を信じろっていうの?」
「確定ではないけど、口から出まかせという訳ではないんだろうね」
式の焔の声は幾分低い。
という事は、これは真面目に言っているんだと即座に理解した。
「……帰っていいかしら」
嫌な不安が胸に残って、思わず口から吐き出してしまった。
焔はにこりと笑うが、その目は笑ってなんていない。
「見ない方が幸せって事も、あったかもしれないね」
確かに、そうだ。見ない方が幸せだったかもしれない。
空に大きな王城がうっすら見えて、そこから見覚えのある姿が降りてきた。
私は貴女を疑ってなんてない。
だけどいつの間にか更に術士の力をつけた貴女は、どこでそれを手に取ったかなんて知らない。
私の脳みそは冷静なんかじゃなかった。
「日和……?」
分かっている。日和は妖なんかじゃない。
だけど、妖に誑かされているなら……止めないといけない。
「……っ! な、波音……」
かけた声に気付いた髪の長い友人が振り返った。
その表情はどことなく青白くて、引いている。
「あんた……そこで、何をしていたの?」
「こ、れは……その……」
問題の日和は、口籠っている。
違うならはっきりとそう言って欲しい。
私は保護対象として、術士として、友人として貴女を見ているのに。
「今、この辺に妖を見たのだけど……見なかった?」
「……!! その、あの……」
真っ青になって涙目になっている。
どうして、はっきり言えないのか。
苛々としてくる。
「……日和、正直に言って。私、貴女が妖とつるんでるなんて考えたくもないの。どうして、何も言ってくれないの……?」
「す、すみません……明日まで、待ってくれませんか……!?」
「はぁ……?明日まで……? 何を先延ばしにする必要があるのよ」
「ごめんなさい……まだ、言えません。明日には、終わるんです……」
小さく震えている。
これ以上は、私の手に負えそうにない。
「……焔」
焔は静かに優しい表情で日和の前まで歩み寄る。
その背中は轟々として、残暑とは別のむわりとした熱気を感じた。
「日和ちゃん、君は今、女王の結界の中にいた。僕には見えてるよ。どうして、そこに居たの?」
「……」
「そうやって震えているっていうことは、君は分かってそこに居た筈だ。こうやって責められるのを分かっていた筈だ。そうやって黙っているのも、黙認と捉えるけど……良いんだね?」
「なっ、波音、焔……お願いします……明日が最後なんです! それまで、待ってくれませんか……」
「……波音、竜牙を呼んで」
日和の言葉に焔はため息をつく。
そして振り返る事なく、私へ指示してきた。
「……分かったわ」
スマートフォンを取り出し、日和と出会ったことについて連絡を入れる。
緊急事態だと、メッセージをプラスして。
『直ぐに向かう』
返事はすぐにきた。
竜牙が来るまでの間、日和は真っ青になり立ったまま、焔はその姿をじっと見ている。
私は……どうすればいいのか迷っていた。
焔は采配が厳しい。
このまま日和を妖として殺してしまう事になるのだけは、嫌だ――。
「……どうした」
背後で竜牙の声と共に着地した音が聞こえた。
「どうしたもこうしたも、君は知っているの?」
焔はため息をつき、振り返って竜牙を見る。
その目は、声は、とても怒っていた。
「……何のことだ?」
「日和ちゃんが、妖と会っていたことだよ」
「……なんだと?」
後ろにいた竜牙は日和の元へ近づき、焔を見ている。
怒る焔と対峙できるなんてすごいな、と心のどこかで感心しながら、この話の行く末に不安を抱く。
「……日和、どういう事だ?」
「すみ、ません……」
「そうじゃなくて」
「ごめんなさい……」
「……会っていたのか?」
「……」
竜牙の声は静かだ。
そんな中、いくつもの言葉の中、日和は竜牙の問いに対して静かに頷いた。
「終わったのか?」
「……」
子供の様に、首を横に振る。
「……すまない、この件は預からせてほしい」
「……嫌だ、と言ったら?」
焔は怒っている。
元々火を宿す者だ。簡単に冷めないのは分かっている。
「……こちらとしても約束がある。それが果たされない限りは、こちらも何もできない」
あくまで竜牙は冷静のつもりだと思う。
だけど、それが理解できても納得とは別であることを、私は知っている。
「そっちの事情を汲んだとしても、こちらとは別じゃないのかな。僕達だって報告を受けて動いているんだ」
「……そうか。ならば、致し方ない」
「そう、そこまでの事なら……仕方ないね」
竜牙は日和を信頼しているのだろう。
だったらこの形も仕方ないのかもしれない。
だけど……
わざわざ式神同士が戦うなんて、何の冗談だろう。
――金属がぶつかる音が響いた。
棍棒の棒先と槍の切っ先が大きくぶつかり合い、互いに距離を取る。
その隙に竜牙は日和を抱き上げ、焔から引き離した。
「竜――」
一瞬日和が声を上げた気がしたが、かき消される。
次の瞬間には焔が口に手を当て大きく息を吸い、業火を噴く。
竜牙は瞬時に壁を出して、火炎を防いだ。
自分で出した炎の中を焔は突っ込んで棍棒を突き刺し、竜牙の岩壁を壊す。
それを察知していたようにしゃがみ込んだ竜牙は上に向けて槍を突き上げた。
ちっ、と音が鳴る。
槍の先が焔の頬の皮一枚を裂いた。
だが同時に、壁を壊した後の薙ぎ払いが竜牙の脇腹を抉っていた。
「ちっ!」「ぐっ!!」
焔は突っこんだ姿勢のまま日和に手を伸ばす。
指先が日和のシャツに触れそうになったが、焔の体は一瞬で空へ舞った。
「――くそっ!!」
再び距離を取った竜牙が地面を叩いていた。
焔の足元には地面から生えた柱があり、打ち上げられたのだろう。
空に浮いた焔は寧ろ好都合だと悪魔的に笑む。
それはいつか日和に見せた殺意の笑顔、私に術を叩きこむ時の表情のそれだ。
焔は目を開いて蛇のような目を見せた。
そして腕に仕込んだ小手を引き、にいっと口角を上げる。
(あれは……!!)
業。
日和に触れかける時、小手に繋いだ細い糸を付けたのだろう。
もう一度息を吹きかけた焔の炎は口に噛んだ糸に沿って、日和へ走る。
「日和!!」
竜牙は日和へ駆け寄り、背でその炎を受けた。
「……っ!!」「ぶわっ!!」「きゃっ……!?」
そこへ急な冷たさが全身に走り、一瞬何が起こったか分からなかった。
辺りはずぶ濡れで、その場の全員が水を被ったらしい。
こんな事が出来るのは、馬鹿力の一人しかいない。
「――もう、なにしてんのさ。ありがと夏樹、助かったよ」
「いえ……」
声を頼りに見上げると、横の工場の塀に残りの二人の影があった。
「玲、夏樹……」
「波音、焔を片付けて」
「……」
「早く」
「ご、ごめんなさい……」
塀から降りた玲から、険しい顔で指示を受けた。
言われるまま、水に被って静かになった焔をしまうしかない。
「清依さんから占いがこっちに来るから何かと思えば、何してるの」
「……」
「……」
「……っ」
どうして玲がここへ来られたのか理解しつつ、私も、竜牙も何も言わない。
日和に至っては、静かに泣き出していた。
「波音は明日まで我慢して。竜牙は……今は日和ちゃんを連れて帰って欲しい。今日の残りは僕と夏樹で回るから……」
玲の言葉は氷の様に冷たい。
だけど、それが今一番正解なのかもしれない。
今は、この場所から離れたくて仕方がなかった。
「……すまない」
竜牙は声を抑えて泣く日和を連れて、さっさと消えてしまった。
私は……この場所から動けずにいる。
「……波音」
「……」
「波音は帰れる?」
玲の声は聞こえてるのに、答えられない。
それよりも目の前が滲んで、辛かった。
「波――……はぁ。一緒に、回る?」
玲のため息が聞こえた。
今の私は、頷くだけで精一杯だ。
今は、何も考えられそうにない。
***
辛い。
辛くて、悲しい。
分かっていたのに。
こうなることは、分かっていたのに。
「日和、大丈夫か?」
こんな時になっても竜牙は怒ったりなどせず、自分の傍に寄り添っている。
それがどうしてかも分からない。
何もかもぐちゃぐちゃな心で、自然と言葉が零れ落ちた。
「……すみませんでした」
「……一先ず、帰るぞ」
「……」
やっぱり竜牙は叱ってくれない。
自分は叱って欲しいのかも分からない。
裏切る行為をしたのは、私の方だ。
それを理解しているからこそ、なのかもしれない。
「日和」
「……会っていたのは……女王です」
「……そう、か」
置野家に帰り、部屋に戻ってから竜牙に名前を呼ばれた。
ずっと黙っていたのだ。ちゃんと話さないと目の前の不安気な表情をする竜牙にはもっと心配をかけさせてしまう。
「……危険を感じなかったか?」
元々こうなることは分かっていたことだ。
声を出せず、素直に首を横に振った。
「それでも、通うと決めたか」
縦に、ゆっくりと頷く。
できるなら、最後までラニアの話を聞きたい。
「……日和、終われば……話すと言っていたな」
再びゆっくりと頷いた。
「明日が最後だと、言っていたな。明日終われば、言えるのか?」
「……言います。口止めをされているとか、そういうのじゃ、ないんです。すみません……」
明日だ。
明日で全てが終わる。
あと少し、もう少しだけ……仲良くなれた友人と話をさせて欲しい。
「……分かった。明日、私も共に連れていけ。出来るか?」
「……わかりました。お願い、します……」
竜牙はため息を吐いて抱き締め、背中を撫でてくれる。
その優しさが逆に苦しくて、しばらく声を押し殺して竜牙の胸で泣くことしかできなかった。