残酷な描写あり
20-1 不協和音の響く頃
気配がある。同じ匂いだ。
何処か近くて遠い場所に、同種が居る。
この辺りのどこかだ。
少女は仁王立ちになり、見えない空を睨み口角を上げた。
「……ははーん、女王の結界に隠れ住んでいるのね? ずいぶんと警戒心の強い女王様だこと」
こうして気配がある中で、姿を現さない理由は知っている。
女王には女王が持つ特別な結界があるからだ。
という事は、この女王も相当に力が強いということになる。
こういう時は残念ながら女王同士で干渉することはできない。
せめて家臣となる雑兵さえいれば、間接的に何かができるかもしれないが。
もしできるとしたら――きっと彼らならばやってくれるだろう。
「……あっは、私天才かも。良い事思いついちゃった! 私の石はどうなったか分からないけど、私の計画の邪魔はさせないんだから!」
女王は小悪魔の様に笑い、目をぎらりと光らせた。
その先に、普通では見えない空色の王城に向けて。
***
波音は感じていた。
ここ最近、日和は何処かへ出ている。
学校が終われば一目散に学校を出ていく。
一昨日も私達と会った後、何処かへ出かけていたらしい。
時間はいつも大体同じくらいだ。
日和はなにか予定を作るほど外向的とは思えないが、竜牙はそれを知っているようなので詳しくは問い詰めていない。
だから、いつもの事だな、と今日も思っていた。
「ねぇ、水鏡さん」
そんな日和を心配しているのだろう。
だから私に話しかけるのかと思ったけど、違うらしい。
突然話しかけてきたこの女は、私に用があるようだ。
「……。日和に関係なく、私に用事なんて珍しいわね。何?」
奥村弥生。
信用していいのかさっぱり分からないが、ある程度友人として接している、置野正也の妹。
全く似ていない二卵性の双子の妹だ。
精々、髪の色が似ている事くらいだろうか。
「水鏡さんは、私の力って知ってたっけ?」
いつも明るく元気な弥生は珍しく湿っぽい。
妙な胸騒ぎがする。
「……力が無いから家を追い出されているのでしょう?」
「うん、術士の力は無いよ。でも、あるの。私には、特別な力が」
弥生は不気味に口角を大きく上げた。
自信ありげに、大きく頷いて。
「私には、見えてる。だから和音みこ…みこちゃんと一緒にいたの」
「なんの、話よ……」
「私ね、人と妖を見分けられるんだよ」
にひひ、と弥生は笑って右目に触れる。
閉じ、開いた目は茶色から色味が薄まっていた。
異質な瞳に思わず身の毛がよだって、身を引く。
「な、に、その目……。そ、それで、その目が何だっていうの……?」
弥生はくすりと笑って、願うように胸の前で手を組む。
「最近ね、日和が商店街の奥に来てるの知ってる? 私の家の近くなんだけど。……そこでね、見たの」
「な、何を?」
「日和が妖といる所」
「はぁ!? な、何かの間違いでしょ?」
あまりに突拍子もない事を言う弥生に思わず声が裏返った。
妖が日和の近くに居れば、妖は確実に日和を狙う。
目の前にご馳走があるのにわざわざ我慢する奴なんて、問題の女王以外そうそう居ない筈だ。
「間違いなんかじゃないよ。日和は空色の鳥を追いかけて何処かに消えたの。そしてしばらくしたら帰ってきて、一人で歩いていたのよ。……ねえ、もしかしたら日和は妖と繋がっているんじゃないの?」
そんな馬鹿な。
あるはずがない。
だけど、弥生の表情から笑顔が完全に消えている。
冗談を言っているようには見えない。
「あん、たねぇ……私は今まであの子を見てきたけど、そんな事は無かったわ! 何度も妖に狙われてたのよ!?」
「うん、そうだと思うよ。日和はすごい力があるって、なんとなくわかる。目の前にそんな子が居れば襲うでしょうね。でも、私は見たの。じゃあ、あれは何なの?」
「し、知らないわよ! 私に、それを調べろって言うの……?」
弥生はにこりと微笑んで頷く。
「……ごめんね、あんな怖い事はもう御免なの」
「……っ」
友人が目の前で惨殺されたのを、この女は見ているはずだ。
それを盾にされたなら、拒否なんて出来るはずもない。
「今行けば、きっと出てくる所を見られると思う。だからお願い……」
「……分かったわ」
---
城の主は今日、紅茶を飲んでいた。
側にはスコーン、そしてクッキーがある。
「いらっしゃい。もしかしたら、今日が最後かしらね?」
「え? なんでですか?」
「目を付けられたから、かしら。私はもう短いわ」
ラニアはにこりと笑う。
しかし眉は八の字で、少し寂しげだ。
「そんな……」
「日和さん、忘れないで。私は妖、女王なの。あなたは人、しかも術士の娘よ? いつかは別れが来るものよ」
「……そう、ですよね」
思わず落胆してしまった。
分かっていたことだ。
何を今更、と落ち込んだことを少し後悔した。
「……ねえ、日和さん。和音みこは覚えている?」
真っ直ぐにラニアは日和を見つめた。
夏休みの頭に現れた女王の名を聞いて真面目な話になると思い、日和は姿勢を正す。
「あの子はとある女王に殺された……。そうね?」
「はい、そうですね……」
「近い未来にその女王があなたを襲うわ。そしてあなたは死ぬのでしょうね。……だけど、怖がらないで。強い気持ちで居て欲しいの」
言っていることは怖い。
しかしラニアはそんな目に遭う自分を心配をしているように思う。
「女王はもう動き出しているわ。あなたの近くでその時を待っている。死神の鎌は既に、あなたの首に向いている」
ラニアは多分きっと、その女王がどこに居るのかを知っているのではないだろうか。
ではどこに居るのだろう。
それは多分、聞いても答えてくれない気がする。
「……なにか、気を付けることはありますか?」
「一番つらい戦いになるでしょう。あなたは、耐える心と強い気持ちを持ちなさい。あなたから皆には、多分何もできないわ」
どれだけ激しい戦いになるのだろうか。
想像がつかない分、不安も増えていく。
しかも、自分は何もできないだなんて……。
「一つ忠告するわね。彼らが今から行動を起こすのは、あなたを守る為の戦い。あなたの私情でそれを邪魔してはいけないわ」
「……わかり、ました」
ラニアには、見えている。
誰に対してかは分からない。
だけどきっといくつかの未来が示されているのだろう。
「どれだけ離れても、皆はあなたのことを思っていて、しっかり忘れていないことを覚えていて」
ラニアの表情が寂しそうに見えた。
なんだかもう会えない気がして、胸がざわざわとする。
「ラニア、ラニアにはもう……会えませんか?」
「そうね、もう残された時間は無いわ。あなたが"選んだ選択"は今日まで続いた。明日が最後でしょう」
清依が言っていた時間には辿りついたようで、少しほっとする。
「ふふふ、"選択"について少し理解してきたみたいね。そういう事よ。ならあなたはきっと大丈夫ね。……ほら、美味しい紅茶を飲みましょう」
ラニアはにこりと微笑む。
手元に目を移し、ゆっくりと紅茶を喉に流した。
「この地を治める光の使い手が、私をよく知っているわ。もし聞かれたなら答えてあげて欲しい。『私は貴方に会う必要は無いと判断した』と」
「光の使い手……師隼ですか?」
「ふふふ、この姿も中々に面白い物ね。とても楽しかったわ」
詳しい事はあまり話してくれない。
くすくすと笑うラニアの表情は晴れきっているようだった。
なんとなく、その理由を察した。
「ラニア、明日はお話できませんか?」
「……」
「……そう、ですか。私も楽しかったです。ありがとうございました」
ラニアは何も言わない。
人は人、妖は妖。
そういう事なのだろう。
今の日和には感謝の言葉を伝えることしか、できない。
「こちらこそ、ありがとう。……さようならは、次回言えたらいいわね」
「はい」
そう返事をしたところで、私は既に城を出ていた。
「日和……?」
後ろから聞き覚えのある声がして、しんみりした気持ちは一瞬で掻き消える事となる。
何処か近くて遠い場所に、同種が居る。
この辺りのどこかだ。
少女は仁王立ちになり、見えない空を睨み口角を上げた。
「……ははーん、女王の結界に隠れ住んでいるのね? ずいぶんと警戒心の強い女王様だこと」
こうして気配がある中で、姿を現さない理由は知っている。
女王には女王が持つ特別な結界があるからだ。
という事は、この女王も相当に力が強いということになる。
こういう時は残念ながら女王同士で干渉することはできない。
せめて家臣となる雑兵さえいれば、間接的に何かができるかもしれないが。
もしできるとしたら――きっと彼らならばやってくれるだろう。
「……あっは、私天才かも。良い事思いついちゃった! 私の石はどうなったか分からないけど、私の計画の邪魔はさせないんだから!」
女王は小悪魔の様に笑い、目をぎらりと光らせた。
その先に、普通では見えない空色の王城に向けて。
***
波音は感じていた。
ここ最近、日和は何処かへ出ている。
学校が終われば一目散に学校を出ていく。
一昨日も私達と会った後、何処かへ出かけていたらしい。
時間はいつも大体同じくらいだ。
日和はなにか予定を作るほど外向的とは思えないが、竜牙はそれを知っているようなので詳しくは問い詰めていない。
だから、いつもの事だな、と今日も思っていた。
「ねぇ、水鏡さん」
そんな日和を心配しているのだろう。
だから私に話しかけるのかと思ったけど、違うらしい。
突然話しかけてきたこの女は、私に用があるようだ。
「……。日和に関係なく、私に用事なんて珍しいわね。何?」
奥村弥生。
信用していいのかさっぱり分からないが、ある程度友人として接している、置野正也の妹。
全く似ていない二卵性の双子の妹だ。
精々、髪の色が似ている事くらいだろうか。
「水鏡さんは、私の力って知ってたっけ?」
いつも明るく元気な弥生は珍しく湿っぽい。
妙な胸騒ぎがする。
「……力が無いから家を追い出されているのでしょう?」
「うん、術士の力は無いよ。でも、あるの。私には、特別な力が」
弥生は不気味に口角を大きく上げた。
自信ありげに、大きく頷いて。
「私には、見えてる。だから和音みこ…みこちゃんと一緒にいたの」
「なんの、話よ……」
「私ね、人と妖を見分けられるんだよ」
にひひ、と弥生は笑って右目に触れる。
閉じ、開いた目は茶色から色味が薄まっていた。
異質な瞳に思わず身の毛がよだって、身を引く。
「な、に、その目……。そ、それで、その目が何だっていうの……?」
弥生はくすりと笑って、願うように胸の前で手を組む。
「最近ね、日和が商店街の奥に来てるの知ってる? 私の家の近くなんだけど。……そこでね、見たの」
「な、何を?」
「日和が妖といる所」
「はぁ!? な、何かの間違いでしょ?」
あまりに突拍子もない事を言う弥生に思わず声が裏返った。
妖が日和の近くに居れば、妖は確実に日和を狙う。
目の前にご馳走があるのにわざわざ我慢する奴なんて、問題の女王以外そうそう居ない筈だ。
「間違いなんかじゃないよ。日和は空色の鳥を追いかけて何処かに消えたの。そしてしばらくしたら帰ってきて、一人で歩いていたのよ。……ねえ、もしかしたら日和は妖と繋がっているんじゃないの?」
そんな馬鹿な。
あるはずがない。
だけど、弥生の表情から笑顔が完全に消えている。
冗談を言っているようには見えない。
「あん、たねぇ……私は今まであの子を見てきたけど、そんな事は無かったわ! 何度も妖に狙われてたのよ!?」
「うん、そうだと思うよ。日和はすごい力があるって、なんとなくわかる。目の前にそんな子が居れば襲うでしょうね。でも、私は見たの。じゃあ、あれは何なの?」
「し、知らないわよ! 私に、それを調べろって言うの……?」
弥生はにこりと微笑んで頷く。
「……ごめんね、あんな怖い事はもう御免なの」
「……っ」
友人が目の前で惨殺されたのを、この女は見ているはずだ。
それを盾にされたなら、拒否なんて出来るはずもない。
「今行けば、きっと出てくる所を見られると思う。だからお願い……」
「……分かったわ」
---
城の主は今日、紅茶を飲んでいた。
側にはスコーン、そしてクッキーがある。
「いらっしゃい。もしかしたら、今日が最後かしらね?」
「え? なんでですか?」
「目を付けられたから、かしら。私はもう短いわ」
ラニアはにこりと笑う。
しかし眉は八の字で、少し寂しげだ。
「そんな……」
「日和さん、忘れないで。私は妖、女王なの。あなたは人、しかも術士の娘よ? いつかは別れが来るものよ」
「……そう、ですよね」
思わず落胆してしまった。
分かっていたことだ。
何を今更、と落ち込んだことを少し後悔した。
「……ねえ、日和さん。和音みこは覚えている?」
真っ直ぐにラニアは日和を見つめた。
夏休みの頭に現れた女王の名を聞いて真面目な話になると思い、日和は姿勢を正す。
「あの子はとある女王に殺された……。そうね?」
「はい、そうですね……」
「近い未来にその女王があなたを襲うわ。そしてあなたは死ぬのでしょうね。……だけど、怖がらないで。強い気持ちで居て欲しいの」
言っていることは怖い。
しかしラニアはそんな目に遭う自分を心配をしているように思う。
「女王はもう動き出しているわ。あなたの近くでその時を待っている。死神の鎌は既に、あなたの首に向いている」
ラニアは多分きっと、その女王がどこに居るのかを知っているのではないだろうか。
ではどこに居るのだろう。
それは多分、聞いても答えてくれない気がする。
「……なにか、気を付けることはありますか?」
「一番つらい戦いになるでしょう。あなたは、耐える心と強い気持ちを持ちなさい。あなたから皆には、多分何もできないわ」
どれだけ激しい戦いになるのだろうか。
想像がつかない分、不安も増えていく。
しかも、自分は何もできないだなんて……。
「一つ忠告するわね。彼らが今から行動を起こすのは、あなたを守る為の戦い。あなたの私情でそれを邪魔してはいけないわ」
「……わかり、ました」
ラニアには、見えている。
誰に対してかは分からない。
だけどきっといくつかの未来が示されているのだろう。
「どれだけ離れても、皆はあなたのことを思っていて、しっかり忘れていないことを覚えていて」
ラニアの表情が寂しそうに見えた。
なんだかもう会えない気がして、胸がざわざわとする。
「ラニア、ラニアにはもう……会えませんか?」
「そうね、もう残された時間は無いわ。あなたが"選んだ選択"は今日まで続いた。明日が最後でしょう」
清依が言っていた時間には辿りついたようで、少しほっとする。
「ふふふ、"選択"について少し理解してきたみたいね。そういう事よ。ならあなたはきっと大丈夫ね。……ほら、美味しい紅茶を飲みましょう」
ラニアはにこりと微笑む。
手元に目を移し、ゆっくりと紅茶を喉に流した。
「この地を治める光の使い手が、私をよく知っているわ。もし聞かれたなら答えてあげて欲しい。『私は貴方に会う必要は無いと判断した』と」
「光の使い手……師隼ですか?」
「ふふふ、この姿も中々に面白い物ね。とても楽しかったわ」
詳しい事はあまり話してくれない。
くすくすと笑うラニアの表情は晴れきっているようだった。
なんとなく、その理由を察した。
「ラニア、明日はお話できませんか?」
「……」
「……そう、ですか。私も楽しかったです。ありがとうございました」
ラニアは何も言わない。
人は人、妖は妖。
そういう事なのだろう。
今の日和には感謝の言葉を伝えることしか、できない。
「こちらこそ、ありがとう。……さようならは、次回言えたらいいわね」
「はい」
そう返事をしたところで、私は既に城を出ていた。
「日和……?」
後ろから聞き覚えのある声がして、しんみりした気持ちは一瞬で掻き消える事となる。