残酷な描写あり
21-3 深まる謎
「ここなら問題ないかしら。ふふふ、これなんだけどね……」
有栖麗那がスカートを好き好むのは、その中に大量の闇を抱えることが出来て、かつ何でも取り込めるからだ。
彼女はスカートの中に闇と言う名の魔獣を飼っている。
魔獣というのは比喩ではない。
真っ黒で異質な化け物の手、黒々しい影を具現化した姿がその中で文字通り蠢き、棲んでいる。
だから今日も、最高に面白いものを捕まえてきた、と麗那はウキウキと期待を込めた笑みを溢す。
そして黒のフレアスカートを軽くたくし上げると、べっ、と捕まえた物が音を立てて落ち、転がってきた。
「……っ!」
「……」
麗那に呼び出された師隼と竜牙は揃って顔を顰める。
その様子に麗那はとても恍惚とした良い表情をしていた。
喜んでもらえたようで満足だ、と顔が訴えている。
「場所は駅の奥……ほぼ隣の地域よね。名前は神威八咫、あの付近から流れて来たわ」
「……見た目は人だが……」
「気は完全に妖だ」
麗那は竜牙と師隼の反応を見つめている。
そんなに喜んでくれるとは。こちらもわざわざ遠い場所まで足を運んだ甲斐があったというものだ、と心が躍った。
一方の師隼は「またこんなものを拉致ってきて……」と新たな面倒ごとに頭を悩ませる。
竜牙に至っては術士として早く処理してしまいたいと気が急くのを何とか落ち着かせている所だろうか。
しばらくの後、やっと意識がはっきりしたようにゆらりと『人の皮を被った何か』が身体を起こした。
「ここ、は……?」
「……! …ここは篠崎市安月大原だ。お前は?」
会話できるという事実を意外に思った師隼は表情を作り、話す。
様子を見るに40代男性ほどだろうか、随分と細身だが作業服を身に纏っている。
「あ、安月大原ですか!?い、いつの間にこんな所まで……! はっ……わ、私は神威八咫で作業員をしている嶋田です」
「神威八咫、か……。住居は?」
一先ず情報を得るべきだろう。
とりあえず相手を人として扱う師隼は知っている事を洗い浚い吐いて貰いたいと質問を投げかける。
「工業地の手前、麻生です」
「……」
神威八咫はただ一つの隣市に通じる道がある篠崎の入り口となる地域だ。
そして麻生は商店街と工業区の間にある小さな住宅街。
そこは奥村弥生が住んでいる場所でもある。
何か関係がありそうだ、と師隼は思い悩む。
「……そうか。では問うが、最近お前の周りで何か変わった事は無いか?」
「変わった事、ですか……。あ、知人なんですが、人が変わったというか……ああいや、好みや性格は変わりないんですが、なんというか、空気……いや、気配か……? そういったものが変わったように感じまして。今日は息子もなんですが」
「気配が変わった……。その息子はいくつだ?」
「中学3年になります。篠崎駅近くにある男子中学に通ってます」
篠崎駅……という事は、小鳥遊夏樹と同じ中学だ。
そういえば今日の午前中に夏樹から何やら要請があった。
どうやら学校に妖が出たらしいが……師隼がちらりと向ける視線を変えると、麗那の頬が少し持ち上がった。
その様子から、繋がりがあるのだろうと師隼は男の前に手を差し出す。
「ふむ……。ところでお前は何も変わりないか? 例えば……『これ』とか」
「え……?……!! ……う……? ……ぐ、あ……ア、アア……」
師隼は出した手に光を見せると、男は途端に目の色を変えて唸る。
人の目から獣の目へ、動きは次第に人の姿を消して妖に変わっていく。
後ろで静かにしていた竜牙が今にも突き殺そうと槍を構えるも、師隼は男に向けて浮かび上がらせた光を飛ばした。
光は作業員の男の体を焼き、燃えながら妖の様にさらさらと霧散していく姿は……やはり、妖のようだ。
人でありながら妖でもある。
なんとも歪な存在に師隼の胸の奥は酷い気持ち悪さを感じた。
「……くっ」
「大丈夫か」
力を使った反動か。
一瞬にして体が重くなった師隼は膝をつく。
そこへ直ぐに竜牙が支えた。
「もうすぐ神無月だものね。大丈夫?師隼」
「……ああ、体には既に影響が出てきているらしい。暫く休むよ……」
「この件は暫く私に任せて頂戴。……ふふ、楽しくなってきたわ」
怠そうに体を曲げる師隼に対し、麗那はにこにこと笑顔になっていく。
まるで自分の元気が吸い取られているかのようにも感じるが、それを竜牙が突っ込むことはなく。
「……こっちは既に手一杯だからね……。頼む」
ぐったりとした師隼からの了承を得て、麗那はふふふと笑った。
喜び、妖艶に笑う魔女は手をひらひらさせて闇に溶けていく。
「夏樹の所で情報を得てくるわ」と告げながら。
「……日和の所に戻るぞ」
「……分かった」
師隼はゆっくりと歩き始め、中庭からふらふらとしながらも屋敷へ戻る。
竜牙もその様子を見ながらついて行った。
――そして日和の元に戻り、今に至る。
一先ず寝室に拡がった書類を全てかき集めてもらい、執務室へ移した。
師隼は竜牙と日和によって現れたベッドに行こうとしたが、体が動かず面倒だった。
正直このままでも良いかなと思ったが、竜牙に引っぺ剥がされ、挙句の果てにはベッドに投げ捨てられてしまった。
昔の粗相が今になって返ってくるとは正直耐えがたい。
剣術で弟子にしてやった過去はもう古すぎるようだ。
あんな時代、今じゃ神話と言われるんだ。そりゃそうか。
懐かしい名前を何度も聞いてしまって、余計に疲れたのだろう。
師隼はしばらく、眠る事にした。
「……師隼、寝ました?」
「……ああ、そのようだな」
執務室は一気に書類の山になった。
日和は勉強道具を机の端に纏め、書類に手を伸ばす。
「……今更ですが私、こういうものに触れてよかったんでしょうか」
書類をまじまじと見ない様にしたいが、残念ながらどれがなんの書類かは、見ないと分からない。
一つ一つしっかりと見て、種類分けをしていく。
「……以前色々と気にしていただろう。今のうちに慣れてしまえば師隼の借りも返せるとは思うが」
「なるほど、竜牙は策士ですね」
竜牙にも手伝って貰いながら、日和は書類の山を種類分けに崩していく。
しかし書類は移動するだけで別の山を築いていく。
師隼の手書きメモ、術士の関係に狐面関係、篠崎の住居者リスト、古い時代の神宮寺家と活動目録。
どれが必要で、どれが必要でないのかは日和には分からない。
「よくもこんなに溜め込んだものだな」
訝しむ竜牙は書類を手にしながら愚痴を溢し、ため息を吐く。
師隼は罪を消すために術士に関わる政をしているとは聞いていた。
しかし自分が思っているよりも大きく深く、考えることは山ほどにあって……到底簡単に振り払えるものではないのだろう。
それほどに酷い事をしたのだろうか。
「師隼は師隼なりに忙しいんですね」
「……あいつは全て自分でやろうとするからな。昔はもっと直情的な奴だった」
「昔は……」
「……何度も転生する前の話だ」
やっぱり簡単な罪じゃない。
こんなに考えて町の為に、術士の為に何かしているのなら、少しでも良い方向に進んで欲しい。
少しでも崩れればあっという間に部屋が書類で埋まりそうな紙の山を見ながら、心には言語化できない複雑な気持ちが降り積もる。
「そうなんですね。えっと……お疲れ様です」
部屋の奥の師隼に向けて呟いた日和は手伝いに戻り、一枚の用紙を手に取る。
何の気なく手に取ったばかりの書類だが、目線を向けると目を逸らしがたい文面が見えた。
『金詰の式紙』
思わずじっくりと読みたくなったが、術士関係は全て竜牙に任せている。
それになんとなくだが、見てはいけない気がした。
「竜牙、これ……」
「ん、これは……。……読んだのか?」
「いえ、読んではいけない気がして……すみません」
「そうか……」
受け取った竜牙の目が一瞬見開き、日和に向く。
日和は首を振り、作業に戻った。
金詰の名前はもう、私には関係ない。
この名前は飾りだ。
全て終わればきっと、もう関係ない名前だ……。
有栖麗那がスカートを好き好むのは、その中に大量の闇を抱えることが出来て、かつ何でも取り込めるからだ。
彼女はスカートの中に闇と言う名の魔獣を飼っている。
魔獣というのは比喩ではない。
真っ黒で異質な化け物の手、黒々しい影を具現化した姿がその中で文字通り蠢き、棲んでいる。
だから今日も、最高に面白いものを捕まえてきた、と麗那はウキウキと期待を込めた笑みを溢す。
そして黒のフレアスカートを軽くたくし上げると、べっ、と捕まえた物が音を立てて落ち、転がってきた。
「……っ!」
「……」
麗那に呼び出された師隼と竜牙は揃って顔を顰める。
その様子に麗那はとても恍惚とした良い表情をしていた。
喜んでもらえたようで満足だ、と顔が訴えている。
「場所は駅の奥……ほぼ隣の地域よね。名前は神威八咫、あの付近から流れて来たわ」
「……見た目は人だが……」
「気は完全に妖だ」
麗那は竜牙と師隼の反応を見つめている。
そんなに喜んでくれるとは。こちらもわざわざ遠い場所まで足を運んだ甲斐があったというものだ、と心が躍った。
一方の師隼は「またこんなものを拉致ってきて……」と新たな面倒ごとに頭を悩ませる。
竜牙に至っては術士として早く処理してしまいたいと気が急くのを何とか落ち着かせている所だろうか。
しばらくの後、やっと意識がはっきりしたようにゆらりと『人の皮を被った何か』が身体を起こした。
「ここ、は……?」
「……! …ここは篠崎市安月大原だ。お前は?」
会話できるという事実を意外に思った師隼は表情を作り、話す。
様子を見るに40代男性ほどだろうか、随分と細身だが作業服を身に纏っている。
「あ、安月大原ですか!?い、いつの間にこんな所まで……! はっ……わ、私は神威八咫で作業員をしている嶋田です」
「神威八咫、か……。住居は?」
一先ず情報を得るべきだろう。
とりあえず相手を人として扱う師隼は知っている事を洗い浚い吐いて貰いたいと質問を投げかける。
「工業地の手前、麻生です」
「……」
神威八咫はただ一つの隣市に通じる道がある篠崎の入り口となる地域だ。
そして麻生は商店街と工業区の間にある小さな住宅街。
そこは奥村弥生が住んでいる場所でもある。
何か関係がありそうだ、と師隼は思い悩む。
「……そうか。では問うが、最近お前の周りで何か変わった事は無いか?」
「変わった事、ですか……。あ、知人なんですが、人が変わったというか……ああいや、好みや性格は変わりないんですが、なんというか、空気……いや、気配か……? そういったものが変わったように感じまして。今日は息子もなんですが」
「気配が変わった……。その息子はいくつだ?」
「中学3年になります。篠崎駅近くにある男子中学に通ってます」
篠崎駅……という事は、小鳥遊夏樹と同じ中学だ。
そういえば今日の午前中に夏樹から何やら要請があった。
どうやら学校に妖が出たらしいが……師隼がちらりと向ける視線を変えると、麗那の頬が少し持ち上がった。
その様子から、繋がりがあるのだろうと師隼は男の前に手を差し出す。
「ふむ……。ところでお前は何も変わりないか? 例えば……『これ』とか」
「え……?……!! ……う……? ……ぐ、あ……ア、アア……」
師隼は出した手に光を見せると、男は途端に目の色を変えて唸る。
人の目から獣の目へ、動きは次第に人の姿を消して妖に変わっていく。
後ろで静かにしていた竜牙が今にも突き殺そうと槍を構えるも、師隼は男に向けて浮かび上がらせた光を飛ばした。
光は作業員の男の体を焼き、燃えながら妖の様にさらさらと霧散していく姿は……やはり、妖のようだ。
人でありながら妖でもある。
なんとも歪な存在に師隼の胸の奥は酷い気持ち悪さを感じた。
「……くっ」
「大丈夫か」
力を使った反動か。
一瞬にして体が重くなった師隼は膝をつく。
そこへ直ぐに竜牙が支えた。
「もうすぐ神無月だものね。大丈夫?師隼」
「……ああ、体には既に影響が出てきているらしい。暫く休むよ……」
「この件は暫く私に任せて頂戴。……ふふ、楽しくなってきたわ」
怠そうに体を曲げる師隼に対し、麗那はにこにこと笑顔になっていく。
まるで自分の元気が吸い取られているかのようにも感じるが、それを竜牙が突っ込むことはなく。
「……こっちは既に手一杯だからね……。頼む」
ぐったりとした師隼からの了承を得て、麗那はふふふと笑った。
喜び、妖艶に笑う魔女は手をひらひらさせて闇に溶けていく。
「夏樹の所で情報を得てくるわ」と告げながら。
「……日和の所に戻るぞ」
「……分かった」
師隼はゆっくりと歩き始め、中庭からふらふらとしながらも屋敷へ戻る。
竜牙もその様子を見ながらついて行った。
――そして日和の元に戻り、今に至る。
一先ず寝室に拡がった書類を全てかき集めてもらい、執務室へ移した。
師隼は竜牙と日和によって現れたベッドに行こうとしたが、体が動かず面倒だった。
正直このままでも良いかなと思ったが、竜牙に引っぺ剥がされ、挙句の果てにはベッドに投げ捨てられてしまった。
昔の粗相が今になって返ってくるとは正直耐えがたい。
剣術で弟子にしてやった過去はもう古すぎるようだ。
あんな時代、今じゃ神話と言われるんだ。そりゃそうか。
懐かしい名前を何度も聞いてしまって、余計に疲れたのだろう。
師隼はしばらく、眠る事にした。
「……師隼、寝ました?」
「……ああ、そのようだな」
執務室は一気に書類の山になった。
日和は勉強道具を机の端に纏め、書類に手を伸ばす。
「……今更ですが私、こういうものに触れてよかったんでしょうか」
書類をまじまじと見ない様にしたいが、残念ながらどれがなんの書類かは、見ないと分からない。
一つ一つしっかりと見て、種類分けをしていく。
「……以前色々と気にしていただろう。今のうちに慣れてしまえば師隼の借りも返せるとは思うが」
「なるほど、竜牙は策士ですね」
竜牙にも手伝って貰いながら、日和は書類の山を種類分けに崩していく。
しかし書類は移動するだけで別の山を築いていく。
師隼の手書きメモ、術士の関係に狐面関係、篠崎の住居者リスト、古い時代の神宮寺家と活動目録。
どれが必要で、どれが必要でないのかは日和には分からない。
「よくもこんなに溜め込んだものだな」
訝しむ竜牙は書類を手にしながら愚痴を溢し、ため息を吐く。
師隼は罪を消すために術士に関わる政をしているとは聞いていた。
しかし自分が思っているよりも大きく深く、考えることは山ほどにあって……到底簡単に振り払えるものではないのだろう。
それほどに酷い事をしたのだろうか。
「師隼は師隼なりに忙しいんですね」
「……あいつは全て自分でやろうとするからな。昔はもっと直情的な奴だった」
「昔は……」
「……何度も転生する前の話だ」
やっぱり簡単な罪じゃない。
こんなに考えて町の為に、術士の為に何かしているのなら、少しでも良い方向に進んで欲しい。
少しでも崩れればあっという間に部屋が書類で埋まりそうな紙の山を見ながら、心には言語化できない複雑な気持ちが降り積もる。
「そうなんですね。えっと……お疲れ様です」
部屋の奥の師隼に向けて呟いた日和は手伝いに戻り、一枚の用紙を手に取る。
何の気なく手に取ったばかりの書類だが、目線を向けると目を逸らしがたい文面が見えた。
『金詰の式紙』
思わずじっくりと読みたくなったが、術士関係は全て竜牙に任せている。
それになんとなくだが、見てはいけない気がした。
「竜牙、これ……」
「ん、これは……。……読んだのか?」
「いえ、読んではいけない気がして……すみません」
「そうか……」
受け取った竜牙の目が一瞬見開き、日和に向く。
日和は首を振り、作業に戻った。
金詰の名前はもう、私には関係ない。
この名前は飾りだ。
全て終わればきっと、もう関係ない名前だ……。