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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
21-4 2週間
 謹慎の言い渡しから一週間が経ち、学校へ行けるようになった。
 学校の空気はいつの間にか文化祭モードになり、誰もがせわしなく準備している。
 ちなみに日和のクラスは出店でクレープをすると言っていた。
 それは日和が休学している間に決まったことのようだが、これにより波音との距離が縮まった――気配は全くない。
 それどころか、弥生もどこか余所余所しくなっている。
 そしてふと気づいた。
 この二人が居なければ、自分はまだ一人だけの世界に佇んでいるままだということに。

「……まだ師隼の所に居た時の方が元気そうだな」

 昼食時。
 目の前には竜牙一人だけ。
 玲と波音は来ず、弥生とともに過ごしているらしい。
 例によって日和だけで、この屋上に来ていた。

 いつものようにご飯を届けてくれる竜牙はため息をついて、また頭に手を乗せてくる。
 完全に子ども扱いを受けていないだろうか。
 寧ろ竜牙の雰囲気自体が最近ゆるくなってきている気がしないでもない。

「そう、ですか?」
「何か不安な事があれば言えばいい」

 思う所がない訳ではない。
 食事を摂る気になれず、日和の食事をする手は止まる。

「そういう訳では、ないです……。だけど……いつまでこのままなのかなって…」
「……日和がそう思うということは、今まで独りでいることに慣れていて、私達に会い、今は人と居ることに慣れたからだ。そうなればまた独りになった時、寂しく思うのは当然だ」
「どうすれば、いいですか?」
「今は何もできない、心を強く持てと言われたのだろう?」

 そうだ、ラニアに言われた。
 今がその時であるのに、なんで忘れていたんだろう。
 心に蓋がされたように重く、苦しくなる。
 無意識に唇を噛みしめると、少しだけ口の中は血の味で充満した。

「だが……日和、独りではない。私は傍にいるし、毎日ここにいる」
「竜牙……」
「どうしても辛くなれば、ここに会いに来い」

 頬に竜牙の手が触れて、温かさを感じた。
 竜牙の顔は何度も見た顔をしている。
 落ち込んだり、苦しんだり、辛くなった時に見せてくれる顔だ。

「……私、いつも竜牙に支えて貰ってますね」
「私は今までの玲の苦労を感じるぞ」
「私、そんなに兄さんに迷惑かけてますか?」

 そっと手が離れて、竜牙はううんと唸る。
 じっとこちらに視線が戻ったと思ったら、竜牙は口を開いた。

「迷惑というより、世話はかけていると思う」

 想定以上にばっさりと言われてしまった。



***
「――くひゅっ」
「ちょっと何?風邪?」

 隣で突然くしゃみをするもんだから吃驚した。
ついつい眉間に力が入って、玲を睨んでしまう。

「ごめんごめん。風邪じゃなくて、風の噂かな」
「気をつけなさいよね」

 中庭で弥生を遠目で監視しながら波音は卵焼きを口に入れる。
 玲はあはは、と笑いながら反対側の屋上に視線を向けていた。
 今頃日和は竜牙が居る屋上で昼食を摂っているのだろう。

「早く元に戻したいけど……戻れるかしら」
「波音、口に出てる。戻れるかどうかじゃなくて、戻すんだよ」
「……そうよね。日和の為に、戻らないと……」

 玲の言葉はきついが、その通りだ。
 その為には弱くなんてなっていられない。
 今は、自分の任務に必死にならないといけない。
 波音はのほほんと昼食のパンを頬張る弥生に再び視線を向けた。



***
 それから文化祭の空気に流され時は進み、日和は次第に自分が文化祭の準備の忙しさにかまけているように感じた。
 否、無理矢理そう思うことによって周囲を気にしないようにしている。
 今までずっとそれらを勉強に変換して集団生活を過ごしてきたのだ。
 何にも興味を示さない日和には朝飯前と言ってもいい程に簡単な作業で、何も考えなくていい楽な行動だった。

 屋台のイメージや場所取りとクレープの種類や仕入れ、小道具を作ったり衣装の準備をしたり。
 更には誰が何の担当をするか、そんな話題でクラスは活気に溢れ、いよいよ文化祭に向けた活動が始まっている。
 クレープがどんな食べ物で、大体の店では何がどれだけ入っているのか。
 街にあるクレープ屋各店舗の金額等を、街をよく歩くクラスメイト達に調べて貰った資料を照らし合わせながら、日和はほぼ無心でカタカタと電卓を弾く。
 生憎勉強ばかりで頭脳明晰とも言える日和はクラス委員長と向かい合って、全て計算ずくで材料費や予算から作れるレシピ考案まで、頼れる便利な相棒と化していた。

「金詰さんがいてくれて助かるなぁ。一家に一台欲しくなっちゃうよ……」

 そう愚痴を溢しながら、正面では内巻きショートヘアに丸渕メガネをかけた委員長がメモを取っては進捗状況を各班に確認している。
眼鏡をたまにあげては小さくため息を溢しているが、確か誰も挙手せず半ば強引に委員長にさせられていた人物だ。

「手伝えそうなことがあって良かったです」

 様子を見るに本当に委員長などやりたくなかったのかもしれない。
 そう、なんとなく感じていたが、一方の日和も優しげで少し気の弱そうな雰囲気の女委員長で幾分か安心していた。
 ガツガツしている人だとそれこそ話が逸れそうで、あまり関わりたいとは思えないかもしれない。
 文化祭の班分けはあったが、デザインや衣装を作るのは一切の興味を持たない日和には難しい。
 また、釘や木材、金槌を使っての仕事は主に男子の仕事だ。
 そして料理は出来るが、それは色々決まってからのまだ先の仕事なのでまだ出番は来ない。
 今日和にできることはあるかと聞いた時、この委員長は目を輝かせて手伝って欲しいと懇願してきた。
 日和が頭脳明晰なのを理解していたようで、今こうしてパチパチと電卓を打ち続けている。
 自分の仕事が確保されていたような役割なので、日和としては居心地のいい仕事に感謝しかない。

 ところでそんな事務的な仕事はたまに相談が来る。
 メニュー考案担当が持ってきたイラストには、クリームも果物も盛大に盛り付けたとんでもないクレープの提案が来た。

「金詰さん、こんなの作りたいんだけど」
「それだと赤字近いです。もう少し制限しましょう」

 今度は衣装担当が試作品のワンピースを持ってきて、丁寧に説明している。
 オシャレで可愛い物好きの生徒が盛り上がるのも仕方ないとは思う。
 しかしメインはクレープじゃないだろうかとため息が出そうになった。

「この衣装どう思う!? 私としてはもうちょっとここをこうして……」
「衣装は何着作るんですか? となると衣装用の材料費がかさみ過ぎてクレープが貧相になりますが……」

 日和の仕事はどうやら相談に乗りながら、予算の計算と生徒の我儘を抑えることらしい。
 完全に堅牢な金庫番となっていることに、日和をこの仕事にあてた委員長の底知れぬ能力を感じた。
 但し、当の本人は気付いていないようだが。

 ちなみに波音と弥生は衣装班である。
 弥生がデザインを描き、波音が部分的にあーだこーだと言いながら、周りの女子は自分の好みの押し付け合いをしている現状。
 今日はその一部が漏れ出て日和に相談を持ち掛けていた。
 女子とはそういう生き物なのかと実感をしながらがやがやと楽しげな声を音楽に、日和は自分の心の奥に閉まった気持ちを隠した。

 昼食になってそんな話を土産に、日和は屋上でご飯を口に入れた。
 竜牙が言ったのだろう、ここ最近の置野家が準備してくれる弁当は一人用だ。
 今日は鶏のから揚げがメインに入っている。

「…そうか、屋台をするのか」
「私にも仕事があって良かったです。もしできる仕事が何もなくて波音や弥生と一緒だったら、耐えれなかったかもしれません……」

 竜牙と二人、昼間の屋上で話すことが一番気持ちが楽であると感じたのは、ここ最近の話。
 最初こそ竜牙に愚痴を溢していたが、文化祭が近づいて少しずつ忙しくなり、自然と心が楽になった。
 本当は楽になったのではなく、波音達とは話せない現実から背けようとしていることも理解はしている。
 それほどに、現実を直視し続けるのは心が折れそうだった。

「日和は何の仕事をするんだ?」
「今の所は金庫番です。材料費や資材、衣装にどれだけ算出できてやりくりできるかずっと計算してます。もうそろそろメニューが仕上がるので、材料を購入して、当日は調理担当でしょうか」
「前に出る訳じゃないのか」

 少し意外そうにする竜牙に日和は首を傾げる。
 そういう事を言わないような人物に思っていた。

「……前に出て欲しいですか?」
「いや、出ていたら佐艮が煩いだろうなと思っただけだ」
「ああ……確かにそれはありそうです」

 竜牙が提示する分かりやすい理由に、自然と脳内で佐艮の姿が映し出される。

『えっ、日和ちゃん何その恰好……すっごく可愛いね!』
『日和ちゃんが作ったクレープなんだ! 甘くて美味しいね、是非うちでも作って欲しいよ!』

 遊んでもらっている大型犬のようにわふわふする佐艮は、きっと外だろうが家の中だろうが同じだろうな、と思った。
 そして親子でもないのに普通に想像できる程度には、置野佐艮という人物を理解してしまったように感じる。
 だが今はもう、そんなものは気にならなかった。
 それだけ置野家に居たということだろう。

「そういえば……文化祭中は委員長に『出来るだけ匿ってあげるからね!』って約束していただいたんですが……どういう意味ですかね?」

 ふと思った事を口に出せば竜牙は一瞬目を丸くして、くすくすと笑う。

「文化祭では外部の人間も来る。その方が賢明だ」

 理由は言われなかったが、それには竜牙も同意らしい。
 そうして過ごした次の日に、事件は起こる。

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