残酷な描写あり
24-1 女王の戦い
気付けば夜になっていた。
弥生に髪を弄られ、着替えさせられ、甘い物を食べて、本屋ではファッションやヘアスタイルの雑誌を見せられた。
カフェで休憩をしては様々な店で服やアクセ、雑貨も見た。
無事に帰れるか心配になるほど、そして歩き疲れる程度には商業施設を彷徨った。
夕食も共に過ごし、2時間ほど喋りながらやっと施設を出れば……当然のように辺りは暗くなっていた。
「はー、沢山見たね! ご飯も食べたし、お腹一杯♪ 暗くなったけど大丈夫?」
「う、うん……」
珍しい事をした疲労もあるが、明るい弥生とは反対に日和の顔は少し沈む。
さっきまで楽しかった空気は既に薄れかけていた。
「どうしたの? 日和」
「この駅前公園、夜はあまり好きじゃなくて……」
「お父さんが、死んだ場所だから?」
「えっ?」
弥生はいつもの明るい笑顔で立っている。
弥生に選んでもらった服なのに。
まだ寒くなるような温度ではないのに。
何故か薄ら寒く感じ、ストールの端を握り締める。
「今までずっと気にしてたもんね。私は知ってるよ」
「弥生……?」
やめて欲しい。
それ以上、言わないで。
心が警鐘を鳴らす。
弥生は八重歯を見せて、微笑んでいる。
「誕生日まであと3時間。そろそろ来るよ」
「だ、誰が……?」
恐怖?不安?
よく分からない、気持ち悪い何かが近付いている。
「……ほら、日和の誕生日パーティー、始めよ」
その一言でにこやかな弥生を取り巻く空気が一瞬でざらついた。
同時に周囲に現れた姿からも殺気のような、息も苦しくなる圧力のようなものを感じた。
「み、皆……」
竜牙、既に装衣換装を終えた波音と夏樹、水の弓を構えた玲、公園の一回り外から二人を囲むように立っている。
「誕生日パーティー、ね。最後の最後まで私達を苦しめて、弱らせれば自分が勝てるっていう算段なのかしら?」
腕を組み悪態をつく波音。
その体はいつも通りで、怪我をしたようには見えない。
「結界、張れました……。いつでもいけます」
地面から手を離し、覚悟を持った目をする夏樹君。
昨日だって忙しそうに動き回っていたのに。
「日和ちゃん……! ――射る」
弥生の隣に立つ日和に顔を歪めながら、玲は弥生に向けて矢を放つ。
その顔に疲労があるかは分からなかった。
「行くぞ」
そんな中で、竜牙は真っ先に飛び出した。
槍を手に持ち、人間離れした跳躍と速度で一気に距離を詰める。
その目には女王を倒さんとする術士の目で弥生だけを見ていた。
「日和はそこから動かないでね」
隣にいた弥生は日和を見る事なく、日和の足元に陣を張る。
そして玲の水の矢を躱し、突っ込んでくる竜牙の前で腕を振り払って大小のしゃほん玉を飛ばす。
「貴方が一番最初に突っ込んでくるの、分かってたから」
「――!!」
その見覚えのあるしゃほん玉に日和は血の気が引いた。
脳裏に一瞬浮かんだ和音みこを思い出し、声を上げる。
「だっ、駄目! それに触れたら――!!」
「……!」
声が届いたか、手前で竜牙が足を止めて身を翻す。
同時にブレーキとなった砂が舞い上がり、しゃほん玉に当たった。
砂に触れたしゃほん玉は次々に割れ、爆竹が鳴るようにけたたましく、爆弾のように腕でも持って行かれそうな威力を見せつける。
間違いなく、父と和音みこを殺した女王は奥村弥生だった。
「なるほど……竜牙、助かる」
竜牙のぎらついた目は弥生を捕らえる。
それと同時に、細かな砂が竜牙の周りに霧のように撒かれた。
弥生は構う事なく再び両腕でしゃほん玉を飛ばす。
手についた泡を振り払うように腕を振る度、沢山の泡が発生し、量産されてふわふわと動く。
「出ます!」
「焼くわ」
夏樹が前に出る。
立てた人差し指と中指を口に当て、大きく息を吹いた。
泡は風に煽られ舞い上がり、拳に火を灯した波音が弥生へ一目散に突っ込む。
そのまま右、左とジャブを当て、追い討ちに回し蹴りを放つ。
しかしどの攻撃も弥生は受け止め、最後の回し蹴りでは水の塊を蹴ったように飛沫を上げて消えた。
「この前は逃げなかったくせに……!」
目を見開く波音の後ろ。
夏樹が周囲を確認していると足元から弥生が現れ、にたりと不気味に笑う。
「くっ、こっちに……!」
咄嗟の判断で夏樹は風に乗って後転し、手持ちのナイフをブーメランのように飛ばす。
弥生の体がすばっと切れたものの、水が飛び散っただけで原型は留めたまま。
にたあと卑しく笑う弥生の体は突如、水となって崩れるように地面に落ちた。
まるでバケツをひっくり返したような夥しい水音を立て、水たまりを作る。
「そいつ偽物だわ!」
ひゅぅ、と公園を抜ける風の音が聞こえた。
「――ぐっ!」
静寂の中、周囲を見渡す竜牙が突然地面に叩きつけられる。
その足元には上半身だけがあり、腕を伸ばして足首を掴む弥生の姿があった。
「このッ……!」
竜牙は腕を伸ばし這いつくばる弥生に槍を立てる。
眉間に槍が刺さったまま、弥生は再びにたりと笑って、またバシャリと音を立てて体が水たまりに変化した。
「偽物……!」
「咲栂、憑依換装!」
玲の声に咲栂が現れ玲の姿が変わる。
咲栂は水たまりを全て氷に変えて、排水溝から飛び出してきた人の姿を模した何かに氷の槍を突き立てた。
それもまた、偽物だった。
「くっ、まどろっこしい!」
「ちょこまかと面倒ね、出て来なさい!」
波音は大声を出し、構える。
「次は何処へ行った……!」
竜牙も周囲を警戒し、槍を握り直す。
そんな中で、ゆっくりと歩く咲栂の足元のマンホールから水が飛び出してきた。
「な――っ!」
「――こんの、やめろ!!!」
竜牙と夏樹が認識する前に波音が飛び出す。
咲栂の体は水に覆われ、息苦しそうに藻掻きはじめた。
飛び出した波音は両手両足に火を纏い、咲栂に纏わり付く水目掛けて火球を打つ。
連撃に回し蹴り、波音のできうる限りの連続攻撃を繰り出し当てる度、蒸発するように激しい音と白い煙が上がる。
最後の蹴りで水の塊が4,5mほど飛んでいった。
水から解放された咲栂は換装が解け、膝をついた玲の体が深く咳き込む。
「げほっ、げほっごほっ……はーっ、はーっ……はぁ……ごめ、波音……」
「無事ならいいわ。性悪女ね……!」
軽く玲の状態を確認すると、波音は弥生を睨む。
玲から離れた水はスライムのようにぶよぶよと動き、次第に人の形を成した。
「仕方ないよ。だって私も彼も扱うのは同じ水。私からすれば一番殺りやすかったのが彼だってだけだよ」
にこりと弥生は笑う。
張り詰めた空気が漂い、術士全員が女王を睨む。
元々死を意識しながら戦っているが、この女は比じゃない。
今までは自己主張ばかりの女王が多かったが、奥村弥生は違う。
最初から相手を理解して殺そうとしている。
一歩でも踏み外せば、死ぬ。
全員が脳裏にフラッシュバックしたように、女王化した和音みこの姿が映った。
「……!!」
夏樹はぞくりと体を震わせ青ざめた。
静かにしていた竜牙は表の意識に話しかける。
(正也、替われ)
「――やはり……今までの異常なほどに出てきた妖、女王、お前の仕業か」
「……?」
波音は竜牙に視線を向ける。
「日和の父と正也の妺を襲い、和音みこを殺し女王に仕立て上げ、他に何人殺した?」
竜牙の鋭い視線が弥生に刺さり、弥生は恍惚な笑みを浮かべる。
「えー? そんなの忘れちゃった。私は生まれて沢山人間を食べてきた。でも……そう、日和のお父さんを食べる時、私教えてもらったの。
日和をそのまま食べようと思ったけど、ちゃーんと今日まで我慢したのよ? 16歳になったら最高のご馳走になるから、それまで待て!って日和のお父さんが死に際に言ってたの。
『娘を食べるなら俺がお前を食う』って言われた時は吃驚しちゃった。素敵よね、とても格好良かったんだよ!」
弥生は日和をちらりと視線を移した。
日和は陣の中から動けず震えている。
陣の端に透明な壁でもあるように張り付き、膝から崩れ落ちた。
「可哀想な日和。でも私は日和の為に日和を狙う同胞を間引いたし、ある程度あなた達に仕向けて皆を育ててあげたでしょ?
まあ『恐怖』を殺して妖に変えちゃったり、『私』を"実験"に利用しちゃったけど、それは『私に利用価値がある』って向こうが自分で言ってたからだよ?
日和の髪や服を可愛くしたいから詳しそうな人や、勉強が生活で必要になるから専門家を食べたりして、私もちゃんと学んだんだ!」
「実験、だと……?」
竜牙は弥生を睨み、槍を握り直す。
「うん、実験。昨日会ったでしょ? でかいの。あれは『私』の感情をベースに、その辺に有り余ってた沢山の妖を足した姿だよ。大っきいでしょ? あなたは……声を聞いたんじゃないの?」
「……!」
あの巨大な妖がどうやって生まれたのか、女王の言動から理解はしつつも納得はできない。
術士全員で表情を歪めた。
悪びれる様子も無く、笑顔で言いのける弥生に日和の表情はみるみる青ざめていく。
日和の髪を弄る弥生。
ファッションの雑誌を広げる弥生。
雑貨に詳しい弥生。
甘い物を好んで食べる弥生。
日和の中で、今までの弥生の言葉や表情が全てドロドロに溶けていった。
「大丈夫、あと2時間! 日が変わって、私に食べられれば日和はお父さんと一緒だよ! あ、多分本物の奥村弥生もついてくるかな?」
少しだけ、悲しげな表情を浮かべて弥生は日和に聞こえる声で言い放つ。
術士の方も皆が立ち竦み、下を向いた。
特に竜牙は苦虫を噛み潰したように、玲は表情から絶望の色が浮かんで完全に動けないでいる。
「あーらら、皆黙っちゃった。ねぇ、もっと楽しませてよ。私は日和を美味しく食べたくて、今も頑張って我慢してるんだからさぁ! それとも、こんなに簡単に明日を迎えていいの?」
弥生は期待に胸を膨らませるような今までに一番の笑顔を向ける。
場は絶望的な空気が流れ、一人の女王が掌握していた。
「……る」
そんな中で小さな声が静寂の中に響く。
「……ん?」
「そんなの、ダメに決まってる! 日和さんは、渡さない!!」
最初に顔を上げた夏樹が腰に携えた二本の短剣を構える。
そして弥生の周りを走るように駆け出し、近くの樹を踏み台に飛び上がった。
「あっは、かっこいい目」
夏樹の姿に弥生の目が見開き、期待の表情が浮かぶ。
夏樹はコートを広げると同じような短剣をいくつも構え、腕を振り上げる。
指先は短剣の柄の端に触れ、発射台から飛び出したように放たれた。
短剣は弧を描き、弥生に向けて勢いよく降り注ぐ。
雨のように降る短剣を撥ね除ける弥生だが、その内の三本がざく、ざくと音を立てて体に突き刺さった。
「かっこいいけど残念。私は物理なんて効かな……っ!?」
がくん、と弥生の体が膝をつく。
風を受けるようにふわりと落ちる夏樹の体が地面に着いて、夏樹は跳ね除けられた足元の短剣を拾い上げた。
「これは……僕が作った妖の力を奪う短剣だよ。よかった、少しでも効いて」
「……へぇ、キミの事は甘く見てたから正直吃驚したよ……少し力を使わせて弱らせようと思ったけど、難しかったなぁ。やっぱり君、かっこいいね」
獲物を見つけた野生動物のような弥生の目が夏樹を睨む。
「悪いけど、日和さんは渡せない。例え貴方が人だったとしても。絶対、渡さない」
「良いなぁ……日和には素敵な王子様ばっかり。――だったら、やっぱ不釣り合いな人から減らしていかないとダメだよね!!」
真剣な目で弥生を見下ろす夏樹に弥生は顔を歪めて玲に向き直った。
「ぐっ、咲栂!!」
それを瞬時に判断し、玲は急ぎで憑依換装をする。
玲の姿は手に持つ扇子を広げゆったりと纏めた長い髪を振り、整った美しい顔へと変わる。
長い睫毛が持ち上がり、吸い込まれそうな紺碧色の瞳が咲栂を狙って動き出した弥生を捕らえる。
弥生は獲物を狩る獣の目をしながら人差し指と親指で作られた輪を口に当て、息を吹きかけた。
生み出されたしゃほん玉を咲栂の眼前にばら撒かれる。
「ふん、何度もそう受けぬわ」
寸での所で咲栂は水の膜を張る。
同時に大きな爆発音とガラガラと硝子が割れて崩れ落ちるような音が響いた。
「なるほど、氷……。さっきもそうやって私の水を止めてたんだね」
「貴様に妾の顔など触れられまい」
にたりと弥生は獲物を見る目で笑い、咲栂は口元を扇子で隠しながら弥生を見下し、あしらう。
足元には氷の欠片が散らばり、一部は溶けている。
先ほどの水の膜を氷らせたものが弥生の爆発で割れたものだ。
「私達を忘れてもらっちゃ困るわ」
「お前は俺が殺す」
「僕も……全力でいきます」
咲栂の隣に波音、竜牙、夏樹が並ぶ。
それを見た弥生は身を震わせ、また恍惚とした笑みを浮かべた。
「あっは、皆かっこいい!素敵! そんなの見せられたら私……」
気持ちが高ぶり、最高潮になる。
限界まで浮かべた笑みは感情の表現の限界を迎えた。
「私、全力で日和が欲しくなっちゃった!」
ぎょろりと弥生の開ききった瞳孔が術士四人に向く。
一瞬にして弥生を纏っていたオーラは残っていた人らしさが抜け、完全な妖と化した。
同時に四人は気配を読み取り、腕を振り上げた弥生の先制攻撃をいなす。
振り下ろされた腕から飛び散るように飛沫が上がり、初動で弥生は地面を蹴り空を舞った。
「咲栂!」
「言わずとも」
竜牙は地に両手をつき地面を隆起させ、術士と弥生の間に壁を張る。
その間咲栂は球体の水の膜を張り盾を作った。
波音はしゃがみ込んで全身の熱を上げいつでも飛びかかる準備をし、夏樹は短剣と先ほどブーメランに使ったナイフを構えた。
「――行くわ」「――行きます」
その間は本当に一瞬のよう。
「そんな事しても、壊すだけ!」
降ってきた弥生が最初の一撃を与え、土の壁に亀裂が走る。
二撃目、土の壁が大きく割れて術士に降り注ぐ。
弥生が三撃目に腕を構えた瞬間、地面から人の体が発射するように飛び上がった。
波音は飛び上がった威力で弥生に殴りかかる。
「ふっ……!!」
人から逸脱した笑顔が波音に迫り、完全に見切ったように攻撃を避けると両手を組み振り下ろす。
隕石のように波音の体は落ち、大きな土埃を立てた。
間髪を入れず夏樹はナイフを明後日の方向へと飛ばすと、短剣を構え弥生に投げつける。
弥生は身をよじり回避するが、弥生を通り過ぎたナイフはブーメランのように軌道を変え、弥生の背後を狙う。
飛んできた獲物に弥生は振り返り、寸で躱す。
しかしそこへタイミングを図ったように撃ち落とされた波音が再び飛び上がり、弥生の腹部を殴打した。
「うっ……ぐっ!!」
その衝撃に腹を抱え体をくの字にした弥生に追い打ちをかけるように、ブーメランは弥生の背を切り裂く。
落ちてくる波音の体を竜牙が受け止めた所で、弥生は落ちながら乾いた笑顔を向けて腕を振った。
腕から出た少し粘っこい液体が降り注ぎ、術士の周囲に付着する。
1、2秒、付着した舗装された地面や木から煙が上がった。
「気を付けて、酸よ!」
波音は明らかに嫌そうな表情で一番に声を上げる。
一昨日もこの攻撃を見せられた。
明らかに厄介なものであることは、目に見えている。
「酸……か。どうする?」
「僕がいきます」
弥生を視線で威圧する竜牙の後ろに居る、いつもおどおどした夏樹の姿はそこには無い。
コートの袖についたボタンを外しファスナーを引くと、だらりと何本もの糸が垂れ下がり、その先には苦無のようなものが結ばれていた。
「気をつけろ」
「はい」
背中を竜牙に押された夏樹はすでに着地した弥生に足を向けると、苦無を手に構える。
「あいつ、行けるの?」
弥生に殴られた箇所を咲栂に癒して貰う波音は問う。
「寧ろ今まで一番攻撃性能が良かったのは夏樹じゃ。杞憂であろう?」
咲栂の言葉に竜牙は首を振る。
「俺がサポートに回る」
竜牙のまっすぐ伸びた視線の先、夏樹は息をつき弥生に狙いを定める。
弥生はどうやら夏樹の動向を探っているようだった。
「ああ、ではこちらも準備しておこう」
長くなりそうな戦いだが、常に全開ではいられない。
ただ、攻撃は絶やさず、弥生に休息は与えない。
ずっと中から見ているだけの日和の目には、術士の動きはそんな風に映った。
弥生の結界の中、日和は涙を流さずには居られなかった。
入学からずっと横にいた弥生。
髪を楽しそうに弄って、一緒に買い物をしたり、ケーキを食べたりもした。
さっきまで一緒に遊んでいた弥生。
友達だと、思っていたのに。
裏切られたこの気持ちは、全く弥生を恨んでくれない。
単純に、もう隣には居ないという事実が確立されてしまったことが悲しい。
ここに来るまでは楽しく笑っていたのに。
もうその笑顔は見ることができないなんて。
そして、未来に弥生の姿はない。
その事実が胸を締め付ける。
寂しい。
父や祖父を殺したとか、そんなものは頭の隅に転がってしまうほど、弥生に 対しての気持ちが重く乗りかかる。
自分にとっての弥生はそれほどまでに仲良くなって、気にかかる存在となっていたようだ。
日和の視線の先では皆が、弥生が戦っている。
今は、誰も応援できない。
弥生は自分を殺そうとしている。
術士はそれを阻止するために戦っている。
じゃあ私は?私が命を差し出せば終わるのでは?
「……ううん、終わらない……それじゃ、駄目……」
私の力が弥生を強くする。
ならば、意味はない。
もっと術士の死ぬ確率が上がってしまうだけだ。
そんなの、見たくない。
「私に力があれば……」
力があれば。
力は、あるのでは?
じゃあその力はどう使うのか?
「力を……使う……」
日和は自分の両手を広げて見た。
見慣れた何も産まないこの手で何ができるのか。
できることはあるのか?
きっと出来なきゃ何もできない。
だったら……――
「――だったら、できることを探そう……。この力を使って、私が、弥生を倒すんだ……!」
無意識の内に日和の体から圧が洩れる。
足元の結界が、パキパキと罅割れるような音を立てた。
弥生に髪を弄られ、着替えさせられ、甘い物を食べて、本屋ではファッションやヘアスタイルの雑誌を見せられた。
カフェで休憩をしては様々な店で服やアクセ、雑貨も見た。
無事に帰れるか心配になるほど、そして歩き疲れる程度には商業施設を彷徨った。
夕食も共に過ごし、2時間ほど喋りながらやっと施設を出れば……当然のように辺りは暗くなっていた。
「はー、沢山見たね! ご飯も食べたし、お腹一杯♪ 暗くなったけど大丈夫?」
「う、うん……」
珍しい事をした疲労もあるが、明るい弥生とは反対に日和の顔は少し沈む。
さっきまで楽しかった空気は既に薄れかけていた。
「どうしたの? 日和」
「この駅前公園、夜はあまり好きじゃなくて……」
「お父さんが、死んだ場所だから?」
「えっ?」
弥生はいつもの明るい笑顔で立っている。
弥生に選んでもらった服なのに。
まだ寒くなるような温度ではないのに。
何故か薄ら寒く感じ、ストールの端を握り締める。
「今までずっと気にしてたもんね。私は知ってるよ」
「弥生……?」
やめて欲しい。
それ以上、言わないで。
心が警鐘を鳴らす。
弥生は八重歯を見せて、微笑んでいる。
「誕生日まであと3時間。そろそろ来るよ」
「だ、誰が……?」
恐怖?不安?
よく分からない、気持ち悪い何かが近付いている。
「……ほら、日和の誕生日パーティー、始めよ」
その一言でにこやかな弥生を取り巻く空気が一瞬でざらついた。
同時に周囲に現れた姿からも殺気のような、息も苦しくなる圧力のようなものを感じた。
「み、皆……」
竜牙、既に装衣換装を終えた波音と夏樹、水の弓を構えた玲、公園の一回り外から二人を囲むように立っている。
「誕生日パーティー、ね。最後の最後まで私達を苦しめて、弱らせれば自分が勝てるっていう算段なのかしら?」
腕を組み悪態をつく波音。
その体はいつも通りで、怪我をしたようには見えない。
「結界、張れました……。いつでもいけます」
地面から手を離し、覚悟を持った目をする夏樹君。
昨日だって忙しそうに動き回っていたのに。
「日和ちゃん……! ――射る」
弥生の隣に立つ日和に顔を歪めながら、玲は弥生に向けて矢を放つ。
その顔に疲労があるかは分からなかった。
「行くぞ」
そんな中で、竜牙は真っ先に飛び出した。
槍を手に持ち、人間離れした跳躍と速度で一気に距離を詰める。
その目には女王を倒さんとする術士の目で弥生だけを見ていた。
「日和はそこから動かないでね」
隣にいた弥生は日和を見る事なく、日和の足元に陣を張る。
そして玲の水の矢を躱し、突っ込んでくる竜牙の前で腕を振り払って大小のしゃほん玉を飛ばす。
「貴方が一番最初に突っ込んでくるの、分かってたから」
「――!!」
その見覚えのあるしゃほん玉に日和は血の気が引いた。
脳裏に一瞬浮かんだ和音みこを思い出し、声を上げる。
「だっ、駄目! それに触れたら――!!」
「……!」
声が届いたか、手前で竜牙が足を止めて身を翻す。
同時にブレーキとなった砂が舞い上がり、しゃほん玉に当たった。
砂に触れたしゃほん玉は次々に割れ、爆竹が鳴るようにけたたましく、爆弾のように腕でも持って行かれそうな威力を見せつける。
間違いなく、父と和音みこを殺した女王は奥村弥生だった。
「なるほど……竜牙、助かる」
竜牙のぎらついた目は弥生を捕らえる。
それと同時に、細かな砂が竜牙の周りに霧のように撒かれた。
弥生は構う事なく再び両腕でしゃほん玉を飛ばす。
手についた泡を振り払うように腕を振る度、沢山の泡が発生し、量産されてふわふわと動く。
「出ます!」
「焼くわ」
夏樹が前に出る。
立てた人差し指と中指を口に当て、大きく息を吹いた。
泡は風に煽られ舞い上がり、拳に火を灯した波音が弥生へ一目散に突っ込む。
そのまま右、左とジャブを当て、追い討ちに回し蹴りを放つ。
しかしどの攻撃も弥生は受け止め、最後の回し蹴りでは水の塊を蹴ったように飛沫を上げて消えた。
「この前は逃げなかったくせに……!」
目を見開く波音の後ろ。
夏樹が周囲を確認していると足元から弥生が現れ、にたりと不気味に笑う。
「くっ、こっちに……!」
咄嗟の判断で夏樹は風に乗って後転し、手持ちのナイフをブーメランのように飛ばす。
弥生の体がすばっと切れたものの、水が飛び散っただけで原型は留めたまま。
にたあと卑しく笑う弥生の体は突如、水となって崩れるように地面に落ちた。
まるでバケツをひっくり返したような夥しい水音を立て、水たまりを作る。
「そいつ偽物だわ!」
ひゅぅ、と公園を抜ける風の音が聞こえた。
「――ぐっ!」
静寂の中、周囲を見渡す竜牙が突然地面に叩きつけられる。
その足元には上半身だけがあり、腕を伸ばして足首を掴む弥生の姿があった。
「このッ……!」
竜牙は腕を伸ばし這いつくばる弥生に槍を立てる。
眉間に槍が刺さったまま、弥生は再びにたりと笑って、またバシャリと音を立てて体が水たまりに変化した。
「偽物……!」
「咲栂、憑依換装!」
玲の声に咲栂が現れ玲の姿が変わる。
咲栂は水たまりを全て氷に変えて、排水溝から飛び出してきた人の姿を模した何かに氷の槍を突き立てた。
それもまた、偽物だった。
「くっ、まどろっこしい!」
「ちょこまかと面倒ね、出て来なさい!」
波音は大声を出し、構える。
「次は何処へ行った……!」
竜牙も周囲を警戒し、槍を握り直す。
そんな中で、ゆっくりと歩く咲栂の足元のマンホールから水が飛び出してきた。
「な――っ!」
「――こんの、やめろ!!!」
竜牙と夏樹が認識する前に波音が飛び出す。
咲栂の体は水に覆われ、息苦しそうに藻掻きはじめた。
飛び出した波音は両手両足に火を纏い、咲栂に纏わり付く水目掛けて火球を打つ。
連撃に回し蹴り、波音のできうる限りの連続攻撃を繰り出し当てる度、蒸発するように激しい音と白い煙が上がる。
最後の蹴りで水の塊が4,5mほど飛んでいった。
水から解放された咲栂は換装が解け、膝をついた玲の体が深く咳き込む。
「げほっ、げほっごほっ……はーっ、はーっ……はぁ……ごめ、波音……」
「無事ならいいわ。性悪女ね……!」
軽く玲の状態を確認すると、波音は弥生を睨む。
玲から離れた水はスライムのようにぶよぶよと動き、次第に人の形を成した。
「仕方ないよ。だって私も彼も扱うのは同じ水。私からすれば一番殺りやすかったのが彼だってだけだよ」
にこりと弥生は笑う。
張り詰めた空気が漂い、術士全員が女王を睨む。
元々死を意識しながら戦っているが、この女は比じゃない。
今までは自己主張ばかりの女王が多かったが、奥村弥生は違う。
最初から相手を理解して殺そうとしている。
一歩でも踏み外せば、死ぬ。
全員が脳裏にフラッシュバックしたように、女王化した和音みこの姿が映った。
「……!!」
夏樹はぞくりと体を震わせ青ざめた。
静かにしていた竜牙は表の意識に話しかける。
(正也、替われ)
「――やはり……今までの異常なほどに出てきた妖、女王、お前の仕業か」
「……?」
波音は竜牙に視線を向ける。
「日和の父と正也の妺を襲い、和音みこを殺し女王に仕立て上げ、他に何人殺した?」
竜牙の鋭い視線が弥生に刺さり、弥生は恍惚な笑みを浮かべる。
「えー? そんなの忘れちゃった。私は生まれて沢山人間を食べてきた。でも……そう、日和のお父さんを食べる時、私教えてもらったの。
日和をそのまま食べようと思ったけど、ちゃーんと今日まで我慢したのよ? 16歳になったら最高のご馳走になるから、それまで待て!って日和のお父さんが死に際に言ってたの。
『娘を食べるなら俺がお前を食う』って言われた時は吃驚しちゃった。素敵よね、とても格好良かったんだよ!」
弥生は日和をちらりと視線を移した。
日和は陣の中から動けず震えている。
陣の端に透明な壁でもあるように張り付き、膝から崩れ落ちた。
「可哀想な日和。でも私は日和の為に日和を狙う同胞を間引いたし、ある程度あなた達に仕向けて皆を育ててあげたでしょ?
まあ『恐怖』を殺して妖に変えちゃったり、『私』を"実験"に利用しちゃったけど、それは『私に利用価値がある』って向こうが自分で言ってたからだよ?
日和の髪や服を可愛くしたいから詳しそうな人や、勉強が生活で必要になるから専門家を食べたりして、私もちゃんと学んだんだ!」
「実験、だと……?」
竜牙は弥生を睨み、槍を握り直す。
「うん、実験。昨日会ったでしょ? でかいの。あれは『私』の感情をベースに、その辺に有り余ってた沢山の妖を足した姿だよ。大っきいでしょ? あなたは……声を聞いたんじゃないの?」
「……!」
あの巨大な妖がどうやって生まれたのか、女王の言動から理解はしつつも納得はできない。
術士全員で表情を歪めた。
悪びれる様子も無く、笑顔で言いのける弥生に日和の表情はみるみる青ざめていく。
日和の髪を弄る弥生。
ファッションの雑誌を広げる弥生。
雑貨に詳しい弥生。
甘い物を好んで食べる弥生。
日和の中で、今までの弥生の言葉や表情が全てドロドロに溶けていった。
「大丈夫、あと2時間! 日が変わって、私に食べられれば日和はお父さんと一緒だよ! あ、多分本物の奥村弥生もついてくるかな?」
少しだけ、悲しげな表情を浮かべて弥生は日和に聞こえる声で言い放つ。
術士の方も皆が立ち竦み、下を向いた。
特に竜牙は苦虫を噛み潰したように、玲は表情から絶望の色が浮かんで完全に動けないでいる。
「あーらら、皆黙っちゃった。ねぇ、もっと楽しませてよ。私は日和を美味しく食べたくて、今も頑張って我慢してるんだからさぁ! それとも、こんなに簡単に明日を迎えていいの?」
弥生は期待に胸を膨らませるような今までに一番の笑顔を向ける。
場は絶望的な空気が流れ、一人の女王が掌握していた。
「……る」
そんな中で小さな声が静寂の中に響く。
「……ん?」
「そんなの、ダメに決まってる! 日和さんは、渡さない!!」
最初に顔を上げた夏樹が腰に携えた二本の短剣を構える。
そして弥生の周りを走るように駆け出し、近くの樹を踏み台に飛び上がった。
「あっは、かっこいい目」
夏樹の姿に弥生の目が見開き、期待の表情が浮かぶ。
夏樹はコートを広げると同じような短剣をいくつも構え、腕を振り上げる。
指先は短剣の柄の端に触れ、発射台から飛び出したように放たれた。
短剣は弧を描き、弥生に向けて勢いよく降り注ぐ。
雨のように降る短剣を撥ね除ける弥生だが、その内の三本がざく、ざくと音を立てて体に突き刺さった。
「かっこいいけど残念。私は物理なんて効かな……っ!?」
がくん、と弥生の体が膝をつく。
風を受けるようにふわりと落ちる夏樹の体が地面に着いて、夏樹は跳ね除けられた足元の短剣を拾い上げた。
「これは……僕が作った妖の力を奪う短剣だよ。よかった、少しでも効いて」
「……へぇ、キミの事は甘く見てたから正直吃驚したよ……少し力を使わせて弱らせようと思ったけど、難しかったなぁ。やっぱり君、かっこいいね」
獲物を見つけた野生動物のような弥生の目が夏樹を睨む。
「悪いけど、日和さんは渡せない。例え貴方が人だったとしても。絶対、渡さない」
「良いなぁ……日和には素敵な王子様ばっかり。――だったら、やっぱ不釣り合いな人から減らしていかないとダメだよね!!」
真剣な目で弥生を見下ろす夏樹に弥生は顔を歪めて玲に向き直った。
「ぐっ、咲栂!!」
それを瞬時に判断し、玲は急ぎで憑依換装をする。
玲の姿は手に持つ扇子を広げゆったりと纏めた長い髪を振り、整った美しい顔へと変わる。
長い睫毛が持ち上がり、吸い込まれそうな紺碧色の瞳が咲栂を狙って動き出した弥生を捕らえる。
弥生は獲物を狩る獣の目をしながら人差し指と親指で作られた輪を口に当て、息を吹きかけた。
生み出されたしゃほん玉を咲栂の眼前にばら撒かれる。
「ふん、何度もそう受けぬわ」
寸での所で咲栂は水の膜を張る。
同時に大きな爆発音とガラガラと硝子が割れて崩れ落ちるような音が響いた。
「なるほど、氷……。さっきもそうやって私の水を止めてたんだね」
「貴様に妾の顔など触れられまい」
にたりと弥生は獲物を見る目で笑い、咲栂は口元を扇子で隠しながら弥生を見下し、あしらう。
足元には氷の欠片が散らばり、一部は溶けている。
先ほどの水の膜を氷らせたものが弥生の爆発で割れたものだ。
「私達を忘れてもらっちゃ困るわ」
「お前は俺が殺す」
「僕も……全力でいきます」
咲栂の隣に波音、竜牙、夏樹が並ぶ。
それを見た弥生は身を震わせ、また恍惚とした笑みを浮かべた。
「あっは、皆かっこいい!素敵! そんなの見せられたら私……」
気持ちが高ぶり、最高潮になる。
限界まで浮かべた笑みは感情の表現の限界を迎えた。
「私、全力で日和が欲しくなっちゃった!」
ぎょろりと弥生の開ききった瞳孔が術士四人に向く。
一瞬にして弥生を纏っていたオーラは残っていた人らしさが抜け、完全な妖と化した。
同時に四人は気配を読み取り、腕を振り上げた弥生の先制攻撃をいなす。
振り下ろされた腕から飛び散るように飛沫が上がり、初動で弥生は地面を蹴り空を舞った。
「咲栂!」
「言わずとも」
竜牙は地に両手をつき地面を隆起させ、術士と弥生の間に壁を張る。
その間咲栂は球体の水の膜を張り盾を作った。
波音はしゃがみ込んで全身の熱を上げいつでも飛びかかる準備をし、夏樹は短剣と先ほどブーメランに使ったナイフを構えた。
「――行くわ」「――行きます」
その間は本当に一瞬のよう。
「そんな事しても、壊すだけ!」
降ってきた弥生が最初の一撃を与え、土の壁に亀裂が走る。
二撃目、土の壁が大きく割れて術士に降り注ぐ。
弥生が三撃目に腕を構えた瞬間、地面から人の体が発射するように飛び上がった。
波音は飛び上がった威力で弥生に殴りかかる。
「ふっ……!!」
人から逸脱した笑顔が波音に迫り、完全に見切ったように攻撃を避けると両手を組み振り下ろす。
隕石のように波音の体は落ち、大きな土埃を立てた。
間髪を入れず夏樹はナイフを明後日の方向へと飛ばすと、短剣を構え弥生に投げつける。
弥生は身をよじり回避するが、弥生を通り過ぎたナイフはブーメランのように軌道を変え、弥生の背後を狙う。
飛んできた獲物に弥生は振り返り、寸で躱す。
しかしそこへタイミングを図ったように撃ち落とされた波音が再び飛び上がり、弥生の腹部を殴打した。
「うっ……ぐっ!!」
その衝撃に腹を抱え体をくの字にした弥生に追い打ちをかけるように、ブーメランは弥生の背を切り裂く。
落ちてくる波音の体を竜牙が受け止めた所で、弥生は落ちながら乾いた笑顔を向けて腕を振った。
腕から出た少し粘っこい液体が降り注ぎ、術士の周囲に付着する。
1、2秒、付着した舗装された地面や木から煙が上がった。
「気を付けて、酸よ!」
波音は明らかに嫌そうな表情で一番に声を上げる。
一昨日もこの攻撃を見せられた。
明らかに厄介なものであることは、目に見えている。
「酸……か。どうする?」
「僕がいきます」
弥生を視線で威圧する竜牙の後ろに居る、いつもおどおどした夏樹の姿はそこには無い。
コートの袖についたボタンを外しファスナーを引くと、だらりと何本もの糸が垂れ下がり、その先には苦無のようなものが結ばれていた。
「気をつけろ」
「はい」
背中を竜牙に押された夏樹はすでに着地した弥生に足を向けると、苦無を手に構える。
「あいつ、行けるの?」
弥生に殴られた箇所を咲栂に癒して貰う波音は問う。
「寧ろ今まで一番攻撃性能が良かったのは夏樹じゃ。杞憂であろう?」
咲栂の言葉に竜牙は首を振る。
「俺がサポートに回る」
竜牙のまっすぐ伸びた視線の先、夏樹は息をつき弥生に狙いを定める。
弥生はどうやら夏樹の動向を探っているようだった。
「ああ、ではこちらも準備しておこう」
長くなりそうな戦いだが、常に全開ではいられない。
ただ、攻撃は絶やさず、弥生に休息は与えない。
ずっと中から見ているだけの日和の目には、術士の動きはそんな風に映った。
弥生の結界の中、日和は涙を流さずには居られなかった。
入学からずっと横にいた弥生。
髪を楽しそうに弄って、一緒に買い物をしたり、ケーキを食べたりもした。
さっきまで一緒に遊んでいた弥生。
友達だと、思っていたのに。
裏切られたこの気持ちは、全く弥生を恨んでくれない。
単純に、もう隣には居ないという事実が確立されてしまったことが悲しい。
ここに来るまでは楽しく笑っていたのに。
もうその笑顔は見ることができないなんて。
そして、未来に弥生の姿はない。
その事実が胸を締め付ける。
寂しい。
父や祖父を殺したとか、そんなものは頭の隅に転がってしまうほど、弥生に 対しての気持ちが重く乗りかかる。
自分にとっての弥生はそれほどまでに仲良くなって、気にかかる存在となっていたようだ。
日和の視線の先では皆が、弥生が戦っている。
今は、誰も応援できない。
弥生は自分を殺そうとしている。
術士はそれを阻止するために戦っている。
じゃあ私は?私が命を差し出せば終わるのでは?
「……ううん、終わらない……それじゃ、駄目……」
私の力が弥生を強くする。
ならば、意味はない。
もっと術士の死ぬ確率が上がってしまうだけだ。
そんなの、見たくない。
「私に力があれば……」
力があれば。
力は、あるのでは?
じゃあその力はどう使うのか?
「力を……使う……」
日和は自分の両手を広げて見た。
見慣れた何も産まないこの手で何ができるのか。
できることはあるのか?
きっと出来なきゃ何もできない。
だったら……――
「――だったら、できることを探そう……。この力を使って、私が、弥生を倒すんだ……!」
無意識の内に日和の体から圧が洩れる。
足元の結界が、パキパキと罅割れるような音を立てた。