残酷な描写あり
23 「スノータウンに子供たち」
ニコラとの変わらない日常の中、ルーシーは普通の子供として、そして魔女として成長していた。
未だ人間に対して完全に心を開いて接することが出来ないルーシーであったが、それでも初期の頃に比べると随分打ち解けており、これなら他所の町を訪れても対応出来るだろうとニコラが判断し、そしてその日は突然やって来る。
「来週には旅立とうかね」
「え?」
あまりに唐突すぎてルーシーは自分でも馬鹿みたいな声を上げたと思った。それくらい間の抜けた声が出てしまっていたが、恥ずかしいと意識するよりニコラの突然の発言にルーシーは唖然としたままである。
今日はいつものように夜の座学をしている最中の出来事だ。ニコラはルーシーが成長して入らなくなった洋服を繕っている。そんな時だった。あまりに急で変な声が出るのも無理はない。
色調を合わせて新しい生地を縫い合わせたシャツを広げて、ニコラは「よし」と満足そうだ。
「いや、お師様? 小腹が空いたね、位のノリで言わないでもらえますか」
「なんだい、そろそろ一年が経つ頃だろう。ずっと前から言ってたことじゃないか」
「それはそうですけど! でも、そんな指折り数えていたわけでもないんですよ」
「つべこべ言うようになったね。とにかく明日村長に最終確認をして、必要なものを揃えて、長旅に備えるんだから。しばらく座学は無し。出立の日まではいつも通り実技訓練だけにするから、そのつもりでいるんだよ」
ニコラがそう決めたら覆らない。それはこの長い月日の間でルーシーが学んだことだ。だから来週本当にこのスノータウンを出ることになるのだろう。そうとわかればルーシーも忙しくなる。
せっかく仲良くなった村の子供たちに別れの挨拶をしなければ。
何かプレゼントでもあげた方がいいだろうか?
そんなことを考えているとニコラは意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「随分と仲良くなったみたいじゃないか。一人一人にプレゼントを贈るつもりかい」
「出来ればそうしたいところでしたが……」
あいにくルーシーにはお金がなかった。
ニコラからお小遣いをもらっているわけではなかったので、所持金で子供たちに何かを買ってやることも出来ない。そうすると何かを手作りであげる、という方法もあっただろうが。これもあいにくニコラの突然の決定で用意する時間の余裕がなさそうだ。
となればルーシーが子供たちの為に何が出来るのだろうと思案する。
少しばかり裁縫を教わっているが、下手なものを作って贈っても喜んでもらえると思えない。どうせなら喜んでもらいたい。それじゃあ一体何があるのだろうかと考えれば考えるほど何も思い浮かばなかった。
魔女になる為の修行をいくつかしてきたが、他人に与えられる何かを作る修行は残念ながらしていない。簡単な傷薬の調合なら出来るようになったが、それを贈って何になるというのだろう。
「もっと簡単なものがあるだろう」
難しい顔をして悩んでいるルーシーを見て、ニコラは熱々のコーヒーを飲みながらさらりと言い放つ。
簡単で、喜ばれるもの……。それが一体何なのか。ルーシーには予想もつかない。
するとニコラは上服用の型紙とチャコペンを持って見せびらかすように突き出した。
「手紙だよ。これなら紙とペンさえあれば出来る。簡単だろう?」
「え? でも、手紙なんてもらっても……」
「嬉しいもんさ。ようやくアルファベットを覚えて、簡単な単語くらいは書けるようになっただろう?」
「そうですけど。文章はまだまだですし! それに私、字が汚いし……。とても人様に見せられるようなものでは……」
「何言ってんだ、相手は子供だよ。達筆な字で書かれたら、それこそドン引きってもんさ。文字の読み書き覚えたての子供ってのはね、手紙を書いて友達にあげたりもらったりして喜ぶものなんだよ。自分の為に書いてくれた手紙ってのは、それだけで特別なプレゼントにもなる。いい思い出の品にもなるんだ。悪くないと思うけどね」
そう言われ、納得するようなしないような。ルーシーは自信なさげに困り顔をする。表情に差異が出てきたことをニコラは喜んでいる様子だったが、今のルーシーは「からかって面白がっている」と、つい思ってしまう。
「まぁ、何にするかはルーシーの自由だからね。好きにしな」
それだけ言い残すとミシン台周辺の片付けをし、「おやすみ」とルーシーに声をかけてから自室へと行ってしまった。一人残されたルーシーは考え込む。
手紙……、もらったことがないからわからない。
でも、ニコラがそう言うのならきっと嬉しいものなんだろう、と思う。
村の子供たちに、一人ずつ。
その人のことだけを綴った手紙……。
「書いて、みようかな……」
アルファベットの練習は何万文字と書いてきた。
単語に至っては何種類も、何万回も練習してきた。
だけど自分の考えていることを、自分の気持ちを言葉に乗せて書くということはまだ一度もしていない。
「もしかしてこれも、修行の一環?」
誰かの為に手紙を書いたことのないルーシーは、聞く人が聞けば呆れてしまうような連想をしてしまう。
ひとまず新たな目的、目標が出来た。
村の子供たちに手紙を書く。
それも一人一人、全く異なる内容を。
その人の為だけに宛てた手紙を……。
***
翌日、いつものように空飛ぶホウキに乗ってスノータウンまで飛んでいく魔女二人。
手荷物が少ない時、仕入れなどがない日は身軽なのでホウキでひとっ飛びするのがもっぱらだった。
ルーシーが子供たちと一緒に勉強をする日は決まっていたので、ルーシーがやって来て子供たちは驚きながらも喜んでいる様子だ。
ルーシーは小さな魔女としてこの村で人気がある。
本人は戸惑い、よくわからないといった様子だが大人も子供も、みんな遠慮がちで内気なルーシーに対してとても好意的で優しくしてくれる。
大人たちの中には「ルーシーが次代の相談役になる」と考えている者も少なくなかった。
ニコラはその豊富な知識を持ってこの村の相談役となっている。ニコラ自身がなろうとしたわけでも、さらに言うなら了承したわけでもない。
いつの間にか村の相談役として、この村では村長の次に権力のある存在として必要とされていた。
当の本人はその役柄を盾に取って権力を振りかざすわけではない。あくまで村に住む一人の魔女として、村人たちと平等であることを貫いている。
だからこそ村人たちから信頼されていた。
そんなニコラの後継者として育成されているルーシーを、村人たちは誰もが心の中で「次の相談役だ」と考えていたのだ。まさか村の大人たちからそんな風に思われているとは露知らず、ルーシーは妙に自分に優しく接してきてくれる大人たちのことを不思議に思っていた。
あまりに優しくされすぎると、勘ぐってしまう。穿った考えを持ってしまう。
特に何かしたわけでもない自分に優しくするということは、何か裏があるのでは……と思ってしまって素直にその好意を受け取ることが出来ないのだ。
そんなこんなでルーシーはそういった気持ちのまま現在にまで至る。
村長の家までニコラについて行ったが、旅に関する話をしに行くだけだからと一人で村長宅へ向かってしまう。
ルーシーは話が終わるまで自由にしてていいと言われたので、手持ち無沙汰な状態でひとまず子供たちがよく遊び場にしている広場へと向かった。
手紙の内容を考える為に……。
道行く大人たちに挨拶されては返す、ということを何度か繰り返し、やがて子供たちの笑い声が聞こえてきた。声の人数からして、村の子供たちのほとんどが広場にいるようだ。
ルーシーが姿を見せると子供たちは先ほどと同じように喜んで迎えてくれる。
「ねぇ、今日はどうしたの?」
「ニコラから休みをもらったのか? だったらみんなで雪合戦しようぜ! ちょうど人数が1人足りなかったところなんだ!」
この寒さの中、子供たちはとても元気だ。
ルーシーなんか未だにこの寒さに慣れず、外を出歩くのが億劫だというのに。家の中にいれば暖炉の火でとても暖かく、窓の外に見える雪景色は壁ひとつ隔てただけで全く異なる世界のように映る。
その真逆の空間がルーシーは少し気に入ってもいた。外はあれだけ極寒の寒さなのに、家の中はまるで常夏のように暖かく、寒さとは無縁の空間だ。
「肌が露出している部分が……、痛い……」
今日はまだ風はない方だ。寒さもその分マシになっているはずだが、修行以外で積極的に外出しないルーシーにこの寒さは応えた。子供の体はぽかぽかして体温が高いはずなのにおかしい、と思いながら雪合戦に参戦する。
体を動かせば温かくなるはずだ。それにこの雰囲気だと雪合戦以外の選択肢はなさそうに思える。すでに全員チームに分かれてこちらを見ているのだから。キラキラとした眼差しで。
「よーし、始めるぞー!」
***
雪合戦が終わってから、たくさん体を動かして、たくさん笑ったおかげで全身に汗をかいていた。
このままでは風邪を引いてしまうので、全員で集会所に行き暖を取る。
雪合戦はカミナチーム、そしてロンベルトチームに分かれて行なった。ルーシーは人数が足りなかったロンベルトのチームに入って奮戦したが、運動能力が乏しかったせいかあえなく負けてしまった。
勝った方は当然喜び、負けた方は悔しがっていたが、すぐまた笑顔になって雪合戦がとても楽しかったという感想を言い合っている。そんな簡単で単純な思考がルーシーは好きだった。
村の子供たちはとても素直で、裏表がない。嫌なことをいつまでもネチネチと責めるわけではなく、陰口を叩くわけでもない。子供も大人も、みんな簡単で単純だったらいいのに、と思った。
そして思う。彼らがこんなにも明け透けで気持ちのいい思考でいられるのは、子供たち本来の性格とこの厳しくも穏やかな環境が育んできたものなんだろうと。
カミナはリーダーシップを取るタイプで、負けず嫌い。素直じゃないところもあるが、本当は心根の優しい少年だ。粗野で乱暴な振る舞いをしているのはわざとなのか、本人は何かと悪ぶって行動しているように見える。でもそれはきっと、そうすることで自分の強さを誇示しているのかもしれないとルーシーは最近になって思うようになった。強さを誇示することで、この村の子供たちの中で最年長の頼れる兄貴分なのだと。子供たちは自分が守れるから大丈夫だと、そう言っているように思えた。
ロンベルトはカミナの悪友だが、それはあくまで好奇心の強さ故に過ちを犯しやすいだけだ。彼も弟思いの優しい心を持っている。一見優しげな父親のことが怖いのか、父親には絶対に逆らえないようだ。
アルバートは泣き虫で気弱なところがある。でもとても頭が良く、ルーシーと同い年だがもっとずっと難しい本を読んでいる。将来は医者か学者になりたいと言っていた。勤勉な少年のことだ、きっとなれるだろうとルーシーは信じている。
アメリアはとても心優しい女の子だが、少しおてんばな部分がある。男の子に負けない運動神経で、危ない遊びも笑顔でやってのけるほどだ。見た目は可愛らしい少女だが、本人はそれをあまり快く思っていないのか。いつも動きやすい男の子と同じ格好で遊びに出掛けている。
シエルは人形遊びなど、可愛い物が大好きな女の子だ。ルーシーの髪飾りもこの少女がくれたものだ。可愛いアクセサリーが大好きで、手先が器用な母親と良くブローチや髪留めなどを手作りしては身につけて自慢している。そして出来栄えの良い自信作は友達にあげたりして、喜んでもらえることに嬉しさを感じている様子だった。
スノータウンは限界集落とまではいかないが、村に住んでいる子供の人数は少ない。厳しい環境に耐えかねて、町へ引っ越す家庭もある。子供のいる家庭などはそれでお別れになったりもするが、一生会えなくなるわけでもない。
子供の人数が少ないからこそ、彼らの団結力はとても強く、みんな仲が良い。助け合って生きている。
だからみんな強く、そしてたくましい。
一時とはいえ彼らの一員になれたことを、ルーシーはとても誇らしく思った。
未だ人間に対して完全に心を開いて接することが出来ないルーシーであったが、それでも初期の頃に比べると随分打ち解けており、これなら他所の町を訪れても対応出来るだろうとニコラが判断し、そしてその日は突然やって来る。
「来週には旅立とうかね」
「え?」
あまりに唐突すぎてルーシーは自分でも馬鹿みたいな声を上げたと思った。それくらい間の抜けた声が出てしまっていたが、恥ずかしいと意識するよりニコラの突然の発言にルーシーは唖然としたままである。
今日はいつものように夜の座学をしている最中の出来事だ。ニコラはルーシーが成長して入らなくなった洋服を繕っている。そんな時だった。あまりに急で変な声が出るのも無理はない。
色調を合わせて新しい生地を縫い合わせたシャツを広げて、ニコラは「よし」と満足そうだ。
「いや、お師様? 小腹が空いたね、位のノリで言わないでもらえますか」
「なんだい、そろそろ一年が経つ頃だろう。ずっと前から言ってたことじゃないか」
「それはそうですけど! でも、そんな指折り数えていたわけでもないんですよ」
「つべこべ言うようになったね。とにかく明日村長に最終確認をして、必要なものを揃えて、長旅に備えるんだから。しばらく座学は無し。出立の日まではいつも通り実技訓練だけにするから、そのつもりでいるんだよ」
ニコラがそう決めたら覆らない。それはこの長い月日の間でルーシーが学んだことだ。だから来週本当にこのスノータウンを出ることになるのだろう。そうとわかればルーシーも忙しくなる。
せっかく仲良くなった村の子供たちに別れの挨拶をしなければ。
何かプレゼントでもあげた方がいいだろうか?
そんなことを考えているとニコラは意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「随分と仲良くなったみたいじゃないか。一人一人にプレゼントを贈るつもりかい」
「出来ればそうしたいところでしたが……」
あいにくルーシーにはお金がなかった。
ニコラからお小遣いをもらっているわけではなかったので、所持金で子供たちに何かを買ってやることも出来ない。そうすると何かを手作りであげる、という方法もあっただろうが。これもあいにくニコラの突然の決定で用意する時間の余裕がなさそうだ。
となればルーシーが子供たちの為に何が出来るのだろうと思案する。
少しばかり裁縫を教わっているが、下手なものを作って贈っても喜んでもらえると思えない。どうせなら喜んでもらいたい。それじゃあ一体何があるのだろうかと考えれば考えるほど何も思い浮かばなかった。
魔女になる為の修行をいくつかしてきたが、他人に与えられる何かを作る修行は残念ながらしていない。簡単な傷薬の調合なら出来るようになったが、それを贈って何になるというのだろう。
「もっと簡単なものがあるだろう」
難しい顔をして悩んでいるルーシーを見て、ニコラは熱々のコーヒーを飲みながらさらりと言い放つ。
簡単で、喜ばれるもの……。それが一体何なのか。ルーシーには予想もつかない。
するとニコラは上服用の型紙とチャコペンを持って見せびらかすように突き出した。
「手紙だよ。これなら紙とペンさえあれば出来る。簡単だろう?」
「え? でも、手紙なんてもらっても……」
「嬉しいもんさ。ようやくアルファベットを覚えて、簡単な単語くらいは書けるようになっただろう?」
「そうですけど。文章はまだまだですし! それに私、字が汚いし……。とても人様に見せられるようなものでは……」
「何言ってんだ、相手は子供だよ。達筆な字で書かれたら、それこそドン引きってもんさ。文字の読み書き覚えたての子供ってのはね、手紙を書いて友達にあげたりもらったりして喜ぶものなんだよ。自分の為に書いてくれた手紙ってのは、それだけで特別なプレゼントにもなる。いい思い出の品にもなるんだ。悪くないと思うけどね」
そう言われ、納得するようなしないような。ルーシーは自信なさげに困り顔をする。表情に差異が出てきたことをニコラは喜んでいる様子だったが、今のルーシーは「からかって面白がっている」と、つい思ってしまう。
「まぁ、何にするかはルーシーの自由だからね。好きにしな」
それだけ言い残すとミシン台周辺の片付けをし、「おやすみ」とルーシーに声をかけてから自室へと行ってしまった。一人残されたルーシーは考え込む。
手紙……、もらったことがないからわからない。
でも、ニコラがそう言うのならきっと嬉しいものなんだろう、と思う。
村の子供たちに、一人ずつ。
その人のことだけを綴った手紙……。
「書いて、みようかな……」
アルファベットの練習は何万文字と書いてきた。
単語に至っては何種類も、何万回も練習してきた。
だけど自分の考えていることを、自分の気持ちを言葉に乗せて書くということはまだ一度もしていない。
「もしかしてこれも、修行の一環?」
誰かの為に手紙を書いたことのないルーシーは、聞く人が聞けば呆れてしまうような連想をしてしまう。
ひとまず新たな目的、目標が出来た。
村の子供たちに手紙を書く。
それも一人一人、全く異なる内容を。
その人の為だけに宛てた手紙を……。
***
翌日、いつものように空飛ぶホウキに乗ってスノータウンまで飛んでいく魔女二人。
手荷物が少ない時、仕入れなどがない日は身軽なのでホウキでひとっ飛びするのがもっぱらだった。
ルーシーが子供たちと一緒に勉強をする日は決まっていたので、ルーシーがやって来て子供たちは驚きながらも喜んでいる様子だ。
ルーシーは小さな魔女としてこの村で人気がある。
本人は戸惑い、よくわからないといった様子だが大人も子供も、みんな遠慮がちで内気なルーシーに対してとても好意的で優しくしてくれる。
大人たちの中には「ルーシーが次代の相談役になる」と考えている者も少なくなかった。
ニコラはその豊富な知識を持ってこの村の相談役となっている。ニコラ自身がなろうとしたわけでも、さらに言うなら了承したわけでもない。
いつの間にか村の相談役として、この村では村長の次に権力のある存在として必要とされていた。
当の本人はその役柄を盾に取って権力を振りかざすわけではない。あくまで村に住む一人の魔女として、村人たちと平等であることを貫いている。
だからこそ村人たちから信頼されていた。
そんなニコラの後継者として育成されているルーシーを、村人たちは誰もが心の中で「次の相談役だ」と考えていたのだ。まさか村の大人たちからそんな風に思われているとは露知らず、ルーシーは妙に自分に優しく接してきてくれる大人たちのことを不思議に思っていた。
あまりに優しくされすぎると、勘ぐってしまう。穿った考えを持ってしまう。
特に何かしたわけでもない自分に優しくするということは、何か裏があるのでは……と思ってしまって素直にその好意を受け取ることが出来ないのだ。
そんなこんなでルーシーはそういった気持ちのまま現在にまで至る。
村長の家までニコラについて行ったが、旅に関する話をしに行くだけだからと一人で村長宅へ向かってしまう。
ルーシーは話が終わるまで自由にしてていいと言われたので、手持ち無沙汰な状態でひとまず子供たちがよく遊び場にしている広場へと向かった。
手紙の内容を考える為に……。
道行く大人たちに挨拶されては返す、ということを何度か繰り返し、やがて子供たちの笑い声が聞こえてきた。声の人数からして、村の子供たちのほとんどが広場にいるようだ。
ルーシーが姿を見せると子供たちは先ほどと同じように喜んで迎えてくれる。
「ねぇ、今日はどうしたの?」
「ニコラから休みをもらったのか? だったらみんなで雪合戦しようぜ! ちょうど人数が1人足りなかったところなんだ!」
この寒さの中、子供たちはとても元気だ。
ルーシーなんか未だにこの寒さに慣れず、外を出歩くのが億劫だというのに。家の中にいれば暖炉の火でとても暖かく、窓の外に見える雪景色は壁ひとつ隔てただけで全く異なる世界のように映る。
その真逆の空間がルーシーは少し気に入ってもいた。外はあれだけ極寒の寒さなのに、家の中はまるで常夏のように暖かく、寒さとは無縁の空間だ。
「肌が露出している部分が……、痛い……」
今日はまだ風はない方だ。寒さもその分マシになっているはずだが、修行以外で積極的に外出しないルーシーにこの寒さは応えた。子供の体はぽかぽかして体温が高いはずなのにおかしい、と思いながら雪合戦に参戦する。
体を動かせば温かくなるはずだ。それにこの雰囲気だと雪合戦以外の選択肢はなさそうに思える。すでに全員チームに分かれてこちらを見ているのだから。キラキラとした眼差しで。
「よーし、始めるぞー!」
***
雪合戦が終わってから、たくさん体を動かして、たくさん笑ったおかげで全身に汗をかいていた。
このままでは風邪を引いてしまうので、全員で集会所に行き暖を取る。
雪合戦はカミナチーム、そしてロンベルトチームに分かれて行なった。ルーシーは人数が足りなかったロンベルトのチームに入って奮戦したが、運動能力が乏しかったせいかあえなく負けてしまった。
勝った方は当然喜び、負けた方は悔しがっていたが、すぐまた笑顔になって雪合戦がとても楽しかったという感想を言い合っている。そんな簡単で単純な思考がルーシーは好きだった。
村の子供たちはとても素直で、裏表がない。嫌なことをいつまでもネチネチと責めるわけではなく、陰口を叩くわけでもない。子供も大人も、みんな簡単で単純だったらいいのに、と思った。
そして思う。彼らがこんなにも明け透けで気持ちのいい思考でいられるのは、子供たち本来の性格とこの厳しくも穏やかな環境が育んできたものなんだろうと。
カミナはリーダーシップを取るタイプで、負けず嫌い。素直じゃないところもあるが、本当は心根の優しい少年だ。粗野で乱暴な振る舞いをしているのはわざとなのか、本人は何かと悪ぶって行動しているように見える。でもそれはきっと、そうすることで自分の強さを誇示しているのかもしれないとルーシーは最近になって思うようになった。強さを誇示することで、この村の子供たちの中で最年長の頼れる兄貴分なのだと。子供たちは自分が守れるから大丈夫だと、そう言っているように思えた。
ロンベルトはカミナの悪友だが、それはあくまで好奇心の強さ故に過ちを犯しやすいだけだ。彼も弟思いの優しい心を持っている。一見優しげな父親のことが怖いのか、父親には絶対に逆らえないようだ。
アルバートは泣き虫で気弱なところがある。でもとても頭が良く、ルーシーと同い年だがもっとずっと難しい本を読んでいる。将来は医者か学者になりたいと言っていた。勤勉な少年のことだ、きっとなれるだろうとルーシーは信じている。
アメリアはとても心優しい女の子だが、少しおてんばな部分がある。男の子に負けない運動神経で、危ない遊びも笑顔でやってのけるほどだ。見た目は可愛らしい少女だが、本人はそれをあまり快く思っていないのか。いつも動きやすい男の子と同じ格好で遊びに出掛けている。
シエルは人形遊びなど、可愛い物が大好きな女の子だ。ルーシーの髪飾りもこの少女がくれたものだ。可愛いアクセサリーが大好きで、手先が器用な母親と良くブローチや髪留めなどを手作りしては身につけて自慢している。そして出来栄えの良い自信作は友達にあげたりして、喜んでもらえることに嬉しさを感じている様子だった。
スノータウンは限界集落とまではいかないが、村に住んでいる子供の人数は少ない。厳しい環境に耐えかねて、町へ引っ越す家庭もある。子供のいる家庭などはそれでお別れになったりもするが、一生会えなくなるわけでもない。
子供の人数が少ないからこそ、彼らの団結力はとても強く、みんな仲が良い。助け合って生きている。
だからみんな強く、そしてたくましい。
一時とはいえ彼らの一員になれたことを、ルーシーはとても誇らしく思った。