残酷な描写あり
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口裂け女 其の1
4月末日
その日はバイトでヘトヘトに疲れていた。
いつものように大学での講義を終え、その足でコンビニのバイトに向かう。
バイト先に到着してすぐに、同じシフトの奴が休んだ事を告げられた。
抗議してみたが当然却下され、結局そのまま一人で休憩も取れずに夜中まで働かされてしまったのだ。
「あーーしんど…馬鹿店長め…」
身体をポキポキと鳴らしながら帰路につく。
暖かくなってきたとは言え、夜中はまだ少々肌寒い。
缶コーヒーでも買おうかなと小銭を数えながら道路の向こうで光る自動販売機を見やる。
「ん?」
薄ぼんやりと夜道を照らすその光。
その光にかすかに照らされる人影があるのが確認できる。
「おっと、先客だ」
そう思ったのだが、その影は全く動く気配を見せない。
「なんだ………?」
近付くにつれ、その人影が明らかに異常な事に気付く。
性別は恐らく女性であろう、ボサボサのロングヘアーを胸元程まで伸ばし、ただじっと地面を見つめている。
赤なのか茶色なのか判断のつきにくいトレンチコート
を着ており、手には長い裁(た)ち鋏(ばさみ)を持っていた。
顔にはマスクをしている為、表情の判別はつかないが目だけは異様な光を放っている。
「おいおいおいおい………冗談だろ……」
足が止まる。
これ以上あの女に近寄りたくないというのが正直な所だ。
だってそうだろう?こいつはまるで…まるで…
「…………ワタシ………キレイ?」
「うわぁああああぁぁあああ!!!!」
女が俺を見てそう訪ねたのと、俺が逆方向に向かって一目散に駆け出したのは同時だった。
〜口裂け女〜
近くの漫画喫茶で夜を明かした俺を誰が責められよう?
むしろ漫画喫茶でも個室という空間が怖かったくらいだ。
警察に言っても具体的に何かされた訳ではないので動いてくれないだろうし…
けど家の近くにあんなのがいるってのは気持ちが悪すぎる。
待てよ…鋏を持っていたから銃刀法違反で警察を呼べないだろうか…
「まいったな…」
結局、家には帰れなかったので着の身着のまま大学へ向かう。
講義の内容もまともに頭に入ってこない。
友人に相談してみたが「ビビリ」だの「弱虫」だのとからかわれただけだった。
「実際にあんなのいたらビビるっつーの…」
愚痴をこぼしながらトイレに向かう途中、構内の掲示板に目が留(と)まる。
『来たれ!都市伝説けんきゅうかいい!!』
『都市伝説に興味のある方、一緒に都市伝説を追いかけまくりませんか?どうですか?そうですか…』
その文言の下には憎たらしい顔の犬の絵が描かれており、横にはご丁寧に『←人面犬』と添えられている。
「都市伝説研究会か…」
サークルなんかに興味はなかったが、背に腹は代えられない。
その日は調度バイトも休みだったので話だけでもと、研究会の部室へ向かう。
胡散臭いと思いながらも「都市伝説けんきゅうかい」と書かれた扉をノックした。
「すいませーーん」
声をかけながらガラリと扉を開ける。
「へいらっしゃい!!!」
「ラーメン屋じゃないんですから…」
俺を出迎えてくれたのは二人の男女だった。
男性は小太りでメガネのいかにも…といった風貌だ、けれど全く不快感がないのは清潔感や纏う雰囲気によるものだろうか。
女性の方はセミロングの黒髪眩しい…何というか本当にこの場に似つかわしくないような綺麗な女性である。
「入部希望かい!?」
「あの…相談があって来たんですけども…」
「そうかい…入部希望じゃないのかい……」
男性は隠す様子も無く、ガッカリという擬音が聞こえてきそうな程に落ち込む。
「けど、こんな胡散臭い所に相談事なんて…えらく珍しいね」
「自分でもそう思うんですが…」
「どうぞ」
女性がお茶を出してくれる。
こういった相談事もよくあるのだろうか?なんだか二人共スンナリと受け入れてくれるのが少し不思議ではあった。
「それで相談っていうのは?」
「その…変な女に遭遇しまして………」
俺が昨日の夜中に体験した事を話す。
二人は最後まで茶化すこともなく、俺の話を聞いてくれた。
「口裂け女ではないか!!」
開口一番、飛び出したのは俺が一番待ち望んでいた言葉であった。
「ですよね!!口裂け女ですよね!!」
「それはそうだろう!口裂け女以外にないだろ!それはー!えーー?友達の反応もおかしくないかね!?それはー!もっと興奮するだろう!」
「俺達の親の世代に流行ったものですからね…興味ない人間は知らなくても仕方無いかもしれないですね…」
「そんな…口裂け女なんて超メジャーではないか…映画にもなってるのに…」
「まぁ俺もネットで見聞きするくらいしか知識は無いですけど…」
「………ふむ、ではまず詳しく口裂け女について教えよう」
「………はい?」
「知る事は武器となるからね、敵を知り、己を知れば百戦危うからずってやつだ」
「対処法は…」
「まぁまぁ、焦ることはない!たっぷり都市伝説の魅力に触れようじゃないか!!…千影(ちかげ)君」
「はい、どうぞ」
千影と呼ばれた女性がドサリと分厚いファイルを渡す。
「口裂け女、1979年の春頃から流布された都市伝説」
男性はそれをパラリとそれをめくりながら続ける。
「その内容は詳細は違っているものの、大方は同じである。」
ーある日、凄惨な事故が起きた。
美しくなろうと整形手術を受けに来た女性、けれど彼女の望みは叶わなかった。
執刀医のミスで彼女の顔は大きく傷が付き、更にその傷は一生残る物として、彼女をより一層醜くしてしまったのだ…
執刀医は逃亡、絶望した彼女は自らの命を絶ってしまう…
ここまでなら悲劇的な事故の話だ…
彼女の死から幾日か立つと、妙な噂が流れるようになる。
曰く、手に鋏を持ち、大きなマスクをした女性が学校帰りの小学生を中心に声をかけていると。
「ワタシ…キレイ?」その女性は誰に対してもそう尋ねる。
綺麗ですと答えると、彼女はそのマスクを外す…すると…
その下には耳元まで大きく裂けた口が隠されていたのだ…!
「これでも綺麗かーー!?」
「…とまぁ多少の差異はあれど、これが口裂け女の大まかな話だね」
「綺麗じゃないって答えたらどうなるんですか?」
「持っている刃物で切り殺されるというのが定説になっているね、包丁、鋏、手術用のメスなんかもあるそうだ」
「なら綺麗って答えたら脅かされるだけって事ですか?」
「嘘をつくな!!と言って飲み込まれるって説もある」
「じゃあどっちも駄目じゃないですか!」
「そうだね、質問に対しての回答はどちらもいい結果を生まないと思っていいだろう」
「じゃあどうするんですか?」
「そこで出てくるのが口裂け女対する対処法、又は撃退法になる」
「あるんですか?」
「勿論だ、有名なので言えば「ポマード」と3回叫ぶか、ベッコウ飴を与えるかになるかな?」
「…………なんで?」
「彼女の執刀医がベッタリとポマードを付けていた為、その匂いが苦手らしい、逆にベッコウ飴は好物らしく、与えている隙に逃げるんだそうだ」
「そんな動物みたいな…」
「変わった所では「犬が来た!犬が来た!」と叫ぶと口裂け女が驚いて逃げていくなんてのもあるね」
愉快そうに話す男性を見ながら、出されたお茶をズズ…と啜る。
「撃退法として有効なのはやはりポマードだろうね」
「なぜです?」
「有名だからさ」
「そんな安直な…」
呆れかけた俺に男性は続ける。
「そう馬鹿にもできないよ?有名であるという事はそれだけ信じる人が多いという事に繋がるからね」
「………」
「信じる人が多いという事は、それだけ信憑性があるという事だ」
「そういうもんですか…」
「そもそも荒唐無稽な話だからね、統計を取ることもできない…噂の噂のそのまた噂なのさ」
「そうですか…」
「所詮は創作、現実には存在しないものだからね…」
落胆を禁じ得ない。
いや、確かに対処法としては有効なのかもしれないが…
結局はこの人達も娯楽の一環として見ているだけで、俺の話をそこにある危機としては捉えてくれてはいないように感じる。
まぁこんな話信じられなくて当然ではあるのだが…やはり残念だ。
「ありがとうございました、じゃあこれで失礼します」
俺はそう言って、席を立つ。
「あ、ちょ…」
何か言いたそうにしていたが、そのまま俺は研究会の部室を後にした。
「でもまぁ…確かに荒唐無稽な話だし…あの人達はあの人達の分野で真面目に話してくれたんだろなぁ…」
そう考えると短気になってしまった事が申し訳なくなる。
「今度会ったら謝るか…」
夕暮れが辺りを赤く染めている。
夜が近付いていた。
その日はバイトでヘトヘトに疲れていた。
いつものように大学での講義を終え、その足でコンビニのバイトに向かう。
バイト先に到着してすぐに、同じシフトの奴が休んだ事を告げられた。
抗議してみたが当然却下され、結局そのまま一人で休憩も取れずに夜中まで働かされてしまったのだ。
「あーーしんど…馬鹿店長め…」
身体をポキポキと鳴らしながら帰路につく。
暖かくなってきたとは言え、夜中はまだ少々肌寒い。
缶コーヒーでも買おうかなと小銭を数えながら道路の向こうで光る自動販売機を見やる。
「ん?」
薄ぼんやりと夜道を照らすその光。
その光にかすかに照らされる人影があるのが確認できる。
「おっと、先客だ」
そう思ったのだが、その影は全く動く気配を見せない。
「なんだ………?」
近付くにつれ、その人影が明らかに異常な事に気付く。
性別は恐らく女性であろう、ボサボサのロングヘアーを胸元程まで伸ばし、ただじっと地面を見つめている。
赤なのか茶色なのか判断のつきにくいトレンチコート
を着ており、手には長い裁(た)ち鋏(ばさみ)を持っていた。
顔にはマスクをしている為、表情の判別はつかないが目だけは異様な光を放っている。
「おいおいおいおい………冗談だろ……」
足が止まる。
これ以上あの女に近寄りたくないというのが正直な所だ。
だってそうだろう?こいつはまるで…まるで…
「…………ワタシ………キレイ?」
「うわぁああああぁぁあああ!!!!」
女が俺を見てそう訪ねたのと、俺が逆方向に向かって一目散に駆け出したのは同時だった。
〜口裂け女〜
近くの漫画喫茶で夜を明かした俺を誰が責められよう?
むしろ漫画喫茶でも個室という空間が怖かったくらいだ。
警察に言っても具体的に何かされた訳ではないので動いてくれないだろうし…
けど家の近くにあんなのがいるってのは気持ちが悪すぎる。
待てよ…鋏を持っていたから銃刀法違反で警察を呼べないだろうか…
「まいったな…」
結局、家には帰れなかったので着の身着のまま大学へ向かう。
講義の内容もまともに頭に入ってこない。
友人に相談してみたが「ビビリ」だの「弱虫」だのとからかわれただけだった。
「実際にあんなのいたらビビるっつーの…」
愚痴をこぼしながらトイレに向かう途中、構内の掲示板に目が留(と)まる。
『来たれ!都市伝説けんきゅうかいい!!』
『都市伝説に興味のある方、一緒に都市伝説を追いかけまくりませんか?どうですか?そうですか…』
その文言の下には憎たらしい顔の犬の絵が描かれており、横にはご丁寧に『←人面犬』と添えられている。
「都市伝説研究会か…」
サークルなんかに興味はなかったが、背に腹は代えられない。
その日は調度バイトも休みだったので話だけでもと、研究会の部室へ向かう。
胡散臭いと思いながらも「都市伝説けんきゅうかい」と書かれた扉をノックした。
「すいませーーん」
声をかけながらガラリと扉を開ける。
「へいらっしゃい!!!」
「ラーメン屋じゃないんですから…」
俺を出迎えてくれたのは二人の男女だった。
男性は小太りでメガネのいかにも…といった風貌だ、けれど全く不快感がないのは清潔感や纏う雰囲気によるものだろうか。
女性の方はセミロングの黒髪眩しい…何というか本当にこの場に似つかわしくないような綺麗な女性である。
「入部希望かい!?」
「あの…相談があって来たんですけども…」
「そうかい…入部希望じゃないのかい……」
男性は隠す様子も無く、ガッカリという擬音が聞こえてきそうな程に落ち込む。
「けど、こんな胡散臭い所に相談事なんて…えらく珍しいね」
「自分でもそう思うんですが…」
「どうぞ」
女性がお茶を出してくれる。
こういった相談事もよくあるのだろうか?なんだか二人共スンナリと受け入れてくれるのが少し不思議ではあった。
「それで相談っていうのは?」
「その…変な女に遭遇しまして………」
俺が昨日の夜中に体験した事を話す。
二人は最後まで茶化すこともなく、俺の話を聞いてくれた。
「口裂け女ではないか!!」
開口一番、飛び出したのは俺が一番待ち望んでいた言葉であった。
「ですよね!!口裂け女ですよね!!」
「それはそうだろう!口裂け女以外にないだろ!それはー!えーー?友達の反応もおかしくないかね!?それはー!もっと興奮するだろう!」
「俺達の親の世代に流行ったものですからね…興味ない人間は知らなくても仕方無いかもしれないですね…」
「そんな…口裂け女なんて超メジャーではないか…映画にもなってるのに…」
「まぁ俺もネットで見聞きするくらいしか知識は無いですけど…」
「………ふむ、ではまず詳しく口裂け女について教えよう」
「………はい?」
「知る事は武器となるからね、敵を知り、己を知れば百戦危うからずってやつだ」
「対処法は…」
「まぁまぁ、焦ることはない!たっぷり都市伝説の魅力に触れようじゃないか!!…千影(ちかげ)君」
「はい、どうぞ」
千影と呼ばれた女性がドサリと分厚いファイルを渡す。
「口裂け女、1979年の春頃から流布された都市伝説」
男性はそれをパラリとそれをめくりながら続ける。
「その内容は詳細は違っているものの、大方は同じである。」
ーある日、凄惨な事故が起きた。
美しくなろうと整形手術を受けに来た女性、けれど彼女の望みは叶わなかった。
執刀医のミスで彼女の顔は大きく傷が付き、更にその傷は一生残る物として、彼女をより一層醜くしてしまったのだ…
執刀医は逃亡、絶望した彼女は自らの命を絶ってしまう…
ここまでなら悲劇的な事故の話だ…
彼女の死から幾日か立つと、妙な噂が流れるようになる。
曰く、手に鋏を持ち、大きなマスクをした女性が学校帰りの小学生を中心に声をかけていると。
「ワタシ…キレイ?」その女性は誰に対してもそう尋ねる。
綺麗ですと答えると、彼女はそのマスクを外す…すると…
その下には耳元まで大きく裂けた口が隠されていたのだ…!
「これでも綺麗かーー!?」
「…とまぁ多少の差異はあれど、これが口裂け女の大まかな話だね」
「綺麗じゃないって答えたらどうなるんですか?」
「持っている刃物で切り殺されるというのが定説になっているね、包丁、鋏、手術用のメスなんかもあるそうだ」
「なら綺麗って答えたら脅かされるだけって事ですか?」
「嘘をつくな!!と言って飲み込まれるって説もある」
「じゃあどっちも駄目じゃないですか!」
「そうだね、質問に対しての回答はどちらもいい結果を生まないと思っていいだろう」
「じゃあどうするんですか?」
「そこで出てくるのが口裂け女対する対処法、又は撃退法になる」
「あるんですか?」
「勿論だ、有名なので言えば「ポマード」と3回叫ぶか、ベッコウ飴を与えるかになるかな?」
「…………なんで?」
「彼女の執刀医がベッタリとポマードを付けていた為、その匂いが苦手らしい、逆にベッコウ飴は好物らしく、与えている隙に逃げるんだそうだ」
「そんな動物みたいな…」
「変わった所では「犬が来た!犬が来た!」と叫ぶと口裂け女が驚いて逃げていくなんてのもあるね」
愉快そうに話す男性を見ながら、出されたお茶をズズ…と啜る。
「撃退法として有効なのはやはりポマードだろうね」
「なぜです?」
「有名だからさ」
「そんな安直な…」
呆れかけた俺に男性は続ける。
「そう馬鹿にもできないよ?有名であるという事はそれだけ信じる人が多いという事に繋がるからね」
「………」
「信じる人が多いという事は、それだけ信憑性があるという事だ」
「そういうもんですか…」
「そもそも荒唐無稽な話だからね、統計を取ることもできない…噂の噂のそのまた噂なのさ」
「そうですか…」
「所詮は創作、現実には存在しないものだからね…」
落胆を禁じ得ない。
いや、確かに対処法としては有効なのかもしれないが…
結局はこの人達も娯楽の一環として見ているだけで、俺の話をそこにある危機としては捉えてくれてはいないように感じる。
まぁこんな話信じられなくて当然ではあるのだが…やはり残念だ。
「ありがとうございました、じゃあこれで失礼します」
俺はそう言って、席を立つ。
「あ、ちょ…」
何か言いたそうにしていたが、そのまま俺は研究会の部室を後にした。
「でもまぁ…確かに荒唐無稽な話だし…あの人達はあの人達の分野で真面目に話してくれたんだろなぁ…」
そう考えると短気になってしまった事が申し訳なくなる。
「今度会ったら謝るか…」
夕暮れが辺りを赤く染めている。
夜が近付いていた。
都市伝説好きな人に刺さるといいなぁと思っています
なろうにも投稿中でございます
よろしくお願いします
なろうにも投稿中でございます
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