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作者: 円宮模人
少女と共闘と運命の分かれ道
〇開拓星ウラシェ 黒曜樹海こくようじゅかい

 アオイが装着するゴーグルモニターには、森の暗がりと人戦機が映っていた。その機体は桜と盾のペイントを肩に施したシドウ一式。

「あれ……確かさっきも……」

 休憩前に助けてもらった機体と、目の前の機体がぴたりと重なる。胸を占めるのは、二度も助けてもらった驚きと、二度も迷惑をかけた申し訳なさ。

 まずは謝罪と思ったアオイが手元を見る。視線の先の映像が消えて半透明の投影板に戻った。

 透(す)けて見えるのは戦闘服に包まれた華奢な手と合成映像による仮想ボタンだ。少し迷って、外部スピーカーのアイコンがついたボタンを押す。

「す、すみま――」

 アオイの声が森に木霊しかけた時、重なるように冷淡な声が浴びせられた。

「謝罪は非効率だ。戦え。残弾は?」

 慌ててモニターに映る残弾数を確認する。

「ま、まだありま――」
「敬語も不要だ。効率的に頼む」
「この後は、どうするんです――」
「敬語は不要と言ったはずだ」
「す、すみま――」
「謝罪は不要と先ほども言った。質問は端的に頼む」

 思わず息が詰まった。

(どうして食い気味に!?)

 だが、辛うじて文句をこらえる。

 目の前の機体だけが命綱だ。下手に逆らって置いて行かれるのだけは避けたい。深呼吸をして、頭の中で言葉をまとめた。

「これからどうするの?」
「どうするとは?」
「逃げるための作戦とか」
「不要だ。早くしないと攻性獣が逃げる」
「攻性獣はそう簡単に逃げないよ」

 攻性獣は名のとおり攻撃的だ。いくら仲間を殺されようとも、敵意が挫ける事は無い。

 殺されかけた瞬間を思い返すと、身体が勝手に震えた。

「むしろ、追いつかれる前に逃げた方が――」
「ダメだ。撃破数が減る。そうなれば評価も得られない」
「でも、まずは身の安全を――」
「それよりも成果が優先だ」

 そう言って、目の前の機体が駆け出した。

「待って!」

 はぐれたら今度こそ死ぬと直感し、後を追う。

「は、速い!」

 同じ機体であるにもかかわらず、後ろ姿が徐々に小さくなる。極限まで無駄を削ぎ落した疾走は、惚れ惚れするほど美しい。

「同じ機体なのに!? 凄い!」

 不意に相手の機体が立ち止まる。

 何事かと視線を奥に向けると、すぐさま映像が拡大された。そこには、赤い三つ目が蠢いていた。

「また軽甲蟻けいこうありが!」

 軽甲蟻たちが、盾の様な頭部と赤い三つ目を向ける。

「えっと、群れへの対応は」

 立ち止まっての銃撃が安全策と教わった。相手も立ち止まるはずと考える。

「今のうちに追いつかないと!」

 だが、相手の機体が駆ける勢いを増した。

「え!? どうして!?」

 群れとの距離が詰まった時、勢いのままに機体が跳ねた。そして、空中で飛び蹴りの構えを見せる。

「なにを!?」

 機体が纏う慣性を脚先に込め、鮮やかな蹴りを突き立てた。

「うそ!?」

 軽甲蟻の甲殻に衝撃が波打つ。その勢いで、六脚の巨獣が転げた。

 相手の機体は傍らへ軽やかに着地する。すぐさま立ち上がり甲殻の無い腹へ銃火を放つと、弾丸が獣の内部を次々と食い破った。

「格闘と銃、両方!?」

 なぜ接近するのかという問いへの答えは、格闘と銃撃を織り交ぜた近距離戦闘を仕掛けると言う事だった。

「あんな精密な操作なんて、本当に?」

 格闘戦はベテランでも難しく、自分には逆立ちしてもできないと聞かされていた。呆気に取られている間にも、次の軽甲蟻が襲い掛かる。

「あ、危ない!」

 相手の機体は流れるように振り返り、攻性獣の盾のよう頭部を蹴り上げた。そして、露わになった甲殻の無い喉元へ、すぐさま銃撃を浴びせる。

 黄色い血肉が舞い散る中、襲いかかる後続もあしらっていく。短い戦闘の後、全ての敵が沈黙した。

「本当に倒しちゃった……。どうしてあんな無茶を……」

 その独り言が聞こえたのか、相手機が鉄兜のような頭部をこちらに向けた。

「無茶ではない。人戦機は生物に近い、つまり衝撃に強い骨格および関節構造になっている。多少の格闘戦は想定内だ」

 言われて、任務開始前の講習を思い出す。

 人戦機は合金骨格に、筋肉状の駆動機構、耐衝撃関節など、生物に近い構造を取っている。

 鎧を纏った巨人。

 その一言に集約されると聞いたことがある。それゆえ、人間のように走る、跳ぶ、といった機動が得意だ。

 だが、聞きたいことはそれではなかった。

「いや、そうじゃなくて……。なんで近づいて? 遠くから撃っていれば倒せるんじゃ――」
「遠距離射撃だけでは甲殻に阻まれて非効率だ」
「でも、格闘戦って、凄く難しいって――」

 イメージすれば動くのが人戦機だ。しかし、読み取るのはおおよその動きで、格闘戦のような精緻な動きは、相当の修練がいると聞いた。

 ベテランでもなければ無理、と任務開始前に教わった。しかし、目の前の少年はどういう訳か、歳不相応の格闘戦を熟している。

「訓練すればできる」

 少年は当然のように言った。呆れで思わず口を開けてしまう。

「訓練って……どれだけ。でも、格闘したメリットなんて――」
「格闘戦で甲殻の切れ目を露出させれば効率的に……、待て」

 相手の機体が何かに気づいたように、今度は頭部を横へ向けた。

「どうしたの?」

 釣られて横を向くと、鋭い角を持ったユニコーンを思わせる優美なシルエットが二つ、こちらを向いて佇んでいた。

「なに……。あれ」

 体表には虫を思わせる醜悪かつ重厚な甲殻。そして、攻性獣特有の赤い三つ目。ちぐはぐな様子が、怪物然とした印象を与えていた。

 未知の敵。その恐怖に息を呑む。

 そんな時、冷淡な少年の声が聞こえた。恐怖などは微塵も混じっていないようだった。

「新種? 攻撃パターンがわからない。おい、お前は……」
「名前? アオイだよ」
「アオイ。あれがどういう攻性獣か知っているか? 攻撃パターンは学習済みか?」
「ううん」
「そうか。では――」
「でも、なんとなくどんな生き物かはわかるよ」
「何?」

 自身の記憶を検索しながら考察を進める。

「蹄のような細い足。馬とかの速い動物に見られる特徴。頭の突起で突き刺してくるに違いない。攻性獣の力であの形となると相当に……と思う」
「主な攻撃手段は突撃か。遠距離攻撃は?」
「わからない。でも少なくとも何かを投げてきたりとかはないよ」
「ならば近づかれる前に、対甲殻ライフルで仕留める。背面の武器を出せ」
「う、うん」
「二体とも撃破するぞ」
「わかった。でも気を付けて。相当に速いよ」
「すぐに片付ける」

 言い包められたような引っ掛かりを覚えつつ、呟く。

「武器変更。対甲殻ライフル」

 モニターに映る機械の腕が、サブマシンガンを背面にしまい、対甲殻ライフルを取り出した。自動化された交換作業だけは滑らかだった。

「長距離射撃モード」

 指示を受けて、人戦機が膝立で構える。直後に、様々な情報が書き込まれたミニウィンドウが立ち上がった。

 意味不明の文字列をどう活かすかも分からないが、青い輝線で示される弾道予測を一角獣ユニコーン型攻性獣に合わせようとする。

「えっと……こっち!?」

 何とか画面内に、一角獣ユニコーン型攻性獣を収めた瞬間、ミニウィンドウから影が消えた。

「え!?」

 ゾワリとした悪寒が、背中を駆ける。

「狙撃中止!」

 ミニウィンドウが消えてメインウィンドウに切り替わる。そこには、眼前に迫ろうとする一角獣ユニコーン型攻性獣の姿が見えた。

「逃げなきゃ!」

 声に呼応するように自機が立ち上がる。相手機も立ち上がろうとした。

「速い!」
「だからそう言ったよ!」

 攻性獣が一段、二段と勢いを上げる。おめおめと逃すつもりは無いようだ。ありったけを念じて、機体を駆けさせる。

「お願い! 間に合って!」
「来るぞ!」

 繰り出される豪速の刺突が、すぐ後ろを駆け抜けた。

 突進の余波が暴風となり、機体をビリビリと震わせる。思わず頬が引きつった。

「ちょっとでも遅れていたら!?」

 まともに食らっていたかも知れない。冷や汗が体中から吹き出した。

 一方の一角獣ユニコーン型攻性獣は、勢いをそのままに駆け抜ける。俊足のまま旋回し、再度突進してきた。迎撃のために対甲殻ライフルを構えさせる。

「ダメだ! 補正が!」

 不安定な立ち姿勢のため、弾道予測線がフラフラとして定まらない。手間取る間に、一角獣ユニコーン型攻性獣はこちらへ向かってきた。

 表示される彼我の距離はみるみると減っていく。

(撃つ前に来ちゃう!)

そう思ったと同時に、少年の声が森に響く。

「武器変更! サブマシンガン!」

 相手の機体が、背面に格納されたサブマシンガンと対甲殻ライフルを交換した。直後に迫る突撃をひらりと躱す。

 その余裕は、並みの技量によるものではないと分かった。少年の気迫が樹海に響く。

「これならどうだ!?」

 相手機は跳んだまま発砲し、それでもなお全弾が命中した。しかし、サブマシンガンの弾丸は一角獣ユニコーン型性獣の重厚な甲殻を貫けない。

「ち! 固い!」

 反撃の糸口が見つからない。

 その間にも、二体の一角獣ユニコーン型攻性獣は次々と突撃を敢行する。回避を続けるが、徐々に余裕を無くしていった。

 思わず弱音が漏れる。

「このままだとジリ貧だよ!」
「せめて対甲殻ライフルの照準時間を稼げれば!」
「この相手に!? 止まったら、突撃されて終わりだよ!?」
「くそ! 受け止めてから撃ち込むか!?」
「さっきから無茶すぎる! そもそもできるの!?」
「オレはできる!」
「相当のベテランでも無理だよ!? 新人って聞いたけど!?」
「今回が初任務だ!」
「嘘でしょ!?」
「事実だ! 非効率的な会話はしない!」

 防戦が続く。

 余裕はほとんどなくなり、体勢の立て直しがおぼつかなくなる。が、思考を緩める訳にはいかない。いつか反撃の余力も尽きて、勝機は完全に潰える。

(何か、何かないの……!? このままだと)

 出口を探してもがく中、少年がつぶやいた。

「突撃後に離脱するから時間があるが。このままでは」
「離脱……。なんで?」

 違和感に導かれ、一角獣ユニコーン型攻性獣をなめ回すように凝視する。

「遠距離攻撃はないはず。なんで……? ……あ!」

 直後、閃きと確信が脳を駆け巡り、あたりを見回す。

「あった! あそこへ!」

 直ぐに機体を走らせた。インカムへ叫びを乗せる。

「ついてきて! えっと、名前は!?」
「ソウ」
「ソウさん! こっち! あの岩!」

 近くの岩を目指し駆ける。相手の機体も続いた。

「理由を説明しろ!」
「行けばわかるよ!」

 執拗な追撃をかわしつつ岩の近くへ到着した。即座に機体の背を岩に付ける。

「真似をして!」
「理解不能だ! 不利になるだけだぞ!」
「攻性獣を見て!」

 途端に一角獣ユニコーン型攻性獣の動きが鈍った。近づいてくる事もなく、二体とも中途半端な距離を保っている。

「これは?」
「思ったとおり!」
「予想どおりということか? なぜ?」
「理由は後で話すから! ライフルを構えて!」
「だが、照準時間が――」
「いいから早く! 絶対に回り込んで来るから!」

 二体の一角獣ユニコーン型攻性獣は左右に分かれ、それぞれが大きく迂回するように走り出した。

 その対応は当然で、同時にだった。思わず声を上げる。

「それしかないよね! 武器変更! 対甲殻ライフル!」

 再びライフルを構える人戦機。

「長距離射撃モード!」

 膝立の構えを取ると、モニターに映る青い弾道予測線のふらつきが止まった。輝線の先にいる一角獣ユニコーン型攻性獣とは距離が残っている。迂回を強いた効果だった。

 直後、ソウと呼ばれた操縦士の声が聞こえる。

「そこだ!」

 ライフルが銃火を吹く。

 弾丸は大気を裂いて、甲殻を穿ち、黄色い血肉を粉砕した。

 技量の高さを伺わせる完璧な一撃が見えた。

「こ、こっちも、撃たなきゃ!」

 声も手も震えている。さっきからカチカチとうるさいと思ったら、自分の歯が鳴っていた。

(ダ、ダメ! 震える!)

 巨大な化け物が轢き殺す勢いで迫りくる。

 戦場を伝えるための臨場感リアリティがどうしようもなく心臓に刺さる。一角獣ユニコーン型攻性獣の前に、生身で立たされたような錯覚を抱いた。

「このぉ!」

 それでも精いっぱいの勇気で、コックピット内のトリガーを絞った。だが、銃弾は攻性獣をかすめ、遥か後方へ飛び去ってしまった。

「しまっ――」
「どけ!」

 突き飛ばされるような衝撃の後、ソウ機の背中が見えた。

「こい!」

 轟音が鼓膜をつんざく。衝撃に思わず眼を瞑る。

「う……!」

 次いで大地の抉(えぐ)れる音が響いた。だが、自分への衝撃は来ない。

「ど、どうなったの……?」

 恐る恐る目を開けると、一角獣ユニコーン型攻性獣を抑えるソウ機の背面と、大地に刻まれた二条の軌跡が映っていた。

「本当に受け止めた!?」

 叫びに驚嘆が乗る。

 離れ業の直後、ソウの機体が一角獣ユニコーン型攻性獣の首を片腕で締める。そして、もう片方の手で持っていたサブマシンガンの銃口を、甲殻の隙間にねじ込んだ。

「死ね」

 鳴り響く発砲音と共に、放たれた銃弾が攻性獣の体内をかき回す。短い痙攣の末、攻性獣は巨体を沈めた。

 弾丸を一発だけ傷口に打ち込み、反応が無いことを確かめたソウ機が振り返る。

「油断するな」

 離れ業を誇る様子もない淡々とした口調。だが、自分のために突進を受け止めたと分かっていた。三度迷惑をかけた申し訳なさが口からこぼれた。

「ご、ごめんな――」
「謝罪は非効率。それよりも説明を頼む」
「説明? なんの?」
「なぜこいつらの動きが悪く? それに迂回してくると、どうしてわかった?」
「えっとね。この攻性獣は爪や牙がないでしょ? ということは、近づいたとしてもそのまま攻撃はできないんだ。後ろ足で蹴れるかもしれないけど、そこまで戦闘向きじゃない。だから――」
「結論を先に頼む」
「ぐ……」

 命の恩人を無下にはできない。そう自分に言い聞かせて、ため息を吞み込んだ。

「この攻性獣は、突撃しかないって事。だから、獲物の後ろに岩があると激突しちゃう。それでも、攻性獣は逃げずに他の攻撃方法を考える。だとすれば、わざわざ迂回して横から突撃してくると思ったんだ。そうすれば、こっちは照準を合わせる時間も取れる」
「……なるほど」

 嘆息が混じった反応を意外に思う。

 しばらくの沈黙。

 だが、いつまでも突っ立ってはいられないと、困惑気味の声をインカムに向けた。

「あの、ソウさん」
「ソウでいい。なぜ非効率な呼称を?」
「だって……、呼び捨てとか落ち着かないし」
「理解不能だ。それで、何か?」
「あの……、この後は? 基地に戻る?」
「ああ。脚部アクチュエーターに負荷がかかったからな」
「ワタシを助けるために、ごめ――」
「謝罪は非効率だ。複数回の訂正も含む。それよりも帰投を開始したい。索敵を頼む」

 意外な申し出に、おずおずと答えを返す。

「……一緒でいいの?」
「拒否するなら、一人で行くが」
「いや! もちろん一緒に!」
「ならば早く」

 それから後は無言の行進だった。

 何を言っても突っぱねられそうだと思ったので、自分から話さなかった。ソウも話さなかった。気まずい空気が、肩にのしかかる。

(何か話した方がいいのかなぁ。でも、なんかリズムが合わないっていうか……)

 しゃべろうか、しゃべるまいか。何度も口を開きかけながら、また閉じる。

 そうやって警戒を続けてしばらくすると、森の巨木の切れ目からドームの頭が覗いた。

「ソウ。基地が見えてきたよ」
「ならば、オレの担当区域へいったん帰還したい。ここで別れよう」
「あの、ソウ。怒るかも知れないけど、これだけは言わせて」
「なんだ」
「助けてくれてありがとう」
「……了解」

 それだけ言って、ソウの機体は森の奥へと消えた。帰投準備のためにウィンドウを確認すると、通信が回復していた。

「あ、圏内に戻ったんだ。こちらアオイ」
「新人。生きていたか。機体は無事か?」
「はい。損傷はある程度ありますが、なんとか――」
「早く戻って修理しろ。いったん壊れると高くつく」
「わかり――」

 返事が終わるに通信は切られた。痛いほど沈黙が響くコックピットで、思わず零れた声はかすれていた。

「機体もボクも壊れる時は一緒なんだから、嘘でも心配してくれたらいいのに……」

 何度目になるか分からないため息をついた後、頭を振る。

「とにかく、帰ろう」

 湧き上がる様々な感情を抑えながら、暗い木立を歩く。ぎゅっと目をつむり気持ちを切り替えようと、眼を見開いた直後だった。

「え?」

 視界端のリアビューに映るのは、すぐ背後に迫る赤い三つ目。

「しまっ――」

 後悔の言葉は、直後の衝撃に遮られた。機体が吹き飛び、自分も蹴り飛ばされたように頭が揺れる。

 一人きりのコックピットで思い出したのはなぜか、助けに来たソウのシドウ一式の姿だった。
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