少女と同僚と語りたくない過去
〇フソウ ドーム都市内 サクラダ警備社屋 格納庫
アオイがコックピットから這い出てくると、多数の人戦機がならぶサクラダ警備の格納庫が見えた。
ワイヤーを伝って床へ降り立つと、トモエが情報端末をせわしなく操作している。ソウも降りてきたところで、トモエが手を止めた。
「この後は座学だ。攻性獣と武器に関する項目だな。講義と行きたいところだが、やる事が出来た。申し訳ないが自習にしてもらう」
それを聞いたソウが不満げに顔を歪めた。不満げとは言っても顔色に人一倍敏感なアオイだからこそ気づける程度ではあるが、そこには確かに感情が見えた。
「シミュレーションを希望します。あちらのほうが実践的だと」
「ソウ、お前そればっかりだな……。ダメだ」
「どうしてですか?」
「前にも言ったが、最短経路が正解とは限らない。地図を読み、道を決める知識も必要だといつも言っているだろう?」
何かを含んだ言い方に首を傾げる。意味が分からずソウを見ると、悔し気に眉をゆがめていた。
「了解……」
少々驚く。他社の社員に怒鳴られても反応を見せなかったソウが、ここまで感情を露にした所を見たことが無かった。
理由について考えている間に、トモエは情報端末を操作して座学の準備を進めていた。
「テキストを転送する。お互いに教え合いながら読み進めろ」
「え? ソウにですか?」
思わずトモエに聞き返すと、ソウが迫力のある切れ長の三白眼をこちらに向けた。
「オレに教えるのが何か不満か?」
「そういう意味じゃなくて!? ワタシが教えられる事なんてあるのかなぁ……と」
トモエが苦笑いを浮かべた。
「二人に言っておくことがある。お前たちはチームメイトだ。僚機運用するうえで、お互いが対等でいてもらわなければ困る」
対等と言うが、ソウの方が実力は遥かに上であり、口出しをするのは気が引ける。
(ボクがソウにダメ出ししたらどうなるか。そんな日なんて来るのかなぁ……)
切れ長の三白眼は独特の迫力を帯びており、正直なところ怖い。
ソウは格納庫の隅にあるテーブルへ早足で向かい、さっさと着席した。
「アオイ。では始めるぞ」
慌ててソウの対面に座り、伺うように視線を上げる。
「えっと……。どうしようか?」
「テキストを読み込んで疑問点を確認し合うのがよいのでは?」
「そうだね。じゃあそれから。トモエさんに指定された範囲は……、攻性獣の所か」
つぶやきを終える頃、ソウは既にテキストを読み込んでいた。慌てて端末に視線を落とす。数分もするとソウは顔を上げた。
「アオイ。まだか?」
「え? もうちょっと待って」
ワタワタと焦りながらテキストを読み進めていく。ようやく、トモエが指定した範囲のうち、最初の章を読み終えた。
「読み終わったよ。待たせてごめ――」
「謝罪は非効率だ。さっそく議論を始めるぞ」
息つく暇もないペースに、焦りだけが積もっていく。それでも何とか最初の一言を絞り出した。
「えっと……。攻性獣についてほとんど分かってないんだね」
「何がだ? 耐久力や、移動速度などは数値化されているぞ?」
「そこしかわかってなくて、生態とかは全く不明みたいだよ?」
「なぜそれを知る必要がある?」
腕を組み、顔をしかめるソウ。独特の切れ長の三白眼のせいで、一見すると怒っているようにも見える。
単純に疑問に思っているだけなのだろうと、自分に言い聞かせて平静を保った。
「攻性獣がどう来るか分かれば、上手に戦えると思うよ? 大浸食前にいた猟師って人たちは、獲物の癖とかをよく知っていたみたいだし」
「聞いたことの無い職業だな。必要なのに、なぜ研究されていない?」
「調べるからちょっと待って……」
ソウを待たせると怒られそうだと、急いで端末上の指を滑らせる。
「まず入植したばかりの頃は人が少なくて、攻性獣の調査ができなかったみたい」
「だが、現在は人余りだ。なぜ今も調査されない?」
「攻撃的で調査が難しいみたい。後は、攻性獣の死骸を食べる屍食蝶がいて、調べるのが大変らしいよ」
「屍食蝶を撃退すればいいのでは?」
「それは絶対にやっちゃダメなんだって。屍食蝶に攻撃を加えると周りの攻性獣が寄ってきて激しい攻撃を受けるみたい……」
そこまで言って、顎先に指をあてる。
「なんでそんなことするんだろう?」
「何が疑問だ?」
「自分たちの死体を食べる生き物を守っても、利益が無いからだよ」
ここは説明が必要だという使命感が、身体の内から湧き上がる。コホンと小さく咳をして、指一本を立てて説明を始めた。
「普通、生き物は共利共生って言ってお互いにためになるように進化する事が多いんだけど、こういうのは片利共生や寄生とかに見られる生態なんだけど、それは――」
「アオイ。なぜそんなに早口なんだ」
ソウの指摘に、ハッと我に返る。
見えたのは普段より一段は冷ややかな三白眼だった。
「……ってそれはともかくとして、屍食蝶は撃っちゃダメ。それだけは覚えないと」
自分に言い聞かせるための言葉だったが、意外にもソウが反応した。
「それは初めて聞いた」
「あれ? ソウって人戦機には結構長い事乗っているんだよね? サクラダ警備の前の会社でも乗っていたから、あんなに上手いんでしょ?」
「人戦機の操縦歴については事実だ」
腕前について肯定しないのは、ソウなりの謙遜なのだろうかと思う。
(うーん? 気遣い……ではなさそうだし)
付き合えば付き合うほど謎が増える同僚に、色々と聞きたい事が増えていく。
「そういう話って勉強しなかったの?」
「……特殊な環境だったからな。人戦機の操縦以外は、触れる機会もなかった」
「ふーん……」
わずかだがソウが唇を締める。人の顔色に過敏なせいか、そういう仕草が目についた。
(言いづらそうにした? 何か隠している?)
相手の過去を興味本位で聞いてもろくにならないことは思い知っている。だが、機会があれば聞いてみたいのも本音だ。さらにソウとの仲を深めるというミッションもある。
(もし、何か昔の話を聞ければ仲良くなるきっかけになるかも)
過去の話を聞くのはミッション達成に有効な手段と思われた。話の機会を伺いながら、ソウとの勉強を続ける。
「攻性獣の性能は学習済みだ。高感度の赤い三眼。生身で携行可能な銃では貫通不能の甲殻。巨体と運動性を両立させる強度の内骨格と筋肉。どれもが脅威だ」
「どうしてそんな力を持っているんだろう? 攻性獣同士は戦わないんだよね?」
「そうだ。同士討ちはせず、むしろ積極的に連携を取ってくる」
「だとしたら、なおさらあり得ないよね……。生存競争している訳でもないのに……」
「トモエさんも、有り得ない生態系と言っていたな」
「どこかに怪物みたいなのがいるのかな?」
「否定はできないな。地表の九割以上はいまだに未確認だ」
「とにかく、人戦機の装備でやっつけられて良かった……」
「逆だ。ある程度の攻性獣に対抗できるように人戦機のスペックが決められている」
「そういえば、そんなこと書いてあったね」
テキストを読み返す。そして、秀逸な出来栄えに改めて感心した。
「それにしても、このテキストすごくまとまっているね。前の会社じゃ、こんなに分かりやすいテキストなんてなかったよ。この著者ってもしかして……、セゴエ=タイシ、サクラダ=トモエ――」
「そうだ、トモエさんが書いたものだ。他のテキストも同様だ」
「トモエさんって凄い人? 普段のしゃべり方も、頭が良さそうだし……」
「元々はイナビシ重工の関係者だな。研究所部門とも繋がりがある」
「え!? 凄い所じゃない!? フソウを代表する財閥企業だよ!?」
「……そうだな」
またしてもソウの顔に、不快の色が浮かぶ。何かを思い出すような、そんな口調だった。
(ソウも何か関係が?)
そう思うと、勝手に口が動きそうだった。だが、ソウの顔に浮かぶ僅かな不快も、気にかかる。
(嫌そうな顔をしたし聞いたらまずいかも……。でもソウは、あのイナビシの関係者?)
ソウと自らの境遇と比較する。
湧き上がるのは暗い熱さで、今にも喉から飛び出そうだった。だが、頭の中の冷静な部分が、やめておけと言っている。
(でも、でも……)
どうにもならない部分の力によって、口を開いてしまった。
「もしかしてソウも、何か繋がりがあったりする?」
「……そんなところだ」
ソウは顔に拒絶が浮かび、制止するように射すくめられた。
刺されたと錯覚するほどの鋭さに、動きを止める。力の籠った三白眼から目が離せない。しばらく交差する二人の視線。
辛うじて情報端末に視線を逃がした。
(それなら凄いのも納得か……。全然違うな)
これ以上踏み込んでくる気がないと理解したのか、ソウが普段の仏頂面に戻る。
「次の章に移るべきでは? 想定時間を超過している」
「わ、分かった。次は武器の話だね」
ソウに言われて情報端末に視線を落とした。そこに羅列された怒涛の情報量を見て、脳が拒絶反応を示す。
「いっぱい銃があって覚えられないよ。メーカーとか型式とか、スペックとか……」
「全部を覚える必要は無い。武器種毎の特徴と運用方法が肝心だ」
「と、言うと? あの、なるべく分かりやすく説明してもらえると……」
「小型で至近距離戦闘に適しているが単発威力は低いサブマシンガン、中型の取り回しと火力のバランスに優れたアサルトライフル、やや大型の中距離での弾幕支援に適した軽機関銃、遠距離狙撃用の対甲殻ライフルだ」
「ありがとう。それでもいっぱいあるね……。どの場面でも強い武器ってないのかな?」
「一長一短だ。そこに付け入られるスキがある。注意が必要だ」
「それも覚えておかなきゃ」
その後は、ソウのペースに引きずられながらも、何とか確認を進めていく。そして、二人は次の章を開く。
「よし……。次は、人戦機か。ワタシたちが乗っているのってシドウ一式だよね」
「そうだ。旧型機の代表となっている。機体にある性能を要求する武器は使えない」
「見るからにお古って感じだもんね。早く新しい機体をもらえるといいんだけどなぁ」
よく言えば貫禄のある、率直に言えばオンボロの自機を見て、ため息交じりに格納庫を見渡す。
「そういえば、この格納庫にも人戦機はいっぱいいるけど、どうやったら新しい機体に乗れるの? いっぱい活躍すれば乗せてもらえるのかなぁ? まぁ、先は遠そうだけど……」
再びため息をつくと、芯の通った大人の女性の声が、背後から聞こえた。
「もちろん、そうなれば乗せてやるさ」
振り向くと、トモエがこちらに歩いてくるところだった。
「用事は大丈夫なんですか?」
「一息ついたから戻ってきた。で、続きだが、会社の資産として武器や機体を購入する予定があるから、少し待ってくれ。本当は、別の機体にも乗せてやりたいところだが、それは私物だからなぁ……」
「私物? 武器や機体って一般人でも買えるんですか?」
「ああ。各種証明書が必要になるが購入はできるぞ? というか、ある程度稼げるようになるとそうするやつが多い」
稼げるとの言葉に、思わず声を大きくしてしまった。
「そんなにおカネがもらえるんですか!?」
「ああ。大多数と言う訳ではないが、非現実的なわけでもない。人戦機自体も、そこまで高額な訳ではないからな」
「ええ。聞きましたけど……」
アオイのような素人にも貸与できる理由は安さもあった。とある事情から、その素材は極めて安価で生産されることを知っている。
だが、それでも学も伝手もない自分に取っては、それなりの金額だった。
「ワタシが都市の中で働いていたら、難しい金額ですから」
「アオイの歳だと、簡単という訳にはいかないだろうな」
一方のソウは表情を変えず、淡々と質問する。
「支給品から切り替えると、どんなメリットが?」
「貸与分の給与天引きがなくなるからな。長期的にはそちらの方が得だ。また、戦闘スタイルが特殊だと、貸与される武器や機体がマッチしない、なんてこともある。そういうやつは、しっくりくる物を買って、戦果と給与を上げようとする。さっさと軌道に乗せて、早く稼ごうという寸法だな」
「なるほど」
「中古価格は高止まりしている。買い換えても損にはならないだろう。もちろん、破損を避けられる程度に腕がよければの話だ」
「了解」
トモエは格納庫を見回して、ため息をつく。
「ただ、新品も中古も在庫がなくてなぁ……。もう少し時間がかかりそうだ。お前たちへの新装備も運よく残っていたというのが本当の所だ」
それは業界急拡大の弊害だ。すぐに人戦機を買えるほどのカネが手に入るとは思っていなかったので、素直にうなずいた。
「分かりました」
一方のソウがトモエに食い付いた。
「ですが、任務が無ければ購入資金も稼げない。次の任務は一体いつに――」
「そこで、意欲に満ちた新人候補に朗報だ。次の任務を確認の端末に転送する」
自分の端末を確認する。易しい任務でありますようにと思いながら、転送ファイルを開く。
「これは……」
そこには、公営広域攻性獣駆除という文字が映っていた。
大手は別として、各開拓事業者が大規模な武装警備員団を雇って、開拓に乗り出すのは、ハードルが高い。そのため、定期的に行政主導による攻性獣駆除が行われる。今回の任務はそれという説明だった。
そして、任務内容のある一文に目が釘付けになった。
「この出来高報酬型っていうのは?」
「複数社共同で任務に参加する際に、さぼった会社とそうでない会社で報酬が違うと揉めるからな。当然ながら、お前たちへの還元もある」
「つ、つまり……倒せば倒すほど」
「ああ。任務手当ては増える」
稲妻に打たれたような直感。これこそが自分の求めていたチャンス。そう思うと、気づいたら席を立ちあがり、ソウの手を取っていた。
「ソウ! 頑張ろう!」
「当然だ」
淡々と答えるソウ。視界の端に映るトモエは、ただただ苦笑いを浮かべていた。
アオイがコックピットから這い出てくると、多数の人戦機がならぶサクラダ警備の格納庫が見えた。
ワイヤーを伝って床へ降り立つと、トモエが情報端末をせわしなく操作している。ソウも降りてきたところで、トモエが手を止めた。
「この後は座学だ。攻性獣と武器に関する項目だな。講義と行きたいところだが、やる事が出来た。申し訳ないが自習にしてもらう」
それを聞いたソウが不満げに顔を歪めた。不満げとは言っても顔色に人一倍敏感なアオイだからこそ気づける程度ではあるが、そこには確かに感情が見えた。
「シミュレーションを希望します。あちらのほうが実践的だと」
「ソウ、お前そればっかりだな……。ダメだ」
「どうしてですか?」
「前にも言ったが、最短経路が正解とは限らない。地図を読み、道を決める知識も必要だといつも言っているだろう?」
何かを含んだ言い方に首を傾げる。意味が分からずソウを見ると、悔し気に眉をゆがめていた。
「了解……」
少々驚く。他社の社員に怒鳴られても反応を見せなかったソウが、ここまで感情を露にした所を見たことが無かった。
理由について考えている間に、トモエは情報端末を操作して座学の準備を進めていた。
「テキストを転送する。お互いに教え合いながら読み進めろ」
「え? ソウにですか?」
思わずトモエに聞き返すと、ソウが迫力のある切れ長の三白眼をこちらに向けた。
「オレに教えるのが何か不満か?」
「そういう意味じゃなくて!? ワタシが教えられる事なんてあるのかなぁ……と」
トモエが苦笑いを浮かべた。
「二人に言っておくことがある。お前たちはチームメイトだ。僚機運用するうえで、お互いが対等でいてもらわなければ困る」
対等と言うが、ソウの方が実力は遥かに上であり、口出しをするのは気が引ける。
(ボクがソウにダメ出ししたらどうなるか。そんな日なんて来るのかなぁ……)
切れ長の三白眼は独特の迫力を帯びており、正直なところ怖い。
ソウは格納庫の隅にあるテーブルへ早足で向かい、さっさと着席した。
「アオイ。では始めるぞ」
慌ててソウの対面に座り、伺うように視線を上げる。
「えっと……。どうしようか?」
「テキストを読み込んで疑問点を確認し合うのがよいのでは?」
「そうだね。じゃあそれから。トモエさんに指定された範囲は……、攻性獣の所か」
つぶやきを終える頃、ソウは既にテキストを読み込んでいた。慌てて端末に視線を落とす。数分もするとソウは顔を上げた。
「アオイ。まだか?」
「え? もうちょっと待って」
ワタワタと焦りながらテキストを読み進めていく。ようやく、トモエが指定した範囲のうち、最初の章を読み終えた。
「読み終わったよ。待たせてごめ――」
「謝罪は非効率だ。さっそく議論を始めるぞ」
息つく暇もないペースに、焦りだけが積もっていく。それでも何とか最初の一言を絞り出した。
「えっと……。攻性獣についてほとんど分かってないんだね」
「何がだ? 耐久力や、移動速度などは数値化されているぞ?」
「そこしかわかってなくて、生態とかは全く不明みたいだよ?」
「なぜそれを知る必要がある?」
腕を組み、顔をしかめるソウ。独特の切れ長の三白眼のせいで、一見すると怒っているようにも見える。
単純に疑問に思っているだけなのだろうと、自分に言い聞かせて平静を保った。
「攻性獣がどう来るか分かれば、上手に戦えると思うよ? 大浸食前にいた猟師って人たちは、獲物の癖とかをよく知っていたみたいだし」
「聞いたことの無い職業だな。必要なのに、なぜ研究されていない?」
「調べるからちょっと待って……」
ソウを待たせると怒られそうだと、急いで端末上の指を滑らせる。
「まず入植したばかりの頃は人が少なくて、攻性獣の調査ができなかったみたい」
「だが、現在は人余りだ。なぜ今も調査されない?」
「攻撃的で調査が難しいみたい。後は、攻性獣の死骸を食べる屍食蝶がいて、調べるのが大変らしいよ」
「屍食蝶を撃退すればいいのでは?」
「それは絶対にやっちゃダメなんだって。屍食蝶に攻撃を加えると周りの攻性獣が寄ってきて激しい攻撃を受けるみたい……」
そこまで言って、顎先に指をあてる。
「なんでそんなことするんだろう?」
「何が疑問だ?」
「自分たちの死体を食べる生き物を守っても、利益が無いからだよ」
ここは説明が必要だという使命感が、身体の内から湧き上がる。コホンと小さく咳をして、指一本を立てて説明を始めた。
「普通、生き物は共利共生って言ってお互いにためになるように進化する事が多いんだけど、こういうのは片利共生や寄生とかに見られる生態なんだけど、それは――」
「アオイ。なぜそんなに早口なんだ」
ソウの指摘に、ハッと我に返る。
見えたのは普段より一段は冷ややかな三白眼だった。
「……ってそれはともかくとして、屍食蝶は撃っちゃダメ。それだけは覚えないと」
自分に言い聞かせるための言葉だったが、意外にもソウが反応した。
「それは初めて聞いた」
「あれ? ソウって人戦機には結構長い事乗っているんだよね? サクラダ警備の前の会社でも乗っていたから、あんなに上手いんでしょ?」
「人戦機の操縦歴については事実だ」
腕前について肯定しないのは、ソウなりの謙遜なのだろうかと思う。
(うーん? 気遣い……ではなさそうだし)
付き合えば付き合うほど謎が増える同僚に、色々と聞きたい事が増えていく。
「そういう話って勉強しなかったの?」
「……特殊な環境だったからな。人戦機の操縦以外は、触れる機会もなかった」
「ふーん……」
わずかだがソウが唇を締める。人の顔色に過敏なせいか、そういう仕草が目についた。
(言いづらそうにした? 何か隠している?)
相手の過去を興味本位で聞いてもろくにならないことは思い知っている。だが、機会があれば聞いてみたいのも本音だ。さらにソウとの仲を深めるというミッションもある。
(もし、何か昔の話を聞ければ仲良くなるきっかけになるかも)
過去の話を聞くのはミッション達成に有効な手段と思われた。話の機会を伺いながら、ソウとの勉強を続ける。
「攻性獣の性能は学習済みだ。高感度の赤い三眼。生身で携行可能な銃では貫通不能の甲殻。巨体と運動性を両立させる強度の内骨格と筋肉。どれもが脅威だ」
「どうしてそんな力を持っているんだろう? 攻性獣同士は戦わないんだよね?」
「そうだ。同士討ちはせず、むしろ積極的に連携を取ってくる」
「だとしたら、なおさらあり得ないよね……。生存競争している訳でもないのに……」
「トモエさんも、有り得ない生態系と言っていたな」
「どこかに怪物みたいなのがいるのかな?」
「否定はできないな。地表の九割以上はいまだに未確認だ」
「とにかく、人戦機の装備でやっつけられて良かった……」
「逆だ。ある程度の攻性獣に対抗できるように人戦機のスペックが決められている」
「そういえば、そんなこと書いてあったね」
テキストを読み返す。そして、秀逸な出来栄えに改めて感心した。
「それにしても、このテキストすごくまとまっているね。前の会社じゃ、こんなに分かりやすいテキストなんてなかったよ。この著者ってもしかして……、セゴエ=タイシ、サクラダ=トモエ――」
「そうだ、トモエさんが書いたものだ。他のテキストも同様だ」
「トモエさんって凄い人? 普段のしゃべり方も、頭が良さそうだし……」
「元々はイナビシ重工の関係者だな。研究所部門とも繋がりがある」
「え!? 凄い所じゃない!? フソウを代表する財閥企業だよ!?」
「……そうだな」
またしてもソウの顔に、不快の色が浮かぶ。何かを思い出すような、そんな口調だった。
(ソウも何か関係が?)
そう思うと、勝手に口が動きそうだった。だが、ソウの顔に浮かぶ僅かな不快も、気にかかる。
(嫌そうな顔をしたし聞いたらまずいかも……。でもソウは、あのイナビシの関係者?)
ソウと自らの境遇と比較する。
湧き上がるのは暗い熱さで、今にも喉から飛び出そうだった。だが、頭の中の冷静な部分が、やめておけと言っている。
(でも、でも……)
どうにもならない部分の力によって、口を開いてしまった。
「もしかしてソウも、何か繋がりがあったりする?」
「……そんなところだ」
ソウは顔に拒絶が浮かび、制止するように射すくめられた。
刺されたと錯覚するほどの鋭さに、動きを止める。力の籠った三白眼から目が離せない。しばらく交差する二人の視線。
辛うじて情報端末に視線を逃がした。
(それなら凄いのも納得か……。全然違うな)
これ以上踏み込んでくる気がないと理解したのか、ソウが普段の仏頂面に戻る。
「次の章に移るべきでは? 想定時間を超過している」
「わ、分かった。次は武器の話だね」
ソウに言われて情報端末に視線を落とした。そこに羅列された怒涛の情報量を見て、脳が拒絶反応を示す。
「いっぱい銃があって覚えられないよ。メーカーとか型式とか、スペックとか……」
「全部を覚える必要は無い。武器種毎の特徴と運用方法が肝心だ」
「と、言うと? あの、なるべく分かりやすく説明してもらえると……」
「小型で至近距離戦闘に適しているが単発威力は低いサブマシンガン、中型の取り回しと火力のバランスに優れたアサルトライフル、やや大型の中距離での弾幕支援に適した軽機関銃、遠距離狙撃用の対甲殻ライフルだ」
「ありがとう。それでもいっぱいあるね……。どの場面でも強い武器ってないのかな?」
「一長一短だ。そこに付け入られるスキがある。注意が必要だ」
「それも覚えておかなきゃ」
その後は、ソウのペースに引きずられながらも、何とか確認を進めていく。そして、二人は次の章を開く。
「よし……。次は、人戦機か。ワタシたちが乗っているのってシドウ一式だよね」
「そうだ。旧型機の代表となっている。機体にある性能を要求する武器は使えない」
「見るからにお古って感じだもんね。早く新しい機体をもらえるといいんだけどなぁ」
よく言えば貫禄のある、率直に言えばオンボロの自機を見て、ため息交じりに格納庫を見渡す。
「そういえば、この格納庫にも人戦機はいっぱいいるけど、どうやったら新しい機体に乗れるの? いっぱい活躍すれば乗せてもらえるのかなぁ? まぁ、先は遠そうだけど……」
再びため息をつくと、芯の通った大人の女性の声が、背後から聞こえた。
「もちろん、そうなれば乗せてやるさ」
振り向くと、トモエがこちらに歩いてくるところだった。
「用事は大丈夫なんですか?」
「一息ついたから戻ってきた。で、続きだが、会社の資産として武器や機体を購入する予定があるから、少し待ってくれ。本当は、別の機体にも乗せてやりたいところだが、それは私物だからなぁ……」
「私物? 武器や機体って一般人でも買えるんですか?」
「ああ。各種証明書が必要になるが購入はできるぞ? というか、ある程度稼げるようになるとそうするやつが多い」
稼げるとの言葉に、思わず声を大きくしてしまった。
「そんなにおカネがもらえるんですか!?」
「ああ。大多数と言う訳ではないが、非現実的なわけでもない。人戦機自体も、そこまで高額な訳ではないからな」
「ええ。聞きましたけど……」
アオイのような素人にも貸与できる理由は安さもあった。とある事情から、その素材は極めて安価で生産されることを知っている。
だが、それでも学も伝手もない自分に取っては、それなりの金額だった。
「ワタシが都市の中で働いていたら、難しい金額ですから」
「アオイの歳だと、簡単という訳にはいかないだろうな」
一方のソウは表情を変えず、淡々と質問する。
「支給品から切り替えると、どんなメリットが?」
「貸与分の給与天引きがなくなるからな。長期的にはそちらの方が得だ。また、戦闘スタイルが特殊だと、貸与される武器や機体がマッチしない、なんてこともある。そういうやつは、しっくりくる物を買って、戦果と給与を上げようとする。さっさと軌道に乗せて、早く稼ごうという寸法だな」
「なるほど」
「中古価格は高止まりしている。買い換えても損にはならないだろう。もちろん、破損を避けられる程度に腕がよければの話だ」
「了解」
トモエは格納庫を見回して、ため息をつく。
「ただ、新品も中古も在庫がなくてなぁ……。もう少し時間がかかりそうだ。お前たちへの新装備も運よく残っていたというのが本当の所だ」
それは業界急拡大の弊害だ。すぐに人戦機を買えるほどのカネが手に入るとは思っていなかったので、素直にうなずいた。
「分かりました」
一方のソウがトモエに食い付いた。
「ですが、任務が無ければ購入資金も稼げない。次の任務は一体いつに――」
「そこで、意欲に満ちた新人候補に朗報だ。次の任務を確認の端末に転送する」
自分の端末を確認する。易しい任務でありますようにと思いながら、転送ファイルを開く。
「これは……」
そこには、公営広域攻性獣駆除という文字が映っていた。
大手は別として、各開拓事業者が大規模な武装警備員団を雇って、開拓に乗り出すのは、ハードルが高い。そのため、定期的に行政主導による攻性獣駆除が行われる。今回の任務はそれという説明だった。
そして、任務内容のある一文に目が釘付けになった。
「この出来高報酬型っていうのは?」
「複数社共同で任務に参加する際に、さぼった会社とそうでない会社で報酬が違うと揉めるからな。当然ながら、お前たちへの還元もある」
「つ、つまり……倒せば倒すほど」
「ああ。任務手当ては増える」
稲妻に打たれたような直感。これこそが自分の求めていたチャンス。そう思うと、気づいたら席を立ちあがり、ソウの手を取っていた。
「ソウ! 頑張ろう!」
「当然だ」
淡々と答えるソウ。視界の端に映るトモエは、ただただ苦笑いを浮かべていた。