少女と初任務と暗躍する何か
〇黒曜樹海内 未舗装路
黒曜樹海を切り裂く一本の未舗装路を、三台のトレーラーが進む。
先頭の一台には、トモエ、アオイ、ソウが乗っていた。
既に自動運転へ切り替えているため、おのおのが気ままに過ごしていた。アオイはトレーラーの窓越しに、人戦機をはるかに超える巨木を見上げている。
未舗装であるため時々大きな揺れはあるものの、荒野用に設計されたトレーラーでの旅は概ね快適だ。音波型索敵装置の反応も無い平和な旅だった。
ただし、アオイの胸中は平和から程遠い。
(ソウと何も話せていない……)
関係改善の努力が実を結ぶのは、まだ遠く先の話になりそうだと感じていた。そんな苦境を察したのか、トモエが会話の呼び水を口にした。
「お前たち、この任務がうまくいったら、どうしたい? おそらくは生活費よりも足が出るはずだぞ」
一瞬、開きかけた口を閉じる。
(借金返済……っていうとちょっと感じが。まぁ、嘘にならない範囲で)
少し考えた後に、さもなんでもないように答えた。
「家族のために使いたいですね」
「ほう。それは殊勝だな」
「ありがとうございます」
そして、トモエはソウの方を向く。
「ソウはどうしたい?」
「何も。カネに興味はありません」
予想外の返答に時が止まった。
カネに困らないフソウ人など絶滅危惧種に近い。しばらくして回り出した頭は、ソウの返事を素直に受け入れらなかった。
違って欲しい。そんな人間がそばにいたら。
暗い願いとドロリとした胸の熱が声色に移らないよう気を付けながら、言葉を口にした。
「なんで? お給料のいい武装警備員をしてるんだから、おカネに興味ないなんて――」
「カネに困った事はない。だから、興味はない」
「そうなんだ……」
カネに困った事は無い同僚と、カネに困っていない事は無い自分を比べる。
ソウはただの同僚で、他人だ。だが、すぐ隣にいる。
その事実が暗い熱を更に沸かす。
(同じ国で、同じくらいの歳で……。いや、この考え方はダメだ)
痛いほど熱いドロドロした感情を振り払おうと首を振る。それでも足らず、心の声で蓋をする。
(ソウがどうだって、ボクには関係ないじゃないか。ただの同僚なんだから)
隣にいる他人を見つめ、ふと反対側を見る。そこには誰もいない。渡航前にはいつも満たされていた空間が、寂しさを掻(か)き立てた。
(本当に一人になっちゃったんだな……)
心に暗さが忍び寄るのを感じて首を振る。
(……いや。だから頑張らなきゃ!)
拳を握りしめる。ふと見上げると、トモエが微笑みながら見ていた。
「やる気十分じゃないか」
返事に精いっぱいの気合を込める。
「……はい! 警備、頑張ります」
だが、そう言った後にフラッシュバックしたのは、ソウと会った日のやりとりだった。
元上司から帰ってきた嫌味すら籠っていない返事の記憶が、身を強張らせた。
恐る恐るトモエの返事を待つ。
「いい返事だ。期待しているぞ」
返ってきたのは確かな熱の籠った返答。それが、心に元気を灯した。
「――! はい!」
「そろそろ着くから、任務の注意点についておさらいするか」
そう言って、トモエがタブレット型端末を操作し始める。
「今回は広範囲の駆除だ。そのため、通信の維持が鍵となる。通信は依頼元のドローンがアシストする。二人ともわかっていると思うが、離れないように」
「ドローンリレーシステム……でしたっけ?」
「ああ、前の会社でも使っていただろう?」
「あまり教えてもらえなくて……」
「死活問題になることもあるから、今のうちに詳しく説明しておくか。ウラシェの大気は特殊だ。原因未解明の電波吸収によって、通信および探査可能距離が極めて短い――」
電波障害が開拓を難航させている最大の原因だと聞いていた。加えて惑星を覆う厚い雲によって航空撮影もままならない。
結果として、衛星によるレーダー探査ができなかった。
地上を往く者たちにも害は大きい。衛星ナビゲーションを使えないから容易く遭難する。通信を使えないから救助を呼べない。
開拓事業者と武装警備員の仕事は命懸けだ。
「そのため、多数のドローンが通信を受け取り、増幅して、次のドローンへ信号を渡す、というサイクルを繰り返している。それがドローンリレーシステムだ」
トモエが身振り手振りも交えて伝えようとしている。だが、内容の半分でも理解できているか怪しかった。
頭を働かせようと眉間に力が入ってしまう。その様子を察したのか、トモエの説明が一層簡単になった。
「いわゆる伝言ゲームのようなものだから、間違いも多い。安心して送れるのはほんの少しのごく単純な情報に過ぎない」
「だからノイズも多いし、画像もカクカクなんですね」
「もっと通信ができるなら、ドローンや人戦機を遠隔操縦できるんだがな」
「だからこそ、武装警備員が必要なんですね」
「そのとおりだ。自律制御装置もあるにはあるが、高い上にすぐに撃破される。フソウ人のコストパフォーマンスを抜かすのはずっと先だろう」
フソウ人の、と言う限定に引っ掛かりを覚えるが、気にしてもしょうがないと割り切った。
「話が脱線したな。そういった事情があるから、私が得られる情報は少ない。現場判断で動いてもらう事になるだろう」
「ワタシたちの判断で……ですか」
「シミュレーターで見せたチームワークがあれば十分に行けると踏んだ。自信を持て」
ソウをちらりと見る。ソウはそれに気づかず、トモエの方を向いたままだった。
どこまでも遠い同僚に頭を悩ませつつ、ソウとの初の共同任務が幕を開けようとしていた。
〇黒曜樹海 外縁部
アオイの掛けるゴーグルモニターには、黒曜の葉が作る広大な木陰と木立と、前を行くソウ機の背中が映っている。
ふと上を向けば、枝葉の切れ目から相変わらずの曇天が覗いた。だが、空を見上げる暇はないと自らを戒め、視線を落とす。
アオイの顔には、緊張の色が濃い。不安ながらに哨戒を続けていくと、視界の端にトモエからの通信連絡が映った。
「アオイ、ソウ。着手エリアの駆除完了は確認できたか?」
「こちらアオイ。攻性獣は確認できませんでした」
「よし。そのまま警戒して進め」
アオイたちは広域駆除任務の途中だった。ソウが少し苛立った様子でトモエへ返事をした。
「トモエさん。今のペースでは他社に後れを取っています」
「他社は気にするな。私は競争を望んではいない。お前たちが安全にこなせるペースで行け」
「……了解」
ソウとチームを組んで初任務となるが、攻性獣の出現数は意外に少なく余裕がある。
だが、その余裕はあくまでトモエの采配によるものであり、並みの操縦士たち以上に動けている訳ではない。
申し訳なさに眉を曲げていると、トモエの声にノイズが入った。
「い……か、おま……」
通信用ミニウィンドウに映るトモエの顔がノイズで覆われる。
「トモエさん?」
「どうした?」
「全然聞こえなくて……」
「何? またか」
何度になるか分からない通信不良に。トモエが顔をしかめた。悪い予感に不安が溢れる。
「随分、通信の調子が悪いですね」
「安物のドローンだからな。通信が低品質なのは我慢してくれ。どこも貧乏をしているが、こういう公営の物は特にだな。備品を持ち込めたら良かったんだが……」
「これじゃあ、いつ通信できなくなってもおかしくないんじゃないですか?」
「さすがにない。公営設備で大規模故障が起きたら担当者の首が飛ぶ。悪意を持った攻撃でもない限りは問題ないだろう」
だが、転職前の任務で遭難しかけたことを思い出すと不安が消えない。不安で唇を噛んでいると、トモエの口調が元気づけるような明るい物へと変わった。
「万一の時には僚機がいる。安心しろ」
ソウがいてくれれば安心感はある。
だが、仄暗い嫉妬と、そんな相手に頼らなければならない情けなさに、腹の中だけが沈んでいくようなバラバラになる重さを覚えた。
一方のソウは、いつもと変わらず淡々と確認を進めていく。
「ですが、命令が届かない場合はどうしますか?」
「現場で判断してもらう他ない。それについても僚機運用が鍵だ」
「意味不明です」
「一人ならば判断を誤る事は容易にあるが、二人ならば片方が止めることもできる」
「それは一人よりも、非効率的では?」
「生きて帰る事。それが何よりも大事だ。効率よりもな」
「ですが――」
ソウとトモエの会話を聞きながら、置かれた状況を思い出す。
(おカネのためには、生きて帰るだけじゃダメなんだ)
入植以来ずっと貼り付いていた孤独。以前の日々を取り戻したい。その思いだけが、頭に溜まり波を打ち続ける。
決意を込めて前を向くと、どこまでも暗い木立が不気味に佇んでいた。
〇黒曜樹海付近 開拓中継基地内 広域駆除指揮所付近
中継基地の一角。人気のない廊下で、男があたりを見回している。男の耳にはイヤホン型の通信機。
「そちらの準備はどうだ?」
イヤホンから聞こえる声に対して、男はほとんど口を動かさずに答える。
「待ってくれ。いま所定の場所に着いたところだ」
男は広域駆除本部と書かれた部屋の前に立ち、情報端末を操作する。そして画面に移された情報を見ながら確認を進める。
「ローカルへの侵入に成功。公営だけあってセキュリティは緩い。役人の怠慢だな」
「かつてのフソウの栄光、今は見る影も無い」
廊下に立つ男は高速で流れるログを見ながら、笑みを深める。
「通信妨害の有効時間を転送する」
「了解。それにしても、このタイミングで広域駆除とは。先日の作戦が、騒動になってしまったのが痛かった」
「仕方あるまい。我々の都合を知らせて、広域駆除を延期してくれと抗議するのか?」
通信相手の男が噴き出す音。笑いをこらえるつもりだったらしいが、失敗したようだ。
「冗談はよしてくれ。……よし。各員へ誘導ルートとタイムテーブルの転送を終えた」
「了解。モニターへの侵入も完了。偽動画を流しておく。……転送完了。繰り返し再生に切り替えた」
「これで間抜けな広域駆除指揮者は、モニターの平和な偽画像を前に菓子でも頬張るということか」
「そのとおりだ。容易いな」
「流石だ」
「こちらにできる事はした。そちらの成功を祈る。我らの大志のために」
「我らの大志のために」
男はすぐさま立ち去った。廊下には静寂だけが残る。
不穏な言葉を口にした男が何をしたか、知る者はない。
黒曜樹海を切り裂く一本の未舗装路を、三台のトレーラーが進む。
先頭の一台には、トモエ、アオイ、ソウが乗っていた。
既に自動運転へ切り替えているため、おのおのが気ままに過ごしていた。アオイはトレーラーの窓越しに、人戦機をはるかに超える巨木を見上げている。
未舗装であるため時々大きな揺れはあるものの、荒野用に設計されたトレーラーでの旅は概ね快適だ。音波型索敵装置の反応も無い平和な旅だった。
ただし、アオイの胸中は平和から程遠い。
(ソウと何も話せていない……)
関係改善の努力が実を結ぶのは、まだ遠く先の話になりそうだと感じていた。そんな苦境を察したのか、トモエが会話の呼び水を口にした。
「お前たち、この任務がうまくいったら、どうしたい? おそらくは生活費よりも足が出るはずだぞ」
一瞬、開きかけた口を閉じる。
(借金返済……っていうとちょっと感じが。まぁ、嘘にならない範囲で)
少し考えた後に、さもなんでもないように答えた。
「家族のために使いたいですね」
「ほう。それは殊勝だな」
「ありがとうございます」
そして、トモエはソウの方を向く。
「ソウはどうしたい?」
「何も。カネに興味はありません」
予想外の返答に時が止まった。
カネに困らないフソウ人など絶滅危惧種に近い。しばらくして回り出した頭は、ソウの返事を素直に受け入れらなかった。
違って欲しい。そんな人間がそばにいたら。
暗い願いとドロリとした胸の熱が声色に移らないよう気を付けながら、言葉を口にした。
「なんで? お給料のいい武装警備員をしてるんだから、おカネに興味ないなんて――」
「カネに困った事はない。だから、興味はない」
「そうなんだ……」
カネに困った事は無い同僚と、カネに困っていない事は無い自分を比べる。
ソウはただの同僚で、他人だ。だが、すぐ隣にいる。
その事実が暗い熱を更に沸かす。
(同じ国で、同じくらいの歳で……。いや、この考え方はダメだ)
痛いほど熱いドロドロした感情を振り払おうと首を振る。それでも足らず、心の声で蓋をする。
(ソウがどうだって、ボクには関係ないじゃないか。ただの同僚なんだから)
隣にいる他人を見つめ、ふと反対側を見る。そこには誰もいない。渡航前にはいつも満たされていた空間が、寂しさを掻(か)き立てた。
(本当に一人になっちゃったんだな……)
心に暗さが忍び寄るのを感じて首を振る。
(……いや。だから頑張らなきゃ!)
拳を握りしめる。ふと見上げると、トモエが微笑みながら見ていた。
「やる気十分じゃないか」
返事に精いっぱいの気合を込める。
「……はい! 警備、頑張ります」
だが、そう言った後にフラッシュバックしたのは、ソウと会った日のやりとりだった。
元上司から帰ってきた嫌味すら籠っていない返事の記憶が、身を強張らせた。
恐る恐るトモエの返事を待つ。
「いい返事だ。期待しているぞ」
返ってきたのは確かな熱の籠った返答。それが、心に元気を灯した。
「――! はい!」
「そろそろ着くから、任務の注意点についておさらいするか」
そう言って、トモエがタブレット型端末を操作し始める。
「今回は広範囲の駆除だ。そのため、通信の維持が鍵となる。通信は依頼元のドローンがアシストする。二人ともわかっていると思うが、離れないように」
「ドローンリレーシステム……でしたっけ?」
「ああ、前の会社でも使っていただろう?」
「あまり教えてもらえなくて……」
「死活問題になることもあるから、今のうちに詳しく説明しておくか。ウラシェの大気は特殊だ。原因未解明の電波吸収によって、通信および探査可能距離が極めて短い――」
電波障害が開拓を難航させている最大の原因だと聞いていた。加えて惑星を覆う厚い雲によって航空撮影もままならない。
結果として、衛星によるレーダー探査ができなかった。
地上を往く者たちにも害は大きい。衛星ナビゲーションを使えないから容易く遭難する。通信を使えないから救助を呼べない。
開拓事業者と武装警備員の仕事は命懸けだ。
「そのため、多数のドローンが通信を受け取り、増幅して、次のドローンへ信号を渡す、というサイクルを繰り返している。それがドローンリレーシステムだ」
トモエが身振り手振りも交えて伝えようとしている。だが、内容の半分でも理解できているか怪しかった。
頭を働かせようと眉間に力が入ってしまう。その様子を察したのか、トモエの説明が一層簡単になった。
「いわゆる伝言ゲームのようなものだから、間違いも多い。安心して送れるのはほんの少しのごく単純な情報に過ぎない」
「だからノイズも多いし、画像もカクカクなんですね」
「もっと通信ができるなら、ドローンや人戦機を遠隔操縦できるんだがな」
「だからこそ、武装警備員が必要なんですね」
「そのとおりだ。自律制御装置もあるにはあるが、高い上にすぐに撃破される。フソウ人のコストパフォーマンスを抜かすのはずっと先だろう」
フソウ人の、と言う限定に引っ掛かりを覚えるが、気にしてもしょうがないと割り切った。
「話が脱線したな。そういった事情があるから、私が得られる情報は少ない。現場判断で動いてもらう事になるだろう」
「ワタシたちの判断で……ですか」
「シミュレーターで見せたチームワークがあれば十分に行けると踏んだ。自信を持て」
ソウをちらりと見る。ソウはそれに気づかず、トモエの方を向いたままだった。
どこまでも遠い同僚に頭を悩ませつつ、ソウとの初の共同任務が幕を開けようとしていた。
〇黒曜樹海 外縁部
アオイの掛けるゴーグルモニターには、黒曜の葉が作る広大な木陰と木立と、前を行くソウ機の背中が映っている。
ふと上を向けば、枝葉の切れ目から相変わらずの曇天が覗いた。だが、空を見上げる暇はないと自らを戒め、視線を落とす。
アオイの顔には、緊張の色が濃い。不安ながらに哨戒を続けていくと、視界の端にトモエからの通信連絡が映った。
「アオイ、ソウ。着手エリアの駆除完了は確認できたか?」
「こちらアオイ。攻性獣は確認できませんでした」
「よし。そのまま警戒して進め」
アオイたちは広域駆除任務の途中だった。ソウが少し苛立った様子でトモエへ返事をした。
「トモエさん。今のペースでは他社に後れを取っています」
「他社は気にするな。私は競争を望んではいない。お前たちが安全にこなせるペースで行け」
「……了解」
ソウとチームを組んで初任務となるが、攻性獣の出現数は意外に少なく余裕がある。
だが、その余裕はあくまでトモエの采配によるものであり、並みの操縦士たち以上に動けている訳ではない。
申し訳なさに眉を曲げていると、トモエの声にノイズが入った。
「い……か、おま……」
通信用ミニウィンドウに映るトモエの顔がノイズで覆われる。
「トモエさん?」
「どうした?」
「全然聞こえなくて……」
「何? またか」
何度になるか分からない通信不良に。トモエが顔をしかめた。悪い予感に不安が溢れる。
「随分、通信の調子が悪いですね」
「安物のドローンだからな。通信が低品質なのは我慢してくれ。どこも貧乏をしているが、こういう公営の物は特にだな。備品を持ち込めたら良かったんだが……」
「これじゃあ、いつ通信できなくなってもおかしくないんじゃないですか?」
「さすがにない。公営設備で大規模故障が起きたら担当者の首が飛ぶ。悪意を持った攻撃でもない限りは問題ないだろう」
だが、転職前の任務で遭難しかけたことを思い出すと不安が消えない。不安で唇を噛んでいると、トモエの口調が元気づけるような明るい物へと変わった。
「万一の時には僚機がいる。安心しろ」
ソウがいてくれれば安心感はある。
だが、仄暗い嫉妬と、そんな相手に頼らなければならない情けなさに、腹の中だけが沈んでいくようなバラバラになる重さを覚えた。
一方のソウは、いつもと変わらず淡々と確認を進めていく。
「ですが、命令が届かない場合はどうしますか?」
「現場で判断してもらう他ない。それについても僚機運用が鍵だ」
「意味不明です」
「一人ならば判断を誤る事は容易にあるが、二人ならば片方が止めることもできる」
「それは一人よりも、非効率的では?」
「生きて帰る事。それが何よりも大事だ。効率よりもな」
「ですが――」
ソウとトモエの会話を聞きながら、置かれた状況を思い出す。
(おカネのためには、生きて帰るだけじゃダメなんだ)
入植以来ずっと貼り付いていた孤独。以前の日々を取り戻したい。その思いだけが、頭に溜まり波を打ち続ける。
決意を込めて前を向くと、どこまでも暗い木立が不気味に佇んでいた。
〇黒曜樹海付近 開拓中継基地内 広域駆除指揮所付近
中継基地の一角。人気のない廊下で、男があたりを見回している。男の耳にはイヤホン型の通信機。
「そちらの準備はどうだ?」
イヤホンから聞こえる声に対して、男はほとんど口を動かさずに答える。
「待ってくれ。いま所定の場所に着いたところだ」
男は広域駆除本部と書かれた部屋の前に立ち、情報端末を操作する。そして画面に移された情報を見ながら確認を進める。
「ローカルへの侵入に成功。公営だけあってセキュリティは緩い。役人の怠慢だな」
「かつてのフソウの栄光、今は見る影も無い」
廊下に立つ男は高速で流れるログを見ながら、笑みを深める。
「通信妨害の有効時間を転送する」
「了解。それにしても、このタイミングで広域駆除とは。先日の作戦が、騒動になってしまったのが痛かった」
「仕方あるまい。我々の都合を知らせて、広域駆除を延期してくれと抗議するのか?」
通信相手の男が噴き出す音。笑いをこらえるつもりだったらしいが、失敗したようだ。
「冗談はよしてくれ。……よし。各員へ誘導ルートとタイムテーブルの転送を終えた」
「了解。モニターへの侵入も完了。偽動画を流しておく。……転送完了。繰り返し再生に切り替えた」
「これで間抜けな広域駆除指揮者は、モニターの平和な偽画像を前に菓子でも頬張るということか」
「そのとおりだ。容易いな」
「流石だ」
「こちらにできる事はした。そちらの成功を祈る。我らの大志のために」
「我らの大志のために」
男はすぐさま立ち去った。廊下には静寂だけが残る。
不穏な言葉を口にした男が何をしたか、知る者はない。