少女とクライアントと将来の夢
〇黒曜樹海 開拓事業主設備 休憩スペース
トレーラーに設置された十数人用の休憩スペースに、アオイとソウとトモエが立っていた。その対面に溢れんばかりの陽気を放つヒノミヤという青年が立っている。
アオイとソウがヒノミヤから渡された木の実をまじまじと眺めている。それは黄土色の丸い果実だ。
ソウが三白眼を険しく歪めた。怒っているように見えるが、ただ疑問に思っているだけだとアオイは知っている。
そして、ソウが不思議そうに口を開いた。
「知っているか? アオイ?」
「知らない。果物なんて贅沢な物、実物は見たことないし」
やりとりを見ていたヒノミヤが、期待で目をキラキラと輝かせる。
「見てばっかりじゃなくて、食べてごらんよ」
「いいんですか? じゃあ早速……」
言われたとおりに果実へかぶりついた。
(わぁ……!)
その瞬間、いままで経験したことのない味が口の中に広がる。潤いをもたらす汁気には、爽やかな酸味と心地よい甘さがたっぷりと含まれており、それは衝撃とも言ってよい体験だった。
口を手で抑えながら、アオイが思わず声を上げる。
「すごくおいしい! なんて食べ物ですか?」
「梨だよ! フソウ独自の和梨だ」
「これが梨。初めて食べました」
「大侵食以前は普通に食べられていたものだが、それ以降は育てられなかったものだ」
「食べるのが楽しくなります。……ソウ?」
全く喋らないソウの方を見ると、夢中で梨を頬張っていた。
「……美味い。初めて食べた」
「ソウも食べた事なかったんだ」
「ああ。今までミドリムシとオキアミのペーストが主だったからな」
「へぇ。一緒だね」
「奇遇だな」
「そうだね」
ヒノミヤの頬が一瞬だけ引きつったが、即座に表情を切り替えた。
「今までは土壌なしでも大量供給できる食材しかなかった。味は二の次でね。入植初期は、食の改善に割く余裕もない。けどこれからは違う。きっと、おいしいものを求める時代が来る。保管されていた種で、栽培を始めている業者も出てきた。これも彼らからのサンプル品さ」
ヒノミヤはより一層に熱をこめて語り続ける。
「僕たちが作った技術で土壌を生産できるようになってね」
「僕たち?」
「ああ。僕は営業の担当で、技術は別でね。お、ちょうど来た。ミズシロ!」
呼ばれたのは、ボサボサ頭の眼鏡をかけた人物だ。長身痩躯で、陰気さを宿す細目が印象的だった。タブレット型情報端末をいじりながら、こちらを見ようとしない。
「……なんだ?」
「この人たちが、補充で入ってくれた人たちだ」
「……へえ」
「へえ、じゃなくて。挨拶してくれよ」
仕方なくと言った感じでミズシロは視線を端末からこちらへ移し、わずかながらに顎を動かした。
「ミズシロです」
「ど、どうも」
挨拶を返した後に、ミズシロをしげしげと見る。
(ヒノミヤさんと随分印象が違うな)
人懐っこい印象のヒノミヤと、人嫌いそうなミズシロ。チグハグな組み合わせだった。どんな経緯で組む事になったのか。考え込む前に、ヒノミヤが熱量を込めてまくしたてるようにしゃべり続ける。
「僕たちには夢がある。それは大侵食以前のように、自然あふれる公園で草むらにねそべりながら緑を楽しみ、大地が育んだ美味い飯を食べる世界だ。今は失われた大昔の当たり前を、再現する。そのためには土壌がいるんだけど、どの土を材料にしてもいい訳じゃなくて、ここの土に注目した理由は――」
情報端末をいじりながらそれを聞いていたミズシロは、苦々しい顔をした。
「……まったく恥ずかしげも無くベラベラと」
「本当だろう?」
「大体、俺が開発した技術、そこまで分かってないだろう?」
「ざっくり分かれば問題ないよ」
「ヒノミヤは大雑把すぎる」
「ミズシロが細かすぎるんだよ。大体、僕が融資先にうまく説明できたから、今回ここに来れたんだろう? ちょっとは感謝してくれよ」
「お前がばら撒いた誤解に合わせて突貫改良したのは俺だろうが」
やりとりをする二人を見て、トモエが微笑む。
「頼りになる相棒がいるとは、羨ましい」
トモエの言葉を聞いて、ヒノミヤが鼻で笑った。
「頼りになる? こいつ、確かに技術はなんとかしてくれるけど、他人と話すときは危なっかしくて」
ミズシロは情報端末をいじるのを止めた。そして、ヒノミヤを向いて眉をひそめた。
「危なっかしいのはお前だぞ? 確かに人はまとめてくれる。だが、技術はからっきしだから、相手に期待と誤解をばら撒くだろうが」
トモエが口に手をあてクスクスと笑った。艶のある薄い唇によく似合う、品の良い笑いだった。
「それを、相棒と言うんですよ」
ヒノミヤとミズシロが怪訝な顔をしてトモエを向く。その視線を、バイザー型視覚デバイスが受け止めた。
「互いを補い、意見し、頼りあう。時には喧嘩もします。でも、一人よりはずっと心強い。私は一人で立ち上げましたから、そんな相手はいなかった」
ヒノミヤとミズシロは、微妙な顔をしながらお互いを見た。そして、ヒノミヤがフッと笑い、トモエへ顔を向けた。
「まあ、こいつが相棒か、さておいてですが」
「ふん」
「今回は改めてありがとうございました。時間ばっかり取ってしまいすみません」
ヒノミヤが深々と頭を下げて立ち去る。ミズシロも顎だけで礼をして後に続いた。二人が退出した後に、手に持った梨へ視線を落とす。
再度かぶりつき、単なる栄養補給ではない、娯楽としての食事を堪能する。
手元にある高級品が、いつかは手軽に食べられるようになる。そんな未来が現実になれば、どんなに毎日が楽しくなるか想像もつかない。
(昔は普通に食べられたのか……。また、気軽に食べられるようになったら……)
夢中で梨を頬張るソウに、視線を向ける。
(頼りあうか……。今は、ソウに頼りっぱなしだ)
その事実が心苦しかった。梨をさらに一口食べる。
(でも、いつか必ず……!)
この梨を作った凸凹コンビのように。そう思うと、微笑みが漏れた。
「あの二人。あんな感じで、うまく行っているんでしょうか?」
「そういう方がうまく行くことが多いぞ?」
「へえ。意外です」
「会社というのは、得意不得意の違う人間の集まりだ。皆が同じでも仕方がない」
「お互いに頼り合う……ってことですか?」
「あの二人みたいにな」
ソウと自分もそうなれるだろうか。そんな夢想に入りかけた時、見知った少年たちが休憩室に入ってきた。
二人は前の会社の先輩たちだった。リュウヘイとレイジという名前だったかと、あやふやな記憶を掘り返す。
そして、リュウヘイとレイジはソウと揉めた相手でもあった。
「こんちは」
「ん。そっちのお前は、クソ生意気な」
リュウヘイがソウを睨みつけるが、ソウは相変わらず梨を頬張っていた。
「てめえ。無視かよ。いいどきょ――」
「あれ? 元新人じゃん? どうしてここに?」
レイジの一言で注目が集まる。
今回の共同任務先であるオクムラ警備は、元職場だ。自分が注目されると状況に戸惑いつつも、事情を話す。
「実は――」
入社の簡単ないきさつを聞いた二人組の片方が、アオイとソウを見比べる。
「へえ。そうだったのか。それにしてもまぁ、変な組み合わせだな」
「変……ですか?」
「だってよ、丸っきり違うじゃん? クソ生意気とビビり。やべえのとド下手」
直球な言い方に顔が引き吊った。普段から見下さられる事は多いが、ここまではっきりとした物言いはさすがに堪えた。
「まともに動けるの? って感じだしな」
ソウが、梨を頬張ったまま視線をチラリと無礼な二人組みに向けた。
「自分たちは問題無いかのように発言しているな」
(ソウ!?)
ソウの言い様に心臓が跳ね上がる。恐る恐る二人組を見ると、顔を若干引きつらせていた。
「クソ生意気な新人にアドバイスしてやるよ。武装警備員をやっていると、危険な事なんて山ほどあるんだぜ。な、レイジ」
「そのとおりだな。リュウヘイ。そういう時にすげえ仲間がいるかいないかで、生きるか死ぬかが変わってくる」
「ひどい場合だと、囮として利用するやつもいるらしいからな」
「まさかと思っているかも知れないけどな、そんな噂はしょっちゅう聞くぜ」
「事故に見せかけて殺すとか」
「やられた方が死んじまえばバレない事が多いからな」
「だから、どんな時も頼れる仲間が必要だ」
「俺たちは昔からのダチだから問題はないけどな」
話の趣旨を理解できずに混乱していると、またしてもソウの不穏な呟き。
「今の話が何の役に――」
危機を察知し、意図的に声を張り上げる。
「参考になります!」
「アオイ。なぜ――」
「すみません! ちょっと二人で相談が!」
仏頂面のソウを後ろへ引っ張り、声を潜めて釘を刺す。
「ソウはちょっと黙ってて! 喧嘩になるでしょ!」
「構わない。意見の優劣は明確にされるべきだ」
「隣で聞いているボクの気持ちにもなってよ!」
「その理由では納得できない」
「もう……。ここで喧嘩になったら、この後の任務で支障が出るでしょ。トモエさんの迷惑にもなるよ。これで納得してくれた?」
「なるほど。理解した」
声を潜めている後ろから、別の男の声がした。
「おい。お前ら、次の任務の準備は……」
それは元上司だった。思わず顔が強張ってしまう。一方、元上司は胡散臭げな面持ちをした。
「どうしてお前が?」
「あの……。その……」
間に割って入った長身の影。それはトモエだった。
「弊社で採用しました。期待の新人候補ですよ」
「あのサクラダ警備の? とてもそういう風には」
元上司の驚き方に、引っ掛かりを覚えた。零細中の零細であるサクラダ警備に、ある種の敬意が見られたからだ。
一方のトモエはほんの少しだけ頬を引きつらせた後に、咳払いをして平静な口調で答えた。
「何事も第一印象での判断は危険ですよ。貴重な人材だと思っています」
間接的にお前の目は節穴だと言われて、眉を少し上げる元上司。だが、トモエを見て表情を取り繕う。
「今回はサクラダ警備さんに恩があるので、ここまでにしましょうか」
「私も委託元とはなるべくなら事を荒立てたくないので、助かります」
表面上は穏やかな別れの後、元上司は二人組を向く。
「おい。お前たち、いくぞ」
三人は防護ヘルメットをかぶり、エアシャワー用のドアから出て行った。緊張感のあった空気が消え、思わずため息を吐く。そして、トモエの方を向き直って頭を下げた。
「あの、トモエさん。すみませんでした」
大人な表現とはいえ、トモエが喧嘩を売ったのは自分のためだ。トモエは何とでも無いと言うように、手をひらひらとさせて答える。
「謝る必要はない。本当の事を言っただけだ」
トモエは気を遣ってくれたのだろうと考える。踏み入れた新天地の温かさに、感謝せざるを得なかった。
〇黒曜樹海 開拓事業主周辺
ヒノミヤたちの設備からほど近く、黒曜樹海の中を複数の人戦機が歩いている。
そのうちの一機のコックピットで、厳めしい男が油断なく周囲を見渡していた。モニターの通信ウィンドウには暗号変換中の文字が明滅する。
「いまのペースは?」
「目標にはわずかに及ばない」
「では、再度の採集が必要か」
「そう言う事だ」
「周囲の状況は?」
「小規模の開拓事業者がいるだけだ」
「ならば警備規模もたかが知れているな」
「そう言う事だ。実行する」
「頼む。我らの大志のために」
そう言って人戦機たちは仄暗い森の中へ消えた。
トレーラーに設置された十数人用の休憩スペースに、アオイとソウとトモエが立っていた。その対面に溢れんばかりの陽気を放つヒノミヤという青年が立っている。
アオイとソウがヒノミヤから渡された木の実をまじまじと眺めている。それは黄土色の丸い果実だ。
ソウが三白眼を険しく歪めた。怒っているように見えるが、ただ疑問に思っているだけだとアオイは知っている。
そして、ソウが不思議そうに口を開いた。
「知っているか? アオイ?」
「知らない。果物なんて贅沢な物、実物は見たことないし」
やりとりを見ていたヒノミヤが、期待で目をキラキラと輝かせる。
「見てばっかりじゃなくて、食べてごらんよ」
「いいんですか? じゃあ早速……」
言われたとおりに果実へかぶりついた。
(わぁ……!)
その瞬間、いままで経験したことのない味が口の中に広がる。潤いをもたらす汁気には、爽やかな酸味と心地よい甘さがたっぷりと含まれており、それは衝撃とも言ってよい体験だった。
口を手で抑えながら、アオイが思わず声を上げる。
「すごくおいしい! なんて食べ物ですか?」
「梨だよ! フソウ独自の和梨だ」
「これが梨。初めて食べました」
「大侵食以前は普通に食べられていたものだが、それ以降は育てられなかったものだ」
「食べるのが楽しくなります。……ソウ?」
全く喋らないソウの方を見ると、夢中で梨を頬張っていた。
「……美味い。初めて食べた」
「ソウも食べた事なかったんだ」
「ああ。今までミドリムシとオキアミのペーストが主だったからな」
「へぇ。一緒だね」
「奇遇だな」
「そうだね」
ヒノミヤの頬が一瞬だけ引きつったが、即座に表情を切り替えた。
「今までは土壌なしでも大量供給できる食材しかなかった。味は二の次でね。入植初期は、食の改善に割く余裕もない。けどこれからは違う。きっと、おいしいものを求める時代が来る。保管されていた種で、栽培を始めている業者も出てきた。これも彼らからのサンプル品さ」
ヒノミヤはより一層に熱をこめて語り続ける。
「僕たちが作った技術で土壌を生産できるようになってね」
「僕たち?」
「ああ。僕は営業の担当で、技術は別でね。お、ちょうど来た。ミズシロ!」
呼ばれたのは、ボサボサ頭の眼鏡をかけた人物だ。長身痩躯で、陰気さを宿す細目が印象的だった。タブレット型情報端末をいじりながら、こちらを見ようとしない。
「……なんだ?」
「この人たちが、補充で入ってくれた人たちだ」
「……へえ」
「へえ、じゃなくて。挨拶してくれよ」
仕方なくと言った感じでミズシロは視線を端末からこちらへ移し、わずかながらに顎を動かした。
「ミズシロです」
「ど、どうも」
挨拶を返した後に、ミズシロをしげしげと見る。
(ヒノミヤさんと随分印象が違うな)
人懐っこい印象のヒノミヤと、人嫌いそうなミズシロ。チグハグな組み合わせだった。どんな経緯で組む事になったのか。考え込む前に、ヒノミヤが熱量を込めてまくしたてるようにしゃべり続ける。
「僕たちには夢がある。それは大侵食以前のように、自然あふれる公園で草むらにねそべりながら緑を楽しみ、大地が育んだ美味い飯を食べる世界だ。今は失われた大昔の当たり前を、再現する。そのためには土壌がいるんだけど、どの土を材料にしてもいい訳じゃなくて、ここの土に注目した理由は――」
情報端末をいじりながらそれを聞いていたミズシロは、苦々しい顔をした。
「……まったく恥ずかしげも無くベラベラと」
「本当だろう?」
「大体、俺が開発した技術、そこまで分かってないだろう?」
「ざっくり分かれば問題ないよ」
「ヒノミヤは大雑把すぎる」
「ミズシロが細かすぎるんだよ。大体、僕が融資先にうまく説明できたから、今回ここに来れたんだろう? ちょっとは感謝してくれよ」
「お前がばら撒いた誤解に合わせて突貫改良したのは俺だろうが」
やりとりをする二人を見て、トモエが微笑む。
「頼りになる相棒がいるとは、羨ましい」
トモエの言葉を聞いて、ヒノミヤが鼻で笑った。
「頼りになる? こいつ、確かに技術はなんとかしてくれるけど、他人と話すときは危なっかしくて」
ミズシロは情報端末をいじるのを止めた。そして、ヒノミヤを向いて眉をひそめた。
「危なっかしいのはお前だぞ? 確かに人はまとめてくれる。だが、技術はからっきしだから、相手に期待と誤解をばら撒くだろうが」
トモエが口に手をあてクスクスと笑った。艶のある薄い唇によく似合う、品の良い笑いだった。
「それを、相棒と言うんですよ」
ヒノミヤとミズシロが怪訝な顔をしてトモエを向く。その視線を、バイザー型視覚デバイスが受け止めた。
「互いを補い、意見し、頼りあう。時には喧嘩もします。でも、一人よりはずっと心強い。私は一人で立ち上げましたから、そんな相手はいなかった」
ヒノミヤとミズシロは、微妙な顔をしながらお互いを見た。そして、ヒノミヤがフッと笑い、トモエへ顔を向けた。
「まあ、こいつが相棒か、さておいてですが」
「ふん」
「今回は改めてありがとうございました。時間ばっかり取ってしまいすみません」
ヒノミヤが深々と頭を下げて立ち去る。ミズシロも顎だけで礼をして後に続いた。二人が退出した後に、手に持った梨へ視線を落とす。
再度かぶりつき、単なる栄養補給ではない、娯楽としての食事を堪能する。
手元にある高級品が、いつかは手軽に食べられるようになる。そんな未来が現実になれば、どんなに毎日が楽しくなるか想像もつかない。
(昔は普通に食べられたのか……。また、気軽に食べられるようになったら……)
夢中で梨を頬張るソウに、視線を向ける。
(頼りあうか……。今は、ソウに頼りっぱなしだ)
その事実が心苦しかった。梨をさらに一口食べる。
(でも、いつか必ず……!)
この梨を作った凸凹コンビのように。そう思うと、微笑みが漏れた。
「あの二人。あんな感じで、うまく行っているんでしょうか?」
「そういう方がうまく行くことが多いぞ?」
「へえ。意外です」
「会社というのは、得意不得意の違う人間の集まりだ。皆が同じでも仕方がない」
「お互いに頼り合う……ってことですか?」
「あの二人みたいにな」
ソウと自分もそうなれるだろうか。そんな夢想に入りかけた時、見知った少年たちが休憩室に入ってきた。
二人は前の会社の先輩たちだった。リュウヘイとレイジという名前だったかと、あやふやな記憶を掘り返す。
そして、リュウヘイとレイジはソウと揉めた相手でもあった。
「こんちは」
「ん。そっちのお前は、クソ生意気な」
リュウヘイがソウを睨みつけるが、ソウは相変わらず梨を頬張っていた。
「てめえ。無視かよ。いいどきょ――」
「あれ? 元新人じゃん? どうしてここに?」
レイジの一言で注目が集まる。
今回の共同任務先であるオクムラ警備は、元職場だ。自分が注目されると状況に戸惑いつつも、事情を話す。
「実は――」
入社の簡単ないきさつを聞いた二人組の片方が、アオイとソウを見比べる。
「へえ。そうだったのか。それにしてもまぁ、変な組み合わせだな」
「変……ですか?」
「だってよ、丸っきり違うじゃん? クソ生意気とビビり。やべえのとド下手」
直球な言い方に顔が引き吊った。普段から見下さられる事は多いが、ここまではっきりとした物言いはさすがに堪えた。
「まともに動けるの? って感じだしな」
ソウが、梨を頬張ったまま視線をチラリと無礼な二人組みに向けた。
「自分たちは問題無いかのように発言しているな」
(ソウ!?)
ソウの言い様に心臓が跳ね上がる。恐る恐る二人組を見ると、顔を若干引きつらせていた。
「クソ生意気な新人にアドバイスしてやるよ。武装警備員をやっていると、危険な事なんて山ほどあるんだぜ。な、レイジ」
「そのとおりだな。リュウヘイ。そういう時にすげえ仲間がいるかいないかで、生きるか死ぬかが変わってくる」
「ひどい場合だと、囮として利用するやつもいるらしいからな」
「まさかと思っているかも知れないけどな、そんな噂はしょっちゅう聞くぜ」
「事故に見せかけて殺すとか」
「やられた方が死んじまえばバレない事が多いからな」
「だから、どんな時も頼れる仲間が必要だ」
「俺たちは昔からのダチだから問題はないけどな」
話の趣旨を理解できずに混乱していると、またしてもソウの不穏な呟き。
「今の話が何の役に――」
危機を察知し、意図的に声を張り上げる。
「参考になります!」
「アオイ。なぜ――」
「すみません! ちょっと二人で相談が!」
仏頂面のソウを後ろへ引っ張り、声を潜めて釘を刺す。
「ソウはちょっと黙ってて! 喧嘩になるでしょ!」
「構わない。意見の優劣は明確にされるべきだ」
「隣で聞いているボクの気持ちにもなってよ!」
「その理由では納得できない」
「もう……。ここで喧嘩になったら、この後の任務で支障が出るでしょ。トモエさんの迷惑にもなるよ。これで納得してくれた?」
「なるほど。理解した」
声を潜めている後ろから、別の男の声がした。
「おい。お前ら、次の任務の準備は……」
それは元上司だった。思わず顔が強張ってしまう。一方、元上司は胡散臭げな面持ちをした。
「どうしてお前が?」
「あの……。その……」
間に割って入った長身の影。それはトモエだった。
「弊社で採用しました。期待の新人候補ですよ」
「あのサクラダ警備の? とてもそういう風には」
元上司の驚き方に、引っ掛かりを覚えた。零細中の零細であるサクラダ警備に、ある種の敬意が見られたからだ。
一方のトモエはほんの少しだけ頬を引きつらせた後に、咳払いをして平静な口調で答えた。
「何事も第一印象での判断は危険ですよ。貴重な人材だと思っています」
間接的にお前の目は節穴だと言われて、眉を少し上げる元上司。だが、トモエを見て表情を取り繕う。
「今回はサクラダ警備さんに恩があるので、ここまでにしましょうか」
「私も委託元とはなるべくなら事を荒立てたくないので、助かります」
表面上は穏やかな別れの後、元上司は二人組を向く。
「おい。お前たち、いくぞ」
三人は防護ヘルメットをかぶり、エアシャワー用のドアから出て行った。緊張感のあった空気が消え、思わずため息を吐く。そして、トモエの方を向き直って頭を下げた。
「あの、トモエさん。すみませんでした」
大人な表現とはいえ、トモエが喧嘩を売ったのは自分のためだ。トモエは何とでも無いと言うように、手をひらひらとさせて答える。
「謝る必要はない。本当の事を言っただけだ」
トモエは気を遣ってくれたのだろうと考える。踏み入れた新天地の温かさに、感謝せざるを得なかった。
〇黒曜樹海 開拓事業主周辺
ヒノミヤたちの設備からほど近く、黒曜樹海の中を複数の人戦機が歩いている。
そのうちの一機のコックピットで、厳めしい男が油断なく周囲を見渡していた。モニターの通信ウィンドウには暗号変換中の文字が明滅する。
「いまのペースは?」
「目標にはわずかに及ばない」
「では、再度の採集が必要か」
「そう言う事だ」
「周囲の状況は?」
「小規模の開拓事業者がいるだけだ」
「ならば警備規模もたかが知れているな」
「そう言う事だ。実行する」
「頼む。我らの大志のために」
そう言って人戦機たちは仄暗い森の中へ消えた。