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作者: 円宮模人
少女と伝説と激戦の予兆
黒曜樹海こくようじゅかい 開拓中継基地 休憩設備

 人が往来する開拓中継基地の一角。灰色の廊下の端で、アオイとヨウコが向かい合っている。

 アオイは顔を恐怖に顔を引きつらせながら硬直していた。そんなアオイを、ヨウコは不思議そうに見ている。

「アオイさん。どうしたの?」
「い、いえ。なんでもありません。何の話でしたっけ」

 ヨウコの背後で嗤う、もう一人の自分アオイから目を逸らそうとする。

「えっとね、手伝おうとしたらこっちまで大変な目に遭っちゃって……って話だったかしら」

 もう一人の自分がわらう。

――ソウに助けをお願いして、大変な目に遭わせたのはキミボクだったね

 その声は、ヨウコには聞こえない。そのままヨウコが話し続ける。

「ちょっと嫌な言い方をすると、迷惑ばっかりかけられたのよ」

 もう一人の自分が更にわらう。

――まるで、キミボクのよう。ヨウコさんが本当のキミボクを知ったら軽蔑するんじゃない?

 咄嗟とっさに目を伏せて、ヨウコに応える。

「……そうですよね。そういう人、迷惑ですよね」
「程度によってはね。嫌な話にしちゃって、ごめんね。アオイさんとはもっと楽しい話をしたいわ」

 その提案は有難かった。もう一人の自分から逃げるために、話題を無理やり変えた。

「そういえば、あの時はお仕事を邪魔してすみませんでした」
「……仕事?」
「え? あの一帯の駆除任務を受けていたんですよね?」
「そのことね。大丈夫よ。そこまで大きな影響はなかったわ」
「なら、安心しました。それで、ワタシの方の任務だったんですけど――」

 その後も当たり障りのない話題を続けた。だが、それからは何かを話していたかは覚えていない。

 頭の中に泥水を詰め込まれたようだった。それ以上、何も入らない。

「――じゃあ、またね」

 気づいたら、ヨウコが手を振りながら離れていく所だった。慌てて手を振り返す。

「あ、はい。また」

 ヨウコとの会話が終わってしまう。手が未練に引っ張られ、中途半端に宙を掻く。だが一方で、もう一人の自分から逃れられた事に安堵もしていた。

 休憩所のドアを開けて、ソウが座っている所まで近づこうとする。途中、背中がチクチクするような視線を感じて振り向いた。

 眼鏡をかけたボサボサ頭で、尋常ではない速さで情報端末をいじっている男性が居た。見覚えのある顔だ。

(たしか……、技術担当のミズシロさん? ど、どうして目を合わせないんだろ?)

 明らかにミズシロは不審だった。

 話しかけようか迷っていると、隣のソウが疑問の声を上げた。

「あれはミズシロさんか?」

 ソウの声に反応したミズシロは、何か思いつめた表情でこちらに来た。そして、目の前に到着したが、そのままでしゃべろうとしない。

 端末と自分たちを交互に見ている。変な緊張に耐え切れず思わず声を掛けた。

「あ、あの」

 ミズシロは端末をポケットにしまい、片手の爪を噛み、もう片方の手でバリバリと頭を掻く。

(う、やっぱり変な人)

 奇行じみた挙動に一歩引く。当のミズシロは小声でつぶやいた。

「ありがとう」
「ぅえ?」

 意外な言葉に思わず声が出た。ミズシロは再び情報端末をポケットから取り出し、下を向いたまま口を動かす。

「サクラダ警備がいなければ、危うく設備が壊される所だったと聞いた」
「ええ。でも、仕事ですし」
「それでもだ。おかげでアイツの夢をつぶさずに済んだ」

 手元の端末にはヒノミヤの画像が映っていた。どうやら考えていることの画像を、端末に映すのが癖らしい。

「仲がいいんですね」
「はあ?」

 ミズシロは迷惑そうな顔をして、顔を上げた。

(そういう時はこっちを向くんだ)

 内心が口に出そうになる。が、こらえ切った。

「そういう風に見えます」
「……なんだかんだで、持ちつ持たれつって感じだからな」

 そんなものかと納得すると、隣のソウが声を上げた。

「本当にそれだけなんですか?」
「ソウ?」

 他人に無関心なソウが声を上げた事に驚いた。ソウは淡々と質問を続ける。

「能力を利用されているにもかかわらず、嫌悪感は見られません」

 その言い様に、思わず突っ込みを入れてしまった。

「利用って」
「違うのか?」
「違わなくは……ないけど」

 協力することは相手の能力を利用する事である。だが、あんまりな言い方ではないかと思った。一方のミズシロは特に気にする様子もなく、端末をいじり続ける。

「一つは……、アイツの色々を見てるからかな」
「色々?」
「ああ、色々だよ。例えば、資金繰りが厳しい時、社員の前ではヘラヘラして強がっているが、俺と二人の時は涙目で頭を抱えたり、酷いときは吐いたりもしていた」

 ミズシロの端末には、会社のメンバーと思われる何人かと屈託のない笑顔を浮かべている。

(全然、想像できない……)

 ミズシロは色々な画像をどんどんと切り替えながら、ブツブツとしゃべる。

「ちゃらんぽらんのようで、結構面倒見がいい。部下のフォローもしてくれる」
(このしゃべり方は、きついよね……。)

 もし、ミズシロと一緒に働けと言われたら難しいだろう。ミズシロの会社で胃が痛くなる様子を想像していると、ソウの真剣な声が隣から聞こえた。

「なぜ、泣いたり吐いたりすると、利用し合う以上の関係に?」
「別に泣いたからと言ってそうなる訳ではないが……」

 珍しくミズシロが戸惑いを見せる。しかし、ソウの真剣な表情を見た後に、回答を吟味するように考え込んだ。

「ヒノミヤが俺と対等であろうとするからかな」
「対等?」
「ああ。俺は控えめに言っても天才だ。だから俺に縋ってくる奴も多かった」

 その言い様に呆れるが、ミズシロはあくまで真面目に語っていた。恐らくは、自他ともそういう評価なのだろう。

 ソウが質問を重ねる。

「ヒノミヤさんもその一人だと?」
「最初はそう思った。一緒に働いている時に、ある技術課題の解決方法を聞いてきた。適当に教えておけば、形ばかりの礼だけ言ってどこかに行くと思った」

 そして、ミズシロが笑った。嫌味の無い、純粋な笑顔だった。

「だが、アイツはそれを俺の成果だと言って回った。社内営業のようなものだな」
「どうしてそんなことを? ヒノミヤさんの得にはならないのでは?」
「同じことを聞いたよ。そしたら、これで対等だと。今だってそうだ。俺が全力ならば、アイツも全力で応える。だから、何か言われても、俺は利用されているとは思わない」
「では、どう思うのですか?」
「……頼られている、かな」

 ソウは、ただ茫然としていた。

「自分の理解を超えています」
「そうか」

 場に沈黙が訪れる。

 その間もミズシロは情報端末をいじり続けている。気まずい雰囲気の中、何か声をかけた方が良いかと口を開きかけた時、ミズシロが叫び声をあげる。

「あ! あ! こうすれば、もっと効率が!?」
「ど、どうしたんですか!?」

 ミズシロは手が眼前に突き出された。

「話しかけるな! アイデアが消える!」

 挨拶もせずに走り去ってしまった。休憩所から出ていくミズシロを呆然と見送る。

「なんか……。すごい人だったね」

 席に戻ろうときびすを返すと、ソウは立ち止まっていた。何かを考え込んでいるようだ。

「ソウ。どうしたの?」
「さっきの答えについて考えていた」
「そういえば、すごい真剣に質問していたけど、どうして?」
「あの二人の関係に興味があった」
「関係?」
「ああ。利用されていても不快にならない関係を、どうすれば構築できるかについてだ」
「む、難しいことに興味があるんだね」
「答えは……よく分からなかった。そこで聞きたい。アオイは昔どうしていた?」

 顔から表情が抜けるのが分かった。そして、辛うじて薄ら笑いを貼り付ける。何かを誤魔化す時のための、なんとなくの笑いだ。

「聞かれても分からないよ」
「どうして?」
「どうしてって……」

 ソウならば、はぐらかしても聞いてくるだろう。唇を噛み、仕方なくぼそりと答えた。

「だって……、誰かに頼られた事、ないし」

 斜め下に視線を逸らしながら話を続ける。

「何か仕事を振られることはあるけど、たまたま居たからってだけ。家族にも頼られたこともない。お姉ちゃんはボクと違って頼りになる人だった」

 そして、ソウを見る。

 自分に初めて出来た仕事仲間だった。相棒のつもりだった。

「でも今は――」

 そう言いかけた時、ソウの隣にいるもう一人の自分を見た。

――二人いなければ出撃できないからキミボクが誘われたってこと、忘れちゃった?

 それは、アオイが遠ざけていた言葉だった。

 頑張って、何とかしているつもりだった。でも、頼りにしていると言われた事は無い。押し込めた不安を混ぜ返す、もう一人の自分に硬直する。

 強張りを解いたのは平静なソウの声だった。

「アオイ?」
「いや。なんでもない。ちょっと、水を汲んでくる」

 そう言ってアオイは、半分も減っていないボトルを持ってその場を後にした。

 開拓中継基地の廊下を、俯きながら歩くアオイ。ソウはそんなひどい事は言わないと、冷静な部分では分かっている。だが、自分を信じられない呪いがまとわりついた。

 呪いがいつか祝福へと変わるのか。その日がいつになるか、分からない。

 給湯室へ歩いていると、腹が鳴った。返済のために食費を切り詰めており、ろくに食べていなかった事を思い出す。

「こんな時でもお腹は減るのか……」

 腹をさすりながら歩いているうちに、給湯室の前に着く。そこには、以前と同じように強面の偉丈夫がたむろしていた。

「あ、あの……」

 声をかけるが、相変わらずの蚊の鳴くような声しか出なかった。男たちは気づかない。息を吸い込んで、もう一度声をかけようとする。

「あ――」
「ちょっといいかい? 水を汲みたいんだが」

 後ろから別の声が聞こえた。振り返ると、精悍な印象の中年男性が背後に立っていた。男たちの視線が、そちらへ移る。

「あ? ……え? あんたは?」

 強面の男たちが揃いもそろって、畏怖するかのような態度を見せる。

 凄い人に会ってしまった。アオイにも、それだけは分かった。
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