少女とミスと最前線の攻防
〇黒曜樹海 資源採取戦指定区域 最前線
丘の裾野に生えた大樹の陰から、アオイ機が半身を乗り出して視覚センサーを向けていた。センサー内部のカメラが駆動音を鳴らしながら、望遠倍率を上げている。
アオイのゴーグルモニターには、黒煙の立ち上る丘の上に虹色の輝く粒子が舞う様が映っている。戦場には不釣合いな幻想的な光景だった。
「きれい……。あれがトレージオン」
トレージオンの美しさにため息を漏らす。
だが、輝きと富に魅入られた者を泥沼に引き込み、数多くの犠牲者をこれからも生み出すだろう。その中にサクラダ警備メンバーが含まれない保証はどこにもない。
虹色の輝きを凝視すると更に映像が拡大された。いくつもの箱型の飛行ドローンと小さな黒点が飛び回っている。
(なんか、蜂と空飛ぶ巣箱って感じ)
それはトレージオンの収集を行うインセクト・マシンだ。
銃撃や爆発が常となる戦場で、一部が破壊されても採集を続けられるように、試行錯誤の末にたどり着いた形だった。
インセクト・マシンを守るように、三機の人戦機が丘の上で待ち構えている。そのどれもが人戦機の腕ほどの太さを持った大型長銃を提げていた。
(見るからに怖そう……)
だが、恐怖を理由として攻撃を諦める訳にはいかない。待ち構える他社の人戦機を撃破して、採取地点を奪取するのが任務だ。
攻略手順について、トモエとオペレーターであるチサトのすり合わせが続いていた。トモエの表情と声は硬い。
「要請していた他社からの砲撃支援はどうなりましたか?」
「砲撃装備を携行した部隊が近くにいません。到着までの採取機会の損失は甚大です」
「せめて、重機関銃の支援は?」
「弊社の拡張知能では現戦力で十分と判断しています。……これ以上の遅延は査定の降格対象となりかねません」
資源採取戦では、利益への貢献度合いで報酬が上下する。過ぎた慎重さで時間を食えば、トレージオンの採取量が減り、査定が下がる。
悩むトモエへ通信が入る。
「サクラダ警備さん。こっちの取り分まで減らす気か?」
それは、自分をクビにした元上司だった。
今回の侵攻にあたり、近くに展開していたオクムラ警備とサクラダ警備の二社による共同作戦がチドリから指示されていた。
二社合わされば四機。敵陣には三機。習熟度に不安はあるが、トモエが強硬に反対できるような戦力差でもなかった。
トモエが大きく息を吐く。
「……分かりました。この面子で行きましょう」
直後、サクラダ警備内での通信に切り替わった。
「アオイ。ソウ。先ほどの作戦どおりに侵攻するぞ。アオイが軽機関銃で支援。その間にオクムラの二機とソウが丘の周りに展開する。アオイの支援が要だ」
「りょ、了解」
軽機関銃での支援に攻勢の成否が掛かっている。双肩に乗るプレッシャーが、重い。
もう少しだけ覚悟を決める時間が欲しかったが、戦況は待ってはくれない。
「身を隠しながらゆっくりと所定の位置につけ。突撃は合図の後だ」
黒曜樹海の茂みに身を隠しながら、四機が進む。途中で通信用ミニウィンドウにリュウヘイとレイジの顔が映る。
「また一緒か。準備は良いか? 新人凸凹コンビ」
「この前はやべえ活躍したからって、調子乗んなよ」
ヒノミヤたちの設備防衛で見せたソウの活躍で、その態度は軟化している。とはいえ、トラブルの予感は拭いきれなかった。
「利点の無い会話は、不要――」
「ソウはいいから! よろしくお願いします」
トラブルの芽を摘むことに神経をとがらせる。画面端に、不満げなソウの顔が見えるが、それは努めて無視した。
その間も黒曜樹海の陰を進む。
「指示されたのは……。ここか」
目の前に、焦げ跡のある倒木があった。音を立てない様に機体を隠す。
倒木に機体の背を預けつつ予備の弾倉を周辺に並べて、軽機関銃に二脚銃架を取り付ける。
「バレないように……。慎重に……」
ゆっくりと頭部を出すシドウ一式。物音を立てぬように、軽機関銃の二脚銃架を倒木の上に置く。
モニターに映る銃身の向こうに、敵機とそれらが掲げる銃器が見えた。どれもが軽機関銃よりも太く長い。今まで支えてきてくれた軽機関銃が、やけに頼りなく見えた。
それでもこの作戦での重責は変わらない。
「ボクがしっかりしないと……」
無理やりに覚悟を固めると同時に、トモエの声が聞こえた。
「所定の位置についたな……。合図と共に行く。三秒前から行くぞ」
心臓の音だけがやけにうるさい。
「三、二、一、今!」
トリガーを引くとともに、軽機関銃が銃火を吐いた。幾つもの銃弾が光を曳きながら、青い輝線に沿って飛んでいく。
次々と吐き出される空薬莢が、光を散らしながら木陰を舞った。暴力を誘う虹色の輝きと、暴力そのものである金色の輝きが、アオイの視界で重なる。
直後、ヘッドホンからトモエの指示が飛ぶ。
「ソウ! 急げ! アオイ! 狙うな! ばら撒け!」
「りょ、了解!」
視界の端にソウ機が見える。だが、安否を気にする暇は無い。
トモエの指示に従って、右へ左へと照準を揺らす。銃弾が丘へと消え、土埃と、木くずと、漆黒の葉が舞い散った。
支援射撃を嫌がるように、敵機が岩陰や木陰に身を隠す。その隙に、ソウたちがそれぞれ手近な窪地に機体を押し込めた。ソウがトモエへ通信を入れる。
「こちらソウ。所定の位置に付きました」
「攻撃開始」
ソウ機は伏せたまま、アサルトライフルから銃火を吐く。
「損害は無し」
「よし。お前たちは銃撃を続けろ」
ソウの弾丸が敵を襲う様がミニウィンドウに映される。
そこで妙な事に気づいた。命中率の割に、舞い散る破片が少ない。
「効いてない? どうして?」
破片の少なさはダメージの少なさだ。呟いた疑問に応ずるようにソウが答えた。
「主戦闘兵装の固有装備バレットダンバーだ。銃弾のような高速飛来物に対して極めて高い抵抗を示す擬ダイラタンシー特性ガスを噴霧している」
「だいら? 何て?」
「一か所に居留することで、防御力が著しく向上する装備だ」
目を凝らすと、機体の周囲を白味がかった膜のようなガスが覆っている。それがバレットダンパーだと直感した。
「撃っても無駄ってこと?」
「無敵ではない。とにかく避けながら当て続ける。支援を」
「分かった!」
今の装備ではできる事も少ない。近接格闘戦に持ちこめば有利だろうが、丘の上まで駆け上がる間に集中砲火を浴びるのは目に見えていた。
トモエの教えどおりに照準を揺らす。その時、隠れていた倒木に次々と大穴が穿たれる。
「うっ!? なんて威力!?」
敵機が提げるのは、軽機関銃とは比べ物にならないほど長く太い銃。威容に見合う破壊力だった。
「でも、ボクが撃たないと……!」
諦めずに対応を続けるが、打開の兆しはない。
「数はこっちが有利だけど」
「ああ、膠着した状況では、火力と防御力であちらが有利だな」
「相手だけ、元の威力で撃てるなんてずるい!」
「そういう装備だからな」
敵機はガス膜から突き出る長銃を提げている。バレットダンパーの影響を受けずに射撃できる装備である事が一目でわかった。
「相手が有利すぎるよ!」
「数的優位も怪しくなってきたな」
「こっちは急行するために突撃兵装だったけど……」
「仕方ない。資源採取戦は時間との勝負だ」
だが、無情にもじりじりと時間が過ぎる。同時に、得られるはずだった利益も目減りする。安全策を好むトモエが、いよいよ事態の打開に動いた。
「ソウ。聞こえるか」
「通信感度は良好です」
「よし。手榴弾を空中で炸裂するようにできるか?」
「可能ですが、威力が減衰します。目的は?」
「爆風で敵のバレットダンパーを剥ぐ。バレットダンパーは音速を越える物体に対しては高い抵抗を示すが、風のような低速の流れには通常のガスと同じ挙動を示す」
「ならば、地上に投擲してもよいのでは?」
「お前、がけ崩れに巻き込まれたのを忘れたか?」
敵は小高い丘の上にいる。その中には切り立った箇所もあり、もし地滑りが起きたらどんな被害が出るか予測しづらい。
ソウは周囲を見渡した後、納得したよう頷いた。
「なるほど。状況は理解しました」
「オクムラ警備にも作戦を通達する。合図を待て」
そういって、モニターからトモエの顔が消えた。しばらくの沈黙の後、再度トモエの顔が映る。
「了解が取れた。私の合図で行く。まずは投擲。次にスリーカウントで突撃。モニターに示す目標に、集中して銃撃を叩き込め。即座に一機を撃破して数的優位の拡大を狙う。ソウ、準備を」
「武器変更。手榴弾」
ソウ機はアサルトライフルを背面にしまい、前腕下部のアタッチメント式簡易コンテナから手榴弾を取り出した。
「アオイ、正念場だ。射撃を止めないように細心の注意を」
「りょ、了解!」
唾を飲むと同時に、トモエが声を張り上げた。
「ソウ! 投げろ!」
銃撃を続けながら、手榴弾の行方を見守る。途中で耳元に破裂音。それでも射撃を続ける。
「みんなを援護しないと……!」
狭まる意識にトモエの叱責が飛び込んで来た。
「アオイ! 逃げろ!」
「え!?」
「後ろだ!」
振り返ると、すぐ傍の巨木に大穴が空いていた。人戦機を超す太さの幹が、徐々に傾いてきた。
「間に合って!」
機体を横っ飛びに跳ねさせた。目をつむる中、背後から轟音が響く。恐る恐る目をあけると、モニターには破損警告は表示されていなかった。
「な、なんとか――」
「アオイ! 早く支援を!」
「え!?」
咄嗟に丘の上を向く。
直後、ソウの投擲した手榴弾は炸裂して爆風を巻き起こした。爆風は敵機のバレットダンパーを剝ぎ取り、三機が突撃を開始する。
そこで、自らの失態を悟った。
「し、しまった!?」
それは本来ならば軽機関銃でのけん制支援を前提とした突撃だった。好き放題の攻撃が、一番手のソウへ集中する。
「ソウが!」
頬に冷や汗が垂れる。だが、ソウは平静だった。
「甘いな」
背後のアサルトウィングが煌めきを増し、大地をえぐり取るほどの踏み込みで丘を駆け上げるシドウ一式。その機動に、敵機の大型砲はまるで追いつけない。
「お前からだ」
ソウはバレットダンパーの剥がれた一機に照準を向け、弾丸を放つ。
オクムラ警備の支援も加わり、弾丸が前後から敵機を叩く。見る間に装甲が剥がれ、数秒後には緑の煙吐き、膝をついた。
「機能停止確認」
「次!」
ソウの闘志を読み取るかのように、シドウ一式が次の獲物を探していた。
「そこか!」
それだけ叫んで、ソウは次の相手へ突撃する。相手も迎撃の構えを見せた。
「まずい!?」
今更ながらに軽機関銃を構える。だが、目まぐるしく変わる丘の上の位置関係に、照準がまるで追いつかない。
「し、支援が!?」
しかし、ソウに迷いはない。
「支障は無い! ここならば!」
相手の砲が火を噴いた。だが、舞い散ったのは大木の樹皮だった。ソウ機は大樹の後ろに隠れていて、無傷だった。直後に、するりと敵機へ近づく。
敵機の次弾が砲火と共に飛び出る。しかし、舞ったのはまたしても樹皮だった。
「凄い!?」
ソウは、隠れるタイミングと砲撃の間隔を合わせきり、ほぼ無傷で駆け寄った。
ついに二機が相まみえる。提げた大型長銃がソウを向こうとした。だが、長大な銃身の重さ故に遅い。
その隙にソウが機先を制した。シドウ一式が勢いのままに跳ねる。
「遅い」
敵機が提げた銃身の上に、シドウ一式が当たり前のように降り立った。そして、そのまま銃口を土へ踏みつける。
「封じたぞ」
接近と攻撃妨害を一手で済ませたソウは、間髪入れずアサルトライフルの銃口を相手へ突きつける。放たれた弾丸は見る間に、敵の装甲を剥いだ。
奥に潜んだ毒々しい緑の筋肉状の機構が露出し、直後に緑の煙を吐く。
「機能停止確認」
「次!」
ソウは素早く次の目標を索敵するが、周囲には見当たらない。
オクムラ警備の二機と渡り合っていた最後の一機は、形勢の不利を見るや撤退をしていた。それを確認したトモエから指示が飛ぶ。
「よし。周囲の索敵を」
「分かりました。演算リソースを索敵に」
アオイ機の歩行が少しぎこちないものへ変わる。薄くなった動作補正に不安を抱くが、幸いに敵影は無い。
しばらくして、トモエが警戒態勢の引き下げを命じた。
「よし。イナビシから次の指示が飛んできている。移動しろ」
「敵の展開領域に入る事になるので、通信途絶が懸念されますが?」
「影響は軽微だ。ここを確保したので、こちらの展開領域が広がるはずだ。進行中に再度通信がつながるだろう」
「了解」
そして、四機は仄暗い森の中を進む。その先に何があるか、四機はまだ知らない。
〇黒曜樹海 資源採取戦指定区域 敵勢力内
アオイたちの進軍をはるか遠くから見ている者がいた。それはヨウコの機体だった。
投影式ゴーグルモニターから光で、淑やかな瞳が浮かび上がる。
「あら? こっちに来ちゃったの?」
接近する機体を察知したヨウコが、武器のチェックを進めていく。そのどれもが、高火力の武装だった。そして、ヨウコには奥の手がある。コックピットでヨウコが穏やかに微笑えんでいた。
「誰かきたのかしら? ついてないわねぇ」
普通ならば、不運なのは四対一という状況に直面したヨウコの方だった。だが、ヨウコには不運が降り注ぐべき相手が誰であるかに確信があった。
丘の裾野に生えた大樹の陰から、アオイ機が半身を乗り出して視覚センサーを向けていた。センサー内部のカメラが駆動音を鳴らしながら、望遠倍率を上げている。
アオイのゴーグルモニターには、黒煙の立ち上る丘の上に虹色の輝く粒子が舞う様が映っている。戦場には不釣合いな幻想的な光景だった。
「きれい……。あれがトレージオン」
トレージオンの美しさにため息を漏らす。
だが、輝きと富に魅入られた者を泥沼に引き込み、数多くの犠牲者をこれからも生み出すだろう。その中にサクラダ警備メンバーが含まれない保証はどこにもない。
虹色の輝きを凝視すると更に映像が拡大された。いくつもの箱型の飛行ドローンと小さな黒点が飛び回っている。
(なんか、蜂と空飛ぶ巣箱って感じ)
それはトレージオンの収集を行うインセクト・マシンだ。
銃撃や爆発が常となる戦場で、一部が破壊されても採集を続けられるように、試行錯誤の末にたどり着いた形だった。
インセクト・マシンを守るように、三機の人戦機が丘の上で待ち構えている。そのどれもが人戦機の腕ほどの太さを持った大型長銃を提げていた。
(見るからに怖そう……)
だが、恐怖を理由として攻撃を諦める訳にはいかない。待ち構える他社の人戦機を撃破して、採取地点を奪取するのが任務だ。
攻略手順について、トモエとオペレーターであるチサトのすり合わせが続いていた。トモエの表情と声は硬い。
「要請していた他社からの砲撃支援はどうなりましたか?」
「砲撃装備を携行した部隊が近くにいません。到着までの採取機会の損失は甚大です」
「せめて、重機関銃の支援は?」
「弊社の拡張知能では現戦力で十分と判断しています。……これ以上の遅延は査定の降格対象となりかねません」
資源採取戦では、利益への貢献度合いで報酬が上下する。過ぎた慎重さで時間を食えば、トレージオンの採取量が減り、査定が下がる。
悩むトモエへ通信が入る。
「サクラダ警備さん。こっちの取り分まで減らす気か?」
それは、自分をクビにした元上司だった。
今回の侵攻にあたり、近くに展開していたオクムラ警備とサクラダ警備の二社による共同作戦がチドリから指示されていた。
二社合わされば四機。敵陣には三機。習熟度に不安はあるが、トモエが強硬に反対できるような戦力差でもなかった。
トモエが大きく息を吐く。
「……分かりました。この面子で行きましょう」
直後、サクラダ警備内での通信に切り替わった。
「アオイ。ソウ。先ほどの作戦どおりに侵攻するぞ。アオイが軽機関銃で支援。その間にオクムラの二機とソウが丘の周りに展開する。アオイの支援が要だ」
「りょ、了解」
軽機関銃での支援に攻勢の成否が掛かっている。双肩に乗るプレッシャーが、重い。
もう少しだけ覚悟を決める時間が欲しかったが、戦況は待ってはくれない。
「身を隠しながらゆっくりと所定の位置につけ。突撃は合図の後だ」
黒曜樹海の茂みに身を隠しながら、四機が進む。途中で通信用ミニウィンドウにリュウヘイとレイジの顔が映る。
「また一緒か。準備は良いか? 新人凸凹コンビ」
「この前はやべえ活躍したからって、調子乗んなよ」
ヒノミヤたちの設備防衛で見せたソウの活躍で、その態度は軟化している。とはいえ、トラブルの予感は拭いきれなかった。
「利点の無い会話は、不要――」
「ソウはいいから! よろしくお願いします」
トラブルの芽を摘むことに神経をとがらせる。画面端に、不満げなソウの顔が見えるが、それは努めて無視した。
その間も黒曜樹海の陰を進む。
「指示されたのは……。ここか」
目の前に、焦げ跡のある倒木があった。音を立てない様に機体を隠す。
倒木に機体の背を預けつつ予備の弾倉を周辺に並べて、軽機関銃に二脚銃架を取り付ける。
「バレないように……。慎重に……」
ゆっくりと頭部を出すシドウ一式。物音を立てぬように、軽機関銃の二脚銃架を倒木の上に置く。
モニターに映る銃身の向こうに、敵機とそれらが掲げる銃器が見えた。どれもが軽機関銃よりも太く長い。今まで支えてきてくれた軽機関銃が、やけに頼りなく見えた。
それでもこの作戦での重責は変わらない。
「ボクがしっかりしないと……」
無理やりに覚悟を固めると同時に、トモエの声が聞こえた。
「所定の位置についたな……。合図と共に行く。三秒前から行くぞ」
心臓の音だけがやけにうるさい。
「三、二、一、今!」
トリガーを引くとともに、軽機関銃が銃火を吐いた。幾つもの銃弾が光を曳きながら、青い輝線に沿って飛んでいく。
次々と吐き出される空薬莢が、光を散らしながら木陰を舞った。暴力を誘う虹色の輝きと、暴力そのものである金色の輝きが、アオイの視界で重なる。
直後、ヘッドホンからトモエの指示が飛ぶ。
「ソウ! 急げ! アオイ! 狙うな! ばら撒け!」
「りょ、了解!」
視界の端にソウ機が見える。だが、安否を気にする暇は無い。
トモエの指示に従って、右へ左へと照準を揺らす。銃弾が丘へと消え、土埃と、木くずと、漆黒の葉が舞い散った。
支援射撃を嫌がるように、敵機が岩陰や木陰に身を隠す。その隙に、ソウたちがそれぞれ手近な窪地に機体を押し込めた。ソウがトモエへ通信を入れる。
「こちらソウ。所定の位置に付きました」
「攻撃開始」
ソウ機は伏せたまま、アサルトライフルから銃火を吐く。
「損害は無し」
「よし。お前たちは銃撃を続けろ」
ソウの弾丸が敵を襲う様がミニウィンドウに映される。
そこで妙な事に気づいた。命中率の割に、舞い散る破片が少ない。
「効いてない? どうして?」
破片の少なさはダメージの少なさだ。呟いた疑問に応ずるようにソウが答えた。
「主戦闘兵装の固有装備バレットダンバーだ。銃弾のような高速飛来物に対して極めて高い抵抗を示す擬ダイラタンシー特性ガスを噴霧している」
「だいら? 何て?」
「一か所に居留することで、防御力が著しく向上する装備だ」
目を凝らすと、機体の周囲を白味がかった膜のようなガスが覆っている。それがバレットダンパーだと直感した。
「撃っても無駄ってこと?」
「無敵ではない。とにかく避けながら当て続ける。支援を」
「分かった!」
今の装備ではできる事も少ない。近接格闘戦に持ちこめば有利だろうが、丘の上まで駆け上がる間に集中砲火を浴びるのは目に見えていた。
トモエの教えどおりに照準を揺らす。その時、隠れていた倒木に次々と大穴が穿たれる。
「うっ!? なんて威力!?」
敵機が提げるのは、軽機関銃とは比べ物にならないほど長く太い銃。威容に見合う破壊力だった。
「でも、ボクが撃たないと……!」
諦めずに対応を続けるが、打開の兆しはない。
「数はこっちが有利だけど」
「ああ、膠着した状況では、火力と防御力であちらが有利だな」
「相手だけ、元の威力で撃てるなんてずるい!」
「そういう装備だからな」
敵機はガス膜から突き出る長銃を提げている。バレットダンパーの影響を受けずに射撃できる装備である事が一目でわかった。
「相手が有利すぎるよ!」
「数的優位も怪しくなってきたな」
「こっちは急行するために突撃兵装だったけど……」
「仕方ない。資源採取戦は時間との勝負だ」
だが、無情にもじりじりと時間が過ぎる。同時に、得られるはずだった利益も目減りする。安全策を好むトモエが、いよいよ事態の打開に動いた。
「ソウ。聞こえるか」
「通信感度は良好です」
「よし。手榴弾を空中で炸裂するようにできるか?」
「可能ですが、威力が減衰します。目的は?」
「爆風で敵のバレットダンパーを剥ぐ。バレットダンパーは音速を越える物体に対しては高い抵抗を示すが、風のような低速の流れには通常のガスと同じ挙動を示す」
「ならば、地上に投擲してもよいのでは?」
「お前、がけ崩れに巻き込まれたのを忘れたか?」
敵は小高い丘の上にいる。その中には切り立った箇所もあり、もし地滑りが起きたらどんな被害が出るか予測しづらい。
ソウは周囲を見渡した後、納得したよう頷いた。
「なるほど。状況は理解しました」
「オクムラ警備にも作戦を通達する。合図を待て」
そういって、モニターからトモエの顔が消えた。しばらくの沈黙の後、再度トモエの顔が映る。
「了解が取れた。私の合図で行く。まずは投擲。次にスリーカウントで突撃。モニターに示す目標に、集中して銃撃を叩き込め。即座に一機を撃破して数的優位の拡大を狙う。ソウ、準備を」
「武器変更。手榴弾」
ソウ機はアサルトライフルを背面にしまい、前腕下部のアタッチメント式簡易コンテナから手榴弾を取り出した。
「アオイ、正念場だ。射撃を止めないように細心の注意を」
「りょ、了解!」
唾を飲むと同時に、トモエが声を張り上げた。
「ソウ! 投げろ!」
銃撃を続けながら、手榴弾の行方を見守る。途中で耳元に破裂音。それでも射撃を続ける。
「みんなを援護しないと……!」
狭まる意識にトモエの叱責が飛び込んで来た。
「アオイ! 逃げろ!」
「え!?」
「後ろだ!」
振り返ると、すぐ傍の巨木に大穴が空いていた。人戦機を超す太さの幹が、徐々に傾いてきた。
「間に合って!」
機体を横っ飛びに跳ねさせた。目をつむる中、背後から轟音が響く。恐る恐る目をあけると、モニターには破損警告は表示されていなかった。
「な、なんとか――」
「アオイ! 早く支援を!」
「え!?」
咄嗟に丘の上を向く。
直後、ソウの投擲した手榴弾は炸裂して爆風を巻き起こした。爆風は敵機のバレットダンパーを剝ぎ取り、三機が突撃を開始する。
そこで、自らの失態を悟った。
「し、しまった!?」
それは本来ならば軽機関銃でのけん制支援を前提とした突撃だった。好き放題の攻撃が、一番手のソウへ集中する。
「ソウが!」
頬に冷や汗が垂れる。だが、ソウは平静だった。
「甘いな」
背後のアサルトウィングが煌めきを増し、大地をえぐり取るほどの踏み込みで丘を駆け上げるシドウ一式。その機動に、敵機の大型砲はまるで追いつけない。
「お前からだ」
ソウはバレットダンパーの剥がれた一機に照準を向け、弾丸を放つ。
オクムラ警備の支援も加わり、弾丸が前後から敵機を叩く。見る間に装甲が剥がれ、数秒後には緑の煙吐き、膝をついた。
「機能停止確認」
「次!」
ソウの闘志を読み取るかのように、シドウ一式が次の獲物を探していた。
「そこか!」
それだけ叫んで、ソウは次の相手へ突撃する。相手も迎撃の構えを見せた。
「まずい!?」
今更ながらに軽機関銃を構える。だが、目まぐるしく変わる丘の上の位置関係に、照準がまるで追いつかない。
「し、支援が!?」
しかし、ソウに迷いはない。
「支障は無い! ここならば!」
相手の砲が火を噴いた。だが、舞い散ったのは大木の樹皮だった。ソウ機は大樹の後ろに隠れていて、無傷だった。直後に、するりと敵機へ近づく。
敵機の次弾が砲火と共に飛び出る。しかし、舞ったのはまたしても樹皮だった。
「凄い!?」
ソウは、隠れるタイミングと砲撃の間隔を合わせきり、ほぼ無傷で駆け寄った。
ついに二機が相まみえる。提げた大型長銃がソウを向こうとした。だが、長大な銃身の重さ故に遅い。
その隙にソウが機先を制した。シドウ一式が勢いのままに跳ねる。
「遅い」
敵機が提げた銃身の上に、シドウ一式が当たり前のように降り立った。そして、そのまま銃口を土へ踏みつける。
「封じたぞ」
接近と攻撃妨害を一手で済ませたソウは、間髪入れずアサルトライフルの銃口を相手へ突きつける。放たれた弾丸は見る間に、敵の装甲を剥いだ。
奥に潜んだ毒々しい緑の筋肉状の機構が露出し、直後に緑の煙を吐く。
「機能停止確認」
「次!」
ソウは素早く次の目標を索敵するが、周囲には見当たらない。
オクムラ警備の二機と渡り合っていた最後の一機は、形勢の不利を見るや撤退をしていた。それを確認したトモエから指示が飛ぶ。
「よし。周囲の索敵を」
「分かりました。演算リソースを索敵に」
アオイ機の歩行が少しぎこちないものへ変わる。薄くなった動作補正に不安を抱くが、幸いに敵影は無い。
しばらくして、トモエが警戒態勢の引き下げを命じた。
「よし。イナビシから次の指示が飛んできている。移動しろ」
「敵の展開領域に入る事になるので、通信途絶が懸念されますが?」
「影響は軽微だ。ここを確保したので、こちらの展開領域が広がるはずだ。進行中に再度通信がつながるだろう」
「了解」
そして、四機は仄暗い森の中を進む。その先に何があるか、四機はまだ知らない。
〇黒曜樹海 資源採取戦指定区域 敵勢力内
アオイたちの進軍をはるか遠くから見ている者がいた。それはヨウコの機体だった。
投影式ゴーグルモニターから光で、淑やかな瞳が浮かび上がる。
「あら? こっちに来ちゃったの?」
接近する機体を察知したヨウコが、武器のチェックを進めていく。そのどれもが、高火力の武装だった。そして、ヨウコには奥の手がある。コックピットでヨウコが穏やかに微笑えんでいた。
「誰かきたのかしら? ついてないわねぇ」
普通ならば、不運なのは四対一という状況に直面したヨウコの方だった。だが、ヨウコには不運が降り注ぐべき相手が誰であるかに確信があった。