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作者: 山のタル
残酷な描写あり
幕間2-2.対策会議2
 ヨッヘリントの質問で、会議室にいる全員の視線がマイン公爵に向けられた。
 
(……やっぱり、話さないとダメか。まあ、セレスティアさんも「説明しろと言われたら、話してもいいよ。ただし、秘密以外を、ね」と言ってた。……事前に話す内容を、考えていて正解だったわね)
 
 この質問を予測していたマイン公爵は、あらかじめ考えていた説明を話すことにした。
 
「ヨッヘリントの疑問ももっともだけど、その答えは簡単よ。それはあの時、森に隠れている男に気付いて後を追いかけ、二人の男の会話を盗み聞いた人物から直接その報告を聞いたからよ」
「……その人物とは誰ですか?」
「ティンクよ。あの場にいなかったボノオロスには、セレスティア殿と一緒にいた魔術師の少女と言えば分かるかしら?」
 
 この中でボノオロスだけは、民間人の避難を手伝っていたので鉱山にいなかった。しかし、セレスティア達が参加した会議でティンクを目にしていたので、マイン公爵の言葉で「ああ、あの時『淵緑の魔女』が連れて来ていたハンターの女の子か」と思い出して呟いた。
 
「ティンクはちょっと特別な子でね、魔力や魔素にとても敏感なの。ティンクは魔獣と戦う前から高台の森から誰かが見ていることに感付いていたそうだけど、すぐに魔獣との戦いが始まってしまって確かめに行くことが出来なかったと言っていたわ。それで魔獣を倒した後に行こうとしたら、その人物が森の奥に向かって移動したから、急いでこっそり後を追いかけてそこで二人の男の会話を聞いたそうよ」
 
 マイン公爵はティンクから聞いた報告を簡単に説明する。
 
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
「何かしらボノオロス?」
「その……あの、ティンクという子は、本当に魔術師なのか? 話を聞く限りじゃあ、その子がしたことは魔術師の範疇を越えている。いっそ密偵とでも言ってくれた方が納得できる内容です」
 
 ボノオロスの言うことも尤もだ。誰かの後を気付かれないように追跡するというのは、様々な技術を駆使して情報を集める事を生業とする密偵の専売特許である。
 密偵はその特殊な仕事のために特別な訓練を積み、気配の消し方や追跡の仕方等、情報収集に必要な様々な技術を身につけている。
 それは魔術を専門とする魔術師が、決して簡単に真似できるモノではないのだ。
 だがマイン公爵は魔術師の少女がそれをやってのけたと簡単に言うのだから、ボノオロスは元より、ティンクの実力を直接目の当たりにした他の者達でも、「そうだったのですね!」と短絡的に納得できる訳がなかった。
 
 ボノオロスの意見に同調するように、会議室に疑問の声が次々と上がる。
 しかしマイン公爵はそんな疑問を振り払うように、「答えは簡単よ」と言わんばかりの軽い口調でこう言った。
 
「それはさっきも言ったけど、ティンクが特別だからよ」
 
 答えになっていなかった。
 そしてそれを聞いた全員が、一瞬思考停止状態に陥ってしまった。だがマイン公爵は、気にせず説明を続ける。
 
「ティンクはあの『淵力の魔女』の弟子よ。その実力は魔獣を倒せることからも疑いようがないわ。そんな彼女なら、音や気配、姿を消す魔術ぐらいセレスティア殿から教わっていても何ら不思議はないでしょう?」
 
「まあ、本当にあるかは分からないけどね……」と、マイン公爵は誰にも聞こえない小さな声で呟く。
 マイン公爵も実際のところそんな魔術があるなんて聞いたこともないので、これは完全にハッタリであった。
 だが、セレスティア達の事を全く知らず、魔獣との戦いで連発していた見たことも無い魔術の数々をその目で見てしまった人なら、「あんな魔術を使えるのだから、それくらいの魔術はあるかもしれないし、使えても不思議じゃない」と錯覚してしまう謎の説得力があった。
 
「それに、私達を救ってくれた“英雄”がわざわざ調べてくれた事を、貴方達は『常識的ではなく信じられない!』と簡単に言って跳ね除ける恩知らずなのかしら?」
 
 そしてトドメを刺すように放たれたマイン公爵のその言葉に、反論できる者などいるはずがなかった。
 その後、マイン公爵が反論の余地を与えなかったことで会議は順調に進み、今後の対策が3つ決定した。
 
 一つ目が、マイン領全体の防衛、及び警備態勢の強化。
 二つ目が、マイン領主軍、及びマイン領各地の領地軍の戦力強化。
 そして三つ目が、魔獣騒動の黒幕である二人の男の調査・捜索、及びその捕縛である。
 
「対策の詳しい内容は、一度『首都マイン』に戻ってから書類にしたためた後、伝書鳥を使って各員に通達することとする。そしてこれらは最重要案件として最優先で取り掛かるように! 基本的には書類の内容通りに動いてほしいけど、何か問題が起きれば各員の判断で臨機応変に対応して構わないわ。ただし、その場合は私の方にもその旨を報告すること。それと支援が必要になった時は、遠慮なく申告してくれれば急いで対応するわ。書類が届くまでの間は、ヨッヘリントが提案した作業計画と鉱山の調査・修復を進めて、鉱山の再建に全力を注いで頂戴! それと黒幕の二人の男の件は、極秘に捜査をするからこの場にいる人以外には決して他言しないように!」
 
 マイン公爵の方針に全員が静かに頷く。
 
「最後に魔獣討伐のことだけど、魔獣はドラゴンテールとヴァンザルデンで討伐したという事にして公式で発表します。そして鉱山にいた者達には、セレスティア殿の事を他言しないように箝口令を敷いて、決してセレスティア殿の情報が漏れることの無いように徹底しなさい! セレスティア殿の力は強大よ。きな臭くなってきた今の情勢だと、その力を利用したり悪用しようと考えて動き出す輩が現れてもおかしくないわ。そんな奴等からセレスティア殿を守るのは、セレスティア殿に命を救われた我々の使命だと心に刻みなさい!!」
「「「「ハッ!!!!」」」」
「ではこれにて解散!」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 会議が終わるとマイン公爵はすぐ馬車に乗り込み、首都マインへの帰路についた。
 御者に「出来る限り早く首都マインに走らせて!」と指示を飛ばし、マイン公爵は座席にもたれ掛かる。
 
 マイン公爵が乗っている馬車は貴族用の馬車にしては派手さが微塵も無く、外も中も質素で普通の見た目をした馬車だった。
 だが、マイン公爵は見た目より実用性を重視する人間なので、豪華さよりも実用性を極限まで追求したこの馬車に不満など持ち合わせていなかった。
 
 実用性重視で作られたこの馬車は、走行中の衝撃を吸収するサスペンションが四輪それぞれに取りつけられている。そのため車輪はそれぞれ独立して動くようになっており、どんな悪路にも動じない抜群の安定性を手に入れている。
 更に座席のマットには、セレスティアから貰った特別製のマットを使用している。このマットはセレスティアの屋敷のベットに使用されているマットと同じ物で、マットに連動している円筒形の透明なカプセルに魔力を込めることで、マットの硬さを自由に調節する事が出来る。
 この二つが組み合わさったマイン公爵の馬車は、安定性と快適性を極限の高いレベルで両立していて、それはまさに、乗る人全てを癒しの底に誘う『安楽の揺りかご』と呼ぶに相応しい物だった。
 
 マイン公爵はピラーに取り付けられているカプセル内の魔力を全て抜くと、綿毛のようにふわふわになった座席のマットに身体を深く沈め、「ハァ~~」と大きく息を吐いた。
 
「お疲れ様です、マイン様」
 
 マイン公爵にそう声をかけたのは、マイン公爵の対面に座るメイド服を着た女性だった。
 女性にしては身長が高めで大人びているようだが、顔にはまだ幼さが残っていて、その不釣り合いさが何処か可愛らしい。
 長く伸びた薄く明るい水色の髪はさらさらで、走る馬車から伝わる極僅かな振動にも同調し、細かく小刻みに揺れていた。
 身体の重さを座席に預けることなく背筋をピンッと伸ばし、対面に座るマイン公爵をしっかり見つめていた。
 
「本当に疲れたわ“エイミー”。この数日色々ありすぎて、もう一生分の仕事をしたんじゃないかと思うぐらいよ。……で、更にこれからデスクワークが待ってると思うと、鬱になりそうだわ」
 
 エイミーと呼ばれたこの女性は『マイン公爵専属侍女』だ。
 エイミーはまだ18歳と若いながらも、マイン公爵が直々に専属侍女に選抜するほど有能で、マイン公爵お気に入りの人物の一人だ。その証拠にエイミーは侍女でありながら、ヴァンザルデンやカールステンと同等の高い信頼をマイン公爵から置かれている。
 マイン公爵はそんな気を許せる数少ない相手に愚痴をこぼすと、再び大きく息を吐いた。
 
「でもそれは、馬車を急いで走らせて帰る必要がある程の事があるのですよね? 私は詳しくは知りませんが、会議が終わってすぐに『帰る用意をして馬車に乗り込んでなさい』なんて言うぐらいですから、とても重要で優先するべき事が会議で決まったというのは分かっています。私もお手伝いしますので頑張りましょう!」
 
 エイミーはそう言って拳を握ると、両手をグッと引き寄せ、気合いを入れる仕草をする。幼さの残る顔立ちもあって、その仕草をするエイミーはとても可愛らしかった。
 そんなエイミーの姿に暗く沈んだ心を一瞬で癒されたマイン公爵は、生気を取り戻した顔を上げる。
 
「……そうね。もう少し頑張るとしましょうか。私が守るべきもののために! それが終わったら、久々にヴァンザルデンと稽古でもして、ストレス発散してやるわ!!」
「その意気ですマイン様!」
「もちろんエイミーにも手伝ってほしい事があるから、頼りにしてるわよ」
「はい、お任せ下さい。このエイミー、全力でお手伝いさせていただきます!」
 
 この時、エイミーはまだ知る由はなかった。マイン公爵が言った「手伝ってもらうこと」の本当の意味を……。
 
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