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作者: 山のタル
残酷な描写あり
30.新たな来訪者2
 屋敷にはものの二時間で到着した。
 森から屋敷までは普通の馬であれば途中休憩を入れて半日以上かかる距離はあるのだが、ゴーレム化により生物が産まれつき持つリミッターを解除してそれに耐えうる肉体強化を施しているスズカとモンツアにとって、普通の馬を遥かに凌駕するスピードを出しながら休憩無しであの距離を走り抜けることなど容易いことだ。
 森を出発した時は既に日が傾いていたので、日が落ちきる前に屋敷に戻れてよかった。
 
「スズカ、モンツアありがとう!」
「スズカ、モンツア、ありがとうございました」
「二人ともありがとー!」
 
 スズカとモンツアから降りた私達が労う様に言葉をかけると、2頭は嬉しそうに鼻を鳴らして森の奥へと駆けて行った。
 2頭が森に駆けて行くのを見送り屋敷の玄関を開けると、アインとモランの二人が揃って玄関ホールで出迎えてくれた。
 
「「おかえりなさいませ、セレスティア様!!」」
「ただいまアイン、モラン。私がいない間、何か変わったことは無かったかしら?」
 
 とは言ってみたものの、たった2日空けただけで滅多に人が訪れることのないこの場所に何か変化があるとは思えないが……。だけど、一応何かなかったかと思いそんな事を聞いてみると――。
 
「――ッ!? …………」
「ええと……」
 
 モランはビクッと一瞬体を震わせ、アインは何か申し訳なさそうに口ごもった。
 
 (……え? 何その反応……本当に何かあったの?)
 
 気になって問いかけると、「とりあえず食堂にお越しください。……詳しい事はそちらで聞いてください」と曖昧な回答を返された。
 そちらで聞いてくださいとはどういう事だろうか? ここで話したら不味いのか? いや、それ以前に「聞いてください」という事は、アインやモランじゃない別の誰かが話をするということだ。
 自分で言うのもなんだが、こんな辺境、いや、秘境に一体誰が来るのだろう……?
 もしかして、ミューダが帰って来たのかな? いや、というよりむしろその可能性が一番高い。そしてアインとモランの反応を見る限り、何か厄介事を持ってきていてミューダが「詳しくはセレスティアが帰って来てから直接説明する」とでも言ったのだろう。
 私はアインとモランの後を付いて行くように食堂に向かいながら、自分が今推理した予想に「ハァ~ッ」と大きくため息を吐いた。
 
 (せっかく厄介事を片付けたと思ったらまた新しく増えるかもしれないなんて……私は研究者であって万事屋じゃないのよ……)
 
「ハァ~~ッ」もう一度大きなため息が口から排出されたところで、食堂の扉の前に到着した。
 正直気乗りはしないけどミューダの話を聞かないわけにもいかないので、意を決して扉を開け食堂に入った。
 
「お、やっと帰って来よったか!? このワシを1日も待たせるとは、偉くなったものだなぁ、小娘!」
 
 そこには、私の予想とは違ってミューダの姿はどこにも無かった。……代わりに、それよりももっと厄介な存在がそこに居た。
 カッカッと笑いながら年寄りめいた口調で私に話しかけてきたのは、鏡のように光を反射して輝く銀髪が特徴の大男だ。
 顔つきは40代後半のダンディなおじさんで、背丈はミューダとそれほど大差はないのだが、その全身から溢れ出る存在感というかオーラは全く別次元だった。あまりにも強大なそのオーラは、その場にいる全ての者に圧し掛かるような圧迫感を与える。まさに圧倒的な力を持つ、真の強者のみが放てるものであった。
 
「うげぇ……」
「……『うげぇ』とは、久しぶりに会った知人に対して使うには随分と無愛想な態度じゃな」
「その久しぶりに会う知人に、いきなり上から目線で『小娘』呼ばわりしてくる礼儀知らずな人に言われたくないわね」
「ワシはおぬしより年上じゃぞ? 上から目線なのは当然だし、ワシから見ておぬしはまだまだ小娘みたいなものじゃ。何も問題なかろう?」
 
 これだからこの人は苦手なのよ。すぐに私を小娘扱いしてからかってくる。
 ……だが、この礼儀知らずの男、“スペチオ”さんを唯一黙らせる方法を私は知っている!
 
「確かにスペチオさんからしたらそうなのかもね。……でも、自分の娘の育児を放棄して私に押し付けて旅に出た貴方が、預け先の主人である私を『小娘』呼ばわりして見下すのは果たして良い態度なのかしら?」
「ぐはッ――!?」
 
 私の改心の一言が決まった! 効果は抜群だ! スペチオとの舌戦に勝利した!
 
「……お父さん、またセレスティア様に言い負かされてる」
 
 私とスペチオのやり取り寸劇を後ろで見ていたティンクが、心にダメージを負って倒れるスペチオさんにそんな感想を漏らした。
 ティンクのその言葉にピクッと反応して、スペチオさんは顔を上げてティンクを視界に捉えると満面の笑みを浮かべて立ち上がり、一瞬でティンクとの距離を詰めるとティンクを抱き抱えた。
 
「おおっ、ティンク! 久しぶりじゃな! 元気にしてたか?」
「久しぶり、お父さん! ティンク元気だよ!」
 
 久しぶりの再会を嬉しそうにティンクの頭をわしゃわしゃと撫で回すスペチオさん。ティンクはそんなスペチオさんの無造作な頭の撫で方を嫌がることなく、むしろ久しぶりに味わうその懐かしい撫で方に目を細めて気持ち良さそうに「えへへ~」と声を漏らしていた。
 二人が親子の再会を一頻ひとしきり喜んだ所で、私は話を切り出すことにした。
 
「ところでスペチオさん、いきなり訪ねて来るなんて一体何の用なの?」
「なに、風の噂でティンクがハンターになったと聞いてな。様子を見に来ただけじゃ」
「一体どこの風がそんな噂を広めたのよ……」
 
 全く余計なことをしてくれる風がいたものね。スペチオさんはティンクの事に関してはとんでもない勢いで反応を示す親バカだ。今みたいに何の連絡もなくいきなり訪ねて来るほどね。
 それにスペチオさんは基本的にティンク以外に興味が無く、そのくせ人をからかうのが大好きというとてつもなく鬱陶しい人だ。特に私をよくからかってくるので、私の苦手な人ランキングに余裕で上位にランクインしている。
 ……ほんと、余計な風にお灸を据えたいぐらいだ。
 
「ほれ、この手紙がワシのところに文字通り風に流され飛んできたのじゃよ」
 
 スペチオさんがそう言って取り出した手紙を受け取ると、私は中を確認する。
 そこにはこう書かれていた。
 
 
 ―――――
 
 『久しぶりだな、我が友スペチオ。
 実はかくかくしかじか説明省略で資金稼ぎをすることになった。それでティンクはクワトルと一緒にハンターとして働くことになった。
 ティンクも、仕事をしながらお前と同じようにこの広い世界をその目で見れると、とても喜んでいた。
 だから、心配せずともよい。そして、たまには顔を出してやれ。ちょくちょく帰るようには言っているから、運が良ければ会えるだろうよ。
 では、またな!
 
 ――ミューダ』
 
 ―――――
 
 
 ………………
 …………
 ……
 パタッ――。
 
 私はそっと手紙を閉じて、空を見上げるように顔を上に向けて額を手で押さえた。と言っても室内だから上にあるのは空ではなく天井だったが。
 
「風の正体はお前かァァァーー!! ミューダァァァァーー!!」
 
 
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