残酷な描写あり
43.純鉄
クワトルとティンクが新しい装備に着替えている間、私はカグヅチさんから純鉄について色々話を聞くことにした。
「俺達鍛冶師の間では、不純物を含まない純粋な金属のことを『完全金属』と呼んでいるんだが、実際そんな物は誰も作ることが出来ないから、机上の空論から生まれた架空の物質で、幻の金属とされてきた。……だが、それは幻じゃなくなった。ミーティアさんが持って来た鉄は間違いなく、不純物を含まない純度100%の純鉄、幻の完全金属だったからだ。それだけでも十分に驚きだが更に驚いたのが、この純鉄は鉄なのに鉄の常識が全く当てはまらない常識外れの代物だってことだ」
カグヅチさんはそう言って、カウンターの上に二つの鉄のインゴットを並べる。
一つは私が渡した純鉄だ。おそらく武具作りで余ったのを塊からインゴットに加工したのだろう。
そしてもう一つは普通の鉄だ。ただこっちは所々に錆が生じていて、かなりみすぼらしい風合いになっていた。
「鉄は金属類の中でも固さと柔らのバランスがとれた加工しやすい部類の金属だ。だが鉄は水気に弱くてな、湿気が多い所に置いとくとこんな風にすぐに錆びて脆くなっちまうから耐久性に難がある。しかし、ミーティアさんが持って来た純鉄はその弱点を克服している。この二つのインゴットは湿気の多い所に同じ時間一緒に置いていたんだが、普通の鉄はこの通り錆びちまった。だが、純鉄の方には全く錆ができなかった」
カグヅチさんは二つのインゴットを手に取りながら、普通の鉄と純鉄の違いを説明する。
「純鉄はこれだけでも十分凄いが、さらに凄いのはその柔らかさだ」
そう言うとカグヅチさんはおもむろにハンマーを取り出して、二つのインゴットをそれぞれ力強く叩き始める。鉄とハンマーがぶつかり合うことで、カンカンという金属音が店の中に響いた。
数回ハンマーを叩きつけられた二つのインゴットは、見事に変形していた。しかし同じ強さで同じ回数叩いたのに、普通の鉄と純鉄では変形の仕方に明らかな違いがでていた。
「元々金属の中でも鉄は適度な柔らかさはあるが、純鉄はそれよりもさらに柔らかい。だから同じ回数、同じ力で叩いても変形の仕方にこうして違いが出るんだ」
普通の鉄のインゴットは叩かれた部分が凹み、錆びて脆くなっていた部分からヒビが走っていて、今にも割れてしまいそうだった。
一方純鉄のインゴットは、叩かれた部分が普通の鉄より大きく凹んでいるもののヒビは入っておらず、むしろ凹んだ分だけ横方向に延びていた。
「鉄は見ての通り叩けば変形する。だがそれには勿論限界があってだな、それを越えるとヒビが入って割れてしまうんだ。でも純鉄は柔らかいから、叩いて伸ばしても簡単に割れたりはしないし千切れたりもしにくい。つまり、かなり強靭で加工しやすいってことだ」
「なるほどね」
「不純物を減らした鉄は柔らかくなるが脆くなるなんて、鍛冶師の間じゃ常識だったんだがな……。まさか不純物が無くなるとこんな特性になるとは……いや、これこそが本来の鉄の特性なんだろうなぁ」
カグヅチさんは感慨深げにそう呟いた。
「……おっと、話が逸れたな。つまるところ、この純鉄は加工し易さと鉄の弱点を克服した耐久性の高さから、汎用性がかなり高い素材だと言える。でも幻の完全金属のこの純鉄は、前にも言ったがただの塊でも国家予算に匹敵する価値がある。だから、純鉄で作った物は高すぎて売れねえから商売には使えない。それにもう一つ、この純鉄はその性質上、武器や防具を作るのに向いていない」
「えっ、それはどうして?」
純鉄の価値が高すぎて、商品にしても売れないのは分かる。商品の値段とは簡単に言うと、素材の原価、それを加工して商品にする加工費、それ以外の経費その他諸々を含めて決まる。だから原価が国家予算並みの純鉄を使った商品は、作ったところで高すぎて売れることは無いというのはよく分かる。
でも純鉄が武器や防具には向いてないというのはどういうことだ?
カグヅチさんの話では、純鉄は簡単には割れないし千切れなくて強靭。鉄の弱点だった水気にも強くて錆びにくいから耐久性も高いということだった。
であれば、様々な場面や環境で酷使される武器防具にとって、高い強靭さと耐久性を兼ね備えた純鉄は魅力的な素材のはずだ。
私はそう思っていたのだが、どうやらカグヅチさんは純鉄の持つもう一つの大きな特性に着目していたらしい。
「作るだけだったら可能だ。だが実用するとなると、この純鉄は柔らかすぎるんだ。武器は相手を攻撃する物で、防具は相手の攻撃から身を守る物だ。だから使用する金属は、その目的に見合った固くて丈夫な金属じゃないとダメなんだ。純鉄は強靭さと耐久性こそ高いが、柔らかすぎて叩けばすぐに曲がったり凹んだりしちまう。それじゃあ武器や防具として十全とはとても言えない」
「それじゃあ、クワトルとティンクの武器と防具も?」
カグヅチさんは首を振って、私の疑問を否定する。
「それは違う。今の話は普通だったらの話だ。ミーティアさんは俺の鬼闘術の本質に気付いているだろう?」
以前ミューダから聞いた話で、カグヅチさんが極希な鬼闘術を使える鬼人の可能性が高いのは分かっていた。そして前回取り引きを持ち掛けた時、鬼闘術の話をした際のカグヅチさんの反応を見て、それは確信に変わっていた。
「ええ。鬼人だけが使うことが出来る、肉体の性質を変化させて強化する術。でも極希に、自分の肉体以外の物質の性質にも変化を与えることが出来る『特殊な鬼闘術』を持つ鬼人が誕生することがあると、知人から聞いたことがあるわ。カグヅチさんは、その術を使える極希な鬼人なのでしょう?」
「そうだ。鬼人族ではその希な鬼闘術を『真・鬼闘術』と呼んでいる。ミーティアさんの言うとおり、普通の鬼闘術は肉体の性質を変化させる術だが、『真・鬼闘術』は他の物質の性質も変化させることができる。クワトルとティンクの武器と防具に使った純鉄には、最後の仕上げとして俺の『真・鬼闘術』で性質を変化させている。簡単に言えば、純鉄の強靭さと耐久性はそのままに、硬度を鋼以上に硬くしている。だから、武器や防具としては十全以上の性能があるから安心して良い」
「それならよかったわ」
カグヅチさんの『真・鬼闘術』はミューダの話通りの性能のようで、ぶっちゃけ言うと私の錬金術並みに常識破りの術だった。
しかしそれよりも、私はカグヅチさんの評価の方が興味深かった。
私はカグヅチさんの言うところの『完全金属』、つまり純度100%の金属なんて錬金術で簡単に作ることができる。そしてその性質も解析できる。なので本来なら、カグヅチさんの評価を聞かなくても純鉄の性質は知っていたし、その希少性の高さも予想していた。
それでもあえて、カグヅチさんからわざわざ評価を聞いたのには理由がある。それは研究者の私の視点では気づけない『何か』が、鍛冶師の視点にあるかもしれないと思ったからだ。
そしてその考えは、正解だった。
錬金術なら様々な合金なんて簡単に作れる。そこには、今ある技術では合成不可能な合金も含まれる。そして、その性質も簡単に解析できる。
しかし、その合金がどういった物を作るのに向いているかなんて私には分からない。そもそも錬金術を発展させようと研究をしている私にとって、研究中の過程でできた副産物に興味が出るわけもなく、何に使えそうかなんて考えたことすらなかった。
それは、副産物を屋敷の倉庫の奥に雑に仕舞っていることからも窺い知れると思う。
そもそもそういった素材でどんな物が作れるかを考えるのは、錬金術師という『研究者』より、鍛冶師という『技術者』の方が圧倒的に向いているというのは考えるまでもなく明らかだろう。
だからこうしてカグヅチさんの説明を聞いて、職人目線で普通の鉄と純鉄の比較が出来たのは、今後の計画に向けて本当にいい収穫だった。
「それじゃあ、これは約束のお礼よ」
私は馬車から降ろしたパンパンに膨れた二つの袋を、カグヅチさんに手渡した。
袋の中身は上質の鉄と魔石で、見ての通りそれぞれ大量に入っている。これはカグヅチさんと取り引きの話をした時に約束していた素材だ。
袋を受け取ったカグヅチさんは袋の口を開けて中身を確認する。
「確かに受け取ったぜ」
「残りは店の脇に停めてる馬車の中にあるから、好きなだけ持っていってね」
私はそう言って外を指差す。
「了解だ。あとで確認するぜ」
(よしっ、これで馬車から荷物を降ろす肉体労働をしなくて済むわ!)
私は心の中でガッツポーズを決めた。
「あ、そうだ。今回の取り引きだけど、正式な契約書を作りたいから、後で一緒に商人組合に来てくれないかしら?」
契約書とは商人組合に所属する商人が取り引きをする際に作成する書面だ。取り引き自体は契約書を作成しなくても問題なくできるのだが、長期的な取り引きになる場合は契約書を作成しておいた方がいい。
というのも、長期的な取り引きになればその取り引きに旨味を見つけた他の商人が、自分もその旨味を味わおうと多重契約を持ち掛けることがあるのだ。そんな時に契約書があれば、他の商人がいくら取り引きを持ちかけて来ようと突っぱねる事が出来る。
つまり契約書は「この相手と取り引きをしているのは自分だから手を出すな」と言っているのと同義で、他の商人に対しての牽制材料になるのだ。
カグヅチさんも鍛冶師とはいえ店を持つ商売人なので契約書のことは当然知っていて、私が契約書を作ろうとしている真意を理解して二つ返事で了承してくれた。
(……商人証明書を貰った時、オリヴィエから教えて貰った『商人としてのノウハウ』が早速役に立ったわ。ありがとう、オリヴィエ!)
そうして話がまとまった丁度そのタイミングで、新しい装備に着替えたクワトルとティンクが戻ってきた。
「ミーティア様! どうですか?」
嬉しそうにその場でくるくると回って、新しい装備を私に見せるティンク。
スカート部分に散りばめられた淡い紅色の花びらの刺繍が、ティンクの動きに合わせひらひらと揺れて、本当に花びらが舞っているように見える。
「すごく似合ってるわよティンク」
「ありがとうございます!」
一方クワトルの方は、最低限の部分を守るだけの防具を身に纏った「軽剣士」とでも呼ぶのに相応しい格好だった。
前の格好も同じ様な恰好だったが、違う点は鎧の輝きだ。
前の装備は鈍い銀色の金属光沢をしていて、どこにでも売ってそうな安っぽさがあった。しかし今の装備が放つ純鉄独特の美しい白銀の金属光沢は、一目見ただけで分かる高級感が漂っている。それがクワトルの立ち振舞いと合わさることで、貴族のような高貴さへと昇華していた。
「うん。クワトルもよく似合ってるわよ」
「ありがとうございます」
本当に二人ともよく似合っている。二人はこの前魔獣を倒した功績が認められ、Bランクを飛び越えてAランクハンターに昇格していた。今の装備はそれに恥じない素晴らしい出来の物だった。
「さてと、商人組合に行く前にさっさと馬車から荷物を降ろしちまうか」
「私もお手伝いしましょう」
「助かるぜ」
カグヅチとクワトルはそう言って、馬車の荷物を降ろすために店の外に出て行った。
二人の作業が終わるまでの間、私はティンクに先程のカグヅチさんの話をして時間を潰すことにした。
「俺達鍛冶師の間では、不純物を含まない純粋な金属のことを『完全金属』と呼んでいるんだが、実際そんな物は誰も作ることが出来ないから、机上の空論から生まれた架空の物質で、幻の金属とされてきた。……だが、それは幻じゃなくなった。ミーティアさんが持って来た鉄は間違いなく、不純物を含まない純度100%の純鉄、幻の完全金属だったからだ。それだけでも十分に驚きだが更に驚いたのが、この純鉄は鉄なのに鉄の常識が全く当てはまらない常識外れの代物だってことだ」
カグヅチさんはそう言って、カウンターの上に二つの鉄のインゴットを並べる。
一つは私が渡した純鉄だ。おそらく武具作りで余ったのを塊からインゴットに加工したのだろう。
そしてもう一つは普通の鉄だ。ただこっちは所々に錆が生じていて、かなりみすぼらしい風合いになっていた。
「鉄は金属類の中でも固さと柔らのバランスがとれた加工しやすい部類の金属だ。だが鉄は水気に弱くてな、湿気が多い所に置いとくとこんな風にすぐに錆びて脆くなっちまうから耐久性に難がある。しかし、ミーティアさんが持って来た純鉄はその弱点を克服している。この二つのインゴットは湿気の多い所に同じ時間一緒に置いていたんだが、普通の鉄はこの通り錆びちまった。だが、純鉄の方には全く錆ができなかった」
カグヅチさんは二つのインゴットを手に取りながら、普通の鉄と純鉄の違いを説明する。
「純鉄はこれだけでも十分凄いが、さらに凄いのはその柔らかさだ」
そう言うとカグヅチさんはおもむろにハンマーを取り出して、二つのインゴットをそれぞれ力強く叩き始める。鉄とハンマーがぶつかり合うことで、カンカンという金属音が店の中に響いた。
数回ハンマーを叩きつけられた二つのインゴットは、見事に変形していた。しかし同じ強さで同じ回数叩いたのに、普通の鉄と純鉄では変形の仕方に明らかな違いがでていた。
「元々金属の中でも鉄は適度な柔らかさはあるが、純鉄はそれよりもさらに柔らかい。だから同じ回数、同じ力で叩いても変形の仕方にこうして違いが出るんだ」
普通の鉄のインゴットは叩かれた部分が凹み、錆びて脆くなっていた部分からヒビが走っていて、今にも割れてしまいそうだった。
一方純鉄のインゴットは、叩かれた部分が普通の鉄より大きく凹んでいるもののヒビは入っておらず、むしろ凹んだ分だけ横方向に延びていた。
「鉄は見ての通り叩けば変形する。だがそれには勿論限界があってだな、それを越えるとヒビが入って割れてしまうんだ。でも純鉄は柔らかいから、叩いて伸ばしても簡単に割れたりはしないし千切れたりもしにくい。つまり、かなり強靭で加工しやすいってことだ」
「なるほどね」
「不純物を減らした鉄は柔らかくなるが脆くなるなんて、鍛冶師の間じゃ常識だったんだがな……。まさか不純物が無くなるとこんな特性になるとは……いや、これこそが本来の鉄の特性なんだろうなぁ」
カグヅチさんは感慨深げにそう呟いた。
「……おっと、話が逸れたな。つまるところ、この純鉄は加工し易さと鉄の弱点を克服した耐久性の高さから、汎用性がかなり高い素材だと言える。でも幻の完全金属のこの純鉄は、前にも言ったがただの塊でも国家予算に匹敵する価値がある。だから、純鉄で作った物は高すぎて売れねえから商売には使えない。それにもう一つ、この純鉄はその性質上、武器や防具を作るのに向いていない」
「えっ、それはどうして?」
純鉄の価値が高すぎて、商品にしても売れないのは分かる。商品の値段とは簡単に言うと、素材の原価、それを加工して商品にする加工費、それ以外の経費その他諸々を含めて決まる。だから原価が国家予算並みの純鉄を使った商品は、作ったところで高すぎて売れることは無いというのはよく分かる。
でも純鉄が武器や防具には向いてないというのはどういうことだ?
カグヅチさんの話では、純鉄は簡単には割れないし千切れなくて強靭。鉄の弱点だった水気にも強くて錆びにくいから耐久性も高いということだった。
であれば、様々な場面や環境で酷使される武器防具にとって、高い強靭さと耐久性を兼ね備えた純鉄は魅力的な素材のはずだ。
私はそう思っていたのだが、どうやらカグヅチさんは純鉄の持つもう一つの大きな特性に着目していたらしい。
「作るだけだったら可能だ。だが実用するとなると、この純鉄は柔らかすぎるんだ。武器は相手を攻撃する物で、防具は相手の攻撃から身を守る物だ。だから使用する金属は、その目的に見合った固くて丈夫な金属じゃないとダメなんだ。純鉄は強靭さと耐久性こそ高いが、柔らかすぎて叩けばすぐに曲がったり凹んだりしちまう。それじゃあ武器や防具として十全とはとても言えない」
「それじゃあ、クワトルとティンクの武器と防具も?」
カグヅチさんは首を振って、私の疑問を否定する。
「それは違う。今の話は普通だったらの話だ。ミーティアさんは俺の鬼闘術の本質に気付いているだろう?」
以前ミューダから聞いた話で、カグヅチさんが極希な鬼闘術を使える鬼人の可能性が高いのは分かっていた。そして前回取り引きを持ち掛けた時、鬼闘術の話をした際のカグヅチさんの反応を見て、それは確信に変わっていた。
「ええ。鬼人だけが使うことが出来る、肉体の性質を変化させて強化する術。でも極希に、自分の肉体以外の物質の性質にも変化を与えることが出来る『特殊な鬼闘術』を持つ鬼人が誕生することがあると、知人から聞いたことがあるわ。カグヅチさんは、その術を使える極希な鬼人なのでしょう?」
「そうだ。鬼人族ではその希な鬼闘術を『真・鬼闘術』と呼んでいる。ミーティアさんの言うとおり、普通の鬼闘術は肉体の性質を変化させる術だが、『真・鬼闘術』は他の物質の性質も変化させることができる。クワトルとティンクの武器と防具に使った純鉄には、最後の仕上げとして俺の『真・鬼闘術』で性質を変化させている。簡単に言えば、純鉄の強靭さと耐久性はそのままに、硬度を鋼以上に硬くしている。だから、武器や防具としては十全以上の性能があるから安心して良い」
「それならよかったわ」
カグヅチさんの『真・鬼闘術』はミューダの話通りの性能のようで、ぶっちゃけ言うと私の錬金術並みに常識破りの術だった。
しかしそれよりも、私はカグヅチさんの評価の方が興味深かった。
私はカグヅチさんの言うところの『完全金属』、つまり純度100%の金属なんて錬金術で簡単に作ることができる。そしてその性質も解析できる。なので本来なら、カグヅチさんの評価を聞かなくても純鉄の性質は知っていたし、その希少性の高さも予想していた。
それでもあえて、カグヅチさんからわざわざ評価を聞いたのには理由がある。それは研究者の私の視点では気づけない『何か』が、鍛冶師の視点にあるかもしれないと思ったからだ。
そしてその考えは、正解だった。
錬金術なら様々な合金なんて簡単に作れる。そこには、今ある技術では合成不可能な合金も含まれる。そして、その性質も簡単に解析できる。
しかし、その合金がどういった物を作るのに向いているかなんて私には分からない。そもそも錬金術を発展させようと研究をしている私にとって、研究中の過程でできた副産物に興味が出るわけもなく、何に使えそうかなんて考えたことすらなかった。
それは、副産物を屋敷の倉庫の奥に雑に仕舞っていることからも窺い知れると思う。
そもそもそういった素材でどんな物が作れるかを考えるのは、錬金術師という『研究者』より、鍛冶師という『技術者』の方が圧倒的に向いているというのは考えるまでもなく明らかだろう。
だからこうしてカグヅチさんの説明を聞いて、職人目線で普通の鉄と純鉄の比較が出来たのは、今後の計画に向けて本当にいい収穫だった。
「それじゃあ、これは約束のお礼よ」
私は馬車から降ろしたパンパンに膨れた二つの袋を、カグヅチさんに手渡した。
袋の中身は上質の鉄と魔石で、見ての通りそれぞれ大量に入っている。これはカグヅチさんと取り引きの話をした時に約束していた素材だ。
袋を受け取ったカグヅチさんは袋の口を開けて中身を確認する。
「確かに受け取ったぜ」
「残りは店の脇に停めてる馬車の中にあるから、好きなだけ持っていってね」
私はそう言って外を指差す。
「了解だ。あとで確認するぜ」
(よしっ、これで馬車から荷物を降ろす肉体労働をしなくて済むわ!)
私は心の中でガッツポーズを決めた。
「あ、そうだ。今回の取り引きだけど、正式な契約書を作りたいから、後で一緒に商人組合に来てくれないかしら?」
契約書とは商人組合に所属する商人が取り引きをする際に作成する書面だ。取り引き自体は契約書を作成しなくても問題なくできるのだが、長期的な取り引きになる場合は契約書を作成しておいた方がいい。
というのも、長期的な取り引きになればその取り引きに旨味を見つけた他の商人が、自分もその旨味を味わおうと多重契約を持ち掛けることがあるのだ。そんな時に契約書があれば、他の商人がいくら取り引きを持ちかけて来ようと突っぱねる事が出来る。
つまり契約書は「この相手と取り引きをしているのは自分だから手を出すな」と言っているのと同義で、他の商人に対しての牽制材料になるのだ。
カグヅチさんも鍛冶師とはいえ店を持つ商売人なので契約書のことは当然知っていて、私が契約書を作ろうとしている真意を理解して二つ返事で了承してくれた。
(……商人証明書を貰った時、オリヴィエから教えて貰った『商人としてのノウハウ』が早速役に立ったわ。ありがとう、オリヴィエ!)
そうして話がまとまった丁度そのタイミングで、新しい装備に着替えたクワトルとティンクが戻ってきた。
「ミーティア様! どうですか?」
嬉しそうにその場でくるくると回って、新しい装備を私に見せるティンク。
スカート部分に散りばめられた淡い紅色の花びらの刺繍が、ティンクの動きに合わせひらひらと揺れて、本当に花びらが舞っているように見える。
「すごく似合ってるわよティンク」
「ありがとうございます!」
一方クワトルの方は、最低限の部分を守るだけの防具を身に纏った「軽剣士」とでも呼ぶのに相応しい格好だった。
前の格好も同じ様な恰好だったが、違う点は鎧の輝きだ。
前の装備は鈍い銀色の金属光沢をしていて、どこにでも売ってそうな安っぽさがあった。しかし今の装備が放つ純鉄独特の美しい白銀の金属光沢は、一目見ただけで分かる高級感が漂っている。それがクワトルの立ち振舞いと合わさることで、貴族のような高貴さへと昇華していた。
「うん。クワトルもよく似合ってるわよ」
「ありがとうございます」
本当に二人ともよく似合っている。二人はこの前魔獣を倒した功績が認められ、Bランクを飛び越えてAランクハンターに昇格していた。今の装備はそれに恥じない素晴らしい出来の物だった。
「さてと、商人組合に行く前にさっさと馬車から荷物を降ろしちまうか」
「私もお手伝いしましょう」
「助かるぜ」
カグヅチとクワトルはそう言って、馬車の荷物を降ろすために店の外に出て行った。
二人の作業が終わるまでの間、私はティンクに先程のカグヅチさんの話をして時間を潰すことにした。