残酷な描写あり
幕間3-1.八柱協議1
「では、よろしく頼みましたぞ」
刀を預けたイワンは、カグヅチに別れを告げる。刀の調整には一週間程かかるとのことで、その間は予備の刀を借りることになった。
カグヅチと別れたイワンは、貿易都市中央の『管理区画』に戻るため路地を進む。
カグヅチの店の周辺の路地は元々人の通りが少ないのだが、今日はそれに拍車をかけたようにイワン以外の人の姿は皆無だった。
「……“隠者”、いますかな?」
誰に聞こえるでもない小さな声で虚空に問いかけるイワン。周りに人っ子一人いないので、返事など返ってくるはずがないのだが――。
「――どうした、“陽炎”?」
有り得ないはずの返事が返ってきた。
だが、声は聞こえても、“隠者”の姿はどこにもない。周りを見渡してもやはりいない。しかし、声はイワンのかなり近い位置から聞こえてきた。
イワンはちらりと足元から伸びる自分の影を見る。
太陽によって写し出された影は、一見すれば何もおかしな所はない普通の影だ。だがよく見てみると、影が時折一瞬だけノイズが入ったように揺らめいていた。
「そこにいましたか、“隠者”」
グニャリと影が歪むと、影のシルエットがイワンのそれとは違うものに変化した。声の主、“隠者”はイワンの影の中にいた。
“隠者”は影の中を自由に移動できる能力を持っていて、それを活かした諜報活動を得意としている。セレスティア達を監視しているのも彼である。
「俺はいつでも何処にでもいる。……それで、何の用だ?」
「まだ八柱全員が貿易都市にいてますな? 皆に至急会議室に集まるよう召集をかけてください。緊急案件があります」
「ッ!? ――分かった、すぐ全員に会議室に集まるよう伝えよう」
八柱の中にも各メンバーの序列というものが存在する。といっても実際は全員が同列であり、序列は形式的なものでしかなく有って無い様なものだ。しかし人は瞬発的な判断を必要とする場合、序列の頂点の人が最終決定をすることで、物事を素早くかつ効率的に決める事が出来るものだ。そして、八柱でその最終決定を担う序列の頂点に立つのが、“陽炎”の称号を持つイワンなのである。
そんなイワンが緊急案件ですぐに全員集めろと言うのだから、それがどれだけ重大な事なのかを理解できない者は八柱にいない。だから“隠者”はイワンに緊急案件の内容を問うたりせず、すぐに行動に移そうとした。
だが、そんな“隠者”をイワンは呼び止めた。
「待つのですぞ“隠者”! もう一つ、お主に伝える事があります」
「……なんだ?」
「ミーティアと他四人の監視を、今すぐ中止するのですぞ」
「な、何故だ!?」
「その理由は、会議で詳しく話しますぞ。とにかく、監視は今すぐ中止。そして、八柱の全員に会議室に集まるよう急いで伝えてください! 儂も今からすぐに会議室に向かいますぞ」
「……分かった。“陽炎”がそう言うなら、それに従おう」
“隠者”がそう言った次の瞬間、影が再びグニャリと歪み、イワンのシルエットをした元の影へと形を戻した。
どうやら、“隠者”は行ったようだ。
イワンはそれを見届けると、駆け足で中央塔へと走って向かった。
貿易都市を経営する8人からなる組織、通称『八柱』。
彼等は貿易都市の様々な決定権を持っている、貿易都市の最高権力者である。
そんな彼等が会合する会議室は、貿易都市のシンボルである『中央搭』の地下に存在する。しかし、そこに至る道は八柱以外で知る者はいない。
何故ならその会議室は全面が壁に覆われており、扉という物が存在しないのだ。つまり、その会議室に行く物理的な道は存在せず、完全な密室になっている。
ではどうやってその会議室に入るかだが、それには八柱だけが所有する特別な指輪と、それに対応した装置が必要になる。だから、八柱以外の人物が会議室に入ることは実質的に不可能なのである。
会議室の中心には大きな丸テーブルと8脚の上質な椅子が設置されていて、天井からぶら下がる魔石式の大きなシャンデリアが、密室の会議室全体と集まった8人を明るく照らしていた。
貿易都市警備隊・総隊長、“陽炎のイワン”。
労働組合職員、“智星のメール”。
案内所受付嬢、“見透しのベル”。
黒ずくめの男、“隠者のツキカゲ”。
ブロキュオン帝国宰相、“妖艶のメルキー”。
プアボム公国宰相、“並立のラルセット”。
ムーア王国宰相、“冷然のカンディ”。
サピエル法国宰相、“忠国のパンドラ”。
以上が、八柱のメンバー8人だ。
「これより、緊急の八柱協議を始めます。まずは、急な呼び出しにも関わらず、迅速に全員が集まってくれたことに感謝しますぞ」
そう言って、今回の召集をかけた“陽炎”が、軽く頭を下げる。
「緊急案件というのは他でもありません。例の『ミーティア一行』の件で新情報を掴みましたので、早急に皆に伝えるために集まってもらったのですぞ」
“陽炎”の言葉に会議室がざわついた。
会話した相手の心を見透す能力を持っている“見透し”の能力が通じなかった、自らを商人と名乗る謎の人物『ミーティア』。
八柱はミーティアと、ミーティアと一緒にいた他四人を危険視し、彼女達について色々調べてみたが、ミーティア達の過去の一つも見つけることが出来ず、情報といえば貿易都市に来てからの事しか分からなかった。
そんな中、“陽炎”が新しい情報を掴んだと言う。それを元にすれば、ミーティア達の今後の対策を立てれるかもしれないのだ。いやが上にも期待は高まるというものだった。
「今日儂は愛刀のメンテナンスを親友のカグヅチに頼みに行ったのですが、そこで偶然ミーティアとクワトルとティンクの3人に出会いました。カグヅチとミーティア達は商人組合に行くところだったと言うので、理由を付けて儂もそれに同行させてもらったのですぞ。そしてその時に、商人組合・組合長のゼウェンがミーティアの商人証明書を調べてくれました。……その結果、ミーティアの商人証明書は間違いなく本物で、ミーティアが商人組合に所属する正式な商人だという裏付けが取れました。――ただし、その商人証明書が発行されたのは、つい一週間程前だったそうですぞ」
“陽炎”の話に“見透し”が激しく反応した。
「一週間前ですって?! それは有り得ないわ! 私がミーティアと会った時、つまりミーティアが初めて貿易都市を訪れたと言っていたのはもう一ヵ月も前の事で、その時ミーティアは自分の事を商人だと言っていたのよ!? 辻褄が合わないわ!」
「確かに~、私と会った時も商人だと言っていたわねぇ~」
“見透し”の抗議に、“智星”も同意する。
しかしこのやり取りは、既に“陽炎”とゼウェンがやっている。質問する側から答える側に変わっただけの“陽炎”は、ゼウェンの回答をそのまま引用して二人に答えた。
「ゼウェンが言うには、おそらくミーティアは元々『地方商人』だったのではないかとのことですぞ。限られた地域の中でしか商売をしない地方商人は商人組合に所属していないので、当然商人証明書を持っていないそうですぞ。ミーティアが貿易都市に来たときはまだ地方商人で、最近になって商売の幅を広げるために商人組合に登録したと考えれば辻褄は合いますぞ」
“陽炎”のこの説明におかしな矛盾はなく、抗議をした“見透し”と“智星”を含めた全員が納得するしかなかった。
「しかし“陽炎”殿、これは確かに新しい情報だが、我々をわざわざ緊急で集めて伝える程の必要性がある情報ではないのではないですか?」
そう疑問を提示したのは、“冷然”だ。
今回のように緊急の八柱協議が開かれるのは、迅速な決定をしないといけない案件があったり、重大な情報を共有しないといけない時などの、対応に緊急を要する時のみである。
“陽炎”の情報は監視対象に関する新情報ではあったものの、内容は緊急を要するものではなく、わざわざ全員を緊急の八柱協議を開いてでも話す程のものではない。ミリニアの腕輪や伝書鳥を使った連絡手段で伝えても十分だった。
「“冷然”の言う通り、今話した情報だけなら儂も緊急で皆を集めたりはしませんぞ」
「……ということは、情報はまだあると?」
“妖艶”の問に、頷き返す“陽炎”。
「その通りですぞ。むしろこれから話すことが本題、さっきの情報はその前座に過ぎません」
これからが本題だという“陽炎”の言葉に会議室全体が、呼吸音が聴こえるほどのシンッとした静寂に包まれた。
それを見計らった様に、“陽炎”はスゥーっと息を吸って呼吸を整えてから口を開いた。
「ゼウェンの話によると、商人証明書を発行するには二通りの方法があるそうです。一つは商人組合に出向き、組合長、又は支部長から許可をもらい発行する方法。もう一つは有力者からの推薦を受け、組合長、又は支部長がそれを承認して発行する方法ですぞ。ゼウェンの調べでは、ミーティアは後者の方法で商人証明書を発行していたことが分かりました」
「という事は、ミーティアの背後には大きな権力を持つ者がいるというわけですか?」
「その通りですぞ」
“陽炎”はハッキリとそう断言し、その事実に会議室全体か再びざわめき始めた。
「その背後にいる人物とは、一体誰ですか?」
「……プアボム公国四大公の一人、オリヴィエ・マイン公爵ですぞ」
「「「「「「「なッ!?」」」」」」」
とんでもない大物の登場で、先程までのざわつきが一転、会議室は凍り付いたような静寂に変化した。
「……“並立”は、これを知っていましたか?」
プアボム公国の宰相である“並立”なら、もしかして何か知っていたのではと思い“見透し”は質問してみたが、その答えは“並立”の驚いた表情と同一だった。
「いいえ……僕も今、初めて知りました……」
「……本当のようですね」
“見透し”は念のため能力を使って“並立”の心を読んだが、“並立”が嘘を付いている様子はなかった。
それを聞いた八柱は、いよいよ困り果てる。ミーティアの背後にいた人物があまりにも厄介なのだ。
これがちょっとした権力を持つ貴族や、国家に仕える要人であれば、各国の宰相である“妖艶”、“並立”、“冷然”、“忠国”が直接動いて事情を聞き出すことは簡単だった。しかし今回の相手は国のトップで、彼等よりも立場が上の人物だ。
つまり、ミーティアは国のトップに推薦されるほどの信頼を置かれている人物ということになる。そんな人物を「怪しいから調べさせてくれ」なんて言おうものなら、それは「私は国のトップであるあなたを信用していません」と主張するのと同義であった。
そんなことはプアボム公国宰相の“並立”は素より、各国の支援で成り立っている貿易都市の最高権力者である八柱の誰であっても、言えるわけがなかった。
「……それで、今後我々はどう動くべきでしょうか?」
と、“忠国”は言ってみたものの、どうすればいいかなど“忠国”を含めた全員が理解していた。
ミーティアの背後にマイン公爵がいる以上、ミーティアに直接手を出すことはマイン公爵に対する敵対行為になりかねない。もちろん直接手を出さなくても、ミーティアを調べようと探っていることがマイン公爵の耳に触れるのもマズイ。諜報活動の一環に捉えられるかもしれないからだ。
もし、八柱の全員がミーティアの背後にマイン公爵がいることを知らずに調査していたのなら、情状酌量の余地は十分にあっただろう。しかし現状は、“陽炎”がその背後関係を知り、八柱全員がその情報を共有している。
つまり、この状況でミーティア達の調査を続行すれば、それはもう知らなかったでは済まされない。確実にマイン公爵が何かしらの制裁措置を下すことは明らかだった。
「我々が取るべき行動は、一つしかないでしょうな。現時点をもってミーティア達の調査と監視を中止し、今後彼女達への不必要な干渉も禁止するしかないですぞ。既に“隠者”にはミーティア達の監視を中止してもらっていますし、我々も接触した際は細心の注意を払って行動しましょう」
“陽炎”の意見に反対する者は、一人もいなかった。
刀を預けたイワンは、カグヅチに別れを告げる。刀の調整には一週間程かかるとのことで、その間は予備の刀を借りることになった。
カグヅチと別れたイワンは、貿易都市中央の『管理区画』に戻るため路地を進む。
カグヅチの店の周辺の路地は元々人の通りが少ないのだが、今日はそれに拍車をかけたようにイワン以外の人の姿は皆無だった。
「……“隠者”、いますかな?」
誰に聞こえるでもない小さな声で虚空に問いかけるイワン。周りに人っ子一人いないので、返事など返ってくるはずがないのだが――。
「――どうした、“陽炎”?」
有り得ないはずの返事が返ってきた。
だが、声は聞こえても、“隠者”の姿はどこにもない。周りを見渡してもやはりいない。しかし、声はイワンのかなり近い位置から聞こえてきた。
イワンはちらりと足元から伸びる自分の影を見る。
太陽によって写し出された影は、一見すれば何もおかしな所はない普通の影だ。だがよく見てみると、影が時折一瞬だけノイズが入ったように揺らめいていた。
「そこにいましたか、“隠者”」
グニャリと影が歪むと、影のシルエットがイワンのそれとは違うものに変化した。声の主、“隠者”はイワンの影の中にいた。
“隠者”は影の中を自由に移動できる能力を持っていて、それを活かした諜報活動を得意としている。セレスティア達を監視しているのも彼である。
「俺はいつでも何処にでもいる。……それで、何の用だ?」
「まだ八柱全員が貿易都市にいてますな? 皆に至急会議室に集まるよう召集をかけてください。緊急案件があります」
「ッ!? ――分かった、すぐ全員に会議室に集まるよう伝えよう」
八柱の中にも各メンバーの序列というものが存在する。といっても実際は全員が同列であり、序列は形式的なものでしかなく有って無い様なものだ。しかし人は瞬発的な判断を必要とする場合、序列の頂点の人が最終決定をすることで、物事を素早くかつ効率的に決める事が出来るものだ。そして、八柱でその最終決定を担う序列の頂点に立つのが、“陽炎”の称号を持つイワンなのである。
そんなイワンが緊急案件ですぐに全員集めろと言うのだから、それがどれだけ重大な事なのかを理解できない者は八柱にいない。だから“隠者”はイワンに緊急案件の内容を問うたりせず、すぐに行動に移そうとした。
だが、そんな“隠者”をイワンは呼び止めた。
「待つのですぞ“隠者”! もう一つ、お主に伝える事があります」
「……なんだ?」
「ミーティアと他四人の監視を、今すぐ中止するのですぞ」
「な、何故だ!?」
「その理由は、会議で詳しく話しますぞ。とにかく、監視は今すぐ中止。そして、八柱の全員に会議室に集まるよう急いで伝えてください! 儂も今からすぐに会議室に向かいますぞ」
「……分かった。“陽炎”がそう言うなら、それに従おう」
“隠者”がそう言った次の瞬間、影が再びグニャリと歪み、イワンのシルエットをした元の影へと形を戻した。
どうやら、“隠者”は行ったようだ。
イワンはそれを見届けると、駆け足で中央塔へと走って向かった。
貿易都市を経営する8人からなる組織、通称『八柱』。
彼等は貿易都市の様々な決定権を持っている、貿易都市の最高権力者である。
そんな彼等が会合する会議室は、貿易都市のシンボルである『中央搭』の地下に存在する。しかし、そこに至る道は八柱以外で知る者はいない。
何故ならその会議室は全面が壁に覆われており、扉という物が存在しないのだ。つまり、その会議室に行く物理的な道は存在せず、完全な密室になっている。
ではどうやってその会議室に入るかだが、それには八柱だけが所有する特別な指輪と、それに対応した装置が必要になる。だから、八柱以外の人物が会議室に入ることは実質的に不可能なのである。
会議室の中心には大きな丸テーブルと8脚の上質な椅子が設置されていて、天井からぶら下がる魔石式の大きなシャンデリアが、密室の会議室全体と集まった8人を明るく照らしていた。
貿易都市警備隊・総隊長、“陽炎のイワン”。
労働組合職員、“智星のメール”。
案内所受付嬢、“見透しのベル”。
黒ずくめの男、“隠者のツキカゲ”。
ブロキュオン帝国宰相、“妖艶のメルキー”。
プアボム公国宰相、“並立のラルセット”。
ムーア王国宰相、“冷然のカンディ”。
サピエル法国宰相、“忠国のパンドラ”。
以上が、八柱のメンバー8人だ。
「これより、緊急の八柱協議を始めます。まずは、急な呼び出しにも関わらず、迅速に全員が集まってくれたことに感謝しますぞ」
そう言って、今回の召集をかけた“陽炎”が、軽く頭を下げる。
「緊急案件というのは他でもありません。例の『ミーティア一行』の件で新情報を掴みましたので、早急に皆に伝えるために集まってもらったのですぞ」
“陽炎”の言葉に会議室がざわついた。
会話した相手の心を見透す能力を持っている“見透し”の能力が通じなかった、自らを商人と名乗る謎の人物『ミーティア』。
八柱はミーティアと、ミーティアと一緒にいた他四人を危険視し、彼女達について色々調べてみたが、ミーティア達の過去の一つも見つけることが出来ず、情報といえば貿易都市に来てからの事しか分からなかった。
そんな中、“陽炎”が新しい情報を掴んだと言う。それを元にすれば、ミーティア達の今後の対策を立てれるかもしれないのだ。いやが上にも期待は高まるというものだった。
「今日儂は愛刀のメンテナンスを親友のカグヅチに頼みに行ったのですが、そこで偶然ミーティアとクワトルとティンクの3人に出会いました。カグヅチとミーティア達は商人組合に行くところだったと言うので、理由を付けて儂もそれに同行させてもらったのですぞ。そしてその時に、商人組合・組合長のゼウェンがミーティアの商人証明書を調べてくれました。……その結果、ミーティアの商人証明書は間違いなく本物で、ミーティアが商人組合に所属する正式な商人だという裏付けが取れました。――ただし、その商人証明書が発行されたのは、つい一週間程前だったそうですぞ」
“陽炎”の話に“見透し”が激しく反応した。
「一週間前ですって?! それは有り得ないわ! 私がミーティアと会った時、つまりミーティアが初めて貿易都市を訪れたと言っていたのはもう一ヵ月も前の事で、その時ミーティアは自分の事を商人だと言っていたのよ!? 辻褄が合わないわ!」
「確かに~、私と会った時も商人だと言っていたわねぇ~」
“見透し”の抗議に、“智星”も同意する。
しかしこのやり取りは、既に“陽炎”とゼウェンがやっている。質問する側から答える側に変わっただけの“陽炎”は、ゼウェンの回答をそのまま引用して二人に答えた。
「ゼウェンが言うには、おそらくミーティアは元々『地方商人』だったのではないかとのことですぞ。限られた地域の中でしか商売をしない地方商人は商人組合に所属していないので、当然商人証明書を持っていないそうですぞ。ミーティアが貿易都市に来たときはまだ地方商人で、最近になって商売の幅を広げるために商人組合に登録したと考えれば辻褄は合いますぞ」
“陽炎”のこの説明におかしな矛盾はなく、抗議をした“見透し”と“智星”を含めた全員が納得するしかなかった。
「しかし“陽炎”殿、これは確かに新しい情報だが、我々をわざわざ緊急で集めて伝える程の必要性がある情報ではないのではないですか?」
そう疑問を提示したのは、“冷然”だ。
今回のように緊急の八柱協議が開かれるのは、迅速な決定をしないといけない案件があったり、重大な情報を共有しないといけない時などの、対応に緊急を要する時のみである。
“陽炎”の情報は監視対象に関する新情報ではあったものの、内容は緊急を要するものではなく、わざわざ全員を緊急の八柱協議を開いてでも話す程のものではない。ミリニアの腕輪や伝書鳥を使った連絡手段で伝えても十分だった。
「“冷然”の言う通り、今話した情報だけなら儂も緊急で皆を集めたりはしませんぞ」
「……ということは、情報はまだあると?」
“妖艶”の問に、頷き返す“陽炎”。
「その通りですぞ。むしろこれから話すことが本題、さっきの情報はその前座に過ぎません」
これからが本題だという“陽炎”の言葉に会議室全体が、呼吸音が聴こえるほどのシンッとした静寂に包まれた。
それを見計らった様に、“陽炎”はスゥーっと息を吸って呼吸を整えてから口を開いた。
「ゼウェンの話によると、商人証明書を発行するには二通りの方法があるそうです。一つは商人組合に出向き、組合長、又は支部長から許可をもらい発行する方法。もう一つは有力者からの推薦を受け、組合長、又は支部長がそれを承認して発行する方法ですぞ。ゼウェンの調べでは、ミーティアは後者の方法で商人証明書を発行していたことが分かりました」
「という事は、ミーティアの背後には大きな権力を持つ者がいるというわけですか?」
「その通りですぞ」
“陽炎”はハッキリとそう断言し、その事実に会議室全体か再びざわめき始めた。
「その背後にいる人物とは、一体誰ですか?」
「……プアボム公国四大公の一人、オリヴィエ・マイン公爵ですぞ」
「「「「「「「なッ!?」」」」」」」
とんでもない大物の登場で、先程までのざわつきが一転、会議室は凍り付いたような静寂に変化した。
「……“並立”は、これを知っていましたか?」
プアボム公国の宰相である“並立”なら、もしかして何か知っていたのではと思い“見透し”は質問してみたが、その答えは“並立”の驚いた表情と同一だった。
「いいえ……僕も今、初めて知りました……」
「……本当のようですね」
“見透し”は念のため能力を使って“並立”の心を読んだが、“並立”が嘘を付いている様子はなかった。
それを聞いた八柱は、いよいよ困り果てる。ミーティアの背後にいた人物があまりにも厄介なのだ。
これがちょっとした権力を持つ貴族や、国家に仕える要人であれば、各国の宰相である“妖艶”、“並立”、“冷然”、“忠国”が直接動いて事情を聞き出すことは簡単だった。しかし今回の相手は国のトップで、彼等よりも立場が上の人物だ。
つまり、ミーティアは国のトップに推薦されるほどの信頼を置かれている人物ということになる。そんな人物を「怪しいから調べさせてくれ」なんて言おうものなら、それは「私は国のトップであるあなたを信用していません」と主張するのと同義であった。
そんなことはプアボム公国宰相の“並立”は素より、各国の支援で成り立っている貿易都市の最高権力者である八柱の誰であっても、言えるわけがなかった。
「……それで、今後我々はどう動くべきでしょうか?」
と、“忠国”は言ってみたものの、どうすればいいかなど“忠国”を含めた全員が理解していた。
ミーティアの背後にマイン公爵がいる以上、ミーティアに直接手を出すことはマイン公爵に対する敵対行為になりかねない。もちろん直接手を出さなくても、ミーティアを調べようと探っていることがマイン公爵の耳に触れるのもマズイ。諜報活動の一環に捉えられるかもしれないからだ。
もし、八柱の全員がミーティアの背後にマイン公爵がいることを知らずに調査していたのなら、情状酌量の余地は十分にあっただろう。しかし現状は、“陽炎”がその背後関係を知り、八柱全員がその情報を共有している。
つまり、この状況でミーティア達の調査を続行すれば、それはもう知らなかったでは済まされない。確実にマイン公爵が何かしらの制裁措置を下すことは明らかだった。
「我々が取るべき行動は、一つしかないでしょうな。現時点をもってミーティア達の調査と監視を中止し、今後彼女達への不必要な干渉も禁止するしかないですぞ。既に“隠者”にはミーティア達の監視を中止してもらっていますし、我々も接触した際は細心の注意を払って行動しましょう」
“陽炎”の意見に反対する者は、一人もいなかった。