残酷な描写あり
56.それぞれの日々・サムス編3
その日の夜、一日の仕事が終了し全員が帰宅した書庫に僕一人だけが残っていた。
僕だけまだ帰宅していないのは、全員分の明日の仕事を調節するためだ。これはこの仕事の責任者である僕の役目だ。だから僕は、いつも毎日こうして最後まで残って仕事をしている。流石に4日目ともなれば慣れたもので、それほど時間も掛からずパパッと調節を済ませる。これで僕も今日の仕事が終わった。
……ここからは、僕の個人的私用の時間だ。
僕はいつも通り書庫の入口の鍵を内側から閉めて、書庫に誰も入れないようにする。それから魔石ランプを持って書庫の奥へと進み、資料保管エリアを抜けた所にある階段を下りる。その先にある書類保管エリアに目もくれず更に奥に進むと、目の前に『物品保管エリア』と書かれた扉が現れた。
物品保管エリアとは、重要機密の物や貴重品などが保管されている書庫にあるエリアの一つだ。保管されている品の関係上、このエリアの入口は『施錠魔術』によって厳重に閉じられており、施錠魔術を解除する術式を組み込んだ特別な鍵を使わない限り、立ち入ることは出来ない。
その特別な鍵は貿易都市の上層部から許可が下りないと手に入れることが出来ない代物で、八柱からマークされている僕に許可が下りる訳ないので、僕は当然そんな物持っていない。
……だが、そんな事は僕には関係ない。
「……解析開始!」
僕は扉に手を触れて魔術を発動させる。発動させた魔術は『解析魔術』という魔術で、名前の通り魔術の術式を細かく紐解く魔術だ。
解析魔術は訓練次第で誰でも習得可能な魔術なのだが、基本的には基礎魔術の取得に使う以外に需要が無い。その理由は、人としての処理能力の限界にある。
基礎魔術程度であれば術式は長い時代を経て簡約にされてきたので子供の処理能力でも十分に対応可能なのだが、少しでも術式が複雑になると情報量が鼠算式に増えていくので、人の処理能力では対応不可能になり、最終的には脳が耐え切れず気絶する結果に終息する。
施錠魔術を特別な鍵以外で開けるには、施錠魔術を解析して解除するしかない。だが、施錠魔術の術式は複雑怪奇なので、解析しようとした瞬間に膨大な情報量が脳を襲い、脳が一瞬でオーバーフローして確実に気絶する。だから施錠魔術を解析することは不可能なのだ。……僕以外ではね。
僕はセレスティア様に特別なゴーレム化を施してもらっているので、生物が必ず備えている枷が外れている状態だ。それに伴って脳の処理能力が大幅に向上しているので、施錠魔術を解析するぐらいで気絶したりはしない。
それにこの作業は今日で4回目だ。4回もしたら慣れたもので、一分も掛からずに術式の解析が完了し、術式を操作して鍵を開ける。
カチャリ――。
鍵の外れる小さな音が、静かな書庫の中に木霊する。僕はそのまま扉を開けて、躊躇うことなく中に侵入する。
物品保管エリアの中には天井まで届く大きな棚が所狭しと並び、保管されている数多くの物品が魔石ランプの灯りを妖しく反射していた。
僕は書庫整理の仕事を始めてから、毎日ここに忍び込んでいる。その目的は、八柱の調査と貿易都市の裏情報の収集だ。
八柱とは、貿易都市を経営する組織のことだ。その八柱は訳あって、僕達の素性を探ろうとしている。正直言って、一方的に探られているというこの状況、実に不公平だ!
だから僕は仕返しの意味を込めて、こうして八柱の手がかりがありそうな物品保管エリアを調べているのだ。成果については……まぁ、聞かないでほしい……。
しかし今日に関して言えば、少々目的が違う。僕は懐から丸めた紙を取り出し、書かれている内容を見直す。
「悪魔の本……」
この紙に書いてあるのは、あの古びた羊皮紙に書かれていた文章を転写したものだ。
悪魔の本という響き……僕の知的好奇心をくすぐるのに十分だった。一体どういった代物で、どのような力を持ち、どんな理由でそんな名前で呼ばれているのか非常に興味がある。
今のところ八柱や貿易都市の裏側について、全く情報を見つけられず鬱憤だけが溜まっていた。これは丁度いい気分転換になると思った。それに探し物は、忘れた頃に見つかるものだ!
……なんていう安直な理由付けで自分を納得させ、悪魔の本探しを正当化してから捜索を開始する。
捜索と言ってみたが、ここに来るのもこれで4日目になり、前日までの3日間で入り口付近の捜索は完了していた。そして悪魔の本らしきものは、そこにはなかったと記憶している。
それもそうだ。悪魔の本などというあからさまに危険そうな物を、人の出入りが一番多い入り口近くに保管しているわけがない。こういう物は大抵、入り口から一番遠くて人が来にくい最奥に保管しているのが定番だ。
というわけで、僕は奥の方から捜索することにした。
「…………おかしいですね」
奥の棚を慎重に捜索してみたが、そこに保管されていた物に、本らしき物は一つも見当たらなかった。
「予想が外れましたか……もしかして、隠し扉的な物があるとか?」
棚の裏に隠し扉がある。僕が読んでいた創作物では、こういう場面で度々登場するお約束だ。ここにもそんなお約束に漏れない物があるかもしれないと思い、壁際の棚を一通り調べてみたが、特にそれらしい仕掛けや痕跡は見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。
「まずいですね……。誰かに叱られるわけではありませんが、今日も成果が無いとなると、流石に凹むものがあります……」
もしかして入口から遠い場所にあるというのは、深読みだったのかもしれない。物品保管エリアはかなりの広さがあり、捜索出来ていない箇所はまだまだ沢山残っている。そこに悪魔の本がある可能性は現段階では高いかもしれない……。
「ここにはあまり長居はできませんし、とりあえず今は調べていない所から調べるしかありませんね……」
そう判断して、未捜索の場所を調べに行こうと足を動かした。その時――。
ミシッ。
「ん?」
踏んだ床の軋む音が耳に入る。普通だったら気にも留めない音なのだが、今の音は普通とは少し違う不自然な音だった。それに、踏んだ時の感触も違和感があった。
僕は確かめるように何度も繰り返し、その場所を色々な力加減で踏んでみる。
ミシッ、ミッシィッ、ミィィシィィッ――。
……やっぱり、この部分だけが軋みが他の場所より大きい。
「まさか……解析!」
僕はその怪しい床の部分に手をつき、解析魔術を発動させる。
「……!? やっぱり、そういうことですか!」
解析の結果、この床には二つの魔術が施されていることが分かった。
一つは『認識阻害』の魔術、そしてもう一つは『認識誤認』の魔術だ。
認識阻害は対象を認識できないようにする魔術で、認識誤認は対象を別の物として認識させる魔術だ。
この二つの魔術がこの床に施されているここには、まず間違いなく隠しておきたい何かがあるという事だ。
僕はすぐに解析したこの二つの魔術を解除する。魔術が解除された瞬間、床だった場所が扉に姿を変えた。……いや、正確には「戻った」と言うべきだろう。
扉を開ける前にトラップがあるかもと思い念のために追加で調べてみたが、幸いな事にトラップの類いは設置されていないようだった。
安全を確認してから扉を開けて魔石ランプで中を照らすと、そこには地下へと続く階段があった。階段の先は魔石ランプの灯りでも照らすことができないくらいで、どれだけ深くまで伸びているのかすら想像もできない。
「……どうやら当たりのようですね。さて、この先は何処に繋がっているのでしょうか?」
僕は意を決し、奈落に通じる雰囲気の漂う階段を一歩ずつ、慎重に降りて行く。
僕だけまだ帰宅していないのは、全員分の明日の仕事を調節するためだ。これはこの仕事の責任者である僕の役目だ。だから僕は、いつも毎日こうして最後まで残って仕事をしている。流石に4日目ともなれば慣れたもので、それほど時間も掛からずパパッと調節を済ませる。これで僕も今日の仕事が終わった。
……ここからは、僕の個人的私用の時間だ。
僕はいつも通り書庫の入口の鍵を内側から閉めて、書庫に誰も入れないようにする。それから魔石ランプを持って書庫の奥へと進み、資料保管エリアを抜けた所にある階段を下りる。その先にある書類保管エリアに目もくれず更に奥に進むと、目の前に『物品保管エリア』と書かれた扉が現れた。
物品保管エリアとは、重要機密の物や貴重品などが保管されている書庫にあるエリアの一つだ。保管されている品の関係上、このエリアの入口は『施錠魔術』によって厳重に閉じられており、施錠魔術を解除する術式を組み込んだ特別な鍵を使わない限り、立ち入ることは出来ない。
その特別な鍵は貿易都市の上層部から許可が下りないと手に入れることが出来ない代物で、八柱からマークされている僕に許可が下りる訳ないので、僕は当然そんな物持っていない。
……だが、そんな事は僕には関係ない。
「……解析開始!」
僕は扉に手を触れて魔術を発動させる。発動させた魔術は『解析魔術』という魔術で、名前の通り魔術の術式を細かく紐解く魔術だ。
解析魔術は訓練次第で誰でも習得可能な魔術なのだが、基本的には基礎魔術の取得に使う以外に需要が無い。その理由は、人としての処理能力の限界にある。
基礎魔術程度であれば術式は長い時代を経て簡約にされてきたので子供の処理能力でも十分に対応可能なのだが、少しでも術式が複雑になると情報量が鼠算式に増えていくので、人の処理能力では対応不可能になり、最終的には脳が耐え切れず気絶する結果に終息する。
施錠魔術を特別な鍵以外で開けるには、施錠魔術を解析して解除するしかない。だが、施錠魔術の術式は複雑怪奇なので、解析しようとした瞬間に膨大な情報量が脳を襲い、脳が一瞬でオーバーフローして確実に気絶する。だから施錠魔術を解析することは不可能なのだ。……僕以外ではね。
僕はセレスティア様に特別なゴーレム化を施してもらっているので、生物が必ず備えている枷が外れている状態だ。それに伴って脳の処理能力が大幅に向上しているので、施錠魔術を解析するぐらいで気絶したりはしない。
それにこの作業は今日で4回目だ。4回もしたら慣れたもので、一分も掛からずに術式の解析が完了し、術式を操作して鍵を開ける。
カチャリ――。
鍵の外れる小さな音が、静かな書庫の中に木霊する。僕はそのまま扉を開けて、躊躇うことなく中に侵入する。
物品保管エリアの中には天井まで届く大きな棚が所狭しと並び、保管されている数多くの物品が魔石ランプの灯りを妖しく反射していた。
僕は書庫整理の仕事を始めてから、毎日ここに忍び込んでいる。その目的は、八柱の調査と貿易都市の裏情報の収集だ。
八柱とは、貿易都市を経営する組織のことだ。その八柱は訳あって、僕達の素性を探ろうとしている。正直言って、一方的に探られているというこの状況、実に不公平だ!
だから僕は仕返しの意味を込めて、こうして八柱の手がかりがありそうな物品保管エリアを調べているのだ。成果については……まぁ、聞かないでほしい……。
しかし今日に関して言えば、少々目的が違う。僕は懐から丸めた紙を取り出し、書かれている内容を見直す。
「悪魔の本……」
この紙に書いてあるのは、あの古びた羊皮紙に書かれていた文章を転写したものだ。
悪魔の本という響き……僕の知的好奇心をくすぐるのに十分だった。一体どういった代物で、どのような力を持ち、どんな理由でそんな名前で呼ばれているのか非常に興味がある。
今のところ八柱や貿易都市の裏側について、全く情報を見つけられず鬱憤だけが溜まっていた。これは丁度いい気分転換になると思った。それに探し物は、忘れた頃に見つかるものだ!
……なんていう安直な理由付けで自分を納得させ、悪魔の本探しを正当化してから捜索を開始する。
捜索と言ってみたが、ここに来るのもこれで4日目になり、前日までの3日間で入り口付近の捜索は完了していた。そして悪魔の本らしきものは、そこにはなかったと記憶している。
それもそうだ。悪魔の本などというあからさまに危険そうな物を、人の出入りが一番多い入り口近くに保管しているわけがない。こういう物は大抵、入り口から一番遠くて人が来にくい最奥に保管しているのが定番だ。
というわけで、僕は奥の方から捜索することにした。
「…………おかしいですね」
奥の棚を慎重に捜索してみたが、そこに保管されていた物に、本らしき物は一つも見当たらなかった。
「予想が外れましたか……もしかして、隠し扉的な物があるとか?」
棚の裏に隠し扉がある。僕が読んでいた創作物では、こういう場面で度々登場するお約束だ。ここにもそんなお約束に漏れない物があるかもしれないと思い、壁際の棚を一通り調べてみたが、特にそれらしい仕掛けや痕跡は見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。
「まずいですね……。誰かに叱られるわけではありませんが、今日も成果が無いとなると、流石に凹むものがあります……」
もしかして入口から遠い場所にあるというのは、深読みだったのかもしれない。物品保管エリアはかなりの広さがあり、捜索出来ていない箇所はまだまだ沢山残っている。そこに悪魔の本がある可能性は現段階では高いかもしれない……。
「ここにはあまり長居はできませんし、とりあえず今は調べていない所から調べるしかありませんね……」
そう判断して、未捜索の場所を調べに行こうと足を動かした。その時――。
ミシッ。
「ん?」
踏んだ床の軋む音が耳に入る。普通だったら気にも留めない音なのだが、今の音は普通とは少し違う不自然な音だった。それに、踏んだ時の感触も違和感があった。
僕は確かめるように何度も繰り返し、その場所を色々な力加減で踏んでみる。
ミシッ、ミッシィッ、ミィィシィィッ――。
……やっぱり、この部分だけが軋みが他の場所より大きい。
「まさか……解析!」
僕はその怪しい床の部分に手をつき、解析魔術を発動させる。
「……!? やっぱり、そういうことですか!」
解析の結果、この床には二つの魔術が施されていることが分かった。
一つは『認識阻害』の魔術、そしてもう一つは『認識誤認』の魔術だ。
認識阻害は対象を認識できないようにする魔術で、認識誤認は対象を別の物として認識させる魔術だ。
この二つの魔術がこの床に施されているここには、まず間違いなく隠しておきたい何かがあるという事だ。
僕はすぐに解析したこの二つの魔術を解除する。魔術が解除された瞬間、床だった場所が扉に姿を変えた。……いや、正確には「戻った」と言うべきだろう。
扉を開ける前にトラップがあるかもと思い念のために追加で調べてみたが、幸いな事にトラップの類いは設置されていないようだった。
安全を確認してから扉を開けて魔石ランプで中を照らすと、そこには地下へと続く階段があった。階段の先は魔石ランプの灯りでも照らすことができないくらいで、どれだけ深くまで伸びているのかすら想像もできない。
「……どうやら当たりのようですね。さて、この先は何処に繋がっているのでしょうか?」
僕は意を決し、奈落に通じる雰囲気の漂う階段を一歩ずつ、慎重に降りて行く。