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作者: 山のタル
残酷な描写あり
62.それぞれの日々・クワトル&ティンク編3
 貿易都市の東の都市門から街道に出てしばらく進んだ場所、街道の両端が斜面から森に変わる境界線の辺りにクワトル達はいた。
 
「この辺りが、ワイバーンの目撃情報が一番多い場所だな」
 
 地図上の赤いばつ印を指差しながら、タイラーは周辺を見渡した。
 クワトル達が今いるこの場所は、ワイバーンの目撃地点を示す赤いばつ印が地図上で最も多く集中している場所だ。
 
「目撃者の証言では、ワイバーンは上空を飛行しているだけで、襲ってくる気配は無かったとのことでしたね」
「ああ。だが、ワイバーンは俺達人類にとって脅威になる存在だ。
 縄張り意識が強く獰猛、大きな翼で上空を飛び、固い鱗で全身を覆い、おまけに知能が高く魔術を使える個体もいるって話だ」
「今はまだ、ワイバーンはこの街道を通る人を敵と認識してないから襲ってきてないだけで、それがいつ変わってしまうのかは分からないわ」
「だからそうなる前に、俺達がワイバーンの縄張りと脅威度の調査をしなくちゃいけないんだ」
 
 今回クワトル達が受けた依頼は『ワイバーンの調査』だ。ワイバーンが街道近くの何処かに住み着いているのは、急増している目撃証言からも明らかで、事は街道の安全に関わってくる。
 安全に通行人が街道を通るためにも、ワイバーンの住処と縄張りの調査、及び個体数と脅威度の判定は急務であった。
 
「今回の依頼は調査が目的で戦いにきたわけじゃない。……が、もしワイバーンが俺達を敵と認識てして襲い掛かってきたら話は別だ。その時は俺達の全力をもって倒さなくてはならない! その心構えだけは忘れるな!」
 
 全員に向かい改めて依頼内容を確認し、意思統一を図るタイラー。
 今回の依頼は『ドラゴンテール』と『ティラミス』の合同パーティーで挑むため、ハンター歴が一番長く経験豊富なタイラーが全体のリーダーを任されるのは当然だった。
 タイラーの言葉に全員が大きな声で返事を返し、一行は森の中に足を踏み入れる。目指すは、ワイバーンの住処だ。
 
 
 
 ワイバーンは切り立った崖や峡谷の斜面に穴を掘り、そこを住処にするといわれている。
 クワトル達一行は、ワイバーンの目撃情報が一番多かった場所から最も近い峡谷を目指していた。斜面に沿って森の中をしばらく進むと、他と比べて斜面が緩やかな場所に辿り着く。
 
「ここだ。ここらか山を登るぞ」
 
 この緩やかな斜面は、ディヴィデ大山脈を登る登山道だ。
 ディヴィデ大山脈の斜面の大半は角度がキツく、とても人が登れるものではない。だがこの場所のように、斜面が緩やかな場所がいくつか存在している。そういった場所は、ディヴィデ大山脈を登る時に道として利用される。
 しかし登山道と言っても、別に人が労働力という対価を払って整地した綺麗なものではない。道は知性の欠片すら感じない酷い凸凹ばかりで、人がひとり通れるのがやっとの幅しかなく、かなりの確率で草木が通行の邪魔をする完全天然物の獣道である。
 
 鉈を持ったタイラーが草木を刈りながら先頭を歩き、その後ろをラミア、ティナ、ムゥ、ティンク、スイ、クワトルの順番で続いていく。これは前衛のタイラーとクワトルが列の前後を固め、後衛のティナ、ムゥ、ティンクが中心に集まることにより、前と後ろのどちらから敵が来ても対応できる陣形だ。
 ただしこの陣形は、左右の防御力がなく、横からの攻撃に弱い。しかし、人ひとりが通れる幅しかないこの獣道ではこの陣形しか取りようがなかった。
 
 左右からの不意打ちに注意しつつ獣道を進むクワトル一行。しかし特に何かが襲って来ることなく、無事に獣道を抜けることが出来た。
 獣道を抜けた先にあったのは、先程までの緑生い茂る森と正反対の土色の地表がむき出しになった荒涼とした険しい峡谷帯だった。
 
「着いたな」
「ここが、ワイバーンの住処がある峡谷かぁー」
「……住処がある可能性が高いだけで、まだいるかは分からないのよラミア」
「スイの言う通りだ、まだいるかは分からない。だが、油断はするな! ここから先は、後ろの森みたいに身を隠せる場所は極端に少ない、ワイバーンにとって最も有利な地形だ」
 
 ワイバーンは成体になると、体長が4メートルを超える巨体になる。しかし、その巨体とは矛盾した圧倒的なスピードで天空を自由に飛ぶことが出来る。その特徴を活かした上空からの急降下攻撃こそがワイバーンの基本的な攻撃方法だ。
 この場所の様に遮蔽物が少ない場所では、ワイバーンから隠れることも攻撃を防ぐのも難しくなる。だからこそ、ワイバーンもこのような峡谷地帯を好んで住処にしている。
 
「……どうだ、ティンク? 何か気配は感じるか?」
「ううん、ワイバーンの気配はまだ感じないよ」
 
 タイラーの質問に首を振って答えるティンク。
 ストール鉱山で魔獣の気配を事前に感じ取ったと言う話を聞いていたタイラーは、ティンクのその敏感で優秀な感覚を頼ってみたが、その感覚で探知できる範囲にはワイバーンの気配は無いようであった。
 
「そうか、ありがとうティンク。もし少しでも気配を感じたら、すぐに報告してくれ」
「わかったー!」
「これから、峡谷の奥に向かう! 当初の予定通り、ティンクはワイバーンの索敵に集中してもらい、俺達がティンクを囲うように守る陣形を組んで、ゆっくりと慎重に進むぞ!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
 
 クワトル達はタイラーの指示通りにティンクを中心にして陣形を組むと、ゆっくりと周囲の様子を確認しながら峡谷の中に足を踏み入れた。
 
 目の前に広がる峡谷は、ディヴィデ大山脈に数ある峡谷の中でも最大級の広さを誇る大峡谷だ。その絶景はどんな絵画にも勝り、額縁という小さな枠組みでは収めることすら決して不可能な、まさに大自然が作り上げた“神秘”と表現するのが適切であった。
 
(ティンク、一つ気になっている事があるのですが?)
 
 周囲の警戒を怠らないようにしつつ、始めてみる絶景を目に焼き付けていたクワトルが、ティンクに思念を飛ばす。
 
(どうしたのクワトル?)
(先程、『ワイバーンの気配はまだ感じない』と言っていましたね? ということは、この先にワイバーンがいるのは間違いないのですか?)
 
 ティンクはタイラーに聞かれた時、ハッキリと『まだ感じない』と言っていた。普通、いるかどうかが未確定な時は『気配は感じない』や、『まだ分からない』と言うのが正しい。
 クワトルにはティンクが、『この先にワイバーンがいるけど、まだ気配を感じられないほど遠い』と言っているように思えて仕方なかった。
 そして、クワトルのその予想は正しかった。
 
(うん、ワイバーンはこの先に間違いなくいるよ)
 
 あっさりと即答するティンクに、この時ばかりは流石のクワトルも頭を抱えそうになった。
 
(ティンク……因みに聞きますが、そう言い切れる根拠は何ですか?)
(さっき獣道を歩いている時、この先に向かってワイバーンが一匹空を飛んで行く気配を感じたの。だから、ワイバーンがこの先にいるのは間違いないと思うよ)
(……ティンク、次からそういう大事なことは早めに教えてください。何事も情報というのはとても大事なのです。特に、こういう集団行動の時は情報を共有できないと、一人前のハンターにはなれませんよ)
(あっ、そうだね。ありがとうクワトル! 次からは気を付けるよ!)
 
 
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