残酷な描写あり
65.それぞれの日々・クワトル&ティンク編6
時間は少し遡る――
「ワイバーンをあっさり撃ち落とすとは……何者でしょうか?」
ワイバーンと対峙している白フード集団の後方の物陰から顔を覗かせるタイラー達。
「……多分あれは、サピエル教の信徒。白いフードの背中にサピエル教の紋章があるから、間違いない」
強化した視力で状況を見ていたスイが、そう報告する。
「サピエル教、ですか?」
「行ったことないのか? ムーア王国の南にサピエル法国があるだろう? サピエル教ってのはその国の国教だ」
「サピエル教の教えは“人間至上主義”。私のような亜人やタイラーのような獣人は、サピエル法国では不浄な存在とされているわ」
「昔は亜人や獣人を頑なに受け入れない国だったが、世界大戦が終わってからは少しづつだが受け入れることはしているらしい」
タイラーとムゥがサピエル法国とサピエル教について教えてくれたが、長年屋敷勤めだったとはいえ、クワトルもそれくらいは知っていた。
クワトルの疑問はそこではなく、「何故、サピエル教の信徒がこんな場所に来てワイバーンと戦っているのか?」であった。
「あんな国、二度と行きたくないわ!」
サピエル法国の話をしていると、突然ティナがぷりぷりと怒りだした。
「……何かあったのですか?」
「……二年前に魔物討伐でサピエル法国のとある村に行ったんだが、そこでの待遇があまりにも酷くてな……」
「短気なティナがそれに切れて、魔物討伐のついでに村を半壊させたんだよなぁ~」
「それはなんとも……」
話を聞いてその事を思い出したのか、ティナが怪しいオーラを出してイライラし始めた。
「……でも、あの時のティナはカッコよかった」
「そうそう! 私もあの時ばかりはティナが真っ先に動いてくれて助かったよ~。でなきゃ私が村人を血祭りにあげてたもん!」
「普段だったらハンターとしてはもう少し自制心をつけろと言うところだが、正直に言えばスカッとした! ティナの若さが羨ましかったぜ」
「ラセツも事情を説明したら納得してくれたし、お母さんの為にティナちゃんがあそこまで本気で怒ってくれて、お母さん嬉しかったわ!」
どうやらタイラー達全員が、サピエル法国には思うところがあったらしい。ティナの暴走を褒める位だから、余程サピエル法国からの扱いが酷かったのだろうとクワトルは納得した。
ティナも家族から褒められて照れていたが、先程よりも明らかに機嫌は良くなった。
「話が逸れたな……、今はあいつらの事だ。既にワイバーンを攻撃しちまったから遅いかもしれないが、あいつらに今すぐ攻撃を止めるよう言って事情を聞き出そうと思う」
「賛成です」
「私も賛成よ。でも正直な話、あのサピエル教の信徒が私たちの話を素直に聞き入れてくれるかしら?」
ムゥの言う通りいくら相手側が悪いとはいえ、サピエル法国で騒ぎを起こしたタイラー達とまともな話が出来るとはとても思えないし、タイラー自身もそう思っていなかった。しかし、タイラーにはちゃんと考えがあった。
「大丈夫だムゥ。あいつらと話をするのは、クワトルとティンクに任せようと思ってる」
亜人や獣人であるタイラー達が先頭に立って話をしようものなら、以前のように難癖をつけられて話にならないことは火を見るより明らかだった。
そこで、人であるクワトルとティンク(二人とも見た目は人)がパーティーリーダーとしてタイラー達を率いてるということにすれば、向こうもタイラー達を無下にはしにくく話ができるはずだと、タイラーは考えた。
タイラーの説明にムゥは納得して頷き、クワトルもその方が確実性が高いと判断し、タイラーの考えに同意した。
「よし、それでいこう! じゃあクワトル、ティンク頼んだぞ!」
「任せてください!」
「………………」
ティンクからの返事がなかった。
「……ティンク?」
クワトルがティンクの方をちらりと見ると、ティンクはタイラー達ではなく、前方のサピエル教信徒とワイバーンの様子をじっと見ていた。
前方ではちょうど、サピエル教信徒のリーダーらしき人物の背後にいた10人が一斉に剣を抜いて、ワイバーンに近付こうとしているところだった。
「……ごめんクワトル、ティンクもう見てられない!」
ティンクはそう言うや否や、魔術師としては驚異的な脚力で物陰から飛び出して、クワトルの制止の言葉を置き去りにして走り出した。
駆けながら魔法陣を展開させてサピエル教信徒との距離を一気に詰めたティンクは、射程距離に入った瞬間に魔術を発動した。
「吹っ飛べええーー! 『ファイアバースト』!!」
ティンクの叫びと共に魔術が発動し、魔法陣からファイアボールよりもふたまわり程大きな炎の玉が飛び出した。
ティンクの発動した魔術、『ファイアバースト』は中級攻撃魔術に分類される魔術だ。見た目はファイアボールに似ているが、中身は全くの別物と言っていい。
ファイアボールは攻撃対象を熱で焼き燃やす魔術なのに対して、ファイアバーストは着弾後爆発して周囲を熱風で吹き飛ばす魔術である。ファイアバーストはファイアボールの様に相手を燃やすことはできないが、広範囲の敵を一掃することができるので今の状況にはピッタリの魔術だった。
走りながら打ち出された炎の玉は、通常の発射速度にティンクの走る速さが加算された通常ではあり得ない速度で飛んでいき、剣を構えていたサピエル教信徒10人の真後ろの地面に着弾して爆発した。
ドォーーン!
空気を切り裂く大きな爆発音と共に衝撃が着弾地点の地面を粉々に砕いて砂と小石に変え、爆風が剣を構えていたサピエル教信徒10人を巻き込み、砂や小石と一緒に高く高く無造作に上空に舞い上げた。
舞い上げられた10人は激しく回転し、録な受け身も取れず鈍い音を立てて地面に落下した。
「おいティンク! 何してんだお前は!?」
慌てて追いかけてきたタイラーが、急に単独行動にでたティンクを問い詰めた。
しかしティンクはタイラーの方に一切目を向けようとせず、砂煙が舞う前方を睨み付けていた。
「どうしたんだよティンク!」
「ティンク、急に飛び出すなんて一体どうしたのよ!?」
「ティンクちゃん何があったの?」
「……ティンク、勝手に動いちゃダメだよ」
タイラーから少し遅れてきたムゥ達も、ティンクの突然の行動に困惑した様子だった。
しかしそんな中でクワトルだけは長年の付き合いもあって、ティンクの様子の変化に気づいていた。
(あのティンクが、怒っている!?)
普段温厚なティンクが怒っていると言う事実に、クワトルは驚いていた。
クリクリとした小動物の様な可愛らしい丸い瞳が獲物を狙う狂暴な捕食者のように鋭く尖った目に変わり、無垢な子供の様に柔らかかった雰囲気は歴戦の強者の様に隙の無い重々しい佇まいへと変化していた。
それは最早別人と言った方が納得できるくらいに、今のティンクは普段のティンクからかけ離れ過ぎていた。
タイラー達もティンクの雰囲気が一転していることにようやく気付いたようで、別人のようになったティンクに思わずたじろいでしまった。
「何者だ! お前達は!?」
丁度その時、視界を遮断していた砂煙が晴れ、サピエル教信徒のリーダーらしき男がタイラー達に向かって叫んだ。
その声がクワトル達の意識が男の方に向いて冷静さを取り戻した。男の言葉にクワトルが手はず通りに前に出て答えた。
「私達はハンターです。ここには依頼を受けて来ました。あなた達こそ一体何者ですか? こんな場所に何をしに来たのですか?」
「ハンターだと? …………ふん、なるほどな」
男はタイラー達を見て何やら納得した様子だった。
「私はサピエル法国の神官だ。お前は知らないが、そっちの5人は知ってるぞ。以前、我らの善良なる信徒達が暮らす平穏な村を突然半壊させた不浄な集団だろう? 確か……『ティラミス』とかいうハンターパーティーだったか?」
嫌みたらしくそう言う男に、ティナのイライラがあっという間に増大し、頭に青筋を浮かべて杖を握る手に力が入る。今は父親の指示通りに動こうと意識しているので何とか耐えている状態だった。
そんなティナを落ち着かせるためにムゥがティナの横に来て、杖を握るティナの手の上にそっと自分の手を重ねる。この辺りの配慮はさすが母親であった。
「それで今度は我々の計画の邪魔をしに来た、という訳か……。ふん、やはり人成らざる者は考えが醜いな!」
「計画……?」
「それをお前たちに話す義理は無い。……それよりも、危険な魔物であるワイバーンではなく、それを討伐しに来た善良なる我々を攻撃するとは、お前たちこそ一体どういうつもりだ?」
「それは……」
クワトルが口ごもるのも無理はない。何せサピエル法国の信徒たちに攻撃したのはティンクであり、その理由もティンクからまだ聞けていないのに、クワトルが答えられる訳がなかった。
クワトルとタイラー達はティンクに説明を求め、視線を向ける。
その動きを見て男も、攻撃してきたのがさっきから黙って男をずっと睨み付けているティンクだと気が付いた。
「……なるほど、そうか。さっきの攻撃はそこの小娘がやったという訳か……。小娘、何故我々を攻撃した?」
「……簡単だよ。ティンクはそこのワイバーンを助けに来たの。だからワイバーンを殺そうとしてた悪者を止めただけ」
男の問に対して、ティンクはさも当然だと言わんばかりに男達を悪者だと言い切った。
「ワイバーンをあっさり撃ち落とすとは……何者でしょうか?」
ワイバーンと対峙している白フード集団の後方の物陰から顔を覗かせるタイラー達。
「……多分あれは、サピエル教の信徒。白いフードの背中にサピエル教の紋章があるから、間違いない」
強化した視力で状況を見ていたスイが、そう報告する。
「サピエル教、ですか?」
「行ったことないのか? ムーア王国の南にサピエル法国があるだろう? サピエル教ってのはその国の国教だ」
「サピエル教の教えは“人間至上主義”。私のような亜人やタイラーのような獣人は、サピエル法国では不浄な存在とされているわ」
「昔は亜人や獣人を頑なに受け入れない国だったが、世界大戦が終わってからは少しづつだが受け入れることはしているらしい」
タイラーとムゥがサピエル法国とサピエル教について教えてくれたが、長年屋敷勤めだったとはいえ、クワトルもそれくらいは知っていた。
クワトルの疑問はそこではなく、「何故、サピエル教の信徒がこんな場所に来てワイバーンと戦っているのか?」であった。
「あんな国、二度と行きたくないわ!」
サピエル法国の話をしていると、突然ティナがぷりぷりと怒りだした。
「……何かあったのですか?」
「……二年前に魔物討伐でサピエル法国のとある村に行ったんだが、そこでの待遇があまりにも酷くてな……」
「短気なティナがそれに切れて、魔物討伐のついでに村を半壊させたんだよなぁ~」
「それはなんとも……」
話を聞いてその事を思い出したのか、ティナが怪しいオーラを出してイライラし始めた。
「……でも、あの時のティナはカッコよかった」
「そうそう! 私もあの時ばかりはティナが真っ先に動いてくれて助かったよ~。でなきゃ私が村人を血祭りにあげてたもん!」
「普段だったらハンターとしてはもう少し自制心をつけろと言うところだが、正直に言えばスカッとした! ティナの若さが羨ましかったぜ」
「ラセツも事情を説明したら納得してくれたし、お母さんの為にティナちゃんがあそこまで本気で怒ってくれて、お母さん嬉しかったわ!」
どうやらタイラー達全員が、サピエル法国には思うところがあったらしい。ティナの暴走を褒める位だから、余程サピエル法国からの扱いが酷かったのだろうとクワトルは納得した。
ティナも家族から褒められて照れていたが、先程よりも明らかに機嫌は良くなった。
「話が逸れたな……、今はあいつらの事だ。既にワイバーンを攻撃しちまったから遅いかもしれないが、あいつらに今すぐ攻撃を止めるよう言って事情を聞き出そうと思う」
「賛成です」
「私も賛成よ。でも正直な話、あのサピエル教の信徒が私たちの話を素直に聞き入れてくれるかしら?」
ムゥの言う通りいくら相手側が悪いとはいえ、サピエル法国で騒ぎを起こしたタイラー達とまともな話が出来るとはとても思えないし、タイラー自身もそう思っていなかった。しかし、タイラーにはちゃんと考えがあった。
「大丈夫だムゥ。あいつらと話をするのは、クワトルとティンクに任せようと思ってる」
亜人や獣人であるタイラー達が先頭に立って話をしようものなら、以前のように難癖をつけられて話にならないことは火を見るより明らかだった。
そこで、人であるクワトルとティンク(二人とも見た目は人)がパーティーリーダーとしてタイラー達を率いてるということにすれば、向こうもタイラー達を無下にはしにくく話ができるはずだと、タイラーは考えた。
タイラーの説明にムゥは納得して頷き、クワトルもその方が確実性が高いと判断し、タイラーの考えに同意した。
「よし、それでいこう! じゃあクワトル、ティンク頼んだぞ!」
「任せてください!」
「………………」
ティンクからの返事がなかった。
「……ティンク?」
クワトルがティンクの方をちらりと見ると、ティンクはタイラー達ではなく、前方のサピエル教信徒とワイバーンの様子をじっと見ていた。
前方ではちょうど、サピエル教信徒のリーダーらしき人物の背後にいた10人が一斉に剣を抜いて、ワイバーンに近付こうとしているところだった。
「……ごめんクワトル、ティンクもう見てられない!」
ティンクはそう言うや否や、魔術師としては驚異的な脚力で物陰から飛び出して、クワトルの制止の言葉を置き去りにして走り出した。
駆けながら魔法陣を展開させてサピエル教信徒との距離を一気に詰めたティンクは、射程距離に入った瞬間に魔術を発動した。
「吹っ飛べええーー! 『ファイアバースト』!!」
ティンクの叫びと共に魔術が発動し、魔法陣からファイアボールよりもふたまわり程大きな炎の玉が飛び出した。
ティンクの発動した魔術、『ファイアバースト』は中級攻撃魔術に分類される魔術だ。見た目はファイアボールに似ているが、中身は全くの別物と言っていい。
ファイアボールは攻撃対象を熱で焼き燃やす魔術なのに対して、ファイアバーストは着弾後爆発して周囲を熱風で吹き飛ばす魔術である。ファイアバーストはファイアボールの様に相手を燃やすことはできないが、広範囲の敵を一掃することができるので今の状況にはピッタリの魔術だった。
走りながら打ち出された炎の玉は、通常の発射速度にティンクの走る速さが加算された通常ではあり得ない速度で飛んでいき、剣を構えていたサピエル教信徒10人の真後ろの地面に着弾して爆発した。
ドォーーン!
空気を切り裂く大きな爆発音と共に衝撃が着弾地点の地面を粉々に砕いて砂と小石に変え、爆風が剣を構えていたサピエル教信徒10人を巻き込み、砂や小石と一緒に高く高く無造作に上空に舞い上げた。
舞い上げられた10人は激しく回転し、録な受け身も取れず鈍い音を立てて地面に落下した。
「おいティンク! 何してんだお前は!?」
慌てて追いかけてきたタイラーが、急に単独行動にでたティンクを問い詰めた。
しかしティンクはタイラーの方に一切目を向けようとせず、砂煙が舞う前方を睨み付けていた。
「どうしたんだよティンク!」
「ティンク、急に飛び出すなんて一体どうしたのよ!?」
「ティンクちゃん何があったの?」
「……ティンク、勝手に動いちゃダメだよ」
タイラーから少し遅れてきたムゥ達も、ティンクの突然の行動に困惑した様子だった。
しかしそんな中でクワトルだけは長年の付き合いもあって、ティンクの様子の変化に気づいていた。
(あのティンクが、怒っている!?)
普段温厚なティンクが怒っていると言う事実に、クワトルは驚いていた。
クリクリとした小動物の様な可愛らしい丸い瞳が獲物を狙う狂暴な捕食者のように鋭く尖った目に変わり、無垢な子供の様に柔らかかった雰囲気は歴戦の強者の様に隙の無い重々しい佇まいへと変化していた。
それは最早別人と言った方が納得できるくらいに、今のティンクは普段のティンクからかけ離れ過ぎていた。
タイラー達もティンクの雰囲気が一転していることにようやく気付いたようで、別人のようになったティンクに思わずたじろいでしまった。
「何者だ! お前達は!?」
丁度その時、視界を遮断していた砂煙が晴れ、サピエル教信徒のリーダーらしき男がタイラー達に向かって叫んだ。
その声がクワトル達の意識が男の方に向いて冷静さを取り戻した。男の言葉にクワトルが手はず通りに前に出て答えた。
「私達はハンターです。ここには依頼を受けて来ました。あなた達こそ一体何者ですか? こんな場所に何をしに来たのですか?」
「ハンターだと? …………ふん、なるほどな」
男はタイラー達を見て何やら納得した様子だった。
「私はサピエル法国の神官だ。お前は知らないが、そっちの5人は知ってるぞ。以前、我らの善良なる信徒達が暮らす平穏な村を突然半壊させた不浄な集団だろう? 確か……『ティラミス』とかいうハンターパーティーだったか?」
嫌みたらしくそう言う男に、ティナのイライラがあっという間に増大し、頭に青筋を浮かべて杖を握る手に力が入る。今は父親の指示通りに動こうと意識しているので何とか耐えている状態だった。
そんなティナを落ち着かせるためにムゥがティナの横に来て、杖を握るティナの手の上にそっと自分の手を重ねる。この辺りの配慮はさすが母親であった。
「それで今度は我々の計画の邪魔をしに来た、という訳か……。ふん、やはり人成らざる者は考えが醜いな!」
「計画……?」
「それをお前たちに話す義理は無い。……それよりも、危険な魔物であるワイバーンではなく、それを討伐しに来た善良なる我々を攻撃するとは、お前たちこそ一体どういうつもりだ?」
「それは……」
クワトルが口ごもるのも無理はない。何せサピエル法国の信徒たちに攻撃したのはティンクであり、その理由もティンクからまだ聞けていないのに、クワトルが答えられる訳がなかった。
クワトルとタイラー達はティンクに説明を求め、視線を向ける。
その動きを見て男も、攻撃してきたのがさっきから黙って男をずっと睨み付けているティンクだと気が付いた。
「……なるほど、そうか。さっきの攻撃はそこの小娘がやったという訳か……。小娘、何故我々を攻撃した?」
「……簡単だよ。ティンクはそこのワイバーンを助けに来たの。だからワイバーンを殺そうとしてた悪者を止めただけ」
男の問に対して、ティンクはさも当然だと言わんばかりに男達を悪者だと言い切った。