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作者: 山のタル
残酷な描写あり
72.それぞれの日々・モラン&エイミー編4
 今日は何回目かの講義の日。いつものようにセレスティア様から講義用にと渡されたセレスティア様と御揃いの白衣に着替えて席に着いた私とエイミーさんに、セレスティア様は突然「二人ともある程度『自然科学』の知識を身に付けたし、そろそろ話す時がきたわね……」、と言って真剣な表情をつくる。
 一体セレスティア様は何を話すつもりなのか……。私とエイミーさんはゴクリと唾を飲み込んだ。
 
「二人とも、私が“錬金術”という魔術とは違った型式の術を使うのは知っているわね?」
 
 錬金術とは、セレスティア様が開発した全く新しい魔術のことだ。
 その存在はここで働くことになった時に初めて聞かされた。エイミーさんはマイン公爵様からある程度の事情を事前に聞かされていたそうで、大まかには知っていた。
 でもそれはそういう術があるといった程度の認識でしかなく、それが一体どんな術式を使って発動しているのか、どんなことが出来るのかまでは何も分かっていなかった。
 分かっていることと言えば、『錬金術を使えるのは、世界にセレスティア様とティンクちゃんの二人しかいない』ということだけである。
 
「今日はその錬金術について話そうと思うわ。この屋敷の使用人として働く以上、私のサポートをしてもらうこともあるだろうから、二人にも最低限の知識を覚えてもらうつもりよ!」
 
 セレスティア様はそう言うと、チョークを手に取り黒板の上を滑らせる。
 カッカッカッとチョークが黒板を軽快に叩く音が部屋に響と同時に、黒板に白い文字が刻まれていく。
 
「さて、まず錬金術を理解するには、錬金術と魔術との違いをしっかり頭に入れておく必要があるわ!」
 
 セレスティア様はチョークを置いてポケットから指示棒を取り出すと、指示棒をシュッと伸ばして黒板をトントンと叩き、書いた文字を指しながら講義を開始する。
 
「そもそも、魔術はどうやって発動しているか……分かるかしら?」
「ええと、体内で練り上げた魔力で魔法陣を描くか、あらかじめ描いていた魔法陣に練り上げた魔力を流し込むことで発動します」
「正解よ、モラン。発動方法は他にも、周囲の魔素を魔力に変換して利用する方法なんてのもあるから、覚えておくといいわよ」
 
「まあ、この辺の知識はミューダに聞いた方が早いわね」と説明を付け加えたセレスティア様は、チョーク再び持って黒板に文字を追加していく。
 
「魔術の正式名称は『魔力変容術』。魔力や魔素を変容させて、ありとあらゆる現象を生じさせる技術のことよ。そしてその変容を効率的に行う為には、魔法陣が必要になる。
 裏技的なもので、魔法陣を用いない方法もあるわ。こっちは『魔術簡略法』、通称“魔法”と呼ばれるものよ。これは魔法陣を描く手間が省ける分、術の発動を短縮できるメリットがあるわ。
 ……でも、魔法陣を用いないから効率的な変容がおこなえず、威力も精度も燃費もすこぶる悪いと三拍子揃っているからおススメはできないわ。そんな事をするくらいなら、魔法陣を描く早さを鍛えた方が身のためね」
 
 セレスティア様は魔法の事をぼろくそに叩いた後、コホンッと咳ばらいを一つした。
 
「話が逸れたわね……。私が開発した錬金術は魔術の発動の仕方をベースに作っているから、発動までの方法は基本的には一緒よ」
「じゃあ、魔術と錬金術は殆ど同じものなんですか?」
、ね。……でも、中身は全くの別物と言っていいわ」
 
 そう言ってセレスティア様はまた黒板に色々書いていく。今度は文字だけじゃなくて、説明を分かり易くするために絵も描いてあった。
 
「簡単に説明すると、魔術は魔力を様々なものに“変容”させる術。それに対して錬金術は魔力を“変質”させる術なの」
「えっと、セレスティア様……それって、具体的にはどう違うんですか?」
 
 私と同じ疑問を抱いたエイミーさんの質問に、セレスティア様は一瞬固まってから何かを察したように頭に手を当てた。
 
「またやっちゃったわね……」
 
 セレスティア様はそう言うと、何やら小声でブツブツ呟きながら、一人思考の海に落ちていった。
 
「これは、あれかな……?」
「うん、多分そう……」
 
 そう、これは前に例の本の内容を最初に私達に説明してくれた時にセレスティア様が呟いていた、説明を噛み砕いても専門用語を使っても上手く意味を伝えられない“研究者の性”、というのに間違いなかった。
 前の時もセレスティア様は伝えたい事を分かり易く纏める為に、こうして一人思考をしていた。なので私とエイミーさんはセレスティア様の思考の邪魔にならないように、静かにセレスティア様が口を開くまで待つしかなかった。そしてしばらくして、セレスティア様は口を開いた。
 
「ええとね……魔術は魔力を“変容”、つまり目に見えない魔力を別の物に変化させているって言えば分かり易いかな? 例えば魔術で炎を作り出す時は、魔力の性質はそのままに魔力を炎に変化させているだけなの。こんな風にね」
 
 そう言ってセレスティア様は左手の平に小さな魔法陣を浮かべると、魔法陣に魔力を流して小さな炎を出現させた。
 
「そして錬金術は魔力を“変質”、つまり見た目の他に性質も一緒に変化させているの。さっきと同じ例えで炎を作るときは、まず魔力を高温の可燃性エネルギーに変換して、そこに燃焼に必要な空気中の酸素を操ってぶつけることで作り出すことが出来るわ」
 
 セレスティア様は反対の手の平の上に別の魔法陣を浮かべると、魔力を流して炎を出現させた。
 魔術の炎は魔法陣からユラリと出現したのに対して、錬金術の炎はシュボッと音を立てて勢いよく出現したように見えた。
 しかし出現の仕方が違っただけで、魔術の炎と錬金術の炎には見た目に大きな違いは無いようだった。
 なので私は疑問に思った事を質問してみることにした。
 
「セレスティア様、その二つの炎は見た目に大きな違いが無いように見えるのですが、作り出す方法以外に違いはあるのですか?」
「良い質問ねモラン! そういう好奇心旺盛な子は大好きよ!」
「そ、そんな……!?」
 
 な、なんだか急に恥ずかしくなってきた……。
 私が照れて顔を赤めらせているのもお構いなしに、……と言うより多分セレスティア様は気付いてない様子で説明を続けた。
 
「二つの炎の見た目がほぼ一緒なのは、火力をほぼ一緒に合わせているからで、火力を調節すれば炎の大きさや熱量を変えることが出来るわ。ただし、その調節の仕方に違いがあるの。
 魔術の炎は、魔法陣に供給する魔力量で火力のコントロールをするわ。
 でも、錬金術の炎はそう簡単にはいかない。錬金術の炎は魔力から変換した可燃性エネルギーと操った酸素で作り出しているから、このどちらか、もしくは両方の量を調整することでコントロールするのよ!」
「ということは、同じ事をするにしても錬金術の方が魔術よりも複雑なことをしないといけない分、難しいということですか?」
「その通りよ、エイミー」
「……それでしたら、錬金術を使うより、魔術の方が効率的なのではないですか?」
 
 エイミーさんの意見に私もコクコクと頷いて同意する。二つの術で同じことをするなら、手間が掛からない方が圧倒的に効率が良いのは間違いない。そしてセレスティア様の性格を考えるなら、効率がいい方を優先するはず。
 
(……だったら何故、セレスティア様はわざわざ手間のかかる錬金術なんて開発したのだろう?)
 
 私の中にふと、そんな疑問が生まれた。だが、その疑問は次のセレスティア様の説明ですぐに解決することになった。
 
「……確かに、魔術の方が効率が良いのは間違いないわ。その点は私も理解しているもの」
「でしたら何故……?」
「……二人とも、錬金術の炎の作り方を聞いて、何も既視感を感じなかったのかしら?」
「「えっ……?」」
 
 間抜けな声を出した私とエイミーさんに、「思い出してみなさい」とセレスティア様は一言だけ言葉を投げかけて腕を組み、私達に視線を固定させた。
 ……セレスティア様から凄いプレッシャーを感じる……。私は慌てて思考を巡らせた。
 
(ええと、ええと、確か魔力を燃えやすい高温の可燃性エネルギーに変換して……、そこに酸素をぶつけて炎を作っているだったよね?
 …………あれ、待って。確か酸素って空気中にある燃えるのに必要な物だったよね? それが高温の燃えやすい物にぶつかって炎ができるって、これ、セレスティア様から受けた講義の内容そのままなんじゃ!?)
 
 私は隣のエイミーさんに目をやると、エイミーさんも私の方を見た。……どうやら同じ結論に辿り着いたみたいだった。
 
「セレスティア様、もしかして錬金術って……」
「『自然科学』の知識を利用した魔術なんですか?」
 
 私の言葉を聞いたセレスティア様は、一瞬驚いた顔をして、すぐに顔を綻ばせた。
 
「正解よ。二人とも一発でそこまで理解してくれるなんて、正直予想外だったわ!」
 
 よかった、当たってた! 私とエイミーさんは目を合わせてホッと胸を撫で下ろした。
 
「二人の言う通り、錬金術は『自然科学』の知識と魔術の技術を組み合わせて開発した術よ。だから錬金術の仕組みを理解するには、前提として『自然科学』の知識がないといけないの。
 ……私にとって父の残した『自然科学』の研究は、生涯を賭けても続けないといけないことなの。錬金術はその研究を進めるために開発したと言っても過言じゃないわ」
 
 そうか……セレスティア様にとって錬金術はお父さんの思いが宿った技術なんだ。魔術と比較すること事体が間違っていたんだ。
 
「……話を戻すわね。『自然科学』の法則を利用した錬金術は、魔術と同じことをしようとすると発動に手間が掛かるけどメリットはちゃんとあるわ。それは、術で作り出した物には魔力が宿っていないから、魔力を吸収する魔獣相手に有効な攻撃手段になることよ!」
「あっ、じゃあもしかして、セレスティア様がストール鉱山で魔獣を倒した時に使った不思議な魔術っていうのは……」
「オリヴィエから聞いたのね。エイミーの予想通り、錬金術よ」
 
 ストール鉱山の魔獣といえば、エイミーさんがここに来る前にセレスティア様がマイン公爵様の救援を受けて討伐した魔獣のことだ。私はその現場にはいなかったが、ティンクちゃんが自慢げにその時のことを話してくれたので、どんな戦いだったかは知っている。
 その時ティンクちゃんは、「トドメはティンクが雷を作って叩き落しまくったの! ピシャーン! ドカーン! って感じでね!」って言っていた。雷を作ったってどうやったのかなと思っていたけど、錬金術で作ってたんだ。
 
「他にも錬金術には魔術より優れたところが――」
 
 コンコン――
 
 その時、部屋のドアがノックされた。一瞬誰だろうと思ったが、丁寧なノックの仕方から誰が来たかすぐに察しがついた。
 
「失礼します」
 
 私の予想通りドアを開けて入ってきたのは、髪の色と同じ赤いメイド服を着用しているアインさんだった。
 
「講義中に申し訳ありませんセレスティア様。これを……」
 
 アインさんはそう言って、一通の封筒をセレスティア様に手渡した。
 セレスティア様はアインさんから封筒を受け取ると、裏返して差出人の名前を確認する。そして、目を細めてこう言った。
 
「……ごめんね二人とも。今日の講義はここまでにするわ。続きはまた今度ね」
「「あ、はい……」」
 
 アインさんと封筒の突然の来訪によって、今日の講義は歯切れの悪い終了となってしまった。
 
「さあ二人とも、早く着替えて仕事に戻ってね」
 
 アインさんにそう言われ何だか急かされるように部屋から出された私とエイミーさんは、「セレスティア様はあの後どんなことを教えてくれたのだろうか?」と、続きが気になってモヤモヤした気持ちを抱えたまま、次の講義まで過ごすことになった。
 
 
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